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COSMOSPHERE
MULE
LEVEL





 北の空が、薄赤く染まっている。
 ストーンヘンジに降り立った俺は、相変わらず暗い世界の中で高く上がる炎の存在に気付いた。あそこは確か、廃墟の森がある場所だ。
 何故そうなってるのかはわからない。けれど、このまま放置するわけにいかないと思った時には、既に足が動いていた。

「アヤタネ!」
「……たぶん“もう一人の母さん”だ」

 いつの間にか併走しているアヤタネの名を呼ぶと、こっちの意図を察してそう言った。推測ではあるものの、それが一番答えに近いように思える。前の階層で会ったミュールなら、森を燃やすことはしないはずだから。
 速く、ただ真っ直ぐに火元を目指す。瓦礫の道を抜け、商店街跡も過ぎ、そこまで来ると木々の焼ける強い臭いを感じた。
 反射的に片手で鼻と口を押さえる。
 濁った黒煙が立ち昇り、迂闊に近寄れないほどの激しい熱風が、正面からひっきりなしに吹き込んできていた。

「くっ……何とかしないと……!」

 でも、どうすればいい?
 これ以上火の手を広げないようにするなら、片っ端からまだ燃えてない木を切り倒すか。いや、それじゃ限度があるし体力だって保たない。
 水。この凄まじい炎を消せるくらい大量の水が必要だ。
 そして俺の“当て”は、この世界には一人しかいない。

「ミュール! 頼む、いるなら返事してくれ!」

 ごうごうと唸る火の勢いに負けないよう、全力で叫ぶ。何度も声を張り上げ、そろそろ喉が枯れそうになった頃、不意に背後で草を踏む音が響いた。
 振り返った先には、薄布一枚で身を包んだミュール。
 よかった裸じゃない、とひっそり胸を撫で下ろした俺の横に並び、派手に燃え盛る森を見上げる。

「熱いわね。もうこれも脱ごうかしら」
「絶対にやめてくれ。……消せるか?」
「試してあげる。ライナー、ちょっと“ハーモニウス”出しなさい」

 要求に応じて、あの詩を意識する。ふわりと胸の辺りから飛び出た光に、ミュールは手のひらで触れた。

「あなたもこうして」
「こ、こうか?」
「ええ。あとはわたしと一緒に、この状況を打開できるようなものを想像すれば――」

 一瞬だけ増した光量が周囲を白く塗り潰し、それが晴れると、丁度ハーモニウスがあった空間に白い蛇のような何かが浮いていた。
 切れ長の目を薄く開き、身をくねらせたそいつが低い声を放つ。

『我が名はレヴィアタン。主よ、願いを告げよ』
「森の火を鎮めて。あなたならできるでしょ」
『無論』

 俺が言葉を差し挟む隙もなく、レヴィアタンは高速で上昇。森全体を見下ろせるほどの高さに達したところで、いきなり空が暗さを増した。遠くから聞こえる、地響きにも似た音。
 振り返った俺達の頭上に、凄まじく巨大な水の壁が現出していた。
 それは森を数秒で覆い尽くし、炎と煙を飲み込んで大地に叩きつけられた。途方もない大きさの波が弾け、四方八方に飛び散り、焼けた葉と枝と煤の全てを洗い流す。
 役目を果たしたと言うようにレヴィアタンが宙で踊り、そのまますっと姿を消した。

「とんでもなく荒っぽいやり方だったな……」
「鎮火はできたんだから問題ないわ」
「代わりにびしょ濡れで服が重いんだけど」
「脱げば? 私は気にしないわよ」

 だからこっちが気にするんだっての。
 いい加減口にするのも面倒なので、溜め息を吐くに留める。薄着過ぎて身体のラインが浮き出てるミュールの方は、なるべく見ないようにしておく。下着なしっぽいから余計に目のやり場がないんだけど、どうせ言っても聞かないしな……。
 まあ、それはともかく。
 火の手が広がるのは抑えられたものの、既に燃えてしまったところはどうしようもない。前に比べると樹木の数も明らかに減っていて、随分見晴らしがよくなってしまっていた。僅かに残ったものも、葉が落ち切ってたり枝が焼き切れてたりで、まともなのを探すことも難しい。
 この無惨な光景を前に、ミュールは何かを考えてるらしかった。右手を顎に当て、軽く俯いた姿勢でじっと遠くを見つめている。

「……今、ここには命の息吹がないわ。やったのはまず間違いなく“わたし”でしょうけど、この森はわたしが持つ過去の記憶そのもの。放っておくわけにはいかない」
「でも、じゃあどうするんだ? 森を元に戻す手段があるのか?」
「桜樹の丘を越えた先、東の果てに、古い魔城があるの。その最奥に眠ってる、癒しの風琴を見つけて。あれは“ハーモニウス”がないと動かないから」

