「イナイイナイ、ですか」 「はい。これは便利ですよね」 「私達はともかくとして、戦闘力を持たない人には重宝するのかも」 「効果覿面、出来は保障しますよ」 「こまめに使わないといけないけど……徒歩で塔内を移動する時とかは便利だね」 「巡回中は逆にウイルスが寄ってこなくなるから使えませんけどね……」 「それは当然。倒さなきゃならないのに見つからなきゃ本末転倒」 「で、材料ですが」 「白い石はまだわかるけど、にょ?ギモとレプリカホルンをどう組み合わせればああなるのかな」 「……にょ?ギモをすり潰してレプリカホルンで外に吐き出す?」 「確かにすり潰したら結構凄い臭いになるね……」 「…………シュレリア様、今からそれをやるんですよ」 「うぅ……頑張る」 てーてーてーてーてーててーてててー、しゅぴーん! 「鼻が……まだ臭うよ……」 「お疲れ様です。よくできてますよ」 「ライナー、これ作る度に毎回こんな思いしてたんだね……」 「あ……いえ、実はその、物凄く言い出しにくいことなんですが」 「何?」 「俺、イナイイナイを作る時はマスク着けてるんです」 「………………」 「……あの、シュレリア様」 「ライナー」 「は、はいぃ!」 「次は私が見てるから、ライナーお手本見せてね」 「…………マスク無しでですか」 「勿論、マスク無しで」 「………………わかりました」 アイテム:イナイイナイを使用しました。 普段プラティナの外に出ない私達ですが、遠出しなければ手に入らない物を買いに行く時などはそれなりな準備が必要です。 グングニルは移動も速く大変便利な反面、その巨体のため着陸場所を選びます。 整備や補給も必要で、あまり頻繁に個人の都合で扱えるものではありません。 故に、交通手段は基本が徒歩。そしてプラティナとホルスの翼を繋ぐのは、塔だけ。 そこは異形の者、モンスターが溢れる道程です。普通に考えて、対策もなしに通れるわけがないのです。 勘違いしないでほしいのは、私一人ならさして問題がないということ。 これでも管理者です。データ的に繋がった塔の中なら、ヒュムノスによるフリップフロップ変換で自由に行き来できます。 しかしライナーはそうも行きません。そして、私にライナーを置いていくというような選択肢があると思うでしょうか。 二人で塔内を移動する際には、必ず持っていくものがいくつかあります。 ひとつは回復剤。ここにはトランキリティも含まれ、非常事態に備えてそれなりな数を持参しています。 もうひとつはキャンプセット。調理器具、簡易テントは相当歩かなければならない塔内では必須アイテムです。 あとひとつ、忘れてはならないのが―――― 敵除け線香、イナイイナイ。このネーミングセンスは少々安直過ぎますよね。 例えば私達が眠る時にも、獣達は待ってはくれません。 もし何の対策もしていなければ、テントを破壊され無防備なところを狙われてしまうでしょう。 だからこそ、イナイイナイを使い、襲われる心配をなくすのです。 見た目から言えば大変胡散臭いのですが、実際使うと効果は折り紙つき。 私が保証します。今までイナイイナイを使用した状況下で、敵が現れたことはただの一度もありません。 そのため、材料も安く割と手軽に作成できるイナイイナイはよく大量に作り溜めしておくのですが。 ずっと……私は、あることを疑問に思い、心の中に閉まっていました。 しかし今日になってとうとう我慢できず、せっせとマスクを着用してにょ?ギモをごりごりしているライナーに、言いました。 あ、私もちゃんとマスクはしていますよ。でないとこの場にはいられません。 「ライナー、ささやかな疑問なんだけど」 「どうしました?」 お互い鼻声なのは仕方ないですよね。 「イナイイナイの、その容れ物なんですが」 「はい」 「何故ぶたの形をしているんでしょうか」 「それは、特に意味はないと思いますけど……」 「じゃあ!」 私はそっとにょ?ギモの入ったすり鉢をライナーから取り、机の上に置き、その肩をがしりと掴みました。 驚いてライナーは後ろに下がりかけましたが、迂闊なことをすると大惨事になると気づいたようです。 「ぶたじゃなくて、うさぎ型で作ってみない?」 「………………ああ、そう来るんじゃないかと思ってました……。本当にシュレリア様はうさぎが好きなんですね」 「うん。一晩中眺めてても飽きないくらい」 「これを使う状況で眺め続けられても困りますよ……」 どことなく「しょうがないなぁ」というような表情をされたのは気のせいでしょうか。 「わかりました。後で試しに一個作ってみますね」 「ありがとう」 「いえいえ。俺もシュレリア様に喜んでもらえるのは嬉しいですから」 ……ライナーの恐ろしいところは、こういう台詞をさらっと意識せずに吐く無自覚さです。 案の定頬が赤くなるのを感じて、悟られないよう私は顔を逸らしました。 ―――― 一連の会話が全てマスク着用の上のものだと考えると、傍目にはかなり滑稽だと思うのは私だけでしょうか。 そして数時間後、夕食前。 「できましたよー」 「お疲れ様、ライナー」 「こんな感じになったんですけど、どうでしょう」 そう言ってライナーが渡してくれたものは、デフォルメされた見事なうさぎの形をしていました。 手触りは普通のイナイイナイと同じ陶器質で、ざらざらとした感覚が心地良いです。 耳を除くとおおよそ半球型、火を点けるため背中に開けられた小さな穴と、申し訳程度に添えられた脚と赤い目。 どこかの文献で見たような気がします。確か……そう、ゆきうさぎ。 ライナーがそれを知っているのかはわかりませんが、出来上がったものはゆきうさぎに酷似しています。 「…………可愛い」 思わず漏れてしまう呟き。 これでは使うのも勿体無いですね。あ、でもぶた型に代わって大量生産すれば―――― 「そういえば」 「シュレリア様、何か問題ありました?」 「ううん、そうじゃなくて……これ、どこから煙が出るの?」 「…………ここで使ってみます?」 「……換気、ちゃんとしないとね」 窓を全開にし、それから机の上にうさこ……あ、いえ、イナイイナイを配置。 マッチの火種を背中の穴から投入。点火した中心の調合物は途端に激しく反応し、気化して煙を撒き散らします。 その瞬間もう私達は離れ、三歩ほど置いた距離から様子を窺います。 勢い良く吐き出される紫煙が出る部位は、 「………………耳から?」 「はい。最初は口を作ってそこから、ってのも考えたんですが」 「それは怖いから止めた方がいいと思う……」 しかし、この光景は大変シュールですが、何だかとても和みますね。 役にも立つし、可愛いし、一石二鳥ではないでしょうか。 「ライナー、これ、いっぱい作ったら人気出るんじゃないかな」 「そ、そうですか?」 「うん。可愛いし可愛いし可愛いし」 「それだけなんですね……」 「でも、すっごく大事なことだよ?」 「……まぁ、はい、頑張ってみます」 後日、ライナーの作ったうさぎ型のイナイイナイが店で売られるようになりました。 何でも女性に好評らしく、しばらくライナーは忙しさで寝不足だったのですが、仕事があるのはいいことですね。 あと、私の部屋にうさぎコレクションがひとつ増えました。 back|index|next |