あなたはわたし。いつか、あなたはきっと―――― 「…………はっ!?」 目覚めた時、私の身体は汗だくでした。 少し呼吸も荒く、拍動も早いペースで行われています。 もう、悪夢に見るようなことは全て、風化したと思っていたのに。 今になって魘されるのは……やはり先日の"あの件"が影響しているのでしょうか。 私は、塔を管理する使命を負った存在です。 それは即ち、世界そのものの命運が私一人の手に掛かっているということ。 このソル・シエールを支えるアルトネリコ無しに、ホルスの翼もそこに住む人々も成り立ちません。 ……わかっています。わかって、いるのです。 私が背負うのは、世界の重さ。 私が償うのは、失われたものに対する過ち。 私が抱くべきは、永遠と共に求められるこの身の運命。 同じ屋根の下にいる、ライナーのことを思いました。 幸せな自分が、確かにここに存在するのに、暗鬱な気分は晴れません。痛みと苦しみに満ちた記憶は、振り払えません。 まだ、ライナーは気づいていないのでしょう。 そして私も……それを教え、伝えることを恐れていました。 額の汗を拭い、とりあえずこの肌に貼り付く服を脱ぎたくて、着替え片手にお風呂へと向かいました。 「メイメイ、久しぶりです」 「あ、シュレリア様……ご無沙汰です。ライナーさんは一緒じゃないのですか?」 「今日はライナー、グラスメルクの外注が〆切間近で……」 「あはは、缶詰作業ですか……」 天文台に足を運ぶのも、昔と比べほぼ毎日ではなくなりました。 リンカーネイションに常駐しなくなったので当然と言えば当然なのですが。 メイメイとはネットワークを通じて適度に連絡を取っていますが、こうして直接会うのは十数日ぶり。 「して、どういったご用件で?」 「えっとね、最近のログに、私達以外の痕跡はありますか?」 「少々お待ちくださいです。……ログには特に残ってないみたいですね」 「そうですか……感謝します」 「どういたしましてです。でも、どうしてそんなことを?」 「……気になることが、あるのですよ」 塔内のセキュリティーサービスを管理するメイメイは、隔壁を通る存在の全てを把握しています。 エレミアの騎士はライナーを含め、彼女の認証を得なければ隔壁は開けません。 管理者たる私は例外ですが、それでも正規の手段で通過すれば、ログは残るはずなのです。データを改竄しない限り。 もし、仮想世界のプログラムを作成、保存するのなら、これもまた塔にアクセスできる場所でなければいけません。 場所は限定されています。リンカーネイション、SPU、導力プラグ、シルヴァホルン―― 。 その全てに辿り着くためには隔壁を通過する必要があり、ログは言わば希望的観測だったのですが……。 ミュールならログの消去も容易いでしょう。そして、作成者がミュールであるという断定はまだできないのです。 不確定なことが、今は多過ぎます。 私はここに至っても、仮想世界を作っただろう彼女の真意がわかりませんでした。 「……あまり、悩んでも仕方ないですね」 それよりも、思考する時間を使ってもっと建設的な作業をするべきです。 私は一人、リンカーネイションへ続く長い長いキャットウォークを上り始めました。 塔の頂上に位置するリンカーネイションは、その役割から最重要点のひとつでもあります。 ライナー達と一緒に行動するようになるまでの私が常駐していた場所でもあり、ここから中枢にもアクセスできるのです。 とはいえ管理者権限でしかパスは通らず、私以外のレーヴァテイルが来ても基本的には意味のないところなのですが。 精神集中、バイナリ野に意識を接続。 仮想体までは構築しません。一人で殺風景な世界にいても何も面白くありませんので。 膨大なネットワーク内の構造をまず把握し、前回までの記録を参照します。 ……相変わらず乱雑で混沌としたデータ数ですね。錯覚とわかってはいますが少し眩暈を感じます。 こうでないと整理のし甲斐がないという人もいるでしょうが、あまりの多さに私はうんざりしました。 まぁ、この葛藤も毎度のことなので、早々に頭を切り替え作業開始。 データ情報も多種多様で、作った人間の感性を疑いたくなるような仮想世界プログラムから過去に行われた議会の記録まで 節操なく幅広いです。ジャンル分けをするにもその区分を考えるだけで一苦労。解析でさらに一苦労。 また、時に目についたものを展開しては懐かしんだりしてしまい、進行が遅れることも一度や二度ではありませんでした。 ただ、どんなにしょうもないデータでも、削除だけはしません。 それらは全て昔の人々が残した確かな形で……今の私には、その昔を知る私には、自分の一存で消すべきではない、と。 感傷だとわかっていますが、それでも、思うのです。 「………………」 そして、何となく予感していた物が、塔内に増えていました。 前回と同じく、仮想世界プログラム。内容は、 「…………っ!」 ―――― 私は。 私はこれを、ライナーに見せられるのでしょうか。 私とライナーの間にある、ひとつの重大な問題。 ずっと、目を背けて逃げていた現実と、向き合う時なのかもしれません。 back|index|next |