「………………」
「あ、あのー……シュレリア様?」
「ライナー。貴方は、私にあれを作れと言うのですか?」
「いえ、でもさほど難しくもないし、ちょうどいいかなと思ったんですよ」
「ちょっ、ちょうどいいとは何ですか! そんな理由で私に作らせようと!?」
「シュレリア様、落ち着いてください」
「これが落ち着けますか! せらうさドレスですよ!? うさみみはともかくとして!」
「うさみみはいいんですね……。まぁ、ここは騙されたと思って一回チャレンジしてみましょう。あとシュレリア様、敬語敬語」
「あっ……こほん、ライナーがそこまで言うなら……だけど、完成したら何のために使うの?」
「………………えっと、必要な材料は揃えてきました」
「今誤魔化さなかった?」
「そんなことないですよ?」
「……はぁ。じゃあ始めるね。うさこ、私頑張るから」


ちゃらりらりらー、ちゃらりらりらーらー、しゅぴーん!


「はい、出来上がり」
「さすがシュレリア様ですね。縫い跡が凄く綺麗です。俺のなんて実はちょっとほつれが……」
「ライナーの裁縫下手はどうでもいいけど、プラティノドレスは単体で着たかったなぁ」
「シュレリア様なら似合うと思いますよ。今度サイズ合わせて買ってきましょうか」
「ありがとう。……恒例の疑問、いい? 本当はあんまり訊きたくないけど」
「何ですか?」
「どうして男の人も装備できるのかな?」
「レシピ通りに作ったらそうなりました」
「……一応訊くね。ライナーは着たりとかしてない?」
「してません! 着ろと言われても着ませんよ」
「よかった……ライナーが変態さんだったらどうしようかと」
「俺のことそんな風に見てたんですか……」










 防具:せらうさドレスを装備しました。



着飾る、という行為は、大概の女性にとって大きな意味を持ちます。
それは自分の姿を意図的に"見せる"ことであり、また、特定の対象を意識しての行動でもあるのです。

今でこそ色々な服を所持し、着用していますが、過去の私は着飾ることを知らず、興味も持っていませんでした。
リンゲージと、あとは普段から身に着けている服とも言い難いものだけ。
他には必要ありませんでしたし、何より私自身、全く不便に感じなかったのですから。
……転送自由なリンゲージはともかく、スタンダード(そう私は呼んでいます)は大変脱ぎにくいですし。

最近では主にデパートメントで購入した衣服を着ています。
種類もサイズも豊富で、初めてずらりと並ぶ服を目にした時は、多彩さとその発想に感心したものでした。
自室の箪笥の中にはもう随分たくさん買い集めたものが仕舞われていて、毎日取り合わせを変えては楽しませてもらっています。

こういった衣服に関して明確な……そう、憧れでしょうか。憧れを持ったきっかけは、仮想世界での出来事でしょう。
学生服と呼ばれるものを始め、浴衣や体操着、喫茶店での服など。
それらをゲーム内でとはいえ体感し、現実でも一度着てみたい、そんな風に思ったのです。
いくつかはすぐに叶いました。カジュアルな夏用のワンピースはプラティナで似たようなものを見つけましたし。

基本的には、自分が着たいと思ったものを選んでいます。
ライナーに選ばせたりすることもありますが、恥ずかしいのであまり一緒に衣服売り場には行きません。
それに何というか……ライナーは妙なセンスの服を好んだりするので。困ります。
本人がグラスメルクでたまに作ったものを持ってくるのですが、頭の痛くなるような衣服ばかり。
鎧は戦闘で役立つからまだしも、モモヒキなんて何に使うんでしょうか。まさか自分で、なんてことはないですよね。

ですが、よっぽどでない限り、ライナーに頼まれたら断れません。
過程はともかくとして、喜んでくれるのは嬉しいですから。


―――― でも。でも、ですよ?


