「ライナー。ちょっといい?」 「大丈夫ですけど……何ですか?」 「うん、その……訊ねたいことがあるの」 「俺でよかったらお答えしますけど」 「じゃあ、訊くね。ライナーは、料理のできる子とできない子、どっちが好き?」 「え? えっと、やっぱりできないよりはできた方がいいと思いますよ」 「そ、そう…………わかった。ありがとう」 お礼を言って、私はライナーの部屋から退出します。 後ろ手にドアを閉め、口から漏れるのは溜め息。先ほどライナーから聞いた言葉が耳にまだ残っていました。 一般的に男性は料理のできる女性の方が好きだという話を知っての問いだったのですが。 どうやらライナーも例に漏れずその範疇に入っているようです。 ……困りました。 私には決して食事が作れないというわけではありません。 実際ライナーに食べ物を振る舞ったことも何度かあるのですが……あれは厳密には料理と言わないでしょう。 うさライスやメシジュースはグラスメルクでできるものです。手順がまるで違います。 食べられる、という点では同じでも、正式な調理法でない以上、私には料理ができないと言われても仕方ないのです。 「…………だけど」 できないからやらない、と諦めてしまえば、そこで終わりです。 そうではなく、新しく覚えるくらいの気力がなければ。 ふと脳裏に思い浮かんだのは、私の作った食事を頬張るライナーの姿でした。 『シュレリア様、すごくおいしいですよ』 『よかった……初めてだから、出来が心配だったの』 『いえ、全然そうは思えないです。こんな上手く作れるなら、シュレリア様はいい奥さんになれますね』 『ライナー…………』 無自覚にさらっと爆弾発言をしているところが想像の中でも実にライナーらしいですが、ともかく。 そうと決まれば次は行動。私は『料理の出来る自分』を現実にするために、ひとつの計画を立て始めました。 「ライナー、二週間ほど家を空けるから、その間のことはよろしくね」 「え? シュレリア様、どこへ行くんですか?」 「……ちょっとネモの方まで。護衛は要らないですので、有事の際はライナーが指揮を取ってください」 「敬語になってますシュレリア様。ひょっとして……何か俺に言えないことでも……」 「何でもないの! はい、行ってきます!」 「あ、い、いってらっしゃい」 どうにか誤魔化して、プラティナを出ます。 移動手段は徒歩。現在ネモとプラティナを結ぶ飛空挺とその航路が開発されていますが、まだ実用からは程遠いでしょう。 かといって私一人のためにギャザーのグングニルを使うのも申し訳ありません。 幸いなのは、塔内に出るモンスターが過去と比べて激減したこと。 ガーディアンの大半がウィルスの影響下から逃れ、本来の目的を思い出したからです。 とはいえ危険なことに変わりはなく、疲れも溜まりますのでリンゲージを転送、着用します。 このままの姿で下界に降りさえしなければ、騒がれることもないでしょう。 「…………女の子、ですか」 初めてプラティナをリンゲージ無しで歩いた日の夜、ライナーに言われたことを思い出しました。 端から見たら、ごく普通の可愛い女の子にしか見えない、と。 可愛い、という部分を除けばそれは確かで、プラティナでも他の場所でも、甲冑を脱いだ私を特別視する者はいませんでした。 有り難いことだと思います。 オリジンである私は、エオリアの名では伝説、エレミア三謳神の一人として語られる存在。 正体が知られれば何かと困ったことになります。そういう目で見られるのは、本意ではありませんし。 それに、エオリアの名にはあまりいい思い出がありません。だから、私はシュレリアとして生きているのですから。 A4区画、227Fの隔壁よりシルヴァプレートへ。 そこからさらに徒歩で移動し、トネリコ湾から空港都市ネモに出ます。 宿屋・宵の奏月。その建物の中にある酒場の主人に会うのが今回の目的でした。 「あら、あなたは確か…………」 「クレアさん、お久しぶりです」 「オリカに話はよく聞いてるわ。シュレリアさん」 「そうですか。オリカさんは元気ですか?」 「ええ。カルル村でオルゴールを作ってるんだけどね。