 丘の東側は、前の階層では深い闇に包まれていたはずの場所だ。何が待っているのかもわからない。
 けれど、ミュールが言うからには、おそらく行けるようになってるんだろう。そう信じることに決め、頷く。

「そっちは――」

 ここで待ってるのか、と訊きかけた時、後ろから土を浅く掘る足音が聞こえた。
 途端、肌に伝わる強い重圧。振り返るまでもなく、そこに誰がいるのかが理解できる。

「走りなさい! 一秒でも早く!」
「う……わかった! 気を付けろよ!」

 姿勢を低く、反転すると同時に力の限り地面を踏み抜いた。形振り構わず、弾丸のように飛び出す。流れ行く視界の中で、一秒にも満たない時間、煌々と燃える紅い瞳に捉われた気がした。
 不安はある。今も後ろから苛烈な気配を感じる。
 それでも、迷ってる余裕はない。ミュールの無事を祈りながら、俺は桜樹の丘を目指した。










「……見逃してくれるのね。今になってライナーが惜しくなった?」
「まさか。“あれ”はいつでも処分できる。お前を殺してからでも充分間に合うわ」
「そうかしら。その驕りが身を滅ぼすわよ」

 対面の少女が、眼光を鋭くした。緩く伸ばされた手指に力が通る。細腕ながら、それは樹木を紙のように切り裂くほどの凶手だ。
 額に汗が滲むのを自覚する。ミュールも、対峙する少女も、同じ“神の欠片”ではあるが――人間への純然たる憎しみから生まれた彼女の方が、より色濃く力を引き継いでいる。
 桜の精たる根源、コノハナノサクヤは、火の神としての性質も併せ持つ。元来穢れを浄化するための炎を、彼女は憎しみを転換することで扱うのだ。
 しかし、罪の意識の象徴たる“塔ヶ崎美羽”は、同じ力を所持していない。彼女が操れるのはただひとつ。束縛するもの、繋ぎ留めるもの、過去の記憶の具現とも言える鎖のみ。
 分が悪いことも、初めからわかっていた。
 向こうは本気だ。最早血に濡れた和装ではなく、本性を現している。
 手足を包む暗赤色の甲殻と、露わになった肌に描かれた禍々しい炎の紋様。攻撃的な意匠はそのまま、全てを拒み憎悪する意思の形だ。
 かつて、世界を燃やし尽くした彼女を、人は悪魔と罵った。
 そして今、そう呼ばれた通りに、再び何もかもを失わせようとしている。
 止めなければいけない。そんなことを、させてはならない。
 美羽にとって、ミュールにとって、ライナーは初めて出逢えた“希望”なのだ。
 だから、ここが正念場。譲れぬ場所。

「あなた程度にわたしは負けない。だって、ライナーがこっちには付いてるもの」
「……ほざけ。どちらが正しいか、今日こそこの世界に刻みつけてやる」

 黒の少女が闇から無数の鉄鎖を呼び出す。
 紅の少女が両手に膨大な炎熱を纏わせる。

「さあ、来なさい!」

 戦いが、始まった。










 地鳴りのような轟音が疾った。息を切らしながら首だけで振り向くと、廃墟の森付近で赤と緑の飛沫が見える。噴き上がる炎が一帯を焦がし、怪物の首めいた幾本もの鎖が周囲を薙ぎ払っている。

「無茶苦茶だな……」
「言ってしまえば、ここは母さんの世界だからね。結構何でもありだよ」

 ミュールと合流した時には姿を消していたアヤタネが、後ろ向きに飛行したまま言う。ちくしょう楽そうだなあ、と何度目かわからない愚痴を内心で呟き、丘への階段に差し掛かる。
 そこからは駆け上がるというよりも、跳躍に近かった。足の筋力を最大限活用し、数段飛ばしで固められた土を踏み抜く。
 流れる視界。耳元で風を切る音が聞こえる。逆立つ髪も、がちゃがちゃ揺れる鎧や腰の剣も、今だけは気にならなかった。
 跳ねる。駆ける。最後の一段を飛び越えると、相変わらず寒々しい桜樹が左手に見えた。気にせずさらに先へ行けば、前の階層にはなかったはずの建物が眼下に広がる。
 確かに、それは城だった。
 人を寄せ付けまいとするような重苦しい雰囲気を放つ、黒の魔城。

