また次の休み、再びダイブ屋に来た私達。
先日と同じように用意をし、ダイブを開始します。

常時塔と接続できる私と違い、ライナーにとってバイナリ野はいつまで経っても慣れない場所でしょう。
かくいう私も、この何もない無機質な世界があまり好きではありません。
孤独の極致。天も地も、右も左も、光も闇も、およそ人の感じる概念が存在しない空間。

「……そういえば、ここってデータの世界なんですよね」
「まぁ、端的にはね。塔を走ってる無数の情報によって構築された、形を持たない世界なんだけど……」
「あ、いえ、いいです。複雑なことを言われても全くわかりませんから」
「前から言ってるけどライナーはもっと勉強した方がいいと思う……」

本当に、そろそろライナーにはしっかりした教育を施さなければいけません。
……将来、その、私の隣に立つ人が、ぶっちゃけお馬鹿さんでは困りますので。他意はないです。ないったらないのです。

「前回の続きから、行くよ?」
「はい、準備はできてます」

次来る時に備えて待機状態にしていたプログラムを立ち上げます。
人間の認識可能な範囲外、一秒にも満たない間に展開は終了。ログから進行状況を確認、ロードして途中からリスタート。

―――― またです。
耳に入る、その音色。強く儚く、悲しい詩。
意識の去り際、脳裏までを駆け巡る声は……紛れもなく、私の知るものでした。


暗転。










Wee ki ra selena anw yasra wiene
en chs Chronicle Key sos yor




国の王が、少女の力を求め。
そして少女は今や奏者と、護り手となった少年から引き離された。
王の前に立たされ、王のために謳うことを強要され、されど少女は決して口を開かず。

当然、それは王の望む結果ではなかった。
民を、土地を、その全てを動かす力を統べる王は、得たかったのだ。
風の噂に聞く少女の力を。『神の子』と呼ばれる所以を、己が為に。己が為だけに。

期待は裏切られ、ならばいつか諦め囀るまでと、王は少女の自由を奪い、地下牢へと閉じ込めた。
暗い鉄と石で形作られた檻の中、謳うことを願われ、それ以外を封じられ、少女はまた、一人になった。

(…………どうして)

そんな問いは意味を成さない。誰も彼女を救わない。
狭い牢屋と冷たい食事。孤独を癒す話し相手も、温かな陽の光も、全ては過去のものになる。

(…………どうしてなの)

日に三回、質素な囚人食とも言えるそれを持ってくる兵士は、少女を恐れていた。
彼だけではない。万が一の脱走を恐れ配備された他の兵士も、閉じ込められた少女の存在を知る大臣も、そして王も。
皆が彼女を畏怖していた。求めるのと同じくらいに、神に近い力を恐れていたのだ。

(…………どうして、なの……!)

一日が経ち、一週間が経ち、一年が経ち、過ぎた年月が少女を娘へと変えて。
いつしか想う心も擦り切れて、その唇をひたすらに閉ざしたまま、籠の中の鳥はあの少年を懐かしむようになっていた。

もう会えなくてもいい。ならば健やかに生きて。私はここで衰え、そして死んでいくから。

ああ、しかしその願いは届かない。
少年は若者となり、彼の「想い」は時と共に褪せることを知らなかった。
城を見張り、機会を狙い、ただ彼女に会うためだけに、待ち続けた。

ある日の王国祭。城下の人々は浮かれ、王を始めとする者達も盛大な宴を楽しむ頃。
警備が薄くなったと見るや、若者は城へと侵入する。警備の目を掻い潜り、慎重に事を進め、そして。

「……やっと会えた」

念願叶い、若者は娘と数年ぶりの再会を果たすことができた。
密かに奪った鍵で牢の扉を開け、若者はぼろぼろと涙を流す娘を抱き寄せる。強く、強く。
あとは手を取り逃げるだけ。さあ行こうと地下を抜け、廊下の角に忍び、用意した出口へと向かう途中。

幸せは長く続かない。
言うなれば、それは彼女達の運命。
その後に待つのは、不幸だけ。

城の警備は牢に閉じ込められ弱った娘を逃がすほど甘くなかった。
すぐさま二人は見つかり、捕らえられ、王の前へと連れられる。
不法侵入し、娘を攫った罪は重い。王は命じる。侵入者を、若者を斬り殺せと。
かくて兵士は剣を振り上げ、銀の刃は光に煌き、若者の首を斬り落とすために振り下ろされる。

(…………駄目)

無慈悲な王の命が、兵士の剣が、今にも彼を殺そうとしていた。
そんなことをされたら。私は。私には―――― 何も失くなってしまう!