時々こっちにも顔を出すのよ。もしかして、オリカに用?」 「いえ、今日は……その、クレアさん。あなたに頼みたいことがあるのです」 「何かしら?」 「……私に、料理を教えてください!」 「………………え?」 私は彼女に理由を説明しました。かくかくしかじか。 「ああ、なるほど。……ライナーは本当に女の敵ね」 「それは否定できません」 「ふふっ。いいわ、協力しましょう」 「ありがとうございます」 「代わりに、っていうのは何だけど、酒場を手伝ってくれる? 空いた時間に教えるから」 「わかりました。交換条件、ですね?」 さすがに今の私の服ではまずいようなので、渡されたものに着替えます。 特に決められた制服はないらしく、私に割り当てられたのは、彼女のに良く似た、けれど胸元の開いていないドレスでした。 シックな暗緑色で、サイズもぴったりです。どこで仕入れてきたのかはわかりませんが、詮索をするつもりはありません。 手早く配膳の仕方を頭に入れ、早速働き始めます。 愛想笑いの方法などは、前にコスモスフィア内で体験しました。 少々あちらの時と比べてぎこちなかったかと思いますが、概ね問題はなかったはずです。 しかし、彼女の詩は実に綺麗です。 仮にもレーヴァテイルとして、詩を扱う者として自負がありますが、私達の奏でる詩とは根本的に違うのでしょう。 塔に働きかけることも、何らかの奇跡を起こすこともない。ただ、聴く者の心を揺さぶる声。 これならば、客が集まるのも当然の結果なのかもしれません。 酒場の営業時間が過ぎてから、厨房で手解きを受けます。 包丁の扱い方。材料の活かし方。火を使った調理。火を使わない調理。食材の選び方。その他諸々……。 勿論一朝一夕で教わり切れるものではありません。ですが、それを見越して私は言ったのです。「二週間ほど家を空ける」と。 その間は宿屋に泊まろうとしていたのですが、クレアさんの好意により彼女の住まいで床を借りました。 一週間が経過して、簡単なものは私が作るようになりました。 運動は苦手ですが手先はそれなりに器用なのです。自分で言うのは恥ずかしいですが、覚えも悪くはないのです。 客の方々にも褒められるようになって、クレアさんには「ずっと働いてくれてもいいのよ」とまで。 とても嬉しいことです。でも、私は料理を覚えて帰らなければならないのですから。 最後の日。 ネモで揃えた食材と調理器具一式を持った私を、クレアさんは見送りに来てくれました。 「もう教えることはないわ。……頑張ってね」 「はい。お世話になりました。次は、ライナーを連れて来ますね」 「ええ。彼によろしく」 彼女と別れ、空港で乗り込んだ飛空挺からネモの街を眺めます。 広く、活気に溢れた人々の集う場所。本当に、よく発展したものです。 それは……多少なりとも、私の力が役に立った証拠なのかも、しれません。 しばらく見ていなかったライナーの顔を思い出し、そのくらいには自信を持ってもいいのかと、私は笑みを浮かべました。 「ライナー、ただいま!」 「おかえりなさい、シュレリア様。本当に二週間掛かりましたね……」 「うん。遅くなってごめん。早速だけど夕食にしよう。台所を使うね」 「あ、はい。…………え?」 失礼なことに唖然とするライナーの横を抜けて、私は持ってきたものを広げます。 それから包丁とまな板、鍋、フライパン、とにかく必要な器具と食材を選び出し、休む間もなく調理開始。 たっぷり一時間以上を掛けて、完成させました。 「…………どう、ライナー?」 「……ええ、おいしいです。シュレリア様、どこで覚えてきたんです?」 「ちょっとね。さ、たくさんあるからもっと食べて」 「はい。……こんな上手く作れるなら、シュレリア様はいい旦那さんが貰えますね」 ―――― ぴしり、と私は固まりました。 「………………」 「あの、どうしました? そんなぷるぷる震えて」 「ラ…………ライナー!! 貴方本気で言ってるの!?」 「え? ええ? な、何をですか?」 「……もういい。知らない」 「シュ、シュレリア様ー……」 本当に―――― ライナーは、とことん鈍くて困ります。 back|index|next |