§3 決意と 遭遇と


 テヴア共和国はオーストロネシアの北東に位置する13の島から成る国です。
 四国の二倍ほどの大きさで、人口は四万ほど。昔から住んでいるメラネシア系、ポリネシア系の内島人と、『イギリス領テヴア諸島』と呼ばれていた植民地時代、ヨーロッパ系の血が流れ込み、彼らの二世、三世がテヴア国籍を取得した外島人に分ける事が出来ます。
 昔からこの内島人と外島人との間には諍いがありました。
 内島人と外島人を比較した場合、取得給与に2倍以上の開きがあること。三十数年前、テヴアが植民地であった時代に、内島人である彼らが被った理不尽な差別や暴力。
 過去と現在にまたがる多くの遺恨のせいで、テヴアでは何かをきっかけとして暴動や襲撃事件が発生し易い下地があります。暴動の多くが内島人の方によるもので、日頃鬱積した彼らの怒りの発露ともいえました。
 ロケット事故による暴動も、その例外ではありません。
 私が『外島人』という“かてごりー”に括られる以上、彼らの何たるかを語る事はとても失礼なことなのかもしれません。所詮は私も裕福で、差別してきた側の人間であって、それ以外のものとして彼らの目には決して映らないのだと、ここまで歩いてきた最中、すれ違った内島人の方に睨まれる都度、諦めた気持ちが去来します。
 単一民族で形成された日本という国では、こういった人種問題はあまり話題にもならないことでしょう。ただ、彼らと比べると瑣末な話ですが、日本にいた時に私が感じた劣等感のようなモノは、彼らが外島人に抱く感情と、ひょっとすると同じ処に根ざしているのではないかと思う時があるのです……。
 テヴア本島の首都近郊を一人で歩きながら、私はそんなことをずっと考えていました。

 リキ―――

 ここでもやっぱり、私はコウモリみたいです。

 下北さんからお借りしたツバの広い麦藁帽で顔を隠し、ジーンズと薄地の長袖という格好の私ですが、これでもまだまだ外島人コウモリであることを隠すのは難しいようです。お団子にした髪のほとんどは、まとめて帽子の中に仕舞っていますが、袖口から覗く白陶磁の肌は、茶褐色の肌が行きかう中では、やはり人目に付くみたいでした。
 目深に麦藁帽を被り、急ぎ足で路地を曲がると、私はなるべく日陰を歩くようにします。
 少しでも肌が黒く見えるようにという浅知恵です。この前のように誘拐される可能性もあるので、あまりおおっぴらに外島人であることを悟られない方がいいとの忠告を受けての格好でしたが、この気候で、この格好では、逆に怪しまれているような気がします。
 6月のテヴアは北半球に位置する日本と違い、幾分涼しい季節へと移り変わる最中です。とはいえ、常夏の気候のこの国にとって「涼しい」とは、日中の気温が30度よりも低いという程度のことですので、私の服装は周囲の通行人と比べて少々浮いていました。
 全身から噴き出す汗の分だけ水分を補給しないと干からびてしまいそうです。虎の顔をでふぉるめ化した黄色のポシェットからペットボトルを取り出すと、一口だけ咽喉に流して、私は息をつきました。
 下北さんの助けを借りて、日本大使館の裏手口から抜け出したのは小一時間ほど前のこと。ぼでぃーがーどさんが付いてくれるような待遇がないのは心許ないですが、ロシア大使館に行きたいと言い出したのは、紛れもなく保護されて間もない私なのです。
 外出など許されるはずもないのに、ワガママを言った対価がこれだというなら安いもの。日が暮れる前には帰ってくるように言われましたが、そのときにはきっと下北さんの話していた『上の人』にもばれてしまっているでしょう。
 私の監視も厳重になることを考えると、今日中にオーシャンランチコーポレーションの方を探さなければいけないということになりますが……。