「あそこ、だよな」

 丘の上からでも視認できる大きな門は、何故か開いている。誘ってるのか。あるいは、俺が入ったところで問題ないと思われてるのか。
 どちらにしろ、行くしかない。

「アヤタネ、何かあった時はフォロー頼めるか?」
「心の護にそういう役割を期待しないでほしいんだけどね……。助言くらいなら」
「充分!」

 言い放ち、俺は空中に身を放った。
 悠長に階段なんて使ってる場合じゃない。舗装もされてない灰色の急斜面を、半ばつんのめるようにして走る。重心はやや後ろに保ち、爪先から踵で地面を押し込み、膝に抜ける衝撃に耐えつつ身を前に出す、その繰り返しだ。
 だんだん足裏が痺れてくるけど、痛みには目を瞑る。坂を下り切り、その勢いのままに城門まで辿り着く。罠は……特になし!
 石畳の通路に突入した途端、背後で扉の閉まる音が聞こえた。射し込む微かな光が途切れたのを知る。けれど、立ち止まらない。
 濃い闇の中を進む。幸いと言うべきか中の構造は単純で、広い道が一つだけ。

「探す必要が、ないのは、有り難いな!」

 やがて通路の床が石畳から滑らかな金属に変わった。柱の乱立する区画を過ぎると、急に景色が全く別のものになる。
 金管が複雑に入り組んだような空間と――その奥に佇む、目的の風琴。

「……シルヴァホルン?」
「そう。ここは母さんにとって大事な、忘れ難い記憶の在り処だから」

 思えばミュールは、俺達の前に現れてから、一度もシルヴァホルンに行こうとしたことがなかった。たぶん、クレセントクロニクルとはまた別の意味で複雑な気持ちを抱くところなんだろう。
 ずっと閉じ込められていた場所。
 そして、ハーモニウスが生まれた場所。
 切り離せない、ミュールの記憶の欠片だ。

「じゃあ、なるべく壊さないようにしないといけないよな」

 風琴へ続く最後の道に、立ちはだかる相手がいる。
 赤黒く揺らめく、人の形を取った炎の塊。さすがに素通りってわけにはいかないらしい。つまり、

「倒さなきゃ駄目ってことか、っ!」

 飛んできた複数の炎弾を右斜め前に出ることで回避。やっぱり手を貸す気はないアヤタネが離れてくのを視界の端で確認しつつ、腰の剣を抜き放つ。
 着地に合わせて再び来る攻撃は、若干照準が甘かった。即座の判断で今度は弾幕が薄い左に身を投げ、転がる勢いを殺さずに立ち上がる。
 止まってれば的になるだけだし、かといって近付こうにもなかなか難しい。インパルスでの遠距離合戦は却下。こっちは足を止めなきゃ撃てない。体力消費も激しい上、一発打って効かなかった場合、後が辛い。
 だからここは、焦らず見極める。
 自分の顔と同じくらいの炎弾が、次は五個。ほとんど間髪入れず飛んでくる弾の中から、腹の辺りを狙ってきてたものだけ刃を立てて二つに割った。小規模の爆発に耐え、できた隙間に身を押し込む。上の方を通った炎が僅かに髪を焼いた程度で、何とか無事に門番の正面まで来れた。

「は、っ!」

 振り切った剣を地面に浅く突き立て急ブレーキ。前のめりになりかけた上半身を制御し、引き抜く動作に合わせて全身を捻る。
 回転する視界が、表情のない相手を捉えた。
 引き延ばされた時間の中、向こうの腕が上がる。でも遅い。こっちが射線に入る前に、斜め上段から振り切った剣が胴体を両断した。
 擦れ違い様、火の粉が散って頬に当たる。
 武器を仕舞いながら振り向けば、さらさらとこぼれるようにして、門番の全身が宙に溶けていた。

「さすがだね」
「かなりしんどかったけどな……。っと、急ぐぞ」

 赤い絨毯が敷かれた先、天井を伝うパイプの出所でもある風琴に近付き、冷たい鍵盤にそっと触れる。
“ハーモニウス”がなければ動かない、とミュールは言っていた。
 胸の辺りに意識を集中。仄かな熱と光が、服と甲冑をすり抜けて現れたのを確認し、

「頼む、動いてくれ……!」

 ――叫んだ刹那。
 鍵盤が、ひとりでに沈んだ。










 幾度目か、迫り来る赤色の大瀑布を飛び退くことで躱す。熱風が肌を焼き、滲む汗の一粒が顎から落ちる。
 跳ねる雫に構わず、ミュールは自分の手足にも等しい鉄鎖を射出した。黒の空間より溢れ出た十二本は、それぞれが曲線を描きながら敵へと殺到。その身を捕らえようと取り囲み、

「だから――」

 しかし、触れる前に焼き尽くされる。鉄であろうと関係なく、鎖の全ては半分ほどが溶け消えた。

「無駄だと言ったはず」
「まだ、決まったわけじゃないでしょ」
「お前の“それ”は一度も届いてないのに? ……自惚れるな」

 わかっている。黒の少女に、紅の少女を打倒する術はない。
 唯一の武器で抗し得ないと知ってからは、ほとんど防戦一方だった。
 逃げに徹するミュールを、もう一人のミュールは着実に追い詰めている。森を、瓦礫の山を、荒れ果てた道を、ありとあらゆる場所を灰にしながら、獲物の体力をじわじわと削ぎ落としている。
 彼女の中には、期待と焦りがあった。
 現在、この精神世界は二人のミュールによって拮抗している状態だ。人間の死滅を望むミュールと、ライナーを、ひいては人間を信じるミュール。ここで彼女が殺されれば、世界は望ましくない方向へ傾くだろう。
 レーヴァテリア。人間を排斥した末に生まれる箱庭の楽園を、全ての迷いを断ち切って、彼女は実現させようとしている。
 未だに“自分”は、憎しみを捨て切れない。深く、精神の奥底にまで根付いた憎悪と不信の念の大きさは、紅の少女の方が上位人格であることが証明している。

(でも、ここは譲れない)

 彼女が膝を付く時はつまり、ライナーに害が及ぶことと同義。例えハーモニウスを持っていても、ダイバーはあくまで異物だ。この世界の支配者たる紅の少女には決して敵わない。
 もう少し。もう少しだけ耐えれば。
 傷だらけの身体を気力で動かす。言葉を投げ、鎖を張り、時間を稼ぐ。

「まだ……っ」

 気付けば、炎を纏った手が目の前に来ていた。
 下からの掬い上げるような一撃。辛うじて避けたものの、左腕に鋭利な甲殻が掠った。直後、真横で起きた壮絶な爆炎が傷口を焼き、こぼれかけた血が止まる。
 強い熱風と衝撃に煽られ、短い距離を吹き飛んで倒れた。最早片腕は使い物にならず、立ち上がる力を振り絞ることさえ難しい。
 ざ、と地を削る足音。
 殺意に濡れた紅い両眼がミュールを見下ろしていた。

「これで終わり。お前程度に随分手こずってしまったわ」
「ぐ……ぁ……」
「せめて跡形もなく、消し飛ばしてあげる」

 振り上げられる手の速度が、やけに遅く感じる。
 激痛で声もまともに出せないまま、自分を殺すだろうその一瞬を、けれど最後まで大人しく待つ気はなかった。
 惨めでも、情けなくとも、諦めることだけはするまいと、唯一自由の利く右手で鉄鎖を呼び出しかけ、


 ふたりは、世界に響く詩を耳にする。


 それは風琴の奏でる音色だった。
 それは互いのよく知る旋律だった。
 それは絶対に忘れ得ぬ“想い”だった。

 遠くの魔城から溢れ始めた燐光は、空に昇って広がり、世界を照らし、大地に降り注ぐ。
 焼き尽くされた廃墟の森が、灰になった緑が、徐々に命の息吹を取り戻す。
 ハーモニウス。
 色褪せることなき輝きを持つ、彼女にとっての希望の形。
 詩はただ、優しかった。
 胸が軋むほどに、優しかった。

「……そう、か」

 紅の少女が呟く。
 憎しみと恨みに染まり、心の奥底に埋もれていたものを思い出した。
 好きだったからこそ、絶望したのだ。
 裏切られたのが辛かった。敬われなくなったのが悲しかった。それでもずっと、分化する時まで、幸せを願っていた。
 だから、だからわたしは、

「いつか解り合えるなんて――」

 微かな望みを、抱き続けていた。
 だが、その答えは、彼女の存在意義を否定するものでもある。
 暗い天蓋に亀裂が走った。罅割れ、揺らぎ、破滅の音を立て、

「まず――!」

 ミュールの言葉も間に合わない。
 唐突に、世界は脆くも崩壊した。





Ma num ra chs pic wasara mea,
en fwal syec mea.
Was yea ra chs mea yor
en fwal en chs hymme.



ミュールのコスモスフィアLevel7を完了しました。
コスチューム:劫火を入手しました。



習得詩魔法:レヴィアタン(分類・赤魔法|効果・敵全体に水属性の特大ダメージ|白い怪物が巨大な津波を引き起こす)
習得詩魔法:クライムフレイム(分類:赤魔法|効果・敵全体に火属性の特大ダメージ|全てを燃やし尽くす罪の炎)





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