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 まず最初に直面する問題。
 それは、校舎内に彼らが練習できるような場所がないことだった。

「放課後の教室とか……は駄目だよね」
「うん。誰も来ないとは、限らないと思う」

 朋和と奏は、昨日と同じ教室、同じ席で、合唱に関する話をしていた。
 そこで出てきた、活動場所についてのこと。
 部活、もしくは同好会というものは、学校の中で公的に活動を認められるための枠組みだ。
 例えば勝手にどこかの部屋を使い、二人が合唱の練習をしたとしても、それは迷惑な行為としか取られないだろう。
 生徒だけの独断では、居場所を得ることはできない。許可無き活動は不法だ。
 校外で練習をする、という方法もないわけではないのだが、

「公園とかは人が集まるし……」
「……ぼくの家の近くとかなら、平気かもしれないけど」
「けど?」
「ここから、すごい時間が掛かる」
「……カズくん、どのくらいの距離があるの?」
「自転車で……片道、五十分くらい」
「よく毎朝遅刻せずに来れるね……」
「六時くらいには、起きてるから」
「ああ、でも、休日ならいいだろうけど……学校ある日は無理だよね」
「……ぼくもそう思う」
「わたしの家でも全然構わないんだけど」

 奏がそう言うと、途端朋和は俯いてふるふると首を振る。

「む、無理……」
「どうして?」
「そ、そんな、恥ずかしくて……」

 まだ知り合って一週間も経っていない女の子の家に行くなんて大胆なことが、朋和にできるはずもなかった。
 そこまで気楽に物事は考えられない。何せ、年頃の異性である。
 友達というにもまだ、ぎこちないのだから。

「あー、カズくん可愛いなあ……頭撫でたりとかしちゃ駄目?」
「え、あ、う……」
「なでなで」

 余計に縮こまる。

「ちょ、ちょっと、睦宮さん……」
「あ、ごめんね。男の子に可愛いだなんて言っちゃって」
「そこは、あんまり、気にしてないんだけど……その、恥ずかしい」
「恥ずかしがり屋さんだなあ」
「うぅ……」

 話が大きく逸れた。
 撫でる手を離し、奏はごめんごめん、と再び謝罪。

「うーん……やっぱり、同好会を作らないと難しいかな」
「……部室が持てるから?」
「それもあるけど、顧問の先生が就いてくれるから、何かと動きやすくなるし」

 交渉事が必要になった場合、子供だけよりも大人がいた方が何倍にも成功確率は跳ね上がる。
 もし将来的に大会の類に出ようと考えるなら、後ろ盾、大義名分は必須に近い。未成年であれば尚更だ。
 部活動の一環とするだけでも、個人よりは遙かにできることは増える。

「でも、問題があるんだよねー……」

 同好会を作る、と決めてから、奏はまず発足の条件を調べた。
 会員三名以上と、顧問の教師を必ず一名。
 前者に関しては奏と朋和で二人、残りはあと一人だ。
 ……しかし、これを探すのはかなり難しい。

「大々的に募集とかはできないからなあ……。まだわたし達はやろうって言ってるだけだし、 一緒にやってくれそうな人を見つけて声掛けるしかないというか」

 だからと言って、無差別に当たって砕けるのもどうかと思うし、迷惑だ。
 ある程度、先に見当をつけるべきなのだが――

「……睦宮さんは、いいな、って思う人、いるの?」
「えっと……あ、そうだ! うん、いたいた。少し前に廊下ですれ違って、その時ちょこっと耳に入った程度なんだけどね。 すっごい通りのいい声してた人がいたの」
「どんな人?」
「二年生なんだけど。背が高くて、身体大きくて……確か、倉本って呼ばれてたかな」
「倉本、先輩」
「ん? カズくん、知ってるの?」
「同じ人かはわからないけど……中学校の時、そんな名字の先輩がいた、と思う。応援団の、団長だった」
「あー、だからかな。芯の通った声してたのは」

 頷き、奏は考える。
 勿論素質はあった方がいい。上手いに越したことはない。
 だが、一番大事なのは、技術云々ではないのだ。
 合唱が好きかどうか。
 好きに、なれるかどうか。
 求められるのは、本来それだけであるはずだから。

「でも……うん、明日、話してみようか」
「それが、いいと思う」
「カズくんは来る? ……あ、無理はしなくていいよ。 初対面の人と話すのは、きっとカズくんにとってはすごい大変なことだと思うし」
「……ううん。ついてく」
「平気?」
「頑張って、みる」
「そっか。じゃあ、今日はもう帰ろっか」