「いけませんっ」

 私は頬を叩きました。
 常に気持ちを上向きにしていないと、すぐに落ち込んでしまうのが私の悪い癖です。下北さんに書いてもらった地図を見る限り、まだまだ歩かねばならないのに、序盤からこのようでは先が思いやられてしまいます。
 ロケット墜落事故とそれに伴う暴動の影響で、公共の交通機関がほとんど麻痺してしまっているのがそもそもの原因でした。個人運営のタクシーは内島人の方が運転手をされている物が大半なので、乗車は控えるようにいわれています。
 つまり、私に与えられた唯一の移動手段は、この小さな二本の足にかかっているというわけです。
 平素なら大渋滞の道路は閑散としているので、タクシーを使えばものの10分と掛からず着いたでしょうに……。
 文句を言ってもしょうがない事です。自分にそう言い聞かせると、サンダルを引っ掛けて私はポコポコと歩き始めます。
 コンクリート舗装された三車線道路脇の歩道を通り、巨大なビル群を仰いでいると、なんだか眩暈がしそうです。郊外に出れば、まだまだ原生の森や未開発の土地が数多く残されてはいるものの、開発の波が途上国であるテヴアにも訪れた結果が、私の周囲には聳えていました。
 ヌーヴィ・バルコヌール基地があるブーゲルビン島からは大分離れているので、この辺りはロケット事故による被害は皆無といっていいでしょう。ただ、暴動の影はショッピングモールや、大手銀行の正面玄関口に見受けられます。破散したガラス片が路上に散らばり、駐車していた車は見事なまでにすくらっぷと化していました。
 外島人の方たちは、とばっちりを受けるのを恐れてか、内島人と比べてポツポツとしか見受けられません。それでも無法地帯にならずに済んでいるのは、警察や善良な住民による自主的な治安活動、国連軍によるテヴア共和国への介入などがあったからでしょうか。
 要所要所で、テヴアの軍服を来た二人組みが銃を携え周囲を睨み据えているのは、かなりの畏怖を私に与えます。それは何も私に限った事ではないようです。一定距離を隔てて横切る人たちの顔が、皆一様に強張っていることからもそれがわかります。
 程なく私は不思議な二人組を発見しました。迷彩柄の半袖とズボンというごくごく一般的な軍人の格好なのですが、よくよく見るとテヴアの軍服とはデザインが異なります。国連軍の方なのかとも思いましたが、たった二人だけでテヴア軍が警戒する中、ブラブラとしているのも変な話です。
 白人で金髪碧眼。
 テヴアではなかなか見受けることのないその容姿には、どことなくロシアで生まれた祖父と重なる部分がありました。しばらく呆けて眺めていると、彼らはどうやら私に気付いたようでした。
 なにやら私を指差しています。
 ジロジロ見ていたのはさすがに拙かったのでしょうか。
 ずんずん向かってくる彼らにどう対処すればいいのか、私の頭は空回りまくりです。そうやって混乱していたせいで、決定的な逃げ時を逸した私の前には、随分対比的な二人が並んでいました。
 一人は30代前後。五分刈りの頭に、真人さんのような巨躯を持ち合わせた“たふがい”という感じの人。でも、目はとても澄んでいて、優しそうな人に見えます。
 そしてもう一人は―――

「おい、ちびちゃん。なにじろじろ見てるワケ?」
「わふっ……!? いえ、あの……」

 日本語で話しかけられました。テヴアの公用語である英語で声を掛けられると思って身構えていたのですが……ちょっと拍子抜けです。それでも私がしどろもどろであることは変わらなくて、即答しなかったことで彼の眉が不愉快そうに上がったのが判りました。

「……保護者は?」
「わ、私……一人です」

「はぁ!?」という呆れ声に続いて怒気を露わにした声が飛びます。

「外出禁止令が解除されてるとはいえ、ガキが一人でうろつくような情勢じゃないってわかってんのか? 窃盗、暴行、誘拐、レイプ、殺人。何されても文句言えねぇぞ。ガキを犯るのは趣味じゃねえが……なんなら今ここで、アンタを毟ってみようか?」

 すっと伸びた腕に畏怖を感じて、私は身を竦ませました。
 肩を掴まれようとしたその時、脇から別の腕がそれを阻みます。

「ヴァーニャ、やりすぎだ」
「このくらい脅かさないと意味がねぇんだよ。少し自分が軽率であることを分からせないと、ガキはつけ上がる。実際に何かが起きてからじゃあ遅い。……クローカ、アンタだってそれはわかってんだろ?」
「……この子も充分学んだはずだ。もう止めてやれ」

 互いの“我”を目で主張した数瞬の膠着の後、「へいへい」と両手を挙げて降参の意を表明したのはヴァーニャと呼ばれた青年でした。緊張した空気が一気に冷めると、私は思い出したように息を吸っています。

