「今回はソリッドうさこ……ですけど、これは教えなくても作れますよね」
「勿論。レシピ教えたのは私だもの」
「一応訊きますが、俺が知ってるこのレシピと同じですよね?」
「うん、そう。材料も合ってるし」
「…………前にも抱いたそこはかとない疑問なんですが」
「なに? 名前は変えないよ?」
「違いますって。どうして大自然あいすとフリーズドライであれになるのかなー……って」
「大自然とグラスノの神秘」
「また言い切った!?」
「えっとね、実は私にもよくわからないの。昔、戦闘の役に立つうさこにしようと思って適当に組み合わせたらできちゃったから」
「もう最初からうさぎ型にするつもりだったんですね……」
「じゃあ作るね」


ててててーん、ててててーてーてーてっててーん、しゅぴーん!


「うさこ、可愛いよね……」
「自分で作って悦入らないでください」
「でもライナー、ちゃんと役に立ったでしょ?」
「まぁ、はい。可愛いこととは何の関係もありませんでしたが」
「大有りなの!」
「そこで怒りますか!?」
「だって、見てると和むよ? 私、どんなに詩魔法溜めてそれが発動できなくてもうさこなら許せちゃうもの」
「それはきっとシュレリア様だけだと……いえ、何でもないです」










 アイテム:ソリッドうさこを使用しました。



あれは、ライナーが初めてソリッドうさこを使った時のことです。
その時私達はいつもの巡回で塔内を歩き、立ち塞がる敵を排除していました。

ウイルスやガーディアンの割合は確実に減っていますが、やはり『異形の者』の数は変わりません。
かつての研究者たる人の手を離れ、自己繁殖を繰り返し牙を剥く彼らとは、これからも付き合っていくしかないでしょう。
……例え、その罪の重さを他の誰も覚えていないとしても。私だけは記憶したまま、背負わなければならないのです。

「シュレリア様、大丈夫ですか?」
「ええ。問題ありません。ライナーこそ、休憩が必要では?」
「まだまだ全然いけますよ。……でも、二人だと戦闘も大変ですよね」
「そうですね……。私は心配していませんが、ライナーには負担を掛けてしまってますね」
「あ、いや、別に俺、シュレリア様を困らせたくて言ったわけじゃないですし、負担だなんてそんなこと全く!」

詩魔法を唱えていると、基本的にレーヴァテイルは無防備になります。
その間、敵の攻撃を一身に受けるのは、前衛に立つライナー。
致し方ないことだと割り切ってはいますが、申し訳なくも思っているのです。
半分フォロー、半分本気なライナーの発言と慌てっぷりに苦笑しつつ、それでは、と私は提案しました。

「こういう時こそアイテムを活用しましょう」
「最近は俺も回復剤とかには世話になってますね。でも、直接戦闘に使えるものってありましたっけ?」
「もう、ライナー、忘れてますね? これですよこれ」

携帯袋の中から私はひとつ、冷たい手触りのものを選び抜き取ります。
ライナーによく見えるよう持ち上げ、軽く振ると「みゅっ」という鳴き声が響きました。

「ソ、ソリッドうさこですか……」
「何ですか、その言い澱み方は」
「いえですね、シュレリア様が作ったものだから効果は信じてるんですが、でも、ほら」

私の手からうさこを受け取ったライナーは、二度三度と縦にシェイク。
連続して「みゅみゅみゅみゅっ」と鳴くうさこ。我ながら実に可愛くできたものです。

「……見た目と話に聞く性能が釣り合わなさ過ぎるというか、敵全員に即死ダメージってのが想像できないというか」
―――― そんなに信じられないのなら、一回使えばわかりますよね?」
「まぁ、確かに」
「では善は急げです。次の戦闘で、敵に向かって投げてみてください」
「…………はい」

どうも釈然としない、といった感じの声で、ライナーは頷きました。
正直私が作ったものなのにあまり信用してくれないのはとてもショックですが、理解できなくもありません。
この愛らしい容姿だけを見れば、投げるなんて乱暴な真似をするのは躊躇しますから。

移動を始めて数分後。
先頭を行くライナーの前に、塔の全域で見られるタイプの獣が数匹現れました。
反射的に剣を抜き構えるライナーですが、少し迷い、意を決してうさこを投擲します。
私は詩魔法を発動する必要もないと判断し、事の推移を見守ることに徹しました。

放り投げられたうさこは宙空で一旦停止、それから高速で上昇。
視認範囲の外まで飛び去ってから、聞こえてくるのは風を切る落下音です。
唸り声を上げこちらの出方を窺う獣達の周囲に大きな影が掛かり、それはだんだんと色を濃くしていって――――

―――― ずしん! と、巨大になったうさこが敵の全てを押し潰し、それから跳ねて縮んでいきました。

所要時間は十秒足らず。
後に残ったのは、当然の結果に満足する私と、唖然とした顔のライナーだけでした。

「………………」
「ライナー。これでうさこの有能性は実証されましたね?」
「あ、はい、凄いですね。……いやでもちょっとあれは凄いというより怖いというか……
「どうしました?」
「なな、何でもないです。でも……」
「……でも?」
「ここまで凄いなら、大量生産すれば俺達が真面目に戦う必要ないですよね」
「そ、そんなことありません!」
「ええ? どうしてです?」
「いえ、その、…………ライナーから剣を取ったら何が残るんですか?」
「………………地道にやっていきましょう」

つい、私は誤魔化してしまいました。
本当は、ライナーが護ってくれるのが嬉しいから、だなんて。
言えるはずありません。不謹慎です。不謹慎にも程があります。

以降、特に異常もなく、切り上げ時と判断し帰還しました。
仕事の終わりと共に『上司と部下』という関係も終わり、口調や態度で取り繕う必要はなくなります。
二人きりなら別に外面を気にする必要もないのですが、そこはけじめというものです。
デパートメントで夕食用の買い物をして、もうすっかり所帯染みた私は家に戻りました。


その日の、夜のことです。
ふと目が覚めてしまい、ベッドから出て外の空気を吸いに行こうとすると、部屋の中からライナーの声が聞こえてきました。
どうも魘されているようで、心配になった私はそっとドアに近づき、耳をそばだてます。

「……めだ……っちは……まずい、行き止まり……う、うあ」
「ライナー……!」

耐えられなくなり、私は部屋に踏み入りました。
窓から漏れる月明かりと記憶を頼りにベッドの位置まで行くと、顔を歪め汗だくのライナーが。
とりあえず起こそうとして、しかし次に続く言葉に私の手はぴたりと止まりました。

「う、うさこが……うさこが俺を押し潰しに……」
「………………」
「……あれ? シュレリア様、何でここにって痛い痛い、そんな強く肩を掴まないでください!」
「ライナー!!」
「ど、どうして怒ってるんですか!?」
「なんて夢見てるの!? うさこに押し潰されるって!?」
「ちょっと声のトーン落としてくださいって! しかも俺悪くないですよ!」
「…………あ、でも、おっきなうさこに追いかけられるのも可愛くていいかも」
「あの……結局シュレリア様は何をしに来たんでしょうか」


騒がしい夜になりましたが、その後、ライナーは私と一緒に外に出て、話に付き合ってくれました。
夢の続きは見なかったらしく、翌日の朝はすっきりした顔で朝食を摂ってましたし。

私も一度でいいから、見てみたいものです。うさこと戯れる夢を。



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