難しい言い方をすれば、自我が目覚める前から……わたしと彼は一緒だったらしい。
だから、気づいたらそこにいた。隣にいた。二人でいた。
ぼやけた記憶を頼りにするなら、あの頃はまだ同じくらいの背であったと思う。
変わらない目線でひとつのものを見て。手を繋いだりして走り回って。
何の疑問も持たず、色々なことをして遊んでいた、そんな日々。

幼稚園も、小学校も、中学校も。
別々のところに行くなんて考えもしなかったし実際そうだった。
幼いわたし達は一時も離れることなく、家を出て家に帰るまでいつも寄り添っていた。

だって、それが当然だから。
喧嘩もしたりするけれど、仲違いも一度や二度じゃないけれど、それでも一緒で。
ずっと、ずっとずっと続いていく日常なんだと、あの頃は信じて疑わなかった。

それがいつまで変わらずにいられるものなのかを知ったのは、わたしと彼の身長が頭ひとつの差になってから。
成長して、大人に近づいて、ちょっとばかり賢くなって。
現実がよりはっきりと見えてくる。見えてくるからわかってしまう。
同じままじゃいられない、って。どこかで何もかもが変わってしまうんだ、って。

例えば……今、わたしとつかさくんは、一緒の高校に通っているけど。
卒業したら、どうする? 大学? 専門学校? それとも就職?
わたし達は否応無しに選ばなくちゃいけない。どれも選ばないなんてことはできないから。
その時、わたしと彼の道は違うだろう。いつか会うこともなくなって、この日常は懐かしむ思い出になっていく。

―――― わかっていても、そんなの、想像できなかった。

だから。
まだ、わたしはこれからのことを考えない。
貴重な時間を大事にしていたい。それは逃避かもしれないけど、でも。
やっぱり、何よりも今が一番大切だから。家を出て家に帰るまで一緒なのは、変わっていないから。










つかさくんは、テニス部に所属している。
次の大会を終えれば三年生が引退してしまう時期で、そうすると当然誰が部長になるかという話が出るんだけど。
その候補の一人に彼が入っているのは、ささやかなわたしの自慢だったりするのだ。

わたしはというと、部活動はやっていない。
代わりに、なんて言い方は変かもしれないけど生徒会の仕事を手伝わせてもらっている。
生来の間抜けさ故かはたまたあんまりな自分の手足の短さ故か失敗も多い。
でも、そんなわたしを受け入れてくれる場所だから、もっと頑張ろう、と思える。
忙しい時、大変な時、必要とされる有り難さ。それはとても得難い物なんだと、わたしは知っているから。

だいたい生徒会に顔を出すのは週三日。
しかも絶対遅く、つまり最終下校時間までは残らせてくれない。
理由を訊ねるとみんな揃って「馬に蹴られたくないから」と言うんだけれど、未だにその意味はわからない。
まだわたしの頑張りが足りないのかなぁ、邪魔だと思われてるのかなぁ、と考えたりしてしまう。

ただ、遅くまで残れないのは嫌なわけでもない。
部活動が終わるのは六時十分前。対して生徒会で手伝えるのは五時半まで。
つまり、つかさくんが帰るより二十分も早くわたしは自由になる。待っていられる。

その空白を何に使うかというと。
……いつもわたしは校庭に行って、彼が一生懸命動く姿を眺めるのだ。
終了を知らせるチャイムを聞いて片づけが始まり、そして着替えてラケットを背負った影が近づいてくるまで。
それは仕事がない日も変わらない。待つ時間が長くなっても、決して苦痛には感じない。

「稚紗、待たせたな」
「ううん、いつものことだし」

今日も同じように立ち尽くすわたしを、つかさくんはあっさり見つけた。
隣に並んだ影と一緒に、歩き出す。

十月。秋分の日をとっくに過ぎた秋の昼は夏と比べれば随分短くて、遠くの夕陽はもう沈みかけている。
霧ノ埼はそんなに高い建物が多くない。遮られることのない光はだから辺りを綺麗に染める。

「夕焼け、眩しいね」
「いつものことだろ」
「……うん」

ちらほらと視界に映る同級生、下級生、上級生。
分かれ道に差し掛かる度に数を減らしていって、どんどん静かになっていく。
時々通る自動車の音。カラスの鳴き声。知らない家から微かに聞こえる水の流れ。
昨日も、今日の朝も歩いた道。きっと明日も歩く道。

「よくこの色、オレンジっていうよな」
「そうだね」
「でもさ、なんだっけ……朱色? っていう人もいるし」
「紫……は朝焼け、だったかなぁ」
「夕焼け色、っていうのが一番いいと思うんだよ、俺は」

……夕焼け色の世界の中。
どうでもいい話をして、つかさくんが笑ってて、だからわたしも笑って。

この時間が、帰り道が途切れなければいいのに。終わらなければいいのに。
そんな風に思ってしまう。どうしたって、考えてしまう。

だけど陽は沈んでいく。空の色は変わっていく。
気づけばもう、そこは彼とわたしの家の前だった。

「じゃあな」
「うん。……また、あした」
「おう、また明日」

別れの言葉を最後に、ぱたん、と渡利家のドアが閉まる。
それからわたしも家に入って、夜を過ごして、そして朝を迎えて繰り返す。

―――― 大事な、大事な日常の光景。
今はまだ変わらない、わたしと彼の時間。


何にも変わらない、わたしと彼の関係。



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