少し、かつての、ライナーを囲んだ仲間の話をしましょう。
私を含む三人のレーヴァテイルと、詩を謳う私達の前に立ち戦った四人。
ファンタズマゴリアを紡いだ後、皆はそれぞれの道を行きました。

オリカさんはカルル村でオルゴール屋を営み始め。
ミシャは詩姫となり、各地を巡る旅に出て。
クルシェさんとジャックさんは共に、雲海の彼方まで辿り着ける飛空挺の開発を。
ラードルフさんは教会の総司として、民草のために所属する人やレーヴァテイルを纏め忙しく動いています。

そして、アヤタネ。
彼は結局塔の中、バイナリ野へと姿を消しました。
はっきりとした居場所は、おそらくミュールにしかわからないでしょう。
でも、今も彼は『向こう側』から、少しずつウイルスの脅威を減らしてくれています。
実際導力プラグを中心とした巡回数は右肩下がりに減少し、ウイルスに出会わない日も一度や二度ではありません。

……世界は、きっと、より良い方向へ進んできています。
それは誰か一人の力ではなく、懸命に生きている全ての人が、レーヴァテイルが、テル族が紡ぐ想いによるもの。
過去、孤独の海に沈みながら足掻いていた私は知ったのです。
自分だけでできることの少なさを。比べて、誰かと共にできることの多さを。心強さを。

ライナーと一緒に暮らすようになって、寂しさとは無縁になりました。
ほとんどいつでも私の隣にはライナーがいて、情けなかったりもしますが、最後には必ず私を安心させてくれて。

私は―――― 既に十分過ぎるほど幸せでした。
この日常は変わらず、続いていくのだと思っていました。

ですが、そんなはずはなかったのです。
変革の始まりは、懐かしい顔が私達を訪れたことから。










ちょうど、その時は昼食を終え、満腹から来る眠気に浸りながら二人でのんびりしていました。
だから玄関の呼び出しにもすぐ気づき、立ち上がろうとする私を制止したライナーが小走りで向かい、扉を開けて、

「久しぶりだね、ライナー」
「アヤタネ!? アヤタネじゃないか!?」

おもむろに現れた来訪者に、驚くこととなるのでした。
出会わず久しいと言っても間違いない彼の姿は、あの血のように赤い鎧を纏ってはいません。
シックな色合いの上下を着込み、隠せぬ額の紋様を除けばしっかりと町並みに溶け込んでいます。

「うわぁ、しばらく会わなかったけど、元気にしてたか?」
「ライナーこそ、色々と大変じゃなかったかい?」
「……どうしてそこで私を見るのですか、アヤタネ」
「いえ、幸せな日々を送ってるんだろうな、と思ったんですよ。シュレリア様」
「…………その名で、呼んでくれるのですね」
「もう敵対しているわけでもないですし、一時期ではありましたが僕の上司でしたから」

そう言い微笑むアヤタネに、険の色はありません。
私も、思わず表情を綻ばせました。ライナーの友として、歓迎しましょう。
まずはお茶でも、と上がることを勧めたのですが、返ってきたのは否定の微かな首振り。

「あ、その申し出は魅力的ですが、今日は遠慮させてもらいます」
「ん? アヤタネ、じゃあどうしてこっちに来たんだ?」
「ライナー、そしてシュレリア様。付いてきてほしいところがあるんです」
「付いてきてほしいところとは?」
「それはまだ言えません。……信じて、くれませんか?」

代わりに提示されたのは、中身のわからぬ誘いと問いかけ。
私とライナーはアヤタネの目を見ます。嘘がないかどうかを。
深い紫の瞳に宿る、真摯な感情。……錯覚かもしれないですが、私は確かにそれを感じました。
信じて、いいでしょう。隣のライナーも同じ気持ちのようで、こんなところでも私達は通じ合っているのだと嬉しくなりました。

故に答えは、

「勿論。友人として、俺はアヤタネを信じるよ」
「少し待っててくださいね。出る準備をしますから」
「…………シュレリア様、ありがとうございます。ライナー、恩に着るよ」

アヤタネの安心した顔を見てから、私は自室に向かいました。
ちょっとばかり、時間が掛かりますが……いいですよね?










万が一を考え、動きやすい服装にしておいたのですが、どうやらその選択は正解だったようです。
アプサラニカ広場から塔内に入り、導力プラグの向こう、氷の瞳に続くゲートを潜ります。
そこからインフェリア、イオンプレートを通り、しかしシルヴァプレートまで出ることはありませんでした。

道中、幾度か獣の類が道を塞ぎましたがアヤタネが全て一人で片づけました。
相変わらず腕が冴えていますね。瞬速で懐に走り込み、抜いた右の刀で一閃。
流れるような動作で振り切った右の次は左の帯刀。瞬きする間に、斬り裂いた敵は二つに分割。
そしてもう一拍置けば、無数に重ねた斬撃で獲物は塵も残りません。
ライナーを力の戦い方とするなら、アヤタネは技の戦い方でしょう。
武器の性質から考えても、膂力と重量で叩き斬るライナーと違い、アヤタネの刀はその鋭利さと速度で相手を制します。
どちらにしろ、私に真似できることではありません。優劣もつけられないものです。