「悪いな。この男はこういうやり方しかできない。許してやってくれ」
「いえ……私も悪いですから」

 ぺこりと頭を下げた後で、私はまた性懲りもなく、麦藁帽の網目の隙間から二人を見ていました。
 クローカさん。そしてヴァーニャさんと言いましたか。
 二人ともロシア系の名前でした。それに、おじいさまから以前お聞きしたことのある、行方不明となった軍属時代のお友達と奇遇にも同じ名前です。年齢から見て、どう考えても同一人物なんて事はありえないのでしょうが……。
 ふぁーすといんぷれっしょんはあまり良いものではありませんでしたが、不思議な縁もあるものです。

「とにかく一人で出歩くのは危険だ。家まで送ろう。見たところ……外島人のようだが、住所はこの辺りなのか?」

 私の白い手を一瞥してから、クローカさんが尋ねたのがわかりました。
 どう答えていいものかちょっと迷いましたが、

「いえ、その……実はロシア大使館に向かっているところでして」

『ロシア大使館』―――その名詞が飛び出した瞬間、ぴりっとした空気が再び張り詰めました。表情に変化のなかったクローカさんの眉間が、このときばかりは険しくなっています。
 理由が分からず、クローカさんに目を向けていた私は、突如飛来した横殴りの衝撃と圧迫感によって前後不覚に陥りました。

「おい、餓鬼……」
「……はっ…………ぐ…………!?」

 気づいた時にはヴァーニャさんに胸倉を掴まれていました。
 壁に押し付けられた私は、声を上げることも出来ません。

「目的は?」
「……も……ぅ……え……?」
「物見遊山か? 嘲笑か? 答え次第によっちゃあ、マジでぶん殴るから覚悟しろ」
「ヴァーニ―――」
「クローカぁ! あんたは黙ってろ!」

 私から目を離さず、ヴァーニャさんは一喝でクローカさんを押し留めました。

「女だからって容赦しねぇぞ……! 顔を隠していればバレないとでも―――!」

 私の麦藁帽に手をかけると、一気にそれを毟ります。
 露出した亜麻色の髪。彼らと同郷の証であるロシアンブルーの瞳が陽の目を浴びて二人の視線を釘付けにしました。
 憤怒を露わにしていたヴァーニャさんの顔も、呆気に取られて腕の力が抜け落ちていました。力の奔流から解放された私は、涙を流しながら咳き込みます。むせる都度にぽろぽろと涙が零れ、灼熱のアスファルトにグッタリと手をつき、何度目かの嗚咽を洩らしました。

「亜麻色の巻き毛、ロシアンブルーの瞳。10代半ばの小柄な少女…………おい、まさか―――」

 視界の端で狼狽するヴァーニャさんが、クローカさんと目配せしているのが見えます。
 何故ヴァーニャさんが怒ったのか。どうしてその怒りが収束したのか。慣れた手つきでクローカさんに介抱され、訳がわからないながら、とにかく私は顔を上げました。

「謝罪の前に一つ尋ねたい。……君の名前を教えてくれないか」

 それがとても重要な質問である事は、クローカさんの声が震えていることから何となく察せられましたが、一瞬、私は迷いました。
 ストルガツカヤの姓をテヴアで口にするのは憚られました。ここでは有名になりすぎた所為ゆえに、その言葉一つで最悪の結果を招く可能性を拭えなかったからです。

「……能美……クドリャフカ、です」

 私が吐いたこの些細な嘘が、二人には無意味だった事は直ぐに判明しました。

「クドリャフカ・アナトリエヴナ・ストルガツカヤ……!」
「C・イワノヴナの愛娘か! よくぞ無事で!」
「わふっ……?」
「依頼された時は絶望視していたが……いや、まさか本当に生きていたとは」

 とても嬉しそうなお二人に対して口を挟むのもどうかと思いましたが、皆目見当のつかない話題で賑わっていて、くぇすちょんまーくが私の頭にかみんぐあうとして、二進も三進もいきません。

「……あの……すいません。いったい何の話か、私に分かるように教えていただけないでしょうか」
「ああ、すまんな。自己紹介が遅れたが私がクローカ、彼がヴァーニャ。我々二人は、とある人物から君の探索と保護を仰せつかっている。……しかし、積荷信仰カーゴカルトに誘拐されたと聞いていたが、いったいどうやって脱出を?」
「え? ええと……それについては、説明できるかどうか不安というか……実際よく分かっていないというか……」

