これで会うのは三回目なのに、いなかったらどうしようと不安がってしまった。
何だかんだ言って、真朝は日向との会話を楽しんでいたのだ。だから。


「やぁ、今日は早いね」
「いろいろあって午前授業だったんですよ」

まだ正午を過ぎた程度で、食後ということもあり二人とも少し眠気を感じている。
しかし日向がどうやって食料を調達してくるのかは相変わらず謎だったが、敢えて彼女は詮索しないことにしていた。
そういえば、夜をどこで越しているのかも知らない。野宿なのか、それともホテルとかに泊まっていたりするのか。
他にも、こんなところでぼんやりしているのにいつ仕事(があるのなら)をしているんだろう、などと不思議な部分は多い。

「……何か僕の顔についてる?」
「いいえ、何も」
「ならどうしてそんなにこっちを見るのかな?」
「不思議な人だなぁ、と思って」
「それは遠回しに僕が変な人だと言っているように聞こえるんだけど」
「気のせいです」

クラスメイトとは弾まない会話も彼となら弾む。
こんな他愛ないことでも、結構長い間話は続いたりする。
それは楽しく、あっという間に時間が過ぎてしまうものだった。

最初会った時より、彼の旅の途中に起きた出来事をよく知るようになった。
日向から聞くのはほとんどそういうもので、逆に真朝が喋るのは学校などで起こったどうでもいいようなこと。
彼女としては聞いてて面白いのかと思うのだけれど、少なくとも彼にとっては興味深い話らしい。
頷いたり、突然神妙な顔をしたり、苦笑したり、とにかく飽きずに聞いていた。

「さて、と」

二時を回った頃。
ゆっくりベンチから腰を上げた日向はとことこ歩き始めた。

「どこか行くんですか?」
「うん。ちょっとね」
「……付いていっても?」
「問題なし」

進む背中を追いかける。

「何かあったりするんですか?」
「いんや。別に大袈裟なことはないんだけど……まぁ、行ってみればわかるよ」

真朝はその後も少し質問を続けたが、返ってきた答えは「ひーみつー」しかない。
詮索は諦め、それからは目的地に着くまで適当な話を交わすことにした。

どんなことでも、彼の話は彼女が知らない世界のものばかりなのだから。










二人がいた小さな公園とは別の場所に、もっと大きな公園がある。
休日になると賑わい、平日も昼夜問わずそこそこの人が訪れるところだ。
全体的に緑が多く、周辺がビルの乱立地帯であるからか付近から自然を集めてきたような印象を受ける。
公園の中心にある噴水を除けば特に面白い物もないが、今の時期は桜が咲いている。
花見目的で普段以上の人間が集まり、祭りに似た騒々しさが空気に表れていた。

「……しかし見事な桜並木だよね」
「並木っていうほどの数じゃないかもしれませんけど」
「確かに」

道の左右に並ぶ木々は200mも続かない。ちょっと歩けばすぐに花の景色は途切れてしまう。
だが、ここより綺麗に桜が咲く場所はないので、皆が席を取るのだ。
一応人が通れるように道は開いているが、もしバランスを崩して転んでしまえば、お花見真っ最中のサラリーマンや友達家族の団体に頭から突っ込んでしまうだろう。
何もないところで足を引っ掛けてすっこけるなんてことをしない限りは大丈夫なのだけれど。

とにかく無事に桜並木を過ぎ、それからアスファルトの道を逸れて彼は草木の奥に入っていった。
戸惑いながらも真朝はその後ろ姿についていく。
日向の歩みに迷う様子はない。少なくとも一度はここに来ているらしいことがわかった。


二分もしないうちに、二人は足を止めた。


「ここは……」

空白地帯。彼女の頭にそんな言葉が浮かんだ。
うっすらと短い草が絨毯のように敷き詰められており、ちょうど陽射しがそこに降り注いでいる。
周りは中背の木に囲まれ、上手い具合に外からは見えない。
見上げると切り取った風に思える空。太陽が眩しく、そして暖かい。

彼はその真ん中を陣取りごろんと横になった。
仰向けになり空を見上げる形で、両手を後ろに組みながら目を閉じる。

「ひなたぼっこが大好きでね。ちょうどいい場所を探してたら偶然ここが見つかったんだ」
「私も……ここは知りませんでした。この公園にはよく来るんですけど」
「今日は天気もいい。絶好のひなたぼっこ日和だと思わない?」
「ふふ、そうですね」

そう言う彼の顔は本当に嬉しそうで。
子供みたいだと思いながらも、彼女もひなたぼっこをしたくなった。

「横、いいですか?」
「もちろん」
「では失礼します」

スカートを整えつつ真朝も仰向けに寝転んだ。
眩しさに目を細め、ゆっくり瞳を閉じて落ち着く。
背中越しに伝わる柔らかい草の感触。緩やかな風と春の陽射し。
全てが気持ちよく、これなら大好きだと彼が言うのもわかる。

何も考えずに、ずっとこのままでいたいと真朝は思った。
あまりの心地良さに溜め息が漏れる。毛布の中にいるよりも、陽射しは温い。

溶けてしまいそう。
ふわふわとした感覚を味わいながら、意識が遠くなっていく。
眠ってしまうつもりはないのに、抵抗する気持ちも流されてしまう。


意図はせず、日向の横で真朝は静かな寝息を立てはじめた。










「…………ぁ」

霞掛かった頭のまま、真朝は目を覚ました。
起き上がる動きはのっそりとしたもので、視線がふらふらと彷徨う。

あれ、何をしてたんだっけ。

記憶を辿ってみる。
彼女の寝惚けが入った思考は三十秒ほどを経て、自分の行動を思い出した。

「……私、寝ちゃってましたか」
「一時間も経ってないけどね」

横から聞こえてくるのは日向の声だ。
真朝が眠ってしまう前と変わらない気の抜けた顔をしながら言う。

「無断で見ちゃったけど、許してくれる?」
「…………何をです?」
「寝顔」

その言葉を聞いて少ししてから。
ワンテンポ遅れて、彼女の顔はさあっと赤くなった。

勢いよく立ち上がり、背中や腿をはたいてくっついた草を落とし。
滑稽なほどぎこちない動作で、

「し、失礼します!」

逃げるように走った。実際、逃げてるようなものだったが。
恥ずかしい。物凄く恥ずかしい。どうして寝ちゃったんだろう、と今更ながら後悔する。
見ていて可哀想なくらい彼女の顔は真っ赤で、だから道行く人にわからないよう俯き気味で駆けながら。

慌てたそんな姿を日向は苦笑しながら見送る。
可愛いなぁ、と思い、先ほど見た、普段の表情の割にあどけない寝顔を頭に浮かべ、呟く。

「……幸せそうだったよなぁ」

陽が届かなくなるまでにはあと少し時間がある。
それまでは、この場を離れるのは勿体無いというものだ。


目を閉じてまた彼はひなたぼっこを再開した。



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