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COSMOSPHERE
MULE
LEVEL





 結局昨日はあまり眠れなかった。
 美羽のことを考えていた……というのもあながち間違いではないのだが、悩みの種は、彼女に対する陰湿ないじめの方だ。
 まさか自分のクラスでそんなことが行われているとは思っていなかったし、どうやって解決すればいいのかもわからない。
 単純に言って聞かせれば解決、とは行かないだろう。そもそも頭脳労働が苦手な頼奈には、こうやって考えること自体向いていないのだ。まだ織香に助力を頼んだ方が賢い。
 とはいえ、明らかに個人的な問題を相談するのも気が引ける。助けてほしいと言われたわけでもなし、本人に突っぱねられたんだから余計なお節介じゃないかな、とばっさり切られる気もする。
 とりあえずの答えを出すこともできないまま、普段より五分ほど遅れて教室に到着した頼奈は、そこで違和を感じた。
 朝の喧噪が、こころなし控えめだった。入ってすぐ気付ける不自然さに、引き戸の上で足を止め、室内の様子を窺う。
 見れば、窓際で集まり喋っているはずの女子グループがひとつ減っていた。微妙に不確かな記憶を頼りに、その女子生徒達の席へ順繰りに視線を移す。

「……鞄がない」

 そういえば。
 昨日女子トイレから出てきたのは、このグループの人間じゃなかったか――?

「あっ、頼奈、おはよー……ってどうしたの、そんな真面目な顔して」
「え、あ、いや、何か今日は静かだなと思ってさ」
「いつも来てる人達がいないからね。みんなして風邪でもひいたのかな」

 首を傾げる織香に曖昧な返事をして、再び頼奈は美羽の机を見やる。
 冷たく不在の空気を保ったそこは、ホームルームが始まっても埋まることはなかった。










 美羽を除いた数人の女子生徒の欠席について、教師は何も言わなかったが、昼休みになって織香が噂を拾ってきた。

「むぐ……ん、あのね、家に帰ってきてないんだって」
「帰ってきてない?」
「うん。昨日の放課後に学校で姿を見た子はいるみたいなんだけど」

 彼女達は元々、よく寄り道をしたりで遅くなることが多かったらしい。だから親も初めは疑っていなかった。また遊んでるんだろう、と。
 しかし、深夜になっても音沙汰がない。電話やメールさえない状況に、さすがに訝しんだ親は連絡を試みたが、どちらも反応はなかった。
 不審に思った親達が相互に確認をし、いわゆる仲良しグループだった面子が揃って音信不通なことが明らかになった。相談の結果警察に捜索願いを出したものの、未だ発見には至っていないという。

「つまり、行方不明ってことか」
「集団失踪って線はなさそうだよね。そんな風には見えなかったし。……頼奈?」
「……ん、ああ、何でもない」
「ほんとに? 悩み事あるなら話くらいは聞くよ?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと寝不足なだけだから」
「ならいいけど……」

 全然良くないと言わんばかりの表情で、それでも一歩下がってくれた織香に心中で感謝する。
 買ってきたコンビニのおにぎりを食みながら、行方の知れない女子生徒の顔を一人一人思い浮かべた。
 ……現状、不在の美羽と消失した彼女達の接点に気付いているのは、頼奈だけだ。
 実際に関わりがあるかはわからない。むしろ、全く関係ない可能性の方が高いだろう。
 だが、頼奈は嫌な予感を拭えなかった。
 遅刻でもいい、美羽が来てくれれば、こんな不安を抱かずに済むのに――そう願ってみても一向に美羽は姿を現さず、放課後まで彼女の席は空白のままだった。
 小さくない落胆と不安が、胸の中にじわりと広がる。

「頼奈ー、一緒に帰……る気はなさそうだね」
「悪い。ちょっと行かなきゃならないとこがあるんだ」
「……それって、今日ずっと真面目な顔してたのと関係ある?」
「う、まあ、そう、だな」
「そっか。わかった、じゃあ早く行った方がいいよ。また明日ね」
「おう。また明日」