 あの時のことは、私としてもどう解釈するべきなのか整理しきれていません。クローカさんの質問についてはシドロモドロにはぐらかすしかなくて、語尾を尻すぼみに小さくすることで有耶無耶にしてしまいました。

「彼らの拠点の一つがこのあたりにあるとの情報を得て来てみたものの……君の無事が確認できた今となっては、とんだ無駄足だったな」
「んな事はどうでもいいさ。それより悪かったな。てっきりいつもの馬鹿共と同類かと疑っちまったよ……」

 きまり悪そうに頭を掻くヴァーニャさんは、しゃがんでいた私の背中に手を当てたかと思いきや、いきなりひょいと抱え上げます。

「わ、ふわっ!? あの、その! いきなりなんでしょうか!?」
「何って、ロシア大使館に行くんだろ? すぐそこにバイクを止めてある。連れてってやるよ。どうせ戻るしかないしな。クローカ、アンタんトコに予備のメットあったよな?」
「後部座席の下に収納してある。盗まれていなければ多分ある筈だ」
「……いい加減、鍵直せよ。こじ開けられたのって結構前だろ。勤勉実直そうな顔して、そういうところが抜けてるよな、あんた」
「鍵をかけたところで盗まれる時は盗まれる。盗まれない時は盗まれん」
「どんな屁理屈だよ……」

 私の頭上でどんどん話が進んでいます。目的地は確かにロシア大使館ですから渡りに船という気がしなくもありませんが、傍から見るとこれは誘拐じゃないのでしょうか?

「……」

 ……あれ?

 ひょっとして誘拐さんですか?

 私は誘拐されようとしていますか?
 
「おーい、巻き毛ちゃん。聞いてるか?」

 初め、それが私のことを言っているのだと思わずに聞き流していましたが、ヴァーニャさんが至近距離に顔を近づけてきたので、仰け反りながら「は、ふぃ!?」という頓狂な声を上げてしまいました。

「そ、それは私のことでしょうか?」
「あんた以外誰がいる。アンタ、巻き毛ちゃんクドリャフカだろ?」
「いえ、確かに私はクドリャフカですけど―――」

 答える前に、大型のバイクの後部座席に座らされてしまいました。クローカさんが放り投げたメットをヴァーニャさんは受け取ると、麦藁帽の代わりに私の頭にぼふっと被せます。

「まぁそういうわけだから、巻き毛ちゃん。俺の体に手を回して、しっかり掴まってな。路面状況あんまり良くないから、振り落とされないように気を付けんだぞ」

 ぽんっとメット越しに頭を叩かれて、サイズの合わないメットが前にずり落ちました。私が慌ててメットを正位置に補正するのをヴァーニャさんは可笑しそうに観察します。

「クローカ、そういや帰宅ルートはどうする?」
「しばらくは国道を道なりに。一キロ圏内で念のため迂回コースを取る。大丈夫だとは思うが、追ってくるようなら後ろの連中を巻くことも忘れるな」

 そういって、クローカさん顎で示唆した方向を私が向くと、内島人の方5,6人ほどがこちらを見ています。その視線の多くが、私を睨んでいるのだとわかって、背筋に冷たいものが走りました。

「あ……あの、あの人たちはいつから……」
「気付いてなかったのか? 巻き毛ちゃんを見つけたときには、既に尾行していたぞ。俺らがいなければ、まぁ間違いなく―――」

 怯えている私の表情を読み取ったのでしょう。ヴァーニャさんは言葉を切り、それから静かに息を吐きます。

「だから言ったろ、『ガキが一人でうろつくような情勢じゃない』、『何をされても文句は言えない』って」
「……すみません、ありがとうございます」

 お二方に未然に救われていたことを知って、私は謝罪とも、感謝ともつかない言葉を口にしました。悪い人たちではなさそうですし、このままお二人から離れればどうなるかくらいの予想はつきます。私は覚悟を決めました。
 とはいえ、ヴァーニャさんの腰に手を回すのは少しだけ躊躇しました。知り合ったばかりの異性の身体に触ることに、顔を赤らめてまごついていると、ヴァーニャさんは私の両手をむんずと掴んで、お腹の前で交差させます。
 起き上がりのエンジン音。身体を伝わる振動に身を硬くして、私は出発の時を待ちました。
 しばらくしても動き出さないので、怪訝な表情をヴァーニャさんの背中に向けると、彼は静かに私に尋ねます。