「……ガーディアンの数は、確実に減ってきていますね」
「ええ。母さんが放ったウイルスは毎日地道に駆除していますから」
「アヤタネには苦労を掛けてしまってます。でも、それ以上に感謝しているのですよ」
「それが、僕にできることでしたので。母さんと、大事な友と、仲間達のために」

ウイルス生命体であるアヤタネにとって、ある意味ウイルスは同類のようなものかもしれません。
そんな存在を消していくというのは、もしかしたら辛いことなのかも、とも。
でも、アヤタネはその手段を選び、また、私達との共存を望んでくれました。
素晴らしい、ことですね。一度全てを失ったこの世界は、どんどん芳醇に、そして平穏になっています。

先を行くアヤタネは、シルヴァプレートの手前で塔の方へと進路を変えました。
私の頭に、微かな疑問が浮かびます。彼が向かおうとしているのは、どこなのでしょうか。
このまま進むと、辿り着くのは――――

「こちらです」
「……なあアヤタネ、ちょっと訊いていいか?」
「何だいライナー?」
「確か……この先って、」

足を止めた目前には一際大きな隔壁。
既にロックは外れていて、近づけば自動認証で開くように設定されています。
アヤタネが一歩を踏み出すと、反応した隔壁が鈍い音と共に開放。

そこは私にとって、多くの過去に満ちた場所です。
一瞬、タスティエーラの姿が視界を掠めました。でも、それは幻。
時間は決して戻りません。失われたものも、決して還りません。
私は小さく首を振り、今の景色を目に焼きつけます。

―――― クレセントクロニクル。
多くの犠牲と悲しみを、一身に受けてきた魔法機械。
長きに亘りミュールを封じてきたそれは、タスティエーラも星詠もいない現状では起動していません。
そして代わりに、その部屋の中心に立つ、小さな人影がありました。

「ありがとう、アヤタネ。よく連れてきてくれたわね」
「………………ミュール!?」
「そんな驚くことはないじゃない。それとも、あなたはアヤタネの言葉を不思議に思わなかったのかしら?」

病的なまでに白い肌。伸び切った黒い髪。
細い身を纏う薄布は髪と同じように黒く、いっそう肌の白さを際立たせています。
彼女は可笑しそうにくすりと笑い、

「シュレリア、元気にしてた?」
「ええ、おかげさまで。貴方こそ、その様子だと心配は要らないようですね」
「心配しててくれたのかしら。有り難いわね」
「…………それで、いったい何の用件があって私達を呼んだのですか」

待ち人がミュールだったことに対するショックが抜け切れていないライナーを尻目に、かねてからの疑問を投げかけます。
目的地がここだと気づいた時に予測はしていました。
しかし、待っているのがミュールだとわかっても、呼び出した理由までは思いつきません。

ライナーには教えていませんでしたが、私は先日彼女と一度顔を合わせています。
あの時の会話から、ある程度を察し推測することはできますが、答えには至りませんでした。
……何故、私とライナーを呼んだのでしょうか。

「…………まさか」

考え、私はひとつの結論に達しました。
口から漏れた呟きは、三人の耳に届くことなく消えます。
続くミュールの言葉はライナーに向けられたもの。

「ねぇ……あなた、確か、ライナーって言ったわね」
「あ、ああ、そうだけど……」
「ひとつ確かめるわ。あなた、シュレリアとはどういう関係?」
「え? ええ!?」
「答えなさい」
「え、えっと……その、尊敬できる上司で、でも可愛い女の子で、た、大切な人で……」
「ライナー……」
「……そう。なるほど……ふふ、楽しめそうね」
「え?」
「何でもないわ。ライナー。あなたに私は興味があるのよ」
「…………は?」
「だから、しばらくあなたと一緒に暮らすことにするわ」

五秒。
ぴったりその間を静寂が支配し、

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

ライナーが叫びました。叫んで凍りました。
その表情は状況が飲み込めているけれど理解できない、というような。
私も正直叫びたい気持ちでしたが堪えて、矛先を元凶に向けます。

「ミュール!」
「何よシュレリア」
「あなたはいったい何を言ってるかわかっているんですか!?」
「勿論よ? ああ、そういえばあなたも彼と暮らしてるんだったわね」

言って、ミュールは笑いました。
隠しようのない―――― 挑発の色を込めて。

「よろしくお願いするわね、ライナー」
「え、あ、ああ、よろしく」
「ライナー!? 何流されて頷いてるんですか!?」
「シュ、シュレリア様、でも」
「でもも何もありません! ライナーはミュールと暮らすことになってもいいんですか!?」
「その、ま、まぁ、もう暴れたりもしないでしょうし、いいんじゃないかなぁ……って」
「………………ライナーの」
「母さん、ここは下がった方が」
「そうね」
「あの、シュレリア様、ちょっと待ってくださいそんなカナデなんて呼び出して、」
「ばかああああああああああああああっ!!」



その後に何があったかは、もう思い出したくもありません。
結局、我が家にミュールが居つくことになりました。
アヤタネは時々様子を見に来ると言い残しバイナリ野に戻り、渋々私はミュールを連れて帰ります。

彼女の思惑が何なのか。
今の私は、そんなこと考えたくもなかったのでした。



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