 時計の針が示すのは、四時半過ぎ。
 これなら、朋和は陽が沈む前に帰宅できる。

「今日はありがとね。話に付き合ってくれて」
「……ぼく、気の利いた話とか、できないから。でも、少しでも役に立ちたくて」
「そんなこと気にしなくていいのに」
「だ、だって……友達、だから」
「………………」
「……あの、睦宮さん?」
「あーもう、本当に可愛いなあ!」

 わしゃわしゃと撫でる。
 正直ちょっと抱きつきたくもあったが、自制。

「あ、う」
「なら一緒に頑張ろう。友達だから、助け合って。ね?」

 奏はととん、と階段を駆け下り、振り返って微笑む。
 その仕草に朋和は、恥ずかしさで俯きながら、頷いて返答した。
 一分ほど歩き、帰り道が分かれるのは、玄関前。
 そこから奏は徒歩、朋和は自転車を取りに行き、奏とは反対方向へ走ることになる。

「カズくんはこっから?」
「……自転車で」
「じゃあここでお別れだ」

 さようなら、の意を込めて、朋和は頭を下げた。
 それに対し奏は、

「うん、また明日!」

 にこやかに、手を振って走っていった。
 見送る。遠ざかる背中が曲がり角で消えるまで。

「………………また、明日」

 そのひとことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。






 紅咲市立咲穂さきほ高等学校、つまり朋和達が通う高校は、制服の着用が義務づけられていない。
 標準服としての制服はあるが、自由を重んじる校風のためか、私服でも許されている。
 当然、あまり派手過ぎない、学校生活に相応しい服であることが前提条件だ。 とはいえその規則はほとんど有名無実化しており、あまりにも目に余るようなものでない限り、軽い注意で済むのが現状である。 制服を買わなくてもいい、堅苦しくなくて楽、と保護者生徒共に好評だが、それによって出てくる弊害も、ないわけではなかった。

(……これって混ざったら学年の違いとかわからないよね)

 皆が私服だと、誰が上級生で誰が下級生か、見極めることは難しい。
 当人にしてみれば自分以外は全員年上なのだが、そんな気負いが周囲に伝わるはずもなく。

「うぅ……」
「ほらカズくん、怯えないで」

 朋和と奏は昼休みの時間、二年生の教室が並ぶ三階に足を運んでいた。
 目的は一つ。昨日の話に出た、倉本先輩に会うためである。
 どこのクラスまでかは二人とも知らないので、虱潰しに調べていく。
 まず教室の中をちらりと見てから、いないとわかると入口で話し込んでいる生徒に質問を向ける。
 三度目で行き当たった。
 朋和には判別がつかないが、先日一度見た奏にはわかる。机の上に弁当を広げ、一人黙々と食べ進めている男子生徒。
 失礼します、と一応礼儀を尽くし、奏は教室に入る。無言で会釈、朋和もそれに続く。

「あのー……」
「むぐ……ん?」

 呼ばれ、顔を上げた。

「すみません、倉本先輩ですよね?」
「ああ、そうだが……初めて見る顔だな。下級生か?」
「はい、そうです。えっと……あ、わたし、睦宮っていうんですけど。 ちょっと倉本先輩とお話ししたいことがあって……今、時間ありますか?」
「そうか。少し待ってくれ、食事を片づける」

 奏は弁当箱を畳むのかと思ったが、目前の彼は箸を運ぶ速度を一気に上げた。
 無表情で、がつがつと頬張り、咀嚼し、胃に詰めていく。
 半分以上残っていたのに、ものの四、五分で平らげた。それから手早く畳み、鞄に仕舞って席を立つ。

「ここではできない話か?」
「彼が人前苦手で」
「なら、下に行こう。……名乗り遅れた、倉本くらもと涼澄すずみだ」
「じゃあ改めて。睦宮奏です。カズくん」
「あ……小野、朋和、です」
「そうか。睦宮、それと小野。教室を出る」

 涼澄が歩き始め、それを追うように奏、朋和が続く。
 奏に隠れて朋和はびくびくと人目を避けていたが、実際二人は彼が想像しているほどに注目されてはいない。
 しかし幾人かの目が向けられるのは致し方なく、上級生の視線に意識が行く度、朋和は俯いて顔を熱くしていた。
 知らない人間に少しでも注目されるのが、恥ずかしいのだ。
 だからだろうか、階段に差し掛かると朋和は目に見えて安堵の溜め息を吐いた。

