あとがき

 履歴を辿ってみると、リメイクを始めたのは2007年の六月。時間だけ見れば実に五年も掛かったわけです。その間に色々書いたり手伝ったりしてたんですが、リメイクに注力してれば二年くらいで終わってたんじゃなかろうか……。
 ともあれまあ、これにて『ひとかけらのぬくもり -Re:warmth』は終了です。随分長い間完結させてあげられませんでしたが、物書きとしての最低限の義務は果たせたんじゃないかと思います。
 この話の前身である『ひとかけらのぬくもり』を連載していたのが、おおよそ十年前。ほとんどえたみすと同じくらいの付き合いになります。当時のテキストを読み返すと、もうあまりの下手さに首を吊りたくなりますが、その辺を含めて良い経験だったな、と。こうしてリメイクするに当たり、根っこのキャラクタは全然ブレなかったのが、個人的には感慨深いところでした。自分の中で生き続けるものなんですねえ。

『ひとかけらのぬくもり』における語り手は七割が鈴波さんなのですが、残りの三割は他の人達に譲っています。一部この話の過去編でもある『こころ、ここに』が学校を基点とした、そこにいる登場人物達の物語であったのとは違い、こちらは鈴波さんを中心とした、人を取り巻く人との物語です。
 鈴波さんだけで完結していないのは、彼の日常を構成する人物それぞれにも、抱えているものはあるんだよ、という、まあ当たり前の話をするためですね。
 伏線らしきものは一年目でばら撒きましたが、構成上些か唐突感が拭えなかったのも確か。そこは書き手たる私の力不足です。
 骨子こそさほど変わってはいないものの、細かいところはかなり手を入れてます。私の十年間がそこかしこに反映されているのだと考えれば、それもまた感慨深いというか。特に三年目夏、あんな流れになる予定はなかったのに、筆が走っていつの間にか風呂場で十八禁一歩手前でした。至らなかったのは最後の良心だったのかもしれない。

 そういえば、元来『ひとかけらのぬくもり』という言葉にはそのままの意味しかありませんでした。
 が、鈴波さんと星宮さんの話を書いている時「ひとかけらって、人の欠片とも取れるんだよなあ」と思い至り、タイトル自体がダブルミーニングに。人の欠片=心、としてみれば、なかなかしっくり来るんじゃないでしょうか。


 以降はリメイク前にもやったキャラ雑感。
 割と適当に、音と響き重視で付けた『こころ、ここに』とはまた正反対で、ひとかけらの登場人物の名前にはいくつかの意味が込められてます。


・鈴波信一(大切なものを、一途に、強く信じられるように)
 語り手であり主人公。
 元々は作者自身の投影、一種の理想像でしたが、書き物の常として、私の手を良く離れた人でもあります。劇中一度も手を出さなかった辺り、過剰なほどに紳士気取りですが、人並みに性欲は所持してます。
 リメイク前は星見堂関連の説得力をまるで持たせなかったので、多少なりとも理由付けには苦心しました。時代設定が私達の現代より若干昔(2000年前半)であることを思うと、なかなか人生上手く立ち回ってるのかもしれません。
 他のみんなのエピソードにもちょこちょこ顔を出してますが、そんなに深く足を突っ込んでるわけでもなく。他人の問題にいちいち関わりまくってる方が異常だよね、という、ちょっとしたアンチテーゼを含んでる……ような。賢しらに踏み込んだのは、蒼夏さんの時くらいじゃないでしょうか。
 ちなみに、恋愛絡みについてはだいぶ不器用。後々星宮さんに振り回されることも多いのですが、その辺は語りません。もっとわたわたすればいいよ!
 星宮さんのことはいずれ「ヒナ」と呼ぶように。


