「わーい、雪ですー! 一面真っ白ですー!」 周りを見渡して嬉しそうなヒカル。 視界の先に映るのは白銀の山々と稼動中のリフト、そして意外と少ないスキーヤーだった。 パーキングエリアから二時間、どうにかこうにか旅館に着いた俺達は、女将さんに案内されたふたつの部屋に荷物を置くことにした。 ちなみに割り振りは、ヒカル、ナギ、誉、まりりん、シスターの五人で一部屋。そして俺一人でもう一部屋。 ……そりゃ仕方ないさ。教師として相部屋はまずいだろう。 各々が持参してきた防寒着を羽織り、万全の対策をしたところでスキー場へ。 徒歩で三分ほどの場所にあり道もわかりやすかった。 誉に任せてよかった、と改めて思いつつ、事前に連絡を入れておいたレンタル店で板とストック、ブーツを借りる。 ちなみに何故かまりりんだけはスノーボードで、 「……できるのか?」 「だいじょーぶだってひさちー! まりりんの辞書に不可能の文字はなーい!」 ……物凄く心配だったが本人の自主性を尊重しておいた。 誉と俺はスキーの経験があるので、板の付け方から皆にレクチャーする。 十分ほどで準備は整い、とりあえず歩けるくらいになってからリフトで初心者コースに向かった。 傾斜が緩く直線のルートだ。ここである程度教えてから、もう少し難しいコースまで行ってみようということになっている。 途中リフトを降りる際、 「あ、あ、あああぁぁっ……」 「シスター、降りて! ほら、怖くないから!」 「ひさとさん、でも、でも……っ」 「腰上げて、そう、ゆっくり滑って。……よし、大丈夫」 「…………先生」 「ナギ、どうした?」 「……タマちゃんが」 「わああ! 何やってんだヒカル!」 「え、えへへ……落ちちゃいましたぁ……」 なんて感じで五分ほどリフトが止まったりもしたが、何とかさあ滑ろう、ってとこまで来た。 来たんだが…… 「あ、皆さん。遅かったですね」 な、 「何でいるんだ―――――― !」 そこには見事なまでにスキーウェアを着込み悠々と構えているぴよとデス先生がいた。 俺とヒカルは完全に硬直し、ナギは心なしか不思議そうな目で、誉とシスターはどうすればいいのか困った表情を見せる。 五者五様の反応に晒されても当のデス先生には全く意に介した様子はなく、それどころか、 「ぴよ。ボクは先に滑るよ」 「待ってくださいよデス様。この寒さ、もうちょっと何とかなりません?」 ……そりゃあスズメは寒さに弱いからな。もう厚着は無理だろうし。 「というか、何故デス先生がいるんでしょうか……?」 おそるおそる訊ねてみる。 横でまだガタガタヒカルが震えているし、そもそもデス先生と会うのは死神候補生に関することがある時くらいだ。 そんな俺の思考を見透かしたのか、きっぱりと答えが返ってきた。 「……大丈夫だよ。この辺りに彷徨える魂はない」 「え、ならどうして……」 「…………ボクらがここにいてはいけないのかい?」 「そ、そんなことはありません!」 「ならいいだろう。……キミもいるしね」 最後に小さく付け足してから、颯爽と二人は遠ざかっていった。 ……まぁ、何というか。普通に上手いっすね。 それから誉がヒカルとシスター、俺がナギとまりりんに(強制されて)付き、コーチをすることになった。 一応実力を言っておくならば、俺はパラレルターンがそれなりにできる程度のレベルだ。 ボーゲンくらいまでだったら教えられないこともない。いや、スノボは完全に管轄外なんだが。 で、小一時間二人で教えた結果。 「わわわ、どいてくださーい!」 「ヒ、ヒカルちゃーんっ!」 眼下のリフト付近に向かって一直線に滑っていく……というか、転がっていくヒカル。 途中で数人知らない誰かが巻き込まれて吹っ飛ばされるがそれは合掌するしかない。 「……先生、こう?」 「そうそう、そんな感じ。上手いじゃないかナギ」 一方ナギはボーゲンをほぼ完璧にマスターし、俺と併走できるほどになった。 初心者特有の危なっかしさはまだあるものの、この覚えの早さはなかなか凄いだろう。 「お兄ちゃん、後であっちの上級者コース行こう?」 「別にいいけど……あんまり無理はするなよ?」 誉は俺より上手いので、もはや何も言うことはない。 だからコーチ役を頼んだのだが、コーチが優秀でもどうにもならないことはある。 「見ててっ、ひさちー! まりりんのっ、華麗な姿をっ!」 「おおっ! っていうか何であんなところにジャンプ台がっ!」 結局誰も教えられなかったスノボを鮮やかに使いこなし、立てられたポールを全て回避していくまりりん。 そして、ジャンプからの二回転捻り! 凄いぞまりりん! ……あ、着地失敗。 