「やっぱり慣れない?」
「う、うん。頭真っ白になって……」
「少しずつでいいから、頑張っていこう」

 宥めつつ、段々と人気のない場所へ。
 涼澄の先導で着いたのは、生徒が集まるベンチ付近から少し離れた通路だ。
 昼は往来もほとんどなく、人前が苦手な朋和も含め話すにはちょうどいいと判断したからである。

「それで、俺に何の用だ」
「あー、その……倉本先輩。わたし、この朋和くんと、合唱同好会を作ろうとしてるんです。 それで、倉本先輩に、仲間になってもらいたいなあ、って」
「どうして俺を? 他にもっと、付き合いやすい奴は多くいると思うが」
「前に一度、二年生の教室前を通った時に、先輩の声を聞いたんです。その時、すっごく通りがいいと思って。 よく響く声は、歌には大事な要素なんです。だから、先輩ならいい歌が歌えるんじゃないかな、って、それで」

 ふむ、と首肯し、涼澄は考える姿勢を見せる。
 言葉は選んだ。正直な気持ちも伝えた。
 あとはもう、涼澄の返答次第だった。

「一つ、訊いていいだろうか」
「何ですか?」
「二人は何故合唱同好会を作ろうとしているのか」
「………………」

 唐突な質問。
 だが――決して、言葉に迷うものでは、ない。

「先輩には、何か熱中できるものってあります?」
「……恥ずかしながら、特にない」
「さっきの質問の答えは簡単ですよ。わたし達は、歌が好きだから。理由なんて、それだけですって」
「あの、ぼく……人前に出るのが苦手で、そんなぼくには合唱なんて向いてないかもしれない、ですけど…… でも、きっと、みんなで一つの歌を歌うのは、とっても、楽しいことだと思うから。だから……ぼくも、ここにいるんです」
「……そうか」

 奏と朋和の言い分に、涼澄は納得したように呟き、一瞬だけ目を閉じる。
 なるほど確かに。好きだからやってみる、それはこれ以上ないほどわかりやすい動機だ。
 単純だからこそ真理を突くことも、ある。

(……面白い)

 腕を組み、口元に手を置いた涼澄の顔に浮かぶのは苦笑。彼を知る者がその場にいたなら驚いたかもしれない、 普段感情を全くと言っていいほど表に出さない涼澄にしては珍しい、刹那限りの表情の変化。

 ――何か、心から打ち込めるものが欲しかった。
 それは例えば中学校の時にやっていた応援団でも良かったし、幽霊部員ながらも所属している文化部での活動でも良かったのだ。 しかし結局、そのどれにも一定以上のやる気は起きず、今に至り。 そして、年下の二人に、全く未知の領域、合唱への道に誘われている。 これまでの涼澄には、歌に対する興味など皆無だった。自分が歌って、その声を誰かに聞かせるなんて、想像したこともなかった。

 楽しくなるかはわからない。
 好きになれるかも、わからない。
 けれど、楽しくなれるかもしれないと思った。
 好きになることができるかもしれないと、思った。

「わかった。俺も加わろう」
「……へ? い、いいんですか?」
「誘ったのはそっちだろう」

 奏としては駄目で元々だったので、まさかここまであっさりと了承を貰えるとは考えておらず、 拍子抜けというか耳を一瞬疑ったというか、絶句。その後ろで朋和も、きょとんとした表情を見せていた。

「それで、活動は今日からか?」
「え、あ、その……まだ顧問の先生を探してないんです」
「ああ……そうか。なら、放課後に探すんだろう。付き合う」
「……はい。じゃあ、お願いします。とりあえず今日は、1‐4の教室で会議してるので」

 うむ、と涼澄は鷹揚に頷き、二人に背を向ける。

「俺はもう戻るが……睦宮、小野。そろそろ昼休みが終わるぞ。昼食はいいのか?」
「……あ」
「では、放課後に」

 呆然と去っていく涼澄の姿を眺め、慌てて近くの家庭科室にある時計を見る。
 十二時五十二分。
 昼休み終了まで、三分を切っていた。






「失礼する。……どうした二人とも、こんな時間に弁当を食べて」
「昼に食べる余裕がなかったんです……」

 少々ホームルームが長引いたらしく、涼澄が来たのは六時限目のタイムリミットを告げる鐘が鳴ってから、 およそ二十分後のことだった。ちなみに、朋和のクラスであるそこに奏が訪れたのは、十分ほど前である。
 それからずっと、両者共に向かい合って遅い昼食を摂っていた。
 食が細い、というわけではないのだが、あまり急いで食べることには慣れていない。
 ついでに言えば、人前。栗鼠よろしく頬に詰め込む真似などできるはずもなく、 結局完食までにはさらに八分ほどを要し、その間涼澄を待たせることになってしまった。