「ライナー……確かに私、男の人が装備できるのはおかしいって言ったよ?」
「はい。ですから」
「だからって、どうして私に合わせて作ってるのかな?」
「着られるように調整してプレゼントしたらシュレリア様喜ぶかな……と思いまして」
「だっ、だけど! これを、私が着るの!?」
「あ、いえ、嫌ならいいんです。貰って嬉しくないものを渡したくないですし……」
「…………ライナー。ちょっと部屋から出て」
「え?」
「いいからすぐ! 用意できたら呼ぶから!」
「わっ、は、はいぃ!」

私の部屋を訪れたライナーが持ってきたのは、よりにもよってせらうさドレスでした。
どうやらサイズを私に合わせたようです。最近グラスメルクでなら何でもできるようになってきたライナーが恐ろしくもありますが。
卑怯です。いくらプレゼントの中身がアレだとしても、あんな顔をされたのでは要らないとも言えません。
結局勢いでライナーを追い出し、つまり、私はせらうさドレスを着る覚悟をしてしまったのです。

……ごくり、と唾を飲む音が殊更はっきり聞こえました。
ベッドに投げ捨てる形で置かれた、上下プラスうさみみのセット。
これを今から自分が……なんて考え、正直、うわ、って呟きが漏れました。だって。だって。

上はいわゆるセーラー服の範疇にあるもので、しかし異様に表側の丈が短く作られています。
着ればまず間違いなく、臍の辺りが外に出るでしょう。
何故かは知りませんが、上がセーラー服なのに下はスカートですらありません。
確か、仮想世界にあった体操着の下、そう、ブルマという着用物に近いです。尤も、こちらは臙脂色ではなく紺色ですが。
そして頭頂を飾るうさみみを模ったヘアバンド。これ単体なら普通に着けても構わないと思います。……他のふたつがなければ。

デザインからしておかしいのです。露出度が高過ぎます。
このレシピを最初に考えた人間はライナー以上の変態に違いありません。
しかし嘆いても現実が変わるはずはなく、私はもう一度、せらうさドレスをたっぷり五秒ほど見つめました。

「…………うん」

覚悟完了。
自分の服に手を掛け、躊躇いなくとはいかずとも放り投げるように脱ぎ捨て、まずは変形セーラー服を掴み――――



「……ライナー。もういいよ、入ってきて」
「あ、はい、わかりました」

ドアが開くのを確認し、反射的に目を閉じてしまいます。
私の姿を目にしたライナーがどんな顔をするのか、それを知るのが怖くて。
というか、恥ずかしいです。物凄く恥ずかしいです。手で隠そうにも二本十指では全く足りません。
仕方なく右手はお腹、左手は両膝の上を覆っていますが、気休めになっているかどうかも怪しいものです。

しばらくお互いに硬直状態が続き、焦れた私は緩やかに瞼を上げ、ライナーの様子を見ました。
果たして立ち尽くすライナーは、……その、呆然としていました。口を開いた間抜けな表情で。

「あの……ライナー?」
「へ? ああ、す、すみません」
「いきなり凄い顔するからびっくりした。……私の格好、そんなに変?」

返事は首が千切れるんじゃないかってくらい激しい否定。
実際千切れはしませんでしたが振り過ぎでくらくらしていました。ライナー、格好悪いですよ。

「そんな、そんなことは全然! むしろ、」
「……むしろ?」
「似合い過ぎてて怖いほどです」
「………………」
「……シュレリア様?」
「ライナーって……私が眼鏡着けた時もだけど、アブノーマル?」
「ち・が・い・ま・す!」

嬉しいかと訊かれれば、嬉しいです。褒められて嬉しくないわけがありません。
でも、単純に喜んでいいものかとも思い、要するに、複雑な気持ちなのでした。



「もう着ないからね」
「その割には箪笥にしっかり仕舞ってたような気がするんですが」
「それは……いつかまた使う機会があるかもしれないし」
「え?」
「な、何でもない! ……あ、だけどうさみみはたまに着けてもいいかも……」
「いえ、止めた方がいいかと」
「……ライナーは、うさみみ着けた私は嫌い?」
「そういうことじゃなくて……」


―――― これで誤魔化されるのですから、可愛いものです。
ですが、本当にうさみみだけは着けてもいいかもしれません。ライナーの、前でだけ。



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