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COSMOSPHERE
MULE
LEVEL





 とん、と靴が地面を踏み締める。
 さらに数歩を詰め、目前にまで近付いた頼奈は、まるで表情を変えない美羽を見つめた。
 風が止み、浮き上がっていた彼女の髪が落ち着く。一瞬、何故か淡い花の香りを感じた気がした。

「……奇遇だな」
「そうね」
「なんでこんなところにいるんだ?」
「別に」

 手探りで会話を続けようとしてみたものの、短い返答で取っ掛かりすら見つからない。
 彼女が関わりを望んでいないことは明確だった。
 再び口を開きかけ、しかし喉元で留める。美羽の事情は気に掛かるが、困らせてまで訊き出そうとは思わない。
 釈然としない気持ちを抱きながらも、諦めてこの場を去ろうと美羽の横を通り過ぎようとし、

「ねえ」
「え?」
「あなたは、この桜がどんな色の花を咲かせるのか、知ってる?」

 唐突な問いかけを受けて、まず頼奈は困惑した。
 何の意図があっての言葉なのか。少しばかりの時間悩んでみたところでわかるはずもない。
 そもそもその問いに答えられる者は、存在しないはずなのだ。
 丘の桜樹は、もうずっと花を咲かせていないのだから。
 誰も知らない。

「塔ヶ崎さんは、知ってるのか?」

 ……なのに。
 どうして彼女は、過去を懐かしむような、憂うような、遠い目をしているのだろうか。
 いつの間にか口内が乾いていることに頼奈は気付いた。
 粘りのある唾が喉に絡む。それを飲み込んだ直後、無表情のままで美羽が告げる。

「ええ。遠い昔、最後にこの樹が咲かせたのは――」

 やがて黄昏は夜の帳に覆われ消える。
 さよならのひとことを残し、頼奈の来た道を歩いて彼女が去っていった後も、しばらく茫然と立ち尽くしていた。

 白い肌に映える、紅い唇が紡いだ言葉。
 ――鮮烈な、この黄昏の空にも似た、血のように紅い花。



 翌日、再び頼奈は美羽の姿を目で追うようになった。
 予鈴前の騒がしい時間にすっと現れ、挨拶もなく、端正な顔を全く崩さずに真っ直ぐ自席へと向かう。座り、鞄を机の右側に掛け、あとは頬杖を付いて窓の外をぼんやりと眺める。今日も周囲の喧騒には決して興味を示さず、静かながらに浮いていた。
 僅かばかり、期待がなかったと言えば嘘になる。
 桜樹の丘で話したことについて、何かしらのアクションがあるのではないかとも考えていた。おそらくあそこに来ていたという事実は、彼女にとって隠したいものなのだろう。転校初日に見せた拒絶と否定の意思も、そうであるなら説明が付く。
 ……とはいえ、やはり気の所為なのかもしれない。単純に彼女は他人が嫌いなだけだとも思える。

「ううん……」

 足りない頭ではわかりそうになかった。
 気付けば唸る頼奈を振り返った織香が怪訝な目で見ていたので、何でもないよ、と軽く首を横に振る。
 それで納得したのか、姿勢を戻した織香に対し、頼奈はひっそりと苦笑を漏らした。

「なるべく心配は、掛けないようにしないとな」

 呟き、一人頷く。
 本鈴が鳴るのとほぼ同時、出席簿片手に入ってきた教師の挨拶から学校での一日が始まった。
 昼までは教室での通常授業。その間も美羽は一切ノートを取らず、黒板に視線を注ぐこともなかった。彼女に倣って頼奈も幾度か外の景色を楽しもうとしてみたものの、桜樹の丘以外に目立ったものは見当たらず、特に面白くもない。よく飽きないよなあ、と感心していたところで、織香に消しゴムの欠片を投げつけられた。またか、という顔をされる。
 案の定昼休みに追求されて、どこまで答えればいいか悩んだ。
 結局昨日意外な場所で会ったことだけを教える。

「もう……ちょっと控えるって言ってた癖に」
「だからごめんって」
「ジュース一個ね」
「……了解」

 流れでパックジュースを奢ることになってしまい、ただでさえ軽い財布がさらに寂しくなった。
 美羽はいつも通り教室にいない。次の授業が体育なので、それまでには戻ってくるんだろうかと思っていたのだが、男子が着替えのために占拠する時間になっても現れなかった。その癖校庭に集合してみれば、体操服姿で先週と同じく見学を教師に申請していたりする。
 グラウンドを走り回りながらちらりと様子を窺ったが、彼女はこちらの光景が見えていないかのような無関心さで、相も変わらず丘の方角に暗赤色の瞳を向け続けていた。
 美羽がどれだけ熱心に注視したところで、桜樹が花を咲かせることはない。
 ただ、遠くで静かに佇んでいる。

「……おぶっ!」

 思いっきり美羽に気を取られて、前を走っていた女子にぶつかってしまった。
 小さな悲鳴を聞き、慌てて謝ったが、並走していた他の友達らしき数人に軽く責められる。

「もう、原瀬くん、ちゃんと授業受けなきゃ」
「うんうん。塔ヶ崎さんのことなんか見てないでさ」
「つーか着替えてんのに何で休んでるの?」
「生理って話らしいよ」
「ほんとにー? 出たくないから嘘吐いたんじゃない?」
「有り得る有り得る」

 しかしそれよりも、揃って美羽を悪く言っているのが引っ掛かった。
 反感めいたものを覚えるも、わざわざ口に出すべきでないことくらいはわかっている。
 再度謝罪の言葉を残し、ペースを落とし始めたその集団を置いて頼奈は速度を上げた。
 無心にはなれない。
 頼奈の脳裏に、昨日の美羽の問いかけがリフレインする。