「すみません、待たせちゃって」
「構わん。何もせずにぼんやりしているのは、割と好きだ」
「はあ……」
「それで、顧問の当てはあるのか」
「あ、それはカズくんが」

 突然会話の中心に立たされた朋和は、一瞬口篭もる。
 まだ、涼澄には慣れていないのだ。
 おずおずと、俯きがちな状態から上目遣いで涼澄を見て、

「ぼくのクラスの、担任の……四谷よつや先生に、頼んでみようかって」
「……そうか。新任なら了承するかもしれんな」

 四谷春雄はるお。今年度転任してきた、男性教諭である。
 担当教科は日本史、フランクな口調と堅苦しくない性格で、生徒達には人気があり、 逆に他教師、特に年配の者には受けが悪い。厳格さが足りない、と常々言われているらしい。 それを余計な世話だよなあ、と生徒にさらっとこぼす辺り、如何に教師らしくないかはわかるものだろう。
 とはいえ若過ぎるというほどのものではなく、三十路一歩前、二十九歳だと全校生徒の前で公言した。 年相応にも見えるし、もっと若々しくも見える。それでも、苦労をした大人特有の落ち着きを持っているので、 あまり子供に馬鹿にはされない。怒った時は手が早いのも一因だが。

 そんな四谷教諭は、新一年生とほぼ同時に就任したが故、現状、話に聞く限りではフリーだった。
 が――顧問になれば、当然負担は増える。いくつかの部の顧問を兼任する教師もいないことはないが、それは例外だ。 普通は面倒だからとやりたがらない。しかし教師数は有限であり、部や同好会の総数は校内の全教師よりも多い。 なので、顧問は取り合いになってしまう。  滅多に新しい同好会が作られないのも、そのためだ。ほとんどの場合、必ず何らかの部や同好会の顧問になっているからである。

 可能性は、低い。
 本人が首を振れば、別の請け負ってくれそうな教師を探すしかない。

「倉本先輩の時も駄目元でしたし、とりあえず頭下げてみましょう」

 それでも現状他のアイデアは思いつかず、一同は普段四谷教諭がいる、日本史教科の準備室に向かった。
 奏を先頭に、ノックの後、入る旨を告げる。
 返事はない。聞こえてはいるだろうが、在中の数人のうち、誰に用があるのかわからないからだ。
 迷わず奏は扉を開け左奥へ。雑多に物が積まれ、散乱した紙に埋もれて唸っている大柄な人影、四谷教諭を見つけた。
 目前の彼は時折がしがしと髪を掻き回し、ペンを握って何かを書こうとしてはまた唸り始める。
 不機嫌そうな声を上げ、肘を動かした拍子に、左側にあったプリントの山を崩し、紙束の雪崩に巻き込まれた。

「うわっ! マジかよ……って、ん?」

 高低差の関係で右に流れたプリントを目で追い、ちょうど声を掛けようとしていた奏と目が合う。
 そのまま数秒硬直。

「あの……て、手伝いましょうか?」
「あ、おう。悪いな」

 意味ありげな目線を送っていたので、確信犯である。
 奏の後ろに控えていた朋和と涼澄もしゃがみ、四人でプリントを拾い集める。
 ちらりと内容に目を通してみれば、大半は書類のようだった。

「すまん、ちょっとそっち置いといてくれ」
「あ、はい」

 指差された空間に崩れないよう小分けにして重ね、一息。
 回収し終わったタイミングに合わせて、座ったまま四谷教諭は問う。

「……で、どうした? んー……お、後ろにいるのは小野か。あとの二人はわからんが」
「一年の睦宮です」
「二年の倉本だ」
「ほう。三人も揃って、俺に話か?」
「はい。お願いがあるんです」

 代表者として、奏が交渉の場に立った。

「言ってみ」
「これから作ろうとしてる同好会の、顧問になっていただけませんか?」
「何の?」
「合唱、なんですけど」
「ふうん……合唱か」
「同好会の成立には、三名以上の会員と、顧問の先生が一人必要なんですよね?」
「いや、俺は知らんぞ」
「……えっと、調べた感じだとそうなんです」
「それで、俺に顧問をやってほしいとお願いしに来た、ってところか」
「はい」
「………………」

