「とりあえず、レシピカードの中から適当に引き抜いて選んでみたんですが」 「…………どんすけ、だね」 「はい。どんすけなんですよ」 「一応訊くけど、何でまだ持ってるの?」 「クレアさんに返そうと思ったんですけど、本人に言ったら『いいわよ、それはプレゼント』って」 「懐広いというか、クレアさんらしい……でも、どんすけって確かオリカさんの心の護なんだよね」 「そうです。シュレリア様は心の護がいないんでしたっけ」 「うん。あ、だから羨ましいとかそういうわけじゃないよ? ただ……」 「ただ?」 「もし私に心の護がいるとしたら、どんな子なんだろうな、って」 「うさこじゃないですか?」 「うさこだといいなぁ」 「…………話脱線しまくりですね。さ、作りましょう」 たーたーたーたーたたーたたたたたたたたー、しゅぴーん! 「相変わらず縫い跡綺麗ですねー……」 「やってることは裁縫だから。ライナーよりは上手くできると思う」 「まぁ、グラスメルク的な部分は材料作るまでですし」 「大自然の綿とつぎはぎの布、だよね?」 「はい。例えば大自然の綿は、すずなり草をポプコーンボムで爆破するんですよ」 「こないだ響いてた音と震動はそれが原因だったんだ……隣の家から文句とか来たら困るよ?」 「その点に関しては注意します……。防音とかもっときちんとしないとなぁ」 「でもライナー。話変わるけど、どんすけって可愛いと思わない?」 「この虎か熊かもわからないような謎生物がですか?」 「手足の短さとか、被った鍋とか、つぶらな瞳や口元もほら」 「お、俺にはちょっと……オリカの精神世界でこいつに散々言われてきたんで、それ思い出すんですよねー……」 「勿体無い……で、作ったどんすけはどうするの?」 「…………どうしましょうか。さすがにこれ流通させるわけにはいきませんし」 「じゃあ、もしよければ、私もらっていい?」 「いいですけど。どうぞ」 「ありがとう。……部屋に飾ろう」 ぬいぐるみ:どんすけを手に入れました。 ぬいぐるみ。それは天使の様に愛らしく、抱けばふわふわと柔らかい、素敵に部屋を飾る物です。 中には採算度外視で製作者の趣味思考だけを無意味なほどに反映した何とも言えない出来のもありますが。 基本的に、可愛らしい容姿と触れた時の心地良さを兼ね備えた一品なのです。 それに……ぬいぐるみのある部屋、なんて。 如何にも女の子らしいと、思いませんか? 箪笥の上、ベッド周りにぽつりぽつりと置かれたぬいぐるみ達。 どれもデパートで買ったりして集めたものです。あ、勿論私の懐から出しましたよ。ほとんどは。九割は。 残り一割は、その、ライナーにおねだりして……えへへ。それは私のお気に入りとして枕元に座らせてあります。 しかし、そんな私のコレクションなのですが、足りないものがありまして。 プラティナだけでなく、ネモやほたる横丁などの大きな町に足を運んでも見つからなかった、ただひとつのぬいぐるみ。 ―――― そう、うさこです。何故かうさこがいないのです。 出荷切れかもしれません。在庫がないだけなのかもしれません。 そこまでは調べませんでしたが、売り物としてはどこにもないことは確か。 なのでここに至り、私はある決意をしました。 その発端は、先日ライナーに教わったグラスメルクのレシピ。どんすけの作り方。 少しアレンジをすれば、同じ材料で全く違う姿の物を作れるはずです。 私は一人で、まずは綿と布を揃えることから始めました。 ……どうして仲結いの糸が必要なのでしょうか。釈然としないまま、こっけいな服とオボンヌTシャツと掛け合わせます。 綿の方は防音対策をきっちりしてから、火力を調整したポプコーンボムですずなり草を爆破。 ちなみに、具体的な対策法は先日紡ぎ出した……というより考えついた詩魔法。 周囲の空間の音を遮断する効果があります。プロセスや理論を説明すると長くなるので割愛しましょう。 空気伝達と波動の識別とか、きっとライナーに言っても全くわかってくれないでしょうね。 ふたつの準備ができたらいよいよぬいぐるみの作成開始。 まず完成予定図を紙に描き、それを見ながら適切な色の布を選び、継ぎ合わせていきます。 針は布にしっかり通るほど強くなければいけません。糸も生地と同じで目立たないものを。 この場合は白。縫い忘れがないように、丁寧に。地道な作業ですが、疎かにすると出来そのものに関わりますので。 忘れてはいけないのは、最後に綿を詰めるということ。 つまり、それを前提に作らないと、予定と違い後で困るのです。 だからこそ細心の注意を払い、神経を集中して作業を行っていたのですが、 「…………上手くできない」 見た目のバランスがどうしても取れません。 あちらを立てればこちらが立たず、必ずどこかがズレていたりして。 ……思えばぬいぐるみを作るのはこれが初めて。 既製品を観察し、見様見真似でやってみましたがそう簡単に行くものでもないようですね。 「はぁ…………」 溜め息が漏れました。 見通しが甘かったといえばそれまでです。 けれど、例えばライナーに相談すれば楽だったのに、そうしなかったのは―――― 「迷惑を、掛けたくないもの」 最近の私は、ライナーに頼ってばかりです。グラスメルクも、巡回の仕事も。 全てを一人で片付けようとした過去の自分と比べれば、強くもなり弱くもなったのでしょう。 負担は減らしたい。ライナーが私を心配してくれるように、私だってライナーを心配しているのですから。 よし、とベッドに座ったまま作業を再開しようとした時、ドアをノックする音が聞こえました。 誰がとは言いません。そんなことをするのは、できるのはこの家に一人しかいないのです。 「シュレリア様、ちょっといいですか?」 「あ、待っ」 「入りますね」 こういう日だけ何故かライナーは決断が早くて、止める間もなく扉が開きます。 私は硬直。手に持っている針と作りかけのぬいぐるみを隠す余裕などあろうはずもなく。 「……あ、あの、これはね、その、えっと…………」 「知ってます。最近シュレリア様がそれを作ってること」 「え?」 「いや、だって材料色々使ってたじゃないですか」 慌てて弁解しようとする私は、あ、と今更ながらに気づきました。 材料は倉庫に仕舞ってあったものを利用したので、数を調べれば一発でしょう。 そこまで頭が回ると途端に恥ずかしくなり、慌てて両手を後ろに隠します。 もう見られてると理解してますが、それでも。こんな中途半端な出来のものをこれ以上晒したくはありません。 俯く私にライナーは一歩近づき、 「シュレリア様。これ、どうぞ」 そう言って私の膝に何かを置きました。 視線が下に移動し、それを見て、 「うさ…………こ?」 「あ、あれ? 違ってました?」 「違うも何もライナー、これ―――― 」 ライナーが作ってきたのは、白い毛皮のうさこではなく―――― メタリックなボディの、ソリッドうさこぬいぐるみでした。 結局、ライナーの助けを得てうさこは出来上がり、現在は私のベッドの上に置かれています。 眠る時に抱きしめるととても心地良くて、素晴らしい夜のお供になっているのですが、眺めるだけでもいいものですね。 ソリッドうさこはというと……言うまでもないことでしょう。 後日、私のコレクションにめかうさが追加されるのでした。あ、爆発や巨大化はしませんよ? ……次は、ライナー人形にチャレンジしようと思います。 今度こそ本人には絶対見つからないように。 back|index|next |