「はぁ、ふぅ、らーいーなー」
「ん?」

 見慣れた後ろ姿を抜きかけたところで、不意に呼び止められた。
 長い髪を靡かせて、如何にも余裕のなさそうな織香が左側に付く。
 微妙に汗で服が透けているのに気付き、なるべく不自然にならないよう、すっと目を逸らしておいた。

「あい、かわらず、らいな、はやい、よね」
「そんな無理して喋らなくても……」
「だって、ひとりで、はしってても、はふ、つまらないもん」

 陸上競技なんてなくなっちゃえばいいんだよ、と途切れ途切れに呟く織香の表情は本気だった。
 まあ確かに、運動音痴、体力皆無の織香からしてみれば最悪な授業なのだろう。

「はっ、はっ、あのね、らいな」
「……もうちょいゆっくり行こうか?」
「おねがい。……ん、それで、塔ヶ崎さんの、ことなんだけど」
「別にじろじろ見ちゃいないからな」
「そうじゃなくて。ほら、塔ヶ崎さんって、あんなだから、嫌ってる人、結構、多いみたいなの」
「え、そうなのか」
「うん。でね、ちょっと、最近、あんまりよくない、感じが、するんだ」
「よくない感じっていうと……」
「そこまでは、はっきり言えない、けど。頼奈も、気を付けてね」
「……わかった。肝に銘じとく」

 ふと見やる。
 変わらず美羽は、揺るぎない。



 帰り際のホームルームが終わり、放課後の時間に切り替わるのと同時、頼奈の真後ろに座る彼女は姿を消す。部活動をしているわけではなく、誰かと待ち合わせている気配もない。果たして真っ直ぐ帰宅しているのか、あるいは他に行き先があるのか、それを知る者はいなかった。
 興味本位ではない、と思う。
 鞄を手に取って立ち上がった時には、既に美羽は教室の引き戸を開けて廊下に出てしまっていた。不満げな顔をする織香に悪いと口だけを動かして伝え、あの背中を見失わないよう続いて飛び出す。特徴的な制服を着たシルエットが階段に差し掛かったのを見つけ、若干勢いを落として追いかける。
 一階、下駄箱で靴を履き替えて正門へ。彼女が振り返らないことを祈りつつ、二十メートルほどの距離を維持する。幸いと言うべきか、前を行く美羽は淡々と歩くだけで、頼奈の拙い尾行に気付く素振りはなかった。
 学園を出てから、美羽は真っ直ぐ西に足を運んでいた。民家が立ち並ぶ道を越えると、ある地点からはなだらかな坂と階段が伸び、その先に街のどこからでも見つけられる巨木、さらに向こう側には商店街への下り坂と階段が広がっている。丘の左右、北や南を迂回するよりも突っ切っていった方が早く、普通に考えれば彼女の目的地は商店街の辺りか桜樹の丘だろう。
 西の端にもいくらか民家はあったはずだが、近頃新しく越してきたという話は聞いたことがない。
 ……ひょっとしたら、という気持ちを、頼奈は抑え切れなかった。
 上り坂に入ってからも美羽のペースに変化はなく、体育の授業を休んでいたのが嘘のようだった。一足早く彼女が丘に辿り着き、少し遅れて頼奈も踏破する。街の中心、世界を見渡せる場所で立ち尽くし、

「……いない?」

 一瞬視線を彷徨わせ、すぐに答えを得る。
 ここに留まっていないのなら、西側に抜けたとしか考えられない。
 桜樹を挟んだ奥、眼下の雑多な商店街へ続く、舗装されたルートを下りる人影があった。
 陽の光に艶めく長い黒髪を目印に、再度追跡を開始する。東側より些か急な勾配の坂を早足で歩き切り、まばらに人の行き交う商店街内を進む。途中、年配の女性に肩がぶつかりかけ、余計な時間を取られてしまった。それでもどうにか美羽の背中を捉えていたが、店が立ち並ぶ通りの終着点で今度こそ見失う。
 忽然と姿を消した彼女のことを、頼奈は結局陽が暮れるまで探し当てられなかった。










 呆気なく立ち昇ったパラダイムシフトの光柱も、三度目にもなるとさすがに驚きは少なかった。

「何か、また消化不良な感じだな……。ますます心配になってくるぞ」

 そりゃあ簡単な方がいいんだけど、今までの経験を鑑みるに、そんな容易いものじゃないだろ、みたいな。
 もしかしたら後々とんでもない展開が待ってるのかもしれない。

「馬鹿ね。こういうのは焦らした方が後半のいいところで盛り上がるのよ」
「できればもっと気楽に構えられるのがいいなあ……」
「波のない物語なんて、面白くも何ともないじゃないの」
「まあ、そうかもしれないけどさ。ある意味この現状自体がおかしいというか先行き怖いというか」
「わたしのことが信用できない?」
「いやいやいやいや、違う、そういうわけでもないって」
「なら大人しく素直に遊んでなさい。次文句言ったら痛い目見せてから叩き出すわよ」

 ミュールが痛い目見せるとか言うと洒落にならない。
 これ以上迂闊な発言して地雷を踏みたくないので、大人しく素直に頷いておいた。
 ……実は、ちゃんと先の展開が楽しみではあるんだけど。
 意外とミュールは小説家なんて向いてるんじゃないかと思いつつ、コスモスフィアを後にした。





Ma num ra chs pic wasara mea,
en fwal syec mea.
Was yea ra chs mea yor
en fwal en chs hymme.



ミュールのコスモスフィアLevel3を完了しました。
コスチューム:トランジスタブルマーを入手しました。



習得詩魔法:ナイトストーカー(分類・赤魔法|効果・敵全体に魔法属性の中ダメージ|マッチョが電柱の陰から襲い掛かる)





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