 薄く目を閉じて机に向かい、四谷教諭は考え始めた。
 その姿を、奏は毅然と、朋和は祈るように、涼澄は普段通りの表情で見つめる。
 やがてくるりと回転椅子を足で回し、三人に視線を送って、

「あー……そうだな。よしわかった。最初に声を掛けたお前達の顧問になってやろう」
「え?」
「何で驚くんだよ。俺が頷いたのがそんなに意外だったか?」
「それもありますけど……最初に、って部分が」
「ああ。嘘は吐いてないぞ」
「別に疑ってないですって」
「いやな、どうも俺人気ないみたいでなあ……。一度もそういう要請はなかったんだよ」
「……それは、先生に任せるのが不安だったから、かも」
「小野ぉ、ちょっとこっち来い」
「……!」

 ふるふると首を振り、奏の背後に隠れる朋和。

「先生、あんまり脅かさないでください」
「悪い悪い。小野見てるとついからかいたくなるんだ」

 四谷春雄、いじめっ子。
 ちなみに朋和の指摘は、あながち間違ってもいなかった。

「それで……」
「顧問の件なら心配するな。まあ、明日にはやっといてやる」
「はい」
「そうだな、活動場所は……リクエストとかあるか? 合唱って言うくらいなんだから、歌うんだろう?  音響とかその辺どうなんだ」
「場合によっては音楽室を貸してもらう時も出てくるかもしれませんけど、基本的にはどこでも平気です。 絶対に楽器が必要なわけでもないですし、歌うのは、どこでだってできますから」
「なるほど。じゃあ、隣の社会科室でいいか? 今はどこも使ってないし、俺の管轄だから好都合だと思うんだが」
「わかりました。お願いします」

 三人で、頭を下げる。
 できる限りの誠意を示すように。
 それを見た四谷教諭は、

「おう、お願いされてやる」

 ――嬉しそうに、笑みを浮かべた。






 準備室を出た三人は、荷物を取りに教室まで戻る。
 適当な席に座り、矢面に立っていた奏は大きく溜め息を吐いた。

「っはー……緊張した……」
「……睦宮さんも、緊張するの?」
「そりゃするよー……。今回はカズくんと倉本先輩の分も責任背負ってたし」
「余計かと思って口出しはしなかったが、すまんな睦宮。面倒なことを任せてしまって」
「あ、いいんですよ倉本先輩は気にしなくても。一緒に来てくれただけでも充分です」
「ぼくも……その、迷惑掛けて、ごめん」
「それもいいの。迷惑掛け合って、面倒なことは一緒に背負うのが友達だよ?」

 ……口下手だから、友達を作るのは苦手だった。
 楽しい話の一つもできないから、友達になってもほとんどは続かなかった。
 でも彼女は、気の利いた話ができなくてもいい、と言ってくれた。
 迷惑を掛け合うのが友達だと、言ってくれた。
 胸の中が……ほわりと、温かくなる。

「だから、わたしもたぶんいっぱい迷惑掛けちゃうだろうけど、その時はよろしくね」
「……うんっ」

 だから奏のそんな言葉にも、朋和はすんなり頷けた。

「……取り込み中のところ申し訳ないが」
「え? あっ」
「……っ!」

 涼澄の横槍。
 二人は向かい合い、同時に赤面した。
 それを意に介さず涼澄は続ける。

「活動は、明日からと思っていいのか?」
「あ、えっと……どうでしょう。できるんなら早速やりたいですけど、 実際には明日四谷先生に会って話を聞かないとわからないです」
「そうか。とにかく、今日はこれで終わりということだな」
「はい。誘った日から付き合っていただいて、ありがとうございます」
「それこそ気にするな。仲間だろう」
「………………」
「……何か、俺はおかしなことを言ったか」
「いえ、先輩には驚かされてばっかりだなあ、って」

 友達。仲間。
 今まで縁遠いと思っていたものが、こうして隣にあって。
 とても、とても――心地良い。

「……あはっ」
「あれ? カズくん、今、笑った?」
「あ、う……な、何でもない」
「嘘だー、今絶対ちょっと笑ったよ」
「俺にも聞こえたな」
「うぅ……睦宮さん、倉本先輩……」

 楽しかった。
 もっともっと、ここにいて、ここで頑張って、先を見たい。
 まだ、笑みを悟られることさえ恥ずかしく感じてしまうけれど――
 それもいつかは克服できると、信じて。

 小野朋和、睦宮奏、倉本涼澄の三名と、顧問に四谷春雄教諭を据え、総計四名の手により。
 合唱同好会、発足。





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何かあったらどーぞ。