「駄目―――――――――――― !」

少女は叫び、本当に長く閉ざし続けていた口を、開き。
普通になるため、若者と共に在るため、封じていた忌々しい力を、解き放った。

歌が響く。朗々と、激しい怒りと恐れを以って。
その声は風に乗って通り、伝い渡り、城を火の海へと変える。
祭りは災厄へ。人々は逃げ惑い、幾人も身を焼かれ死んだ。そこは地獄だった。

……誰がこの惨事を、起こした?

全ては、神の子の力故。
王は娘を斬り捨てる。民を、街を、自らを焼かぬため。
傍らで謳う娘を抱きかかえ、盾となって必死に護る若者と共に。


―――― そして、少女と少年、娘と若者の物語は終わりを告げた。


Was au ga whai pauwel ferda enter whou na needle sor.
en whai pauwel gaunji yasra whou na senjue sor tou zuieg.

ああ、何故。何故力とは、望まぬ者に舞い降りるのだろう。
優しき者だけを苦しめ、苛み、呪うのだろう。

……眠りなさい。
悠久のいのちを欲するならば、己の力を厭うならば。
肉体と魂を、その全てを封じて眠りなさい。
何もかもが手遅れになる前に。大切なものを失う前に。
さもなくば、貴方の力は災いとなり、貴方自身に降りかかろう。

――――だから、やすらかにおやすみ。



――――私は貴方の子守唄。
其れは貴方の守護の為、其れは貴方が尊き故。











仮想世界が閉じていきます。
少しまだぼんやりしていたライナーは苦笑して、

「本当に痛い思いしましたね……」
「それは私も。剣で斬られるってあんな感じなんだね……」
「はい。……そういえば、あの」
「わかってる。二人が……そう、殺されてから」
「歌が聴こえましたよね。悲しい歌が」
「ライナー、あの歌、どこかで聴いたことがあるでしょ?」
「…………ミシャ、ですか?」
「うん。あれは、クロニクルキー」

クロニクルキー。第三紀、私とタスティエーラがリューンの力を借りて紡いだヒュムノスエクストラクト。
情報ウイルス体、シャドウとして塔内を縦横無尽に駆け巡るミュールを縛り、活動を停止させるための、ただそれだけの詩。
もう今はクレセントクロニクルも稼動せず、ミュールを封印する必要もありません。
星詠は役目を終えました。ミシャも、リューンの系譜も、その使命から開放されたのです。

「シュレリア様。あの物語は……いったい、何だったんでしょうか」
「ライナーは、ヒュムネクリスタルが……ヒュムノスがどういうものなのか、知ってる?」
「いえ、あまり……あ、でも、詩は『想い』でできてるんですよね」

私達がヒュムノスエクストラクトを作成、ヒュムネクリスタルに込めるためには、ひとつの条件があります。
それが『想い』。ライナーの言った通り、詩は『想い』です。逆説的には、『想い』がなければ詩には成り得ません。
ヒュムネクリスタルからヒュムノスをダウンロードした際、そのレーヴァテイルは『想い』を元に自分だけの詩を紡ぎます。
だから、奏でられる詩は、例えヒュムノスが同じであっても差が出るのです。

しかし、根底に流れるものは変わりません。
詩の源。それは、ヒュムノスに込められた『想い』。

「さっき私とライナーが見たのは、クロニクルキーに込められた『想い』なの」
「あれが…………?」
「人ならざる力を持つ少女と、少女を護る少年の物語。力を持つが故に呪われ、望まない結末を得た、二人の悲劇の物語」
「…………悲しい、ですね」
「クロニクルキーは、ミュールを封印するための詩。それがどうして、こんな『想い』なのか……ライナーにはわかる?」
「ミュールも……もし力を持たず、あんな風に生まれることがなかったら」

あるいは、そういった未来があったのかもしれません。
人を憎み憎まれることもなく、ただ幸せに生きて、死んでいくことのできた未来が。

「ライナー。覚えておいて。私達がしてきたことを。彼女を斬り捨てた、王の所業を」
「……はい。忘れません」

ミュールが犯した罪は、ホルスの右翼を丸ごと沈め、多くの人々を殺した罪は、許されるものではありません。
ですが……それでも、彼女は『望まぬ者』だったのだと、私は今になって思うのです。


あの詩は、貴方の為の―――― 子守唄で、あれたのでしょうか。


「……さ、戻ろう」
「そうですね。いい経験が、できました」

ライナーをバイナリ野から先に帰し、私は最後に、クロニクルキーの『想い』をモデルにした仮想世界のことを考えます。
聞こえてきた鐘の音。ミシャの歌声。抽出、構成された詩の『想い』。
このデータを組み上げたのは、私でもなく、ましてやミシャでもありません。ならば、いったい誰が。
私は、その解答を……推測から半ば確信に近い形で、持ち合わせていました。


貴方は何故、こんなものを作ったのですか? ―――― ミュール。



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