・星宮陽向(優しいひだまりに、大切な人を包み込むひなたになれるように)
 正ヒロインというか、もう一人の主人公というか。
 私が「可愛い」と思う要素をいっぱい詰め込んだ、ある意味欲望だだ漏れな子です。一部度を超えた純粋さは、霧ノ崎という特殊な環境と、佳那ちゃんが周囲に目を光らせまくった所為。読書家なので耳年増なところもあります。その癖性的なアピールをしてるつもりがまるでないとか、何この子天使か。いやまあ自分でキャラクタライズしたんですけど。
 非常に賢く頭も回る子なので、母親のことはだいぶ前から感づいていました。それを追求しなかったのは明成さんに対する気遣いと、拙い希望を信じたかった子供らしさの混在です。何だかんだで歳相応。
 鈴波さんを名前で呼ぶのは、彼女の方が早いです。


・桜葉佳那(他人の幸せを願える、綺麗な人であるように)
 佳は「佳(よ)い」という意味もあるので、そう両親に願われた子です。元気過ぎて騒がしい時もありますが、結構気遣い上手。灯子さんの育て方もよかったのでしょう。
 星宮さんの無二の親友であり、何かと心配な彼女をそこはかとなく守っていました。あと男の子には威嚇しまくってた。
 将来の展望をしっかり持っていますが、幼い頃に亡くした父親の影響があったことも否定できません。当人は気にしてないつもりでも、やっぱり家族の喪失はどこかしらに影響を及ぼすのかなと。
 余談ですが、当初は霞さんに慕情を抱くプロットも存在しました。話がおかしな方向にすっ飛んでいくだけなので、すぐ没にしましたけど。やらなくて本当によかった。


・桜葉灯子(皆を照らす灯火であるように)
 ぶっちゃけモデルは『Kanon』の水瀬秋子さんです。
 どこか得体の知れない、どうにも叶わない母親、というイメージですが、そんな彼女も普通の人間でしかない。その辺を殊更強調して描いたのが、三年目春の話になります。
 再婚に関してはとても難しい問題なので、結婚せずでも家族みたいな関係、なんて流れも考えましたが、それはいくら何でも不誠実だろうと。人生掛けた想いには、同じ重さで答えるべきですよね。


・朝藤霞(掛かる霞の向こうに光を見い出せる人であるように)
 長身で大食い、という設定は特に意味がありません。桜葉亭の面々と関わりやすくなるための要素。
 劇中では一番真っ当に恋愛をしている人ですが、相手がバツイチの元人妻というだけで背徳感バリバリになりますね。灯子さんが優都さんに操を立ててヘタれてる時に、えらく青臭い決意を固めてたわけですが、彼自身は『家族』に対しての幻想が人一倍強いです。だからこそ灯子さんに真っ直ぐ突き進めたのかもしれません。
 入籍後、身辺を整えて仕事は辞めています。飲み込みは早いので、佳那ちゃんと並んで桜葉亭の良き店員になるでしょう。


・雪草透(透き通った綺麗な心の持ち主であるように)
 名前だけ見ると女の子みたいですね。透、という名前はフルーツバスケットを思い出します。
 リメイク前の実家は何故か財閥でしたが、当然ながら明治以降財閥は解体されているので、如何に昔は適当なフレーバーだったのかがよくわかります。設定を活かしきれているかは微妙です。ただ、この下地なしに二人の関係は成立しなかったとも。
 流され続ける人生を経てきた彼にとって、しないと決めることは酷く難しかったんじゃないでしょうか。何かを切り捨てることで生まれる損失や喪失を恐れる気持ちは、おそらく誰もが持っているものだと思うのですが。一人でできないことも、二人なら、という話です。
 雀の陽にはモデルがあります。私が小学生くらいの頃、怪我した雀を家で保護していた時期があったのですが、下の弟が勢い余って軽く握り潰してしまい、そのまま亡くなってしまったという。今となっては苦い記憶です。


