その問いに対して、私は何と言えばいいのかわからなかった。
実際、自分自身もあまりよくわかっていないのだ。

「ねぇ、いこいちゃん」
「何?」
「そいや、どうしてあたしなん? 友達、他にもいたでしょ?」

ささやかな疑問だった。
そして、彼女ならずとも私を知る者ならまず考えることだった。

私には友達が多くいる。
同じクラスは勿論、他クラス、さらには他学年にまでその輪は繋がっていて、困った時は何かと有り難い。
学校内では一日一回以上必ず声を掛けられ、その度に挨拶をしたり会話をしたり。
少なくとも、孤独というものには全く縁がない。

……そう、彼女でなくても、よかったはずなのだ。

なら、何故私は根岸希有を誘ったのか。
真っ先に、迷わずに、断られることも考えずに、何故。

「うーん…………何となく、かな?」
「そっか。何となくか。ふむふむ、納得」

微かに言い淀んだのだけど、それには気づかず言葉は受け入れられる。
一人頷く彼女を見て、私は確かにほっとした。安心した。
もう一度同じことを訊ねられれば、たぶん何も答えられないだろうから。










「へー、いこいちゃん、随分器用なんだねー」
「そういう根岸さんが不器用過ぎるんだよ」

暇潰しを兼ねて、ちまちまと小さな紙を折る。
折って、畳んで、開いて、そうしてできたのは青色の鶴。
ほんのちょっと歪ではあるけれど、昔に比べればしっかりと作れるようになった。

よく私は折り紙で何かを作る。
祖母が教えてくれたのが始まり。両親の何倍も何十倍も、祖母はそういうことに詳しかった。
他にもいくつかそういう遊びはあって、中でも一番のお気に入りになったのが折り紙だった。

私は折る。折り続ける。
その度に紙の鶴は増えていき、二十分ほどで三十羽が出来上がった。

向かいの席に座る彼女はまだ一枚目だ。
慣れてないのもあるだろうけど、それ以上に向いてないのだと思う。
特に細かい部分が上手くいかないらしく、何度も何度もやり直している。
目の前で手順を見せてみても、なかなか形にはならず。
ようやく完成したそれは、他と並ぶと殊更不恰好に感じた。

「ふぅ、やっとできたー……」
「お疲れ様」
「駄目だ。あたしにゃ向いてないや」

あはは、と苦笑い。

「で、そんなに折っちゃって、どうすんの?」
「うんと、糸で繋げて千羽鶴にでも」
「誰に贈るのさ」
「それは…………作ってから考える」
「なるほど」

そう言いはしたけど、私は完成品をどうするか、もう決めていた。
口にはしない。これはきっと、ただの感傷だから。

「到着まであとどのくらい?」
「三十分くらいかな」

景色は順調に流れていって、畑や古びた木造の家、夏の山々が視界から消えていく。
少しだけ窓を開けると、気持ちいい風が頬を撫でた。
目を細め、しばし涼しさを楽しむ。

クーラーなんて物の一切ない、割と年季の入った車内。
古びた壁の汚れが逆に、窓ガラスを浮いて綺麗に見せる。
そこだけは取り替えたりこまめに拭いたりしているんだろう、と思い、外に通じる隙間をそのままに視線を移す。
彼女は行き先の載った地図を広げていた。
まだ着いていないのでどの程度かはわからないが、付近は相当閑散としているらしい。
実際、窓から見える景色に人の気配はあまりなく。
これから目指す場所はさらに山奥にあるのだから、もっと過疎な感じなのは間違いなかった。

「どんなとこなんだろうねー……」
「さぁ……聞いたことない名前だったし」
「あたしも」

名前を知っているだけでぴんと来るはずもない。
そもそも、この線に乗ったのも今日が初めて。
以前に、ある意味では何もかもが初めてだ。

「温泉とかあるんだっけ?」
「確か」
「うわー、あたし温泉初体験ですよー」
「え、そうなの?」
「うん。どうも今まで温泉には縁がなくてねー。銭湯なら星の数ほど入ったことあるけど」
「私は銭湯の方が経験ないなぁ」
「マジで!? 勿体無いよそれっ。今度一緒に行こう、ね?」
「えーっと……考えとく」

軽く目を逸らし、また外に視線を。
がたん、がたんと響く揺れの音。外界の風景はさらに緑を深くしている。

そして、緩やかになるスピード。
到着を告げるアナウンスが車両内に響き、私達は席を立つ。
微かな揺れを最後に、止まったのがわかった。

外に出る。
霧ノ埼よりも心なしか澄んだ空気。広がる青空。彼方まで続く山の景色。
完全な、完璧な、知らない場所の姿。

切符をチェックする駅員すらいない。
無造作に置かれた切符入れに二人分を放り、駅を後に。
地図を広げ、もう一度道程を確かめる。

「えっと、こっちの方をひたすら進んで、それから……」

しっかりと記憶して、出発。
道中、彼女と他愛ない話を交わし、気づけばもうそれは目の前だった。

「とーちゃーく!」
「時間は……うん、大丈夫。問題なし」

六時半前。
予約時に伝えた到着時刻も、おおよそそのくらい。
少し迷った分で、ちょうどいい感じだ。

「あの」
「はい、どうしました?」
「予約した者なんですが。十鐘です」
「十鐘様、ですね。……あ、はい、承っております。お部屋にご案内しますので、こちらにどうぞ」

応対をしてくれた和服の女性に先導され、部屋に向かう。
背中を見る限りでは、物腰穏やかで、何というか……格好良い、そんな印象を抱く人だ。

105号室。
案内されたそこは、二人部屋の割に広く、畳の匂いが気分を落ち着かせるような和室だった。

「ごゆるりとどうぞ」

女性が去り、二人残される。
私は彼女と目を合わせ、


「えっと……温泉、入りに行く?」


とりあえず、荷物の整理はその後にすることに決めた。



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