「で、シスターは…………あれ? 誉、シスターはどこに?」 「えっと……あそこ」 示された方向に視線を移すと、シスターがするすると真っ直ぐ滑っているのがわかった。しかしスキー板ではない。 ……よく目を凝らさなくてもソリにしか見えなかった。 …………まぁ、いいんだよなこれで。みんな楽しめたみたいだし。 三時頃になり、スキーを終えてほっと一息ついたところで、まりりんからの提案が出た。 「ねーねーひさちー、雪合戦しよー?」 確かに、俺達の住む辺りじゃ雪は降らない。 だからスキーもそうだが、雪遊びの類は皆未体験だろう。 やってみたいと思う気持ちも、わからないでもないのだ。 「よし、やるか。みんな大丈夫か?」 訊いてみると肯定的な反応が返ってきた。 俺はともかく五人ともさほど疲れてないらしいし、誉も無茶さえさせなければ問題ないはずだ。 「じゃあチーム分けだな。ここは公平に……」 「まりりんはひさちーのチームー!」 「……まりりん。公平に分けないと駄目だよ」 「えー。ひさちーと一緒がいいー」 文句を付けるまりりんに対し、ナギは何かをちらつかせた。 黄色くと濃い茶色の物体。プラスチックのカップに収まったそれは、 「プ、プチプチプリン……っ!」 「ほらまりりん、公平に、ね?」 「うー……でも、ひさちーと一緒のチーム……」 ちらっ。 もう一個増えた。 「さーみんな、公平にじゃんけんで決めよー!」 「…………ふふ」 俺<プチプチプリン二個なのか……? そんな疑問はさておき、厳選なる抽選(グーチー)によってグループがふたつできた。 ナギ、まりりん、シスターと、俺、ヒカル、誉だ。 これで二手に分かれ陣地を作り、そこからひたすら雪玉を投げ合う。 別に当たったらどうとか、そういうルールは敢えて考えない。 子供の頃にやるような雪遊び。そっちの方が、きっと楽しいだろう。 まずは準備。 手袋だと少しやりにくいが、ひとつずつ手頃なサイズの雪玉を三人で作っていく。 ちなみに向こう側の様子はわからない。お互い雪のバリケードに隠れているので見えないのだ。 「何だか、わくわくするね」 「誉ちゃんもそう思う? わたしもなんだ」 会話を交わしながら積み重ねられていく雪玉。 百個くらい作って、だいたいこのくらいで大丈夫だろう、と見切りをつけた。 「おーい、こっちは用意できたぞー」 「……こっちも大丈夫」 向こうのリーダーはやはりナギらしい。 両方からのゴーサインが出たので、これで開始。 俺の合図と共に、両者一斉に雪玉を投げ始めた。 「とーりゃーっ!」 掛け声と共に、ヒカルの投げた玉が凄まじい勢いで飛んでいく。 それは投球姿勢でいたナギに当たりかけるが、済んでのところで躱された。 お返しとばかりに同程度の速度で飛んでくる玉。紙一重でバリケードに隠れたヒカルは、 「やるね、ナギちゃん!」 「……タマちゃんこそ」 楽しそうに、笑っていた。 「先生!」 「何だヒカル!」 「来て、よかったです!」 「そうか! でも、そう言うにはまだ早いぞ! まだ日程は半分だ!」 「…………はいっ!」 話の間も、雪玉は投げ続けられる。 どんどん減っていくストック。誉が生産していてくれるのだが、そのペースにも限りはある。 そして、 「おかしいぞ! 向こうの玉が切れない!」 こっちのストックはもうほとんど残っていない。 同じペースで投げているはずのナギチームは、しかしまだ余裕があるようだった。 「く……っ、前に出る! ヒカル、誉、援護してくれ!」 「先生!」 「お兄ちゃん!」 ダッシュをかける。いくつも玉が直撃するが、なりふり構わずに駆け抜けた。 バリケードの奥が見える位置まで辿り着く。 「……先生、すごい。でも……」 ――― そこには、謎の機械があった。 ういんういん、と動きながら、後ろの方の部分で雪を吸い込み、雪玉を無数に生み出している。 「ナギ。……こんなもん、どこから?」 「メカ部から」 ……ああ、そういえばこんなのもあったような気がするな。 「ひーさちー!」 「ん? ってどわああああっ!!」 振り向くとまりりんは……自身の十倍くらいありそうな巨大な雪玉……というか、雪の塊を持ち上げていた。 「まりりんのっ! 愛をっ! 受け止めて―――――― っ!!」 「無理! 無理だってまりりんっ! ちょっとタンマタンマ死ぬからってぎゃあああああっ!」 「せ、せんせーいっ!」 「お兄ちゃーんっ!」 ……結果、引き分け。というかノーカウント。 そして、放置される雪玉製作マシン。 「あ、あの……これ、どうやって止めれば……」 シスターの呟きは、誰も聞いてなんかいなかった。 Back. / Next. |