慣れ親しんだ日常ほど、過ぎ去るのは早いと思う。
気づけば一週間。もう何もかもが落ち着いて、揺らいでいたものが平坦化している。

母は泣かなくなった。
父は仕事で忙しかった。
そして、祖母の話が出てこなくなった。

七日前の葬式なんて、実は嘘だったんじゃないかと錯覚してしまう。
でも勿論そんな馬鹿な話があるはずもなく、よく夜に掛かってきた電話のコール音も聞こえない。
応対するのはいつも私だった。母や父が出ても祖母は必ずと言っていいほど私を指名して、その度にあの古びた家へと向かう。
外に出れば月が見えて、暑かったり寒かったり涼しかったり、季節の流れをそこで感じていた。

実感は未だに湧かない。
"もう会えない"という事実だけは理解しているけど――――

「…………おばあちゃん」

そう、私は、もしかしたら母よりも関わりの深かった私は、祖母の死に立ち会っていないのだ。
だからかもしれない。最後に会ったのは命日の前日。その時見たのは、笑顔だった。
死神の面影なんてどこにもなかった、から。

じゃあ―――― 目の当たりにしていたのなら?

やっぱり答えは"わからない"。
わからないものを、これ以上考えても仕方なかった。










小さなポスト。朝夕の新聞と、見つければ捨てることになる広告と、季節時の葉書だけがそこに入る。
学校の帰りにはだいたい新聞が刺さっているので、回収するついでに開けてチェックするのだ。

「………………?」

今日は、何か別の物があった。
新聞を抜き、それからその白く四角い形を手に取る。

手紙だ。
両面共に文字の類はない。本当に真っ白。
紙が厚いのか、内側は透けて見えなかった。
もうひとつ、茶色の封筒が添付しており、それは持つとずっしりとした重さを感じた。
疑問に思いながらも、とりあえず新聞と一緒に持って玄関へ。

「ただいまー」

母は買い物にでも行っているのか、家は無人だった。
一応鍵を持ち運びするのは欠かしていないので、締め出されることもない。
夕刊をテーブルの上に置き、まずは着替えることにした。

自分の部屋に入る。適当に見繕った衣服をベッドに放り、制服をぱぱっと脱いで畳む。
皺になると困るのは自分自身だ。丁寧に形を整えて、箪笥の中に仕舞った。
それから上下を着て、暑いけど靴下を履いて、髪に櫛を通して終わり。
居間のテーブルがある場所まで戻り、さっきの手紙をもう一度よく眺める。

どこから来たんだろう。
誰宛のものなんだろう。

何の飾りもない装丁。いつ届けられたかも不明。
でも、私はその手紙に少し惹かれていた。

開けて、いいのかな…………?

しばし悩む。
これが私宛だという確証はない。
ただ、父、あるいは母宛という証拠もない。

触っては離し、触っては離しを繰り返し、結局中身を見ることにする。
破らないよう丁寧に封を開け、ゆっくりと引っ張り出す。

中身は簡素な紙だった。
二つ折りにされていたそれを開き、書かれている文字に目を通す。
そして、私は気づいた。

「これ…………」

最初から最後まで、見覚えのある、馴染みのある、綺麗な字が並んでいる。
……祖母の筆跡だ。
どうして、と思う。どうして亡くなった祖母からの手紙が来たのかと。

「……そっか。あの日より前に出せば」

確かに手紙は届く。
日時の指定をすれば願った時間にポストへ入るだろう。
でも、まだ疑問は残っている。手紙の内容だ。
私は意識をしっかりと向け、ゆっくり読むことにした。










十鐘いこい様

あなたがこれをいつ見ているかはわかりません。
でもたぶん、届いた頃には私はもう死んでいるでしょう。何となくわかるもの。自分のことだから。
だから、とは言わないけど、あなたに最後のお願いがあります。
一緒に送った封筒の中に、地図が入っています。その地図に、ある場所を示しておきました。
あなたには、そこに行ってほしいの。ただ、一人でじゃない。
誰か、誰でもいいから、あなたが親しいと思う人と一緒に。
行くのはいつになっても構わない。決めたらすぐでも、一ヶ月、あるいは一年悩んでもいいから、必ず行って。
その場所には、きっと、大切なものがあるはずだから。

封筒に、少しお金を入れておきました。交通費と宿泊費、二人分です。
あと、行く時は運動靴を忘れずに。











手紙は私に向けられたもので、最後の一行だけはよくわからなかったが、短い言葉は、ただひとつのことを伝えようとしていた。
封筒の方を手に取り、口を切って開ける。引っ繰り返すようにすると、福沢諭吉のプリントされた一万円札が十枚ほど、それと薄い地図、メモの端切れが一枚きり。
書かれた地名は聞いたことのないものだった。調べてみよう、と心に決め、メモの方に視線を移す。

「…………宿泊先、かな?」

旅館らしき名前と住所、電話番号が手書きで記されている。
地図を見返せば、その旅館の場所も赤ペンか何かでチェックされていた。

情報は全部揃っているらしい。
お金まで同封しているのだから、祖母は本気なのだろう。
本気で、行ってほしいと願っていたのだろう。

―――― どうしよう。

七月。期末試験も無事終わり、もうすぐ終業式の後、夏休みだ。
タイミング的にはベスト。その辺のことも考えて手紙は今日届いたのかもしれない。
一ヶ月、一年後でもいいと書いてあったけど……祖母としては、夏休み中に行ってほしいのだと思う。

幸いまだ時間はある。
とりあえずは、検討してみることにした。


それに…………祖母の言う"大切なもの"が、気になっているのも確かだから。



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