「……なぁ、ロシア大使館に危険を冒して行く理由が、アンタにはあるのか?」
「はい、私はオーシャンランチコーポレーションの職員さんを探しています。ロシア大使館に行けば手掛かりが見つかると思って、私はここまで来ました」
「『スプートニク・ショック』」
「え?」

 ヴァーニャさんが呟いた単語の唐突さに、私は聞き返します。

「有人宇宙船、『Cトゥーワナ』KTC−72D。通称「スプートニク号」の墜落事故の呼称、蔑称さ。―――巻き毛ちゃん。アンタがそいつらに聞きたいのは事故の理由か? それとも搭乗者だった母親のことか?」
「……両方、です」
「二兎を追う……か。なるほど。そういう頑固そうなところは“あいつ”そっくりだ」

 にやりと、ヴァーニャさんは満足そうに笑います。

「巻き毛ちゃん」
「なんでしょう」
「その顔と、今の覚悟の気持ちを忘れるな。ナリはアレだが、今のアンタは俺が出会った女の中で、最高に別嬪さんだ」

 リキにも言われたことのない台詞に、私は耳まで真っ赤に染まるのがハッキリと分かりました。

「そっ、それはどうもです! ヴァーニャさんも日本語がお上手ですね。どこかでお勉強されたのですか?」
「いいや、俺はさっきからロシア語しか話してない」
「………………………………………………は?」

 何を言われているのか分からなくて、自分の耳を疑ったにも関わらず、ヴァーニャさんはとても平静な表情で、世間話をするように話すのです。

「俺には巻き毛ちゃんの言葉は、さっきからロシア語にしか聞こえないんだがな。……そうか。アンタ、日本語を話していたのか」
「そ、それはどういう意味ですか!? あの、ひょっとして『この世界』と何か関係があるのですか!?」

 気色ばむ私の質問を聞いているのか、いないのか。
 ゴーグルをゆったりと装着しながら―――彼は謳います。

「過去も、未来も……全てを超越して、ただ“此処”があるというだけの話さ、巻き毛ちゃん。誰かの強い願いと、多くの祈りと、そして未練によって、俺たち二人はアンタを救うためにやってきた“正義のヒーロー”って事にしといてくれ」
「意味がわかりません!」
「わからなくていいし、わかる必要もない。アンタが知るべき事は他にある。違うか?」
「そうですけど……。そうなんですけど……!」

 言葉が続きません。
 この世界が何なのか。死ぬ前のお母さんに逢えたという奇妙な時遡がどこで起こったのか。ここは夢なのか、現実なのか。それを知る人が目の前にいるというのに、ヴァーニャさんはのらりくらりとはぐらかす事しかしませんでした。

「授業はここまでにしとこうや。そんな些細な事よりも、ロシア大使館に着いてからの方がキツイぞ」

 それは、何を暗示するのか。
 
「……ヴァーニャさん」
「あん?」
「私は……この世界を信じてもいいのでしょうか」

 ヴァーニャさんは、少しだけ寂しそうに遠くを見ました。

「アンタが信じたいと思うものを信じな。今の俺にはそれしか言えねぇよ」




あとがき

 ヴァーニャ、クローカ。
 原作に名前は出ておりましたが、それ以外はかみかみのオリジナルキャラ故に、当初は個性付けに時間が掛かると思っていましたがなんのその。
 予想以上の働きと、クドの保護者、兼、教師として最後まで彼女を助ける存在として作中を動きまわる予定です。
 本SSにおけるテヴアという世界の仕組みは、原作のループ世界とどう関わり、何が同じで、何が違うのか。
 プロット立ち上げ当初から、テヴアという世界観をなるべく詳細に妄想したお陰で、気候、風土、地理、人口、面積、簡単な歴史観は書けたかなと個人的には満足してます。
 テヴア世界が読み手にもつかめるような回になっていれば幸いですが、無駄に詳細に書きすぎたかもしれないと少々反省もしております(汗
 さて、次回はようやくロシア大使館。クドの眼前に、ある光景が展開されます。
 あとがきを書いているこの時点で一文字すら書いていないという最低な状況ですが……
 どうなることやら。



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