塔には私の知らない、解読できていないデータが相当数眠っています。
期を見てアクセス可能な場所、例えば導力プラグやリンカーネイションまで行って調べているのですが。
これがなかなか曲者で、未解読データの量自体が半端なく、また種類も実に多様なのです。
ひとつ内容を確認したら情報を更新、その後然るべき場所へ移動、整理。
そんな繰り返しをもう随分前からこなしているのですが、終わる気配は今でも全く感じません。

ELMAちゃんに手伝ってもらって、たまに休憩がてら遊びつつ、今回調べているのは仮想世界の情報です。
仮想世界のデータは結構残っていますし、私自身も構築できますがここで問題がひとつ。

……あまり、まともなのが見つからないのです。

昔の人々は何を考えていたのでしょう。
そうやって人の業に思いを馳せてしまうほど、物語は多種多様でありながら、妙な方向に飛んでいるものばかり。
いえ、それを言えば私がライナーに提案したのも到底まともではなかったのですけども。

「これは……駄目。これは……怖いの嫌。これは……ライナーに似合わない」

劇中に入り込む、という演出の性質上、自分が耐えられるものでなければいけません。
わざわざゲーム内で無数の死体に追いかけられたり、泥沼の三角関係を繰り広げたりしたいとも思いませんし。

「…………あれ？　こんなのあったかな？」

そうして永遠に活用しないだろう整理済みのデータが溜まっていく中、私はある物語を見つけました。
それは私の記憶にある限りでは、存在していなかったもの。
好奇心と警戒心をない交ぜにして、私は情報を取得、閲覧します。そして、

「………………」

決めました。
少し……過去を蒸し返すことになりますが、ライナーにもこれを見せましょう。
どうしてこんなデータがあるのか、誰が作成したのかは二の次です。後に調べることにして、今は考えません。
いい機会だと思って、有効活用することにしましょう。

検索で上位に来るようにし、準備を終えました。
あとはライナーにダイブしてもらうだけです。それも、難しいことではないですし。

……恥ずかしくないと言えば、嘘になりますけどね。





◇





数日後、ライナーを連れて私はプラティナのダイブ屋、ホーライを訪れました。
店主に話をし、料金を払い、大した問題もなくダイブは成功。
私にとっては慣れた、ライナーにとっては馴染みのないバイナリ野に、二人合わせて侵入します。

ここはある意味では塔の中枢、完全なデータ主体の世界。
私達を構成する肉体も、魂も、この空間では物理的な形を持ちません。
とはいえ何もない、殺風景な視界に気を取られるよりも重要なことのために来たのです。
無意味な思索を止め、私は目的の物を検索、探し当てました。

「ライナー、わかってるよね？　さっき説明したけど」
「はい。前の学校で色々やったアレみたいな、仮想世界なんですよね」
「うん、そう。今回も私達は劇中人物として動くから、記憶の持ち越しはなし。あ、言い忘れてた」
「何ですか？」
「すんごい痛い思いをするけど、心配しないでね」
「初っ端からかなり不安になる宣告ですね……」
「あと、もうひとつ。これから体験する物語を、しっかり"見て"ほしいの」
「……はい。わかりました。約束します」
「ありがとう。じゃあ、準備はいい？」
「いつでも大丈夫です」
「行くよ」

プログラム、起動。展開―――― 。

意識が溶ける一瞬前、私は悲しく響く、鐘の音を聞いた気がしました。





◇





――――私は貴方の子守唄。
其れは貴方の守護の為、其れは貴方が尊き故。



少女は、生まれた時から違っていた。特別だった。
他人の目を殊更引く容姿を持っていたわけではない。神童と称えられるほどの才能を抱えていたわけでもない。
ただ、少女は、歌うことが好きで。そして、その歌声が彼女を特別たらしめていたのだ。

一度口を開けば、天を裂き、地を揺るがし、風に乗せて声を遙か遠くまで届けることができた。
人々は恐れ、少女を『神の子』として扱い、遠ざけた。
だからいつもひとり。幼い頃からもうずっと、彼女は孤独を強いられてきた。

でも。

ある日、出かけて行った森の中で、狩人の少年と巡り会い。
少女は変わった。たったひとつだけ、虐げられ、疎まれてきた彼女も、一人ではなくなったのだ。

「私……みんなと違うの。こんな力があって……友達もできなかったし、家族も私を嫌な目で見てた」
「………………」
「あなたは……私が、怖くないの？　恐ろしいと思わないの？　どうして……一緒にいてくれるの？」
「……僕は狩人だから、この手でたくさんの命を奪ってきた。そんな僕が、こんなことを言うのはおかしいのかもしれない」
「…………うん」
「だけど、思うんだ。生きとし生けるものは、みんな同じように生きて、同じように死ぬ」
「………………うん」
「そこに隔たりはないよ。何の差もない。同じだ。同じなんだ。僕も、君も、全部」
「……うん、うん、うん」

―――― 初めて思った。
この人を信じたい。共に生きて、二人で永久に幸せを紡ぎたい。
私の身に宿った、忌々しい力を封じて、忘れて、普通の女の子になって。

そうして少女は歌い手となり、各町を駆け巡るようになった。
それに付き従う少年は狩人から奏者へと生き方を変え、少女の歌を護り続けた。

「今日も、いっぱい人が集まったね」
「そうだね」
「私達の曲を聴いて……幸せになってくれたら、嬉しいな」
「うