――そしてわたしは辿り着いた。 旅の終わりの、その場所に。 カルル村から戻り、再び巡業に出るというミシャと別れてしばらく。 わたしは亜耶乃社長に頼んで受け取った膨大な量の資料と過去の文献の写しに、片っ端から目を通していた。 ある程度は絞ってくれたみたいだけど、今回の目的には関係ない内容の物も結構混ざってる。選別するだけで二日も掛かったのは、ちょっと誤算だったわ。 ともあれ、総計すれば数百枚単位になるそれらを見てわかったことがいくつかある。 元々クルーアッハがしていた研究は、大雑把に言うとレーヴァテイルの効率的運用と強化について。要するに、どうやったらもっと強い詩魔法を使えるようになるか、ね。それが第二期の資料を発見して以降、ベータ純血種の作成技術研究にシフトしてる。 そっちに関しては結局大した成果を出せなかった代わり、とある施設跡でミディールを発掘。後はクレアに聞いた通りなんでしょうけど……読めば読むほど嫌になるわ。こいつ、ミディールのことなんてなくても充分非人道的じゃない。 ……まあ、随分前に死んだ、顔も知らないような人間が、どれだけ外道だったのかって話はこの際どうでもいいのよ。 重要なのは、天覇がミディールを見つけ出した場所。 わたしは記憶のある頃にはもうシルヴァホルンにいたし、そもそも自分の前に“失敗作”が存在してたのも知らなかった。ただ、当時のシルヴァホルンにわたし以外のレーヴァテイルがいなかったのは間違いない。僅かな反乱の可能性も恐れて、人間達が排斥していたから。 そして、ミディールが発見されたのはA4区画、シルヴァホルンに程近い階層。 となれば、自ずと当ては絞れる。 一番可能性が高いのは、塔内部のどこか。今も天覇の主要な探索域だけど、まだ手を付けていない区画は山ほどあるわ。そういった施設が最も多かったのも確かだし、何よりミディールの存在が大きい。 次に、謳う丘。第二期では詩魔法の大規模な研究所だったあそこも、副次的にベータ純血種そのもの、ひいてはレーヴァテイル・コントロール計画を取り扱っていた……かもしれない。崩落が激しいらしいから調べるのは難しいでしょうけど、無視し切れないところなのよね。 最後、ホルスの翼上の未開地域。こっちはもしかしたら、って程度ね。人間達が住んでない、開拓してない場所に昔の施設が眠ってる可能性も、ないとは言えないわ。 「……ひとまずこんなところかしらね」 思考をまとめるために書いていたメモから離れ、ペンを適当に放り投げて一息吐く。いい加減机に向かってるのも疲れたので立ち上がると、ドアを軽くノックする音が聞こえた。 「おーい、ミュール、今大丈夫か?」 「ええ。鍵は掛けてないから勝手にどうぞ」 ベッドに腰を下ろすのとほぼ同時、片手にお盆を持ったライナーが入ってくる。 そこにコップが二つ乗ってるのを見て、わたしは後ろに倒しかけた上半身を戻した。 「気が利くわね。丁度喉が乾いてたのよ」 「なら自分で取りに行けばよかっただろ」 「面倒だから嫌」 「……そう言うと思ったよ。で、何か進展あったのか?」 「資料は全部チェックし終わったわ。大した情報は得られなかったけど、捜索範囲はだいたい絞れたから――」 「あとは虱潰しに、ってことか」 受け取ったコップの縁に口を付け、よく冷えたお茶を飲む。一気に半分ほどを減らし、薄く結露したそれを腿の上に乗せて、ライナーの言葉に頷いた。 そうしていつものようにぽんぽん、と左隣を叩き、ここに座れと促す。 鈍い音と共にスプリングが軋む。ベッドが少し沈み、僅かに身体が左側へと傾いだ。 「とはいえ、だいたいの予想はついてるのよ。今、アヤタネにもそっちの方を下調べしてもらってる。明日明後日くらいには結果が出ると思うわ」 「最近全然姿が見えなかったからどこ行ってんのかと思ってたけど、そんなことしてたのか……。俺は手伝わなくても?」 「ざっとそれらしい場所を探すだけならアヤタネだけで充分よ。本格的な捜索にはあなたも参加してもらうつもりだから、それまではグラスメルクの依頼でもこなしてなさい」 「もうすぐ片付くんだけどな……。ま、そしたら体力温存しとくよ。何となく、大人しく済む気がしないし」 お茶を飲み切ったライナーの手元で、重なった氷がからんと涼しげに鳴った。 わたしも遅れて飲み干し、コップをライナーに渡す。じゃあ置いてくる、と苦笑して部屋を出ていこうとした背中に、一瞬だけ躊躇い、声を掛けた。 「ねえ」 「ん、どうした? まだ飲みたいってんなら取ってくるぞ」 「違うわよ。あなた、今日はもう暇なんでしょ?」 「暇って……そりゃあ巡回もないし、グラスメルクの方も一段落はしたけど」 「なら、ちょっと身体を動かすのに付き合いなさい。さすがにこの紙束を前にしてると気が滅入りそうだから」 「ああ、そういうことなら。……でも、どこに行くつもりなんだ?」 当然とも言える問いに、一拍置いてわたしは答える。 なるべく素っ気なく聞こえるように。 「シルヴァホルンに散歩」 直線距離にすれば結構あるものだけど、馬鹿正直に歩いて向かわなければ、シルヴァホルンまではさして時間が掛からない。 普通の人間ならともかく、シュレリアやわたしはフリップフロップ変換が使える。導力プラグをアクセスポイントとして、出現先をシルヴァホルン内に設定。あとはもう、瞬きする間に景色が移り変わる。 ライナー達と暮らし始める前も、それで人目を避けるようにあちこち移動していた。元々バイナリ野、導力と情報の海にいた時期の方が長いわけで、塔の論理域を飛び回るのは、わたしにとって呼吸と同じくらい容易いことだわ。 「シュレリア様にもやってもらったことがあったけど、何度体験しても慣れないな……」 「一瞬とはいえ、肉体がなくなってるんだもの。わたしもクレセントクロニクルを出てしばらくは、身体が重くて仕方なかったわ」 「なるほどなあ。……今は慣れたのか?」 「これだけ長くいればね」 細かく座標を指定しなかったからか、わたし達が出たのはあまり覚えのない場所だった。目的地までは少し歩く必要があるけど、元々散歩のつもりで来たんだし、丁度良かったと思うことにする。 「じゃあ行くわよ」 「了解」 一応ライナーが周囲に警戒の糸を張ってたものの、結局道中で戦闘には一度もならなかった。剣を抜くことなく、わたしも謳うことなく、無数の金管が伸びる空間に到着した。 その奥、さほど幅の広くない通路の先に、巨大なオルガン型の装置が鎮座している。 かつては飽きるほど目にした光景。 懐かしい、とは思わなかった。 「あなた達は、以前ここに来たのよね」 「ハーモニウスを取りにな。ミュールは自由になってから来たりしなかったのか?」 「何でこんなところにわざわざ足を運ばなきゃならないのよ。今日まで近寄りもしなかったわ」 赤絨毯の通路に踏み入る。靴の踵が硬い感触を返し、籠もった音が響いた。 正面、鍵盤の前まで歩を進め、白鍵に触れる。 ……ここでのわたしは、ただの“部品”だった。望まれるままに謳うだけの道具で、人形で、それ以外の何者でもなかった。 過ぎ去った年月を思えば短く、けれど苦痛に満ちた日々。 「……だって、ほとんど嫌な記憶しかないもの。この場所に比べれば、クレセントクロニクルや追憶の尾翼なんて可愛いものよ」 指先で白鍵をなぞり、端から端へ、薄く積もった埃を削るようにして掬う。 何百年も放置されていた割に、さほど汚れてはいなかった。 こんな、誰も寄り付かない部屋には、空気さえも流れ込まない。 寒々しく、澱んだ場所。 わたしは指に乗った埃を吹いて飛ばした。 手で服を叩き、僅かな残りを散らす。 「それでも――折角来たんだから、目を背けるわけにはいかないわよね」 「……ミュール」 「ライナー。ちょっとした昔話、聞いていきなさい」 幾度か口に上らせたことはある。 おそらく、コスモスフィアでも何らかの形でわたしの過去を見てきたはず。 だけど、今は、この話は、自分で伝えたかった。 人間達から受けた実験、処置の数々。 アヤタネと出会い、食事を出してもらったこと。 再び一人になった以降の、雌伏の時。 シルヴァホルンを掌握した後、ここでホルス右翼を落としたことも。 ライナーはそれをほとんど何も言わずに聞き入れてくれた。 真剣な表情のまま、時折頷きや相槌を返しては続きを促す。そうやって全てを語り終えた頃には、胸の内にあった澱みが薄まっていた。 硬い床に座り込んでいたせいか、少し尻が痛い。軽く背筋を伸ばすと、骨が乾いた音を立てた。 「ん……だいぶ長居したわね。もう用はないし、帰りましょ」 「いや、悪い、待ってくれ」 地に片手を付き、腰を浮かせかけた瞬間、いつになく真面目な声色で引き留められる。 見れば、真っ直ぐ過ぎるほどに真っ直ぐな視線がわたしに向けられていて、しかしそれはすぐに横へと逸れた。 口が開きかけ、躊躇うように閉じ、俯く。 その動作を数度繰り返し、 「俺、さ。ずっと、ミュールに対して何ができるのかって、考えてきたんだ。前に放っておけないなんて言ったけど、あれから色々あって、一緒にいることになって、でも、本当にそれだけでいいのか、って」 「……いいんじゃないの。わたしは役に立ってると思ってるわよ」 「うん、そう言われると嬉しいよ。嬉しい。けど――何か違うんだ。確かに巡回の時はいつも俺ごと吹っ飛ばそうとするし、傍若無人で人の言うこと全然聞かないし、最近はそうでもなくなってきたけど相変わらず家の中じゃすぐ服を脱ぎたがるし、俺のことを便利なパシリ扱いしてるんじゃないかって思う時もちょくちょくあるし、色んな意味で放っておけないけど」 「あなた、もしかしなくても喧嘩売ってる?」 「え? ……あ、ま、まさか。そんなわけないだろ」 慌てて掲げた両手のひらを、顔の前でぶんぶん振る。 それから仕切り直しというように一息。 「コスモスフィアでミュールの過去とか気持ちとかを知って、現実でも頑張ってる姿を見てさ、やっと、わかった気がするんだ」 「……何が?」 「たぶん、今まで俺、ミュールをフォローしてやらなきゃいけないって思ってた。放っておけないとか、泣いてる気がするとか、そんな理由でそばにいて、助ける必要があるんだって。それしか考えてなかった」 「……続けて」 「だけどミュールは、かなり先を見据えてる。……えっと、何だっけ、ミシャとジャックにも話したあれ」 「ところどころで決まらないわね……。AHPPのこと?」 「そうそう、それだ。そいつのために、二本目の塔に行くんだよな。行って、大事なものを探し出して、この星を救いたいんだよな」 「ええ。今のわたしの、夢だもの」 「きっと、ミュールなら一人でもできると思う。だから俺の力は要らないのかもしれない。いなくてもいいのかもしれない」 けど、と。 ライナーは立ち上がる。 「やっぱり、俺はミュールの力になりたいよ。何ができるかじゃなくて、何がしたいかなんだ。そう考えたら、あっさり答えが出た」 一歩でわたしの前に近付き。 二歩で手が届く距離まで来て。 片膝を落とし、しゃがみ、わたしと目線を合わせる。 「必要ないって言われても、できることなんてひとつもなくても、一緒にいたい。勿論、ミュールが許してくれるなら、それが一番いいんだけどさ」 「……わたしが嫌だと言ったら?」 「撤回してくれるまで付いてく」 はあ……もう、本当に。 どこまで行っても、ライナーは馬鹿よね。 そんなの、いちいち口にしなくたってよかったでしょうに。 ああ、でも。 今のわたしも、情けないことに同レベルだわ。 だって、どうしようもないくらいに、嬉しいんだもの。 「ライナー、少しの間目を閉じて」 「え、何だよいきなり」 「いいからさっさとしなさい。でなきゃ答えてやらないわよ」 釈然としない表情を浮かべながらも、大人しくわたしの言葉通りにするライナーに、すっと身を寄せる。 吐息が触れる至近。 頭の両脇、こめかみ辺りを押さえるのと同時、額をこつんとぶつけた。 驚いたライナーが大きく瞳を見開く。 鼻先が微かに擦れ合い、唇からこぼれる熱を感じる。 「一度言ったからには、自分の決断に責任を持ちなさいよ。死ぬまでわたしのそばにいなさい」 「う、ちょ、近い近い危ないって!」 「何が危ないのかしら? それともわたしにこうされるのは嫌なの?」 「そうじゃない、そうじゃないけど!」 「心配しなくてもこれ以上はしないわよ。ま、あなたがどうしてもって言うなら話は別だけど」 「……っ、と、とりあえず離れてくれ!」 一瞬迷ったわね。 「まだ返事を聞いてないわ」 「わかった、わかったから、責任持つし約束もする、だからお願いします離れてください」 「……まあこんなところね」 言質は取ったので、視線を泳がせ始めたライナーから両手の拘束を外した。 あからさまな安堵の息を吐く馬鹿に軽い目潰しを食らわせ、改めて腰を持ち上げる。 尻の辺りをぱっぱと払いつつ、 「今度こそ帰るわよ。ほら、早く立ちなさい」 「お前なあ……うぅ、まだ微妙に痛い……」 「日頃の行いが悪いんじゃないの?」 「絶対俺よりお前の方が悪いと思う」 「酷いことを言うのね」 「なら酷いことをしないでくれ……」 復帰したライナーを置いて先に行く。 少し遅れて隣に並んできたのを確認し、わたしは自然な風を装って、その手を何も言わずに握った。 ……どうせフリップフロップ変換する時には繋がってないといけないんだもの。 ひとまず、そういうことにしておこう。 調査が終わったアヤタネから報告を受けたのは、翌日だった。 捜索範囲は塔内A4〜A5区画の、特にシルヴァホルン近辺。ついでに謳う丘と、過去天覇が調べた遺跡も念入りに見ておくよう指示した。 別に天覇の手際を疑ってるわけじゃないけど、昔の人間はやたら隠し部屋とかを造っては秘密裏に非合法な研究やら何やらをしてたみたいだから、一度探索し終えたからといって油断はできないのよね。ELMA-DSも付けたし、よっぽど巧妙でない限り取り逃しは有り得ない。 普通の人間なら行けない場所でも、アヤタネ達なら造作もなく侵入できる。さらに本来の性質上、食事や睡眠も要らないから、こういう仕事を頼むには最適。 結果、大雑把とはいえ、天覇の探索隊が一月掛けても調べ切れない範囲を七日ほどで見回ってきてくれた。 ――さて。 アヤタネのおかげで判明したことが、いくつかある。 まず、謳う丘にそれらしき施設は存在しない。未捜索の区域にまだ生きてる装置があったりするらしいけど、今回の目的には関係ないから忘れる。 捜索済みの遺跡も、めぼしいところは白ね。役立つ情報もなし。 問題は、A4〜A5区画の方。元々ここは227Fから362Fまで直通の昇降機が設置されていて、その間の部分は現状かなりの箇所が封鎖されてるわ。シルヴァホルンの出入口もこの辺りで、言うまでもなく一番怪しい。 第三期でもシルヴァホルンは重要な施設だからか、セキュリティレベルは高い。管理者、つまりシュレリアかそれに準ずる権限を持ってないと開けられないでしょうけど、当人も付いてくるみたいだし、メイメイの協力も仰ぐから、実際はそこまでの障害にならないはず。いざとなればわたしやアヤタネでも開けられるし。 最大の懸念は、ある程度絞ってもまだ膨大な捜索範囲ね。一日で終わるとは思ってない、けれど……果たして本当に見つかるのか。結局は徒労になるんじゃないか、という疑念が、どうしても拭い切れない。 まあ――考えても仕方ない、か。 どちらにしろ、動かなきゃ始まらないわ。 見つからなかったら、その時はその時。改めて悩めばいい。 そう心に決め、夜のうちに全員を集めて手順を話す。 メンバーはわたし、ライナー、アヤタネ、シュレリアの四人。状況に応じてシュレリアがメイメイと連絡を取り、セキュリティ面での対処は向こうに任せる。 実質的な捜索範囲は、228F〜361F。下から徐々に上の階層を目指していく形で、おおよそ中間にあるシルヴァホルンを一つの区切りとする。二日で全部調べ切るってのが理想ね。もっとも、そんな上手く行くとも思ってないけど。 あとは各自体調を整え、明けて早朝、塔内部へ続くプラティナの階段前に全員が集合した。 「揃ったわね」 「今日と明日の政務はレアードに一任してきました。ライナーとアヤタネは特務扱いですので、騎士の仕事について気にする必要はありません」 「ありがとうございます、シュレリア様」 「助かります。……ところでミュール、これはマジで持ってくのか?」 複雑な表情を浮かべるライナーの手には、布に包まれた箱型のもの。 わざわざ早い時間に起きたシュレリアが用意した、昼食の弁当。昨日の夜に、適当に作っておいて、とわたしが頼んだのよね。 「別に一日何も食べなくても平気っていうんなら置いてくけど――」 「……謹んで運ばせていただきます」 「そう。じゃあ頑張りなさい」 「……あの、ライナー。荷物はELMAに持ってもらいますから」 「母さんも本気で言ってるわけじゃないよ。戦闘の時に手が空いてないと困るしね」 「だ、だよな、そうだよな!」 「あなたが荷物持ちになれば、わたしのELMAも戦闘に参加させられるわ。戦力的には申し分ないんじゃない?」 「ミュールぅ……」 「冗談よ」 適度にからかい終えてから、意識を切り替える。 シュレリアとわたしがそれぞれ呼び出したELMAの背に荷物を括り、出発。第一目的の隔壁までは、面倒だけど徒歩での移動になる。 早い時間だからか、人気は全くなかった。導力プラグのある通路を抜け、奥の小隔壁を通って中心部へ。散発的に現れるガーディアンや異形の者を処理しつつ、避けられる戦闘は極力避け、最初のポイントに到着。 ちなみに途中で歩くのが馬鹿らしくなって、わたしはELMA-DSに乗って移動していた。シュレリアもリンゲージ装着で浮いてるし、普通に徒歩でライナーやアヤタネに付いていけるはずないじゃない。肉体労働は向いてないのよ。 「メイメイ」 『わかりましたです。少々お待ちください……228F八番隔壁、セキュリティレベルを1に変更しますです』 シュレリアのバイザー付近で若干くぐもった声が聞こえ、さっきまでぴくりとも動かなかった目の前の扉があっさりと開いた。 乾いた風が奥から吹き込んで、頬を撫でる。わたしの尻の下で、ELMA-DSが微かに身震いした。 『一時的に該当区画のセキュリティレベルを全て落としましたので、破損してたりしない限りは問題なく通過できると思うです』 「ありがとうございます。後でまた戻してもらいますから、その時まではスリープモードで構いませんよ」 『ではそうさせてもらいますです……すぅ』 「……ということで、先を急ぎましょう」 見えないバイザーの下で、シュレリアが苦笑したのを感じ取る。そこだけ露出している口元が綻んだのを目にして、ライナーとアヤタネも張り詰めていた気を少し緩めた。 「あんまり急ぎ過ぎると、メイメイを途中で叩き起こすことになるかもしれませんね」 「確かに捜索範囲は広いですけど、焦らず進みましょうか。それでいいですよね、母さん」 「シュレリアが転ばない程度のペースにしなさい」 「貴方に心配されずとも私は転びません!」 そりゃあリンゲージ着てるんだから大丈夫でしょ。 心なし移動速度を上げたシュレリアを追い、わたし達は長らく誰も足を踏み入れていない区画の探索を開始した。 「ああもう、さっきからガーディアン出過ぎだろ!」 「それだけ大事な施設があるのかもしれないよ」 およそ三時間後。 いくつか怪しい施設を発見したものの、今のところはどれも外れだった。 次が……確か丁度十箇所目。途中でやたら警備が激しくなってて、叩きのめしたガーディアンの数は既に二桁へ突入してる。短い間に何度も衝突するものだから、なかなか奥に行けないのよね。 ま、わたしはストレス発散できるからいいんだけど。ずっと同じ景色ばっかり見てるとうんざりしてくるし、そういう意味では詩魔法を放つのも悪くないわ。 「ライナー、アヤタネ。前方に敵性勢力確認。四体です」 「そろそろ打ち止めになってくれないかな……」 「だといいね」 「愚痴ってないでさっさと盾になりなさい、ライナー」 「わかってるよ!」 シュレリアが補助用の青魔法を、わたしが纖滅用の赤魔法を詠唱する。 接敵するや否や、いきなり飛んできた小型のミサイルを、前に踏み出たライナーが鮮やかな手際で切り落とし、爆発に巻き込まれないよう即後退。 それに合わせて突出したアヤタネの剣閃は、一番近くにいた二体をほぼ同時に四分割した。 残る人型の相手が、その隙を狙って迫る。アヤタネは身を低くし、突きの一撃を回避した後、続くもう一体の頭上からの振り下ろしを横にスライドしてやり過ごす。 ライナーが風の刃で牽制し、体勢を整えたアヤタネと共に元いた位置に戻ったのを見てから、わたしは詩魔法を放った。 「纖滅終了、と。どいつもこいつも歯応えないわね」 「あったら困ります。そもそも今回はガーディアンの駆逐が目的ではないんですから」 「前衛で苦労するこっちの気持ちにもなってくれ……」 「あなたは殺しても死なないから心配してないわ」 「殺されたら死ぬよ!」 「まあまあライナー、母さんも冗談で言ってると思うから」 「本気じゃないとも言い切れないんだな……」 軽口を叩けるのは、まだまだ余裕がある証拠よね。 残骸も何もまとめて吹き飛ばして綺麗になった通路を、警戒は緩めないままさらに歩く。曲がり角ではアヤタネが先行し、敵がいる場合は気付かれないよう、極力不意打ちで潰していく。 道中、扉を何度か見かけたけど、全部狭い小部屋だった。一部は保管場所にでも使われてたのか、用途のわからない道具や箱が置いてあった以外は特に収穫もなし。 ここも外れかしら、と溜め息を小さく落とし、隠し切れない落胆の気持ちに気付いた。 ……まだまだ先は長いんだから、こんな序盤で期待するのは早過ぎるわよね。 思考を切り替えるためにも、軽く気分転換しようかと決めて、ELMA-DSの背に乗せた弁当箱の包みを持ち上げてみせた。 「そろそろ休憩にしましょ。もういい時間だもの」 「だなあ。連戦で地味にきついし、腹が減ってきてたんだ」 「……そうですね。根を詰め過ぎても効率は悪くなるだけですから」 「じゃあご飯を広げましょうか。今日は僕とシュレリア様の合作ですよ」 アヤタネが包みを床に敷き、その上に箱を広げる。人数分の食器とコップを配り、水筒に入った飲み物を甲斐甲斐しく注ぐ。 念のためライナーが一度外を警戒し、リンゲージを脱いだシュレリアと共に座った。ついでにELMA達を待機させといて、食事を前に四人で手を合わせる。 家で何度もやらされて以来、わたしもすっかりこういった作法が身体に染み付いてしまった。疎かにするとシュレリアやアヤタネに文句を言われるので、初めは渋々だったけど、最近はそうでもない。 それが、ささやかながら大事なことだと、納得できたから……かもしれないわね。 まあ、アヤタネはともかく、シュレリアに感謝するのはかなり癪だけど。 「んく……この階はどこまで奥があるのかしらね」 「塔区画の配置はある程度決まっているはずですが……一概に皆同じとも言えません。場所によって多少の相違はあると見るべきでしょう」 「ですね。事前偵察した限りでは、どこも杓子定規って感じではなかったですし」 皿に置いた諸々を口に放り込みつつ、ここまでの成果を話し合う。とはいえ大した情報もなし、すぐに雑談へと変わった。 早くも今日の夕食の献立に悩む二人を尻目に、わたしはさっきから何やら考えてるらしいライナーに声を掛ける。 「心配事?」 「いや、そういうわけじゃなくてさ、プラズマベルほどとは言わないけど、この辺妙にガーディアン多いし強いよなと」 「重要な施設でもあったんじゃないの? 今はどうだか知らないけど」 「だよなあ。でも、何となくそれだけじゃない気がする」 「ふうん……根拠は?」 「ない。ただの勘」 勘、ねえ。 普通なら鼻で笑うところ、だけれど―― 「あなたがそこまで言うなら、ちょっとくらいは信じてあげるわ」 「え? ミュールだったらここは鼻で笑うところじゃないのか?」 「たまにはそういう気分にもなるわよ。その代わり、何もなかったらひとつわたしの命令を聞きなさい」 「俺の勘が当たってたら?」 「そうね……今日は添い寝してあげてもいいわ」 「どっちにしろ俺には罰ゲームのような……」 「役得じゃない」 「はぁ……。とりあえず、食い終わって片付けたら答え合わせ、だな」 最後の一切れをフォークで突き刺し、ぱくりと口の中に入れたライナーが空になった弁当箱を重ね始めるのを見て、わたしは立ち上がった。 ちなみにさっきからこっちにジト目を向けてるシュレリアは無視。全く、言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに、難儀な性格ね。 まとめた荷物を再びELMA達に持たせ、装備も整えて部屋を出る。そこからの行程は順調だった。運がよかったのかはわからないけど、二回戦闘するだけで済んだし。 ただ、最後の最後で躓いた。 あからさまにガーディアンが塞いでた通路の奥。一際大きい扉に近付いてみるものの、ぴくりとも動かない。 「……監視系統が独立しているようですね」 「メイメイの管理外ってことね。となると――アヤタネ」 「はい」 「やり方は任せるわ。どうにかしなさい」 そんなわたしの言葉に微笑を返し、アヤタネは扉の前で両手を腰の刀柄に添えた。 すぅ、と鋭く息を吸う。瞬間、珍しく気合の乗った掛け声に合わせて、硬い物を断つ音が四回立て続けに聞こえた。 二振りの刃を鞘に納め、扉の真ん中をアヤタネが手で押すと、歪な四角形に切り取られた部分が、部屋の側に倒れ込んだ。その光景に、シュレリアが呆れたような声色で呟く。 「もっと穏当な手段はなかったんですか……」 「いえ、これが一番早いかと思いまして」 「派手でいいじゃない。よくやったわね」 縁に指を掛け、跨ぐようにして室内に入った。 今までの小部屋と比べて格段に広い。中央と右奥にかなり大規模な設備の跡があり、左奥には複数の端末が並んでいる。ぱっと見じゃ何の研究をしてたのかはわからないけど、天覇の研究者達がここに来たら狂喜乱舞しそうね。 暗黙のままに、全員で散らばって手掛かりになりそうな資料を探し始める。この施設を使ってた人間が几帳面だったのか、あるいは機密保持をきっちり遵守してたからか、デスクの上に紙束が無造作に置かれてたりはしなかった。 怪しいのは……いくつかある、鍵付きの棚。 「ライナー、ちょっと」 「ん、どうした?」 「この鍵、開けられる?」 「俺にピッキングの技能はないんだけどな……。でも、これくらいのものなら何とかなると思う」 「じゃあよろしく」 「わかった。少し下がってくれ」 わたしが後ろに回ったのを見計らい、ライナーは腰の剣を抜いた。 上段に構え、手前に開く形の二枚扉、その中心の継ぎ目をなぞる軌道で振り下ろす。先端が隙間を通り、鍵がある部分で高く乾いた音が響く。 「よし。これでいけるはずだぞ、っと。ほら開いた」 「へえ……意外と器用なのね」 「意外とって何だよ、意外とって」 武器が武器だし、ライナーの剣術って力業みたいな面が強いとばかり思ってたんだけど……扉や中身をほとんど傷付けずに鍵だけ斬るなんて、よっぽど精密な力加減ができないと無理な芸当でしょ。 なるほど、エレミアの騎士筆頭は伊達じゃないわね、とこっそり心の中でライナーの評価を改めつつ、出てきた書類を引っ張り出す。 綺麗に穴打ちされてバインダーに挟まれたそれらは、五分や十分じゃ到底目を通し切れない量だった。ひとまずバインダーの背表紙に貼られたラベルを見て、おおまかな優先順位を決めていく。最悪読めなかった分はELMAに運ばせて、帰ってからゆっくりチェックすればいい。 あからさまに関係なさそうなページは飛ばし、ざっと文字を追う。こういう大量の文章を速く読むには、全体を俯瞰するような感じで、バラバラの文字じゃなく一つの固まりとして捉えるのがコツね。絵画を鑑賞するのと同じ。気になった箇所があればそこだけ注視する。 途中から手が空いたらしいシュレリアも混ざり、しばらくその作業に没頭した。 半ば機械的にページをめくっていた指が止まったのは、バインダーが三つ目に入った頃だった。 横文字の、簡潔な研究報告に埋もれた一文。 『実験体のうち残りの三体については、一号体ミディールのみ保管扱いとし、二号体メフィール、三号体アルメディア両体を第十六研究室に移送とする』 数秒、呼吸を忘れた。 逸る心を抑えつけ、さらに下へ視線を移す。第十六研究室のある場所は、すぐにわかった。 ここから、そう遠くはない。 「シュレリア、こっち来なさい」 「何か見つかりましたか?」 「これ。今開いてるところを読んで」 「……ミュール」 「今までで最高の手掛かりだわ。ライナー、アヤタネ、ここを出るから準備。ELMA、この書類の山を一旦家に置いてきて。全部運び終わったら向かうわよ」 期待はするなと自分に言い聞かせながらも、胸の弾みはしばらく治まりそうになかった。 予感がある。 そこに至った時、わたしが抱えてるものは、はっきりとした形を持つんだろう、と。 さっきの施設よりさらに厳しい警備を強行突破し、通路の隅々にガーディアンの残骸を積み上げ、目的の施設前でライナーとアヤタネが扉を解体し―― ――そしてわたしは辿り着いた。 旅の終わりの、その場所に。 バラバラになった扉の欠片が床に落ち、不揃いな轟音を立てると、視界に研究室の全貌が飛び込んでくる。 若干あの資料を見つけた施設より広く、生きた設備もいくらか残っていた。部屋のそこかしこで装置が明滅し、弱い光で室内を満たしている。 けれど、真っ先に目に入ったのは、そんなものじゃない。 中央に並べられた、二つの培養漕。 その中に浮かんだ、二つの人影。 一糸纏わぬ肌は異様に青白く、薄く開いた瞳はどこにも焦点が合っていなかった。新陳代謝を抑えられてるのか、髪や爪はさほど長くない。全身に培養漕の下から伸びるケーブルが取り付けられ、どうやらそれを通して彼女達の状態をモニタしているらしかった。 ……何より気持ち悪いことに。 どっちも、わたしにそっくりだわ。 「そう。これが……」 この子達が。 失敗作の烙印を押され、外界にさえ出られなかった“わたし”の姿。 奥のモニタに近付くと、隣り合った二台にそれぞれ名前が表示されている。 MEFILE_FEHU_EOLIA_ARTONELICO。 ARMEDIA_FEHU_EOLIA_ARTONELICO。 ヒュムネコードらしき記述を見ても、この二人がメフィールとアルメディアであることは間違いない。 わたしと瓜二つなのは、おそらく製造予算を削減したかったから、でしょうね。別々のデザインにするより、外見は同一パターンにした方が簡単かつ安く上がる。その分内面的な設定に差異を付けて、どの個体が一番御しやすいかを実験した。 完全に制御できるか、じゃない。 わたしに施された処置は、あくまで感情の抑制だった。それはつまり、プロジェクトそのものに欠陥があったことを意味する。 あの人間どもは、計画の中途で「心の発露を抑え切るのは不可能だ」と気付いてたわ。 メフィール。アルメディア。 彼女達にもたぶん、どこかで感情が生まれた。 だからこそ計画からは外され、代わりに―― 「お願い。ここにある書類の類だけを運び出しておいて。そしたら全員下がりなさい」 「……わかりました。貴方の判断に任せましょう」 シュレリアの言葉に、ライナーとアヤタネも頷く。 手際良く資料は回収され、室内にはわたしと“わたしの過去”だけが残った。 六つの足音が遠ざかる。 詩は、自然に唇からこぼれた。 (わたしはあなた。救われ、希望を見つけたあなた) もしまだ、彼女達に心があったならば。口を開くことができたならば。 クレアが見たミディールのように、人間への、世界への呪詛が溢れたでしょうね。 わたしもそうだった。何かが少しズレただけで、立場は逆転してたかもしれない。 (あなたはわたし。閉ざされ、絶望に落ちたわたし) それでも、過去には戻れない。 数多の屍を踏み越えた先に、わたしは立ってる。 だから――迷ったりはしないわ。 生きる者の傲慢さを以って、精一杯哀れんで、悲しんであげる。 他の誰でもない、この手で、終わらせることで。 死が安らぎかどうかなんてわからないけど――こうしてただ生き永らえてるだけの姿を目にし続けるのは、嫌だもの。 息を吸う。 限界まで溜めた力は、はちきれる寸前。 その全てを一点に向けて、わたしは、意思を解き放つ。 「おやすみなさい」 ……メフィール、アルメディア。わたしの欠片。 培養漕の根元に着弾した光は、一瞬で膨れ上がった。 室内に広がり、目前の装置を、二人のレーヴァテイルを、過去の遺物を飲み込んでいく。 凄まじい炸裂音が風圧を生み出し、爆心地の間近にいるわたしの髪と服を激しく煽る。飛び散った金属やガラスの破片が頬を掠め、鋭い痛みと共にうっすら血が流れる。 痛い。 だからわたしは、生きてる。 詩魔法の余波が静まった後には、ほとんどの物が原型を留めていなかった。勿論、あの二人も。 ……終わった、のよね。 そう自分で認めると、急に力が抜けた。 視界ががくんと沈む。硬い床に思いっきり膝を打ちつけかけたところで、不意にわたしの両脇を支える腕があった。 「下がってたんじゃないの?」 「やっぱ心配になってさ。……大丈夫か?」 「相変わらず気遣いが下手ね」 「自覚はあるよ。手は離した方が?」 「ええ。この格好じゃ情けないにも程があるもの」 言って、腕が引かれる前に振り返る。 そうしてわたしはライナーの首にしがみつくようにして、 「代わりに背負いなさい。今日はもう、疲れたわ」 唇を寄せた耳元に、そっと囁いた。 机の上で開いたバインダー、そこに挟まる資料の無機質な文章を、片肘に頬杖の姿勢でぼんやり眺める。 淡々と記されてる、非人道的な実験の詳細。 これを見ればよくわかる。 失敗作として運ばれてきた彼女達を、研究者どもは 意図的に性能を高めたレーヴァテイル、失敗作とはいえ研究の成果たる二人がどこまで耐えられるかを、どこで駄目になるのかを実証したかったんでしょうね。 一般的なベータ純血種の耐用年数は約百五十年。なのに今の今まで曲がりなりにも生きてたのは、おそらく休眠処置を掛けられてたから。ミディールが天覇に回収された時、肉体はそこそこいい状態で保たれてたみたいだし、あの二人も特別おかしなところは見当たらなかった。中核三角環の機能を極端に落として眠らせれば、ほとんど稼働してないのと同じになる……って感じかしら。 でも、仮に彼女達を「起こした」としても、目覚めることはなかったと思うわ。 芽生えた感情も、生まれた心も、壊されれば終わり。 後には空っぽの、器だけしか残らない。 「ミュール、まだ起きてるか?」 「もう寝てるわ」 「……それじゃどう考えても起きてるだろ。入るぞ」 唐突な訪問に、わたしは机のバインダーを荒い動作で閉じた。 入るぞ、なんて言いながら、ライナーは外で律儀にこっちの返答を待ってる。本当、気遣いができるんだかできないんだかわからないわ。 席を立ち、久しぶりに自分から扉を開ける。普段は鍵も掛けてないし、適当に声だけ掛けて入らせるんだけど、何となく今日はそうする気にならなかった。 二人でベッドに。いつもの通り、腰を下ろす。 「何かさ、すっきりしない感じだったな」 「世の中そういうことの方が多いものでしょ。全部上手く行って、みんな幸せになりました、なんてのはそうそう有り得ない」 「うん。わかってる。だけどこう、もっといい方法はなかったのかとか、どうしたって考えちゃうっていうか」 「さあね。……でもライナー、わたしは後悔してないわよ」 「そんな顔してるのに?」 「別に、変な顔をしてるつもりはないけど」 「ちょっと泣きそうだぞ。珍しく」 珍しくは余計よ。 「……あれしかなかったし、あれでよかったのよ。本来なら、あの子達はずっと前に死んでたはずだもの」 「だからってミュールが……その、頑張る必要なんて」 「わたしがやらなきゃいけなかったわ。過去の清算、けじめとして」 この痛みを背負っていいのは、わたしだけ。 覚悟はしてた。迷いもなかった。 けれど、 「ライナー」 「……おう」 「あなた、わたしのことが好き?」 「………………は!?」 「いいから答えなさい」 「う、いやまあ、えっと、何つーか……たぶん」 「たぶんって何よ」 「今までそういう経験一度もなかったし、自分に自信が持てないと言いますか」 「そう。ならわたしと同じね」 寄り掛かる。体重を預ける。 見上げる。目と目が合う。 「同情は要らない。――だから、そうじゃないことを証明して」 その日。 胸に溢れる感情を、わたしは正しく理解した。 「……私も、これで向き合わなければいけなくなったのでしょうね」 back|index|next |