・雪草里(大切な人や家族が帰る場所であるように)
 里、という名前にはそのまま「人の住む場所」と、広さの意を拡大解釈した「おおらかな心」、二種類の意図が込められています。名前はこういったダブルミーニング、トリプルミーニングであることが多いです。キラキラネームとかこの世からなくなればいいのにね。
 劇中では一番強かな人です。片思いの年月、実に二十年近く。継続は力なりと言いますが、一歩間違えると情念に発展してしまうわけで、彼女にもそういう可能性が……いやないな。大変理性的な女性なので。
 側付きらしく、家事は一通り完璧に修めています。いわば家事のプロ。メイドさんとか女中さんをイメージすればそれに近いです。でも服装は普通。エプロン姿がよく似合う。


・白坂蒼夏(夏の蒼い空みたいな澄んだ人間であるように)
 澄み過ぎて些か女らしくない豪快さも身につけてしまった人。畑仕事で特に腕の筋肉はすごいです。鈴波さんが腕相撲で瞬殺されるレベル。というか大樹さん以外、霧ノ埼の人は誰も勝てません。結婚する気もないし男っ気も皆無で、後日大樹さんと奥さんがお見合いを彼女の両親に提案したりしなかったり。
 お酒大好きで宴会大好きですが、一人身で寂しいから、という理由も少し。親友を亡くして以来、人付き合いに関しては若干臆病なところもあります。あるいは作中で最も不器用な人なのかも。


・田中大樹(立ち誇る大樹の如く雄大であるように)
 鈴波さんの中では頼れる大人。けれど、蒼夏さん絡みの話で、人間的な弱さを露呈する最初の一人になりました。
 この話のコンセプトのひとつとして、完璧な人間の否定があったりなかったりします。手紙はさっさと渡せばよかったし、積極的に連絡取って会って話せば、こうもこじれなかったんじゃないかという。人間関係って複雑。
 ガテン系の人なのでめっちゃ腕太いです。蒼夏さんにも勝てる。
 描写はしませんでしたが、嫁さんは美人だし器量も良いしで、初対面時蒼夏さんにすごいからかわれました。大学生時代は男女比2:1だったのにもかかわらず、二人とも異性のいい友達でしかなかった辺り、恋愛には慎重だったのかもしれません。


・星宮明成(いつも明ける空のように成れることを)
 星宮真朝(あなたの心がいつも本当の朝を迎えられるように)
 二人に関しては『こころ、ここに』と合わせて粗方語っているので、あまりこっちで言うことはありません。
 名前は奇しくも二人でひとつ、みたいになっていました。特に意図してなかったのに、不思議なものです。


・桜葉優都(人の集まる場所にありながら良き人であるように)
 こちらも『こころ、ここに』参照。ひとかけらではほとんど語られない人物です。
 夫婦仲は円満でした。事故がなければ、霞さんが桜葉亭で働くこともなかったでしょう。


・松原紗智(事を知りそれを徒にひけらかさぬ賢い人であるように)
 これも『宵闇(ry
 願われた通りの賢い子でした。ひとかけらでは唯一、明確な理由のない奇跡を得た人でもありますが、あるいはそういうことがあってもいいんじゃないかな、と。人生の中では一度くらい、気付かないだけで確率論では説明できない何かが起こるのかもとか。
 後々幽霊的なサムシングになる運命を背負っているのですが、あっちも時間あったら書き直したいなあ……。


・雪草道司(行く道を司り人々の上に立つ人物であるように)
 超金持ち。厳格で生真面目で、責務やら何やら色々なものに縛られている人です。
 息子にはできれば跡を継いでほしかったですが、そうならないだろうとも思っていました。
 奥さんの話は出てませんでしたが生きてます。里さんと同じタイプで、家庭では奥さんの方が立場上な感じなので、彼の家での姿を知る数少ない人は、仕事している時とのギャップでたまに笑っちゃったりするとか。勿論あとで呼び出される。



 まあ長々と語りましたが、正直大した話ではないです。
 当たり前のことを当たり前だと言うだけの、そういう物語。
 けれど皆さんの心に少しでも訴えかけるものがあったなら、書き手冥利に尽きますね。

 それでは、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
 神海心一でした。





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