これを女性らしいこと、というのかはわかりません。 ただ、一般的にはそうであるらしく、なら今の私は女性らしいのでしょう。 確かにあまり男性がこれをしているのは見ませんし、普通は似合わない、とも思います。 「…………あれ? うーん、ここがこうなって、だからこうしてこうすれば……あ、また崩れた……」 まず必要なのは、道具を揃えることでした。 幸いにも全てデパートメントに売っていましたので、自費で購入。 次に、買い集めた道具の使い方を覚えなければなりません。 師事すべき人がどうにも思いつかず、結局書籍を中心とした独学ですが、一応様になるレベルには辿り着けました。 あとは実践です。 ちゃんとした結果が出るまで、とにかく手を動かすだけ。 なるべく早いうちに仕上げたいのですが、困ったことにあまり時間が使えません。 一日一時間前後。睡眠時間を削ればもう少し延ばせます。翌日に支障が出るので控えましたが。 そして、今していることをライナーに気づかれてはいけない。それが最低条件です。 椅子に座り、机の上に毛糸を置き。 手にするのは編み棒。糸を絡め、ちくちくと編み込んでいきます。 私がしているのは一般的にガーター編みと呼ばれるもので、これには明確な裏表がありません。 通常、セーターなどはメリヤス編み、つまり裏表の出る編み方をするのですが、私が作っているものは表も裏もないので。 裁縫と違い、針を指に刺すことはなく、おかげで怪我なく進んでいます。 これでもし両指絆創膏だらけになれば間違いなくライナーが心配してしまうので、よかった、のかもしれません。 しかし。 仮にも経験のある裁縫より、この編み物というのは格段に難しいのです。 手順は単純なのですがそれ故に実力や慣れがはっきり出ます。 まだ始めたばかりの私が上手くできるはずもなく、段を重ねる毎にズレは酷くなり。 伸びれば伸びるほどガタガタな形になっていきました。 「………………はぁ」 正直、諦めようと思ったことも一度や二度ではありません。 頭の中で描いていた理想からは離れるばかり。 いきなり上手くいくとも考えてはいませんでしたが、それにしたって、という感じです。 「……ううん、頑張らなくちゃ」 思いを振り払うように首を横に振り、作業を再開します。 ここで挫けても仕方ないのです。どんなに下手でも、失敗続きでも、手を動かさなければ完成しません。 毛糸の色は赤。 私が今、こうして作ろうとしているのは、仲結いの糸を使って編むセーターです。 「できた…………!」 伏せ止めをして、マフラーから棒針を外します。 糸が解けないことを念入りに確認し、両手で掴んで持ち上げてみて、ようやく私は感慨に浸れました。 思えば随分長い時間が掛かったものです。 暇を見ては編み棒を手にし、ライナーに隠しながらちくちく進めて。 作業中にライナーが扉をノックしてくれば、私はその都度「ちょっと待ってて」と焦って完成途中のマフラーをベッドの下に隠し。 夜の訪問を嬉しく思いつつも、足下のそれに気づかれはしないかとひやひやしていました。 そうして苦労した結果、出来栄えはともかくとして、口元が緩むのも仕方ないことです。 「…………でも」 ただひとつ問題があるとすれば、マフラーそのものの完成度でしょう。 寸法を誤り、一人で着けるにはあまりにも長過ぎる丈。しかもガタガタのよれよれで、正直、無様なことこの上ありません。 初心者だからという免罪符も、通用するのか怪しいところだと思います。 一瞬、私は葛藤しました。 ここまで頑張ったけど、こんなものでいいのかと。 ライナーにプレゼントするのが、複雑骨折したヘビみたいな完成品でいいのかと。 しかし、すぐにその考えを振り払います。 もう一度作り直せばまた時間が掛かりますし、それに。 きっとライナーは、どんなに下手でも、失敗していても、気にしないでしょう。 意を決し、手編みのマフラーを後ろ手に隠してライナーの部屋へ向かいます。 いつものようにノックを二回。返事を聞いてから中へ。 だいぶ夜も更けて、もしかしたら寝ちゃってたかもしれないと思いましたが、そんなことはありませんでした。 あるいは―――― いえ、何でもありません。願望です。勘違いです。 ライナーは、私が来るのを待っててくれてたのかもしれない、なんて。 「それでシュレリア様、どうしたんですか? 両手を後ろで組んで、まるで何かを隠してるみたいですけど」 ……どうしてこう、変なところで鋭いんでしょうか。 そのくせ人の好意には全く気づかないのです。わざとじゃないかと疑いたくなるほどに。 「あのね、今日は、ライナーにプレゼントしようと思って」 「え? 俺に? ……何かありましたっけ。記念日とか。誕生日でもないしなぁ……」 「ううん、そうじゃないの。記念日とか関係なしに、私が渡したいから。だめ?」 「いえそんな、駄目だなんてことないです。シュレリア様がくれるものならどんなのだって嬉しいですよ」 こう言ってはくれていますが、やっぱり見せるのに勇気が要ります。 迷いながらも私の手はそろりそろりと、ライナーの前に。 「ライナー、ちょっとしゃがんで、頭をこっちに持ってきて」 「あ、は、はい。これでいいですか?」 「そのまま動かないで。……あ、やっぱり長い…………」 まだよくわかってないライナーの首にマフラーを巻きます。 ですが、一周して軽く結んでも両端が地面につくほど余っていて、どうしようもありません。 「あー、なるほど、マフラーですね」 「……ごめんね、ライナー。綺麗に作ろうと思ったんだけど、全然上手くできなくて、こんなになっちゃって」 「そんなことないですよ。もし俺がやってみても、絶対途中で投げ出しちゃいますし。凄いじゃないですか」 「でも……長過ぎるし、真っ直ぐ編めてないし、だから格好悪いし……」 「その……俺は、シュレリア様のプレゼントってだけで、もう十分なんです。 いえ、十分って言っても、見た目が悪いとかそういうことじゃなくて、何と言うか、えっと、編み物、初めてなんですか?」 「……うん」 「ならいいじゃないですか。最初から上手くできるわけないですよ。むしろここまでやれるなんて尊敬しちゃいます。それに」 「それに?」 「シュレリア様は、俺に渡すために頑張ったんですよね? だったらこれ以上望むものなんてないです」 ―――― ああ、もう。 どうしてライナーはこんなにも、私を幸せにしてくれるのでしょう。 「私、もう一回作り直してくるね」 「え? どうしてです?」 「だってそれ、普段着けて歩けないよね?」 「あ、いえ、大丈夫です。俺今いいこと思いつきましたから」 ライナーの手が余った両端を持ち、バランスを調整して。 「シュレリア様、こっち来てください。俺の隣に」 「これでいいの?」 「はい。…………できました。これなら長さも気になりません」 ……見事、私の首に収まりました。 確かに、ぴったりです。身長差と合わせて、二人で着ければちょうどいい長さ。 ですが……その、ライナー。本当にわかっててやってるのですか。確信犯ですか。 恥ずかしさで赤く染まる頬を隠すように、私は縮こまりマフラーに顔を埋めます。 見た目は不恰好でも、それはほんのり、優しい暖かさで私を安心させてくれました。 もう少し、もう少しだけ……こうしてても、いいでしょうか。 back|index|next |