宴会は必ずしも、言い出しっぺが決まってるわけじゃない。 割合としては蒼夏さんが多いけど、他の誰かが話を切り出すこともある。 今回は、私と星宮さんだった。 星見堂を除けば、みんなの家は十人前後を招ける広さがある。そうなるとあとは持ち回りの問題で、主催なのもあり、場所は星宮家になった。 夏の一番暑い頃に一度、例によって蒼夏さんの提案で集まったきりだ。声を掛けた面子は全員問題なく、そうしていつものように夕方集合で予定がまとまった。 当然ながら、それまでには準備が要る。 私は昼前に会場へと向かい、星宮さんと明成さんの手伝いに奔走した。以前は食器出しと洗い物程度しかできなかったけど、師匠の根気強い指導のおかげで、いくらか料理を任せてもらえるレベルになれた。まあ、そうは言っても大したものは作れなかったけれど。 「邪魔するぞー」 集合時間が夕方とはいえ、誰もがその通りに来たりはしない。予定より明らかに早く、私以外には一番に現れたのは、蒼夏さんだった。 両腕にビール缶のたっぷり詰まったクーラーボックスを抱えて、一足先に縁側を陣取る。調理の合間に星宮さんが出した麦茶を片手に、ゆったりしながら宴会の開始を待っていた。 「おじゃましまーす……あ、皆さんこんにちは」 「お疲れ様です。少しおつまみを持ってきました」 次に来たのは、透くんと里さん。 今日は仕事がスムーズに片付いたのか、まだ陽が沈むだいぶ前だ。里さんお手製のソーセージと各種燻製(雪草のお屋敷には燻製器がある)を預かり、二人にも麦茶を。今度は私が渡しておいた。 人手は足りてますか、という里さんの有り難い申し出に大丈夫ですと頷き、手伝い再開。宴会用の料理はかなり数が揃って、準備も佳境に入っていた。 「まだ始まってないよね? ……おおお、いい匂い」 「こんばんは。残り物だけど、うちのパンも食卓に加えていいかしら」 「結構ありますけど、毎回なくなるのがすごいですよねー……」 桜葉亭を早めに閉じてきたらしく、佳那ちゃんと灯子さん、霞さんがごそっとした荷物を両手に上がり込む。まだお酒入ってないのに(以前にお酒の飲めない年齢だけど)テンション高い佳那ちゃんが、料理途中の星宮さんにじゃれついて、少し台所が騒がしくなった。 というか霞さん、一番食べるのあなたじゃないですか。 「……間に合ったか」 「すみません、今日もお世話になります」 「なりまーす!」 最後に登場したのは、大樹さんとその奥さんに娘さん。 誘った当初は一人だったけど、最近ようやく家族も連れてくるようになった。 小さい子がこの辺は全然いないからか、どちらも順応が早い。面白いくらいみんな構いたがりで、特に酒をあまり飲まない面子には可愛がられている。 さて、これで全員。 私を含めた料理組と、毎度積極的に手伝ってくれる灯子さんに里さんの五人で、どんどん皿を運んでいく。 宴会用の大きなテーブルは、残りの男三人と蒼夏さんが出してくれた。佳那ちゃんは大樹さんの奥さんと、娘さんの相手。食器と箸を人数分並べ、缶ビールやグラスを配り、準備完了。 乾杯の音頭を取るのは、主催の役割だ。 私と星宮さんがさっと挨拶し、一部の早く飲みたい的な視線に押し負け苦笑して、乾杯の声を上げる。 跳ねる缶とグラス。 途端に賑やかさが増し、そしてすぐにテーブルは混沌とし始める。 「鈴波さん、お疲れ様です」 「星宮さんもお疲れ様」 「ふふ、なんだかもう疲れた顔してますよ」 「今まで主催じゃなかった身として、星宮さん達の偉大さを知りました。……いや、本当にすごい。今お酒一気飲みなんかしたらすぐ酔っちゃいそう」 私と星宮さんは、みんなの様子が見える端に座って、ちびちびグラスの中の麦茶に口を付けていた。 人生で間違いなく、一番大変な調理風景だったと思う。それでもまあ、これは心地良い疲労感だろう。冷たい飲み物がやけにおいしい。 「こういうのも、いつの間にか見慣れちゃったものだけど……昔の自分からしてみれば、想像できないよなあ」 「こんな風に集まるのは、やっぱり珍しいんでしょうか」 「珍しいっていうか、難しいんじゃないかな。学生の頃の友達だって、大人になったらみんなバラバラになってさ。上手く予定が合わなかったりしてね」 人間、疎遠になるのは簡単だ。 会わなければ、勝手に縁も解けていく。 「ずっとこうしていられたらいいよね」 「年を取って、おじいさんおばあさんになっても?」 「うん。そんな感じ」 「……さり気なく恥ずかしいことを言ってる自覚はあります?」 「星宮さんこそ」 それでも確かに、残るものはあるんだろう。 続いてきた道の先に、今の自分がいる。 積み上げた時間も、記憶も、経験も、全ては尊い。 私達を出会わせ、繋ぎ、結んだ所以だから。 「おーい、ひなちーん!」 「あら、佳那ちゃんが呼んでるよ」 「あれは……またお酒飲みましたね……。ちょっと行ってきます。鈴波さんはどうしますか?」 「もう少しここにいるよ。たぶんすぐ誰かに引っ張り出されると思うけど」 「わかりました。……もしかしたら、ミイラ取りがミイラになって帰ってくるかもしれません」 「……星宮さん、お酒は飲まないって決めたんじゃなかったっけ」 「今日くらいはいいかもしれないって、思いまして」 「どうして?」 佳那ちゃんからの、二度目の呼び掛けと手招きに応えながら、立ち上がった星宮さんは座る私に振り向く。 ひだまりのような。 あったかい笑みを浮かべて、 「酔って眠っても、鈴波さんがいてくれますから」 ――これは、本当にどこにでもある、ありふれたおはなし。 ひととひとが手を繋げば、それはあったかくてうれしくて、そして何より生きる力になる。 そんな、ひとかけらのぬくもりを知った、私達の物語だ。 ひとかけらのぬくもり・了
back|index|next |