「人魚のウタ缶……かぁ」
「結構難しい部類だと思いますけど、今のシュレリア様なら作れますよ」
「うん。でも……」
「何かまずかったりしました?」
「……対レーヴァテイル用の道具を、レーヴァテイルである私が作成するっていうのは、ちょっとね」
「あー……なるほど。すみません、俺が浅薄でした」
「ううん、ライナーは悪くないよ。それに私、別に作りたくないわけじゃないから」
「そうなんですか?」
「ただね、その……自分に向かって飛んでくるのを想像して……」
「………………取扱いには細心の注意を払いましょう」


たーたたーたーたったたたたったーたた、しゅぴーん!


「細かい作業もだいぶ慣れてきたね」
「そうですね。下手しなくても俺よりよっぽどいい出来かと」
「ふふ、師に褒められるとは光栄です」
「や、やめてくださいよー。師だなんて恥ずかしいです、柄じゃないですって」
「私もそう思った」
「シュレリア様ー……」
「冗談冗談。ライナーにはよくしてもらってるもの」
「ならよかったです。俺、教えるのとかすっごい苦手で」
「知ってる」
「………………」
「ほら、落ち込まないで。私にコーチしてくれてる時は全然気にならないし」
「……本当ですか?」
「本当。ここで嘘はつかないよ」
「シュレリア様……はい。わかりました、これからも頑張って教えますね」
「うん、よろしくねライナー。……それにしても、夢追いの水はどうなったんだろう」
「追尾型かんづめと睡眠薬にどこも繋がりないですもんね……」
「レシピ通りに作ってたらいつの間にか容器ごとなくなってたし」
「中身液体ですけど、フォトン発振子に掛けたりなんかしたら絶対壊れますよ」
「私一応グラスメルクの発案者なんだけど、知らないことの方が多いのはどうしてかな」
「わかりません。グラスノの神秘か何かじゃないでしょうか」
「…………あんまり考えないようにしよっか」
「……その方が懸命な気がしますね」










 アイテム:人魚のウタ缶を使用しました。



自室には小物入れと箪笥、クローゼット。玄関なら下駄箱。キッチンは食器棚や調味料入れなど。
家の中を見回してみると必ず収納スペースが用意されています。
あらゆる物はそのどこかに仕舞われ、必要な時だけ私かライナーの手により引っ張り出されるのですが。
物置ともいうべきこじんまりとした場所にあるのは、ほとんどがかなり厳重に保管しなければならない物でした。

……それが、グラスメルクによって作られた諸々の道具です。

扱いには相当の注意を払わなければならない薬品の数々。
下手をすれば家が丸ごと吹っ飛びかねない威力を持つ局地戦闘用兵器。
特に、ライナーが過去に作ったDH化グラスノ盤やアルトネリコ?などは、迂闊なことをすれば家一つでは済みません。
上手くどこかで使ったりダイブ屋で再結晶化をしてもらったりと有効活用する方向で頑張っていますが、それでも。
とにかく、手元にあるからにはきちんと管理する責任があるのです。

普段は巡回時やホルスの翼に出向く時など、戦闘があると予測できる場合にいくつかを選んで持ち歩きます。
また、ボルタポルタや電離化合液は汎用性が高く、日常生活でも使うことがあるので。
実のところ、割とよく私はこの物置に入り、状態を確認しつつ何かを取りに来ているのです。

「えっと……ソリッドうさこはこの棚で、めかうさはここね」

最近は私もそれなりに色々な物が作れるようになり、整理が楽しくなってきました。
しかし、ちょっとうさこを作り過ぎてしまいましたね……。役に立つので、あって損はしないのですが。
チェックの意味も込めて他の棚を開け、その途中で私の手が止まりました。
きっちり区分けされたそこに置かれていたのは、

「…………う」

星型の、青と黄色の缶。人魚のウタ缶でした。
このアイテムに関して、あまりいい話は聞きません。
昔にも存在した物なのですが、現在とは用途が違います。
子供用のおもちゃからレーヴァテイルの敵へと。何ということでしょう。誰ですかこんな用途を考えついたのは。
……なんて思っても改善されるはずはなく、別に製作者のライナーが悪いわけでもありません。

私は引いた棚を戻す前に、缶を手に取り持ち上げました。
大変危険な代物ですが、見た目だけは可愛らしいのです。
夢追いの水も、中身はともかく容器がとても愛らしかったので、材料の性質を引き継いだのかもしれませんね。
ひとしきり眺めて、棚の中に仕舞おうとし、

「あっ……!」

どうしてでしょう。私は手を滑らせてしまったのです。
人魚のウタ缶は床に落下し鈍い音を立て、最悪なことに―――― 弾みで蓋が開きました。

私が即座に走り出したのと、ひゅるひゅるひゅる、と風を切る音が聞こえてきたのは同時。
振り向きたくはありませんでしたが、一瞬見た後ろ、すぐそこに高速回転飛行する缶が迫ってきています。
廊下を抜け、リビングを通り過ぎます。ぼーっとしていたライナーの驚く顔にも気を配る余裕はありませんでした。

早鐘を打つ心臓。客観的に見て運動の苦手な私は、あまり早く逃げられません。
実際、もう足が重くなってきていました。それでも止まるわけにはいかず、玄関へ。
そこで重要なことに気づきます。そう、玄関のドアは開いていなかったのです。
ノブに手を掛け、外に出るまでの時間があれば、ウタ缶にとっては十分過ぎるほどでしょう。
扉を背に、私は目の前まで迫る物体をただ見つめることしかできませんでした。
くたりと腰が落ち、両腕で反射的に顔を庇い、目を閉じて――――


―――― カキンっ!


「え…………?」
「シュレリア様、大丈夫ですか!?」

ゆっくり瞼を開くと、剣を振り切った姿勢のライナーがいました。
少し離れたところにウタ缶が転がっています。
どうやらライナーのおかげで助かった、と理解し、もう平気ですよ、と声を掛けられて私は我慢できなくなりました。
視界がじわりと滲んで、それからぽろぽろ涙が溢れて。

「ラ、ライナー……こわ、怖かった……怖かったよ……!」

頭を撫でられ、背中を叩かれ、普段なら子供扱いしないでと怒ることもあるけれど、今日はそれが心地良く感じました。
思いっきり抱きついているのに気づいても、恥ずかしさ以上に、やっぱり、嬉しくて安心したのです。

しばらく、ライナーにはそうしてもらっていました。
身体が離れた時、少し名残惜しく感じてしまったのは秘密です。秘密ったら秘密です。


……後日、私は自然な流れでライナーに抱きつく方法を模索することになるのですが。
そんな策を弄しなくても、当たり前のように触れられる日が来ればいいと、思うのです。



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