 鞄を手に持ち、別れの挨拶もそこそこに頼奈はダッシュで教室を出た。
 その背を見送り、織香はぽつりと漏らす。
 穏やかな、諦念を滲ませて。

「あーあ、やっぱり私じゃ駄目なのかなあ。……塔ヶ崎さんのことが、ちょっと羨ましいよ」










 勢いに任せて桜樹の丘に来たはいいものの、いったい美羽がどこにいるのか、頼奈には見当が付かなかった。
 よくよく考えずとも、彼女のことはほとんど知らないのだ。学校と桜樹の丘以外、外では会ったこともない。明確な宛てもないこの状況、見つけられる確率は限りなく低い。
 それを理解していても、頼奈に足を止めるつもりはなかった。丘から商店街へ続く階段を駆け降りる。息を切らしつつも、公園や店、ほんの少しでも有り得そうな場所を虱潰しに覗いて回る。
 やがて夕陽が落ちかける頃、ふと頼奈は犬のような声を聞いた。今は些細なきっかけにさえ縋りたい。音のした方へ行ってみると、犬にしては妙に機械的なフォルムの何かが、遠くを向いて弱く鳴いていた。
 迷子なんだろうか、と近付いた途端、その犬は凄まじい速度で頼奈から逃げるように走り去っていく。あまりの仕打ちに思わず苛つきを覚えたが、犬が逃げた方角に視線を向けた時、唐突に既視感が脳裏を過る。
 桜樹の丘で美羽と会った日。
 追いかけて見失ったのは、確か、この道だ。
 いくつかの民家が並ぶ先、今はもうほとんど誰も通らない道の奥に何があるかを、頼奈は知っている。
 昼でも薄暗く不気味なそこは、廃墟の森と呼ばれる場所だ。朽ちた古い過去の残骸が眠る、一種犯し難い雰囲気すら漂うその空間に、これまで頼奈は訪れたことがない。
 謂われを知る者もいないのに、何故かあの場所には、立ち入るなかれという不文律が存在している。
 街の中で唯一忌まれる区域。
 躊躇いがないわけでもない、が、美羽の行方を知りたい気持ちが勝った。
 道なりに走る。アスファルトの地面は次第に土へと変わり、森に近付くと今度は伸びるに任せた雑草が土を覆い隠す。
 周囲の風景が緑を濃くし、ついには道が途切れた。一瞬迷い、けれど僅かに草が踏み潰された、人が通った痕跡を見つけて、頼奈はそのルートを辿っていく。
 乱立する木々が徐々に数を減らし、ある地点から不意に視界が拓けた。

「……塔ヶ崎、さん?」

 果たして、美羽はそこにいた。
 風化した瓦礫らしきものが至るところに転がった、広い空間の中心。制服姿のまま、頼奈に背を向けて立ち尽くしている。
 返事はない。聞こえなかったのかと数歩距離を詰め、もう一度声を掛けようとして、彼女の向かいに“誰か”がいることに気付いた。
 紅い、和装の少女。
 見間違えでなければ。
 錯覚でなければ。
 彼女は、美羽と同じ顔をしていた。

「ふうん。こんなところにニンゲンが来るなんて……随分執着されてるのね。それとも、情でも移ったのかしら」
「…………どうして来たのよ」
「いや、昨日のことが、気になって。それで」
「昨日のこと? ……そう。ふふ、そういう理由」

 対峙する少女が可笑しそうに口元を綻ばせる。
 表情は窺えないが、美羽の雰囲気がさらに鋭くなったのがわかった。
 背筋が震える。
 嫌な予感が収まらない。

「わたしも、塔ヶ崎美羽よ。そこにいるわたしが捨て去った、捨て去ろうとした自分自身」
「自分自身……?」
「わからない、って顔をしてるわね。なら教えてあげる。わたしがどういうものなのか」

 すっと持ち上げられた両手。
 濡れている。
 滴る雫の色もまた、彼女の外装と同じく紅い。
 大気に触れて昏く濁った、ぬめりの強い液体。
 あれは。
 あれは――血だ。
 誰の? 美羽の? 彼女の?
 それとも、他の――

