永遠を生きるためにまず必要なのは、存在の固定化です。
心を持つ生命である以上、精神の変質は避けられませんが、それはさしたる問題ではありません。
大事なのは肉体の状態保存。つまり、成長をしてはならないということ。
もし時間経過と共に成長、変質していったなら、最後には劣化し、自己崩壊します。
管理者の役目はそれを是としません。故に、私は今より育つことも縮むこともないのです。

「………………」

お風呂の中で、鏡に映る自分の姿を見つめます。
臍の辺りから口元まで、シャワーの湯に濡れた上半身。
私の視線はその真中、なだらかな起伏の胸に注がれました。

手で触れてみます。洗ったばかりの肌は柔らかく滑らかで、けれどどこか寂しく。
そう、見た目のインパクトとでもいうべきものがまるでありません。

むにむに。むにむに。ふにゅ。
いくら指を動かしても、揉めるほどの大きさはないのです。

―――― これがどんなに絶望的なことか、わかるでしょうか。

今更背が伸びない、だなんて不満を持つつもりはありません。
確かに私はあまり身長もなくどちらかというと幼児体型と評されるのかもしれませんがってそうではなくて。
ここで重要なのはライナーの好みであり、その答え次第では大変屈辱的な思いをすることになります。

自分の胸に手を当てながら、私はまずオリカさんの姿を想像しました。
次にミシャ、そして最後にクレアさん。三人の共通部分を特に強く脳裏に浮かべます。

「………………はぁ」

私のそれと比べれば差は明らかです。
あまりにも深く、絶望的なまでに埋められない差。
思えばライナーの周りの女性は、ほとんどが母性溢れる豊かな双丘の持ち主でした。
それは要するに、ライナーもそっちの方が好き、ということではないのでしょうか。

勿論、本人不在の状況でいくら考えても正解には至りません。
ですがもし本当にライナーが――――

「くしゅんっ」

いつの間にか随分身体が冷えていました。
どうやら結構な時間が経っていたようです。
風邪をひいてはいけません、私は再びシャワーを浴びて温まってからお風呂を出ました。
バスタオルで全身を拭き、予め用意しておいたパジャマを着用して、目指すはライナーの部屋。

私はこれから、ライナーに大切な質問をしなければくしゅっ。……どうにも決まりませんね。










「ライナー、今平気?」
「あ、大丈夫ですよ。どうぞ入ってください」

こんこん、と二度軽くノックをしてから、ドアに手を掛けます。
事前の確認を怠ってはいけません。以前私がついノックし忘れて踏み入った時、その……着替え中のライナーを見てしまって。
この場合被害者はライナーの方ですが、ショックで悲鳴を上げてしまったのは致し方ないことだと思います。

夜も遅いからでしょう、私より先にお風呂を済ませたライナーはベッドに腰掛けていました。
少し、シーツの荒れた跡。ちょうど寝ようとしていたのかもしれません。だとすれば、申し訳ないのですが。

「ごめんね。もしかして横になってた?」
「いえ、まだあんまり眠くなくて、どうしようかと思ってたんです」
「そう? 迷惑じゃ……なかった?」
「当然です。シュレリア様だったらいつでも大歓迎ですよ」

さらっとこういう台詞が出てくるので、全く油断できません。
平静を装いながら、頬の熱に気づかれないよう一瞬間を置いて、私は用意していた疑問を向けます。

「ライナー。ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
「何ですか?」
「あのね、その……ライナーは、お、おっきい胸と小さい胸、どっちが好きなのかな、って……
「え? すみません、よく聞こえないです。もう一度言ってください」
「……っ! ライナー!」
「は、はい!」
「ライナーは胸がおっきい子の方が好きなの!?」
「は、…………えええええええ!?」
「ちゃんと答えて! 返答によっては、ちょっと、ううん、かなり大規模な詩魔法の試射をしたいと思うんだけど」
「………………具体的には?」
「シルヴァホルン辺りかな」
「誠心誠意答えさせていただきます」

最早自分でも何を言ってるのかわからなくなってきましたが、些細なことです。
もし、もしここでライナーが好きだと答えようものなら―――― ど、どうしましょう。
それは私ではライナーを満足させてあげられないのと同意であり、えっと、とにかく困るのです。

意識下でシルヴァホルンと同調。ヒュムノスを謳えばこれでいつでも呼び出せます。
私の意思ひとつで、神の咆哮と呼ばれる圧倒的な導力エネルギーが対象を殲滅するでしょう。そこまではしませんが。
全てをライナーに委ね、私は次の言葉を待ちました。……例えようのない不安を心に秘めながら。

「弁解に聞こえるかもしれませんけど……俺、別に胸の大きさで人を見たりとかしてませんよ?」
「でも、オリカさんもミシャもクレアさんもみんな、ほら、ね?」
「あー……確かにそうですが違うんですって。上手く言えないですけど、その……シュレリア様だから」
「私だから?」
「シュレリア様だから一緒にいたいと思いますし、一緒にいるんですよ。そこに胸がどうとかは関係ありません」
「ライナー……私、これ以上成長しないよ? それでもいいの?」
「はい。胸が大きくなくても、シュレリア様は十分過ぎるほど魅力的な女の子ですから」
「………………」
「……あれ? お、俺、何かとてもまずいことを口走ったりしましたか?」
「外に出ましょう。できるだけ広いところに」
「あの、シュレリア様? どうして広いところがいいんでしょうか」
「そっちの方が被害を最小限に抑えられますから。大丈夫です、今回はプライマル・ワードで勘弁してあげますので」
「………………お手柔らかにお願いします」
「私はライナーなら耐えられるって信じてますよ?」

その後のことは省略します。
ただ、少々派手な音を響かせてしまい、近隣の住民には申し訳なく思いました。
今度は防音に役立つ詩魔法かグラスメルクを考えてみましょうか。



「前に、ミシャはいいなぁ、って話をしたよね」
「覚えてます。不幸中の幸いとはいえ、大人にも子供にもなれるからって羨ましがってましたね」
「私はもうずっとこの姿のままだから。だから、もしライナーがおっきい方が好きだなんて言ったら、応えられないもの」
「言いませんって」
「それでも! 私、ライナーには嫌われたくないし、……好きでいてほしいから」
「大丈夫です。全然説得力ないですけど、安心してください」
「…………うん」
「それで、ですね」
「なに?」
「俺はいつまで正座してればいいんでしょうか」
「あと一時間」
「そんなぁ……あ、足が痺れてっ!」



子供というには小さくもなく、大人というには大きくもない、中途半端なこの身体。
でも、そんな自分が私は嫌いではありません。

ライナーが「大丈夫」と言ってくれた容姿を、嫌いになれるはずがないのです。



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