「……まさか」
「ニンゲンは醜くて脆いわ。だからほら、こんなにも血がこびり付いて離れない」

 確証はない。
 けれど、彼女が示唆していることも理解できないほど、頼奈は馬鹿ではなかった。
 断片的で曖昧だったピースが、答えと思しき位置に嵌まって合わさる。消息不明になった数人の女子生徒。今日に限って登校しなかった美羽。昨日美羽が受けた仕打ちと、目の前にいる“彼女”の言動。
 今も地面に落ちて小さな溜まりを作っている血が、誰のものかなんて、考えるまでもない。
 彼女が、もう一人の美羽が、殺したのだ。
 頼奈の表情を見て、正面に佇む紅の少女は婉然と微笑み、美羽に向き直る。

「これは全て、わたしが望んだこと。わたしはあなた。忘れたくても忘れられない、切り離したくても切り離せない、ニンゲンを憎むあなた」

 否定の言葉はなかった。
 美羽は動かない。ただ触れ難い空気を纏って、おそらくは彼女を睨んでいる。
 錆びた鉄のような臭いが鼻につく。酷く浮いた、非現実的な状況。
 認めたくない、と目を閉じかけ、しかし彼女はそれを許さなかった。ぽたり、ぽたりと雫を指先から落としながら、美羽の横を過ぎ、頼奈の目前まで来る。
 乾き始めた血に濡れた手が、緩やかに持ち上げられる。

「憎いなら、赦せないなら、壊してしまえばいいじゃない。簡単なことよ。全部殺して滅ぼして、それで終わり」
「……っ!」
「それこそ、赦されることじゃないわ」
「誰が赦さないの? 自分勝手なニンゲン達に、そんなものを請う必要がある?」
「それでも、よ。過ちは、二度も繰り返したくない」

 反射的に一歩引いた頼奈と彼女の間に、美羽が入った。
 その献身を、彼女は鼻で笑う。
 滑稽だと、馬鹿馬鹿しいというように。

「本当はわかってるでしょ? わたしはあなたの願いを叶えただけ。あなたが憎いと思ったから、代わりにわたしが殺した」
「違うわ」
「いいえ、同じよ。わたしもあなたも、元はひとつ。こうやって分かれてることの方がおかしいの。だから、」

 ガッ、と骨を掴む音が響いた。
 鋭い貫手が頼奈目掛けて伸び、それを辛うじて美羽が押さえ留める。

「く……、原瀬頼奈、逃げなさい!」
「いや、でも、塔ヶ崎さん!」
「いいから! あなたがいると足手まといなのよ!」

(空の亀裂が大きく!?)
(マズっ、もう持たない……!)

「心配しなくても、今は見逃してあげる。けれどニンゲン、お前がわたしを赦せないというのなら、いずれ――」

 そして箱庭は砕け散る。
 暗い世界の外側に、頼奈は放り出された。

(ライナー、母さん!)

「――“わたし”がお前を、殺すわ」

 ブラックアウト。
 闇に落ちる。





Ma num ra chs pic wasara mea,
en fwal syec mea.
Was yea ra chs mea yor
en fwal en chs hymme.



ミュールのコスモスフィアLevel5を完了しました。
コスチューム:鮮血ノ紅衣を入手しました。










 いつの間にか、ダイブマシンのポッドが開いていた。
 まだ少し鈍い頭を振って、静かに身体を起こす。

「お疲れ様です、ライナーさん」
「ああ、メイメイ。何かよくわからなかったけど、とりあえず終わったみたいだ」
「……それについてはちゃんと説明するわよ」

 いつもと変わらない労いの言葉に返事をすると、壁に寄り掛かってたらしいミュールがこっちに近付いてきた。
 不機嫌……なだけじゃない、微妙に申し訳なさそうな感じの声色。珍しいな、と思う反面、どんなことを言われるのかと不安にもなる。

「前に、たぶん次辺りまでは耐えられるからってわたしが言ったのを覚えてる?」
「……確かに言ってたな」
「本来コスモスフィア……精神世界というものは、わたし達が意識しない限りは認識できないの。訓練をしてない子なら、最初のレベルでいきなり自分の内面を晒け出すことになる。ここまではわかる?」
「まあオリカの時はそうだったし、何となくわかる。で、訓練すればミシャみたいなことができるんだろ?」
「そうね。浅い層であればかなり自由な改変が利くわよ。もっともどこまで弄れるかはレーヴァテイル自身の性能によるし、普通は大きな改変も望めない。ダイブした人間の精神を一時的にでも書き換えるなんて、今の第三世代どころか一般的なベータ純血種にだって不可能よ。ま、その辺はわたしが特別だから、と思ってくれればいいわ」
「シュレリア様のバイナリ野とはまた違うんだよな」
「全然別物よ。わたしのコスモスフィアは、こっちが用意した物語で上塗りしてたに過ぎないわ。パラダイムシフトできるくらいまでは保つと踏んでたんだけど……我ながらちょっと見通しが甘かったわね」

 要するに、厳密に言えばあれはミュールの精神世界じゃないってことなんだろう。
 わざわざ手間掛けて色々なものを隠してたのは、たぶん、俺に見せたくない何かがあるからだ。

「……あのさ」
「何? もっと詳しい説明が必要?」
「いやあんまりあれこれ言われても理解できないからもういいんだけど。そうじゃなくて……その、ミュール。やっぱり、怖いか?」
「…………怖い、っていうのとは、少し違う。わたしは、嫌なのよ」

 苦痛に耐えるような表情。
 右手で細い左の二の腕をぎゅっと握り、ミュールは唇を噛んだ。

「空想の世界で遊んで、途中であなたが満足するのなら、それでいいとも思ってた。単純に新しい詩魔法を紡ぐだけなら、ここまでで充分だもの。実際、ダイブする前よりも使える詩魔法は格段に増えたわ」
「それは身を以って知ってる」

 何度か的代わりにされたしなあ……。

「もっと深い、わたしの意識が及ばないレベルにダイブされることも想定してたけど」
「うん」
「できる限り、晒したくなかった。わたしの深層意識は、間違いなくライナーに、人間に対する敵意と悪意を持ってるから。最悪、精神世界で殺される可能性もある」
「……うん」
「だから――ああもう、面倒だし単刀直入に言うわ。あなたに死なれると困るのよ。折角今色々上手く行ってるんだから、こんなところで予定を狂わされたくないの」
「つまり俺はどうすれば?」
「命が惜しいならこれでダイブを止めなさい。……ちょっと、何で笑うのよ!?」

 てっきりもう少し弱音を聞かされると身構えてたのに、いつの間にか上から目線で忠告めいたことを言われて、何だかそれが酷くツボに入ってしまった。我慢しきれず笑い声を口から漏らし、案の定物凄い勢いで怒られる。
 気合で腹筋の痙攣を抑え、真面目な雰囲気壊して悪かった、と謝ってから、

「次もダイブするよ。勿論、ミュールが許してくれればだけど」
「……ふん。精々死なないように立ち回りなさい」
「了解」

 何でもありのコスモスフィアではどんなことが待ってるかわからない。それこそ死に直結する危険な事態だって十二分に有り得る。ミュールだったら尚更だろう。
 けれど、俺はミュールをもっと、もっとよく知りたい。今までの付き合いでそれなりに理解したつもりではいるけど、まだ、足りない気がするんだ。一番大事なことが、コスモスフィアの中にあるんじゃないかって思う。

「ま、いざって時はメイメイもいるしさ」
「お二人の状態管理はお任せくださいです」
「問題起きた時に寝てなければね」

 ……俺も、頑張らなきゃな。





習得詩魔法:かわいいエルマ(分類・赤魔法|効果・敵全体に魔法属性の大ダメージ|ELMA-DSによる高速の体当たり→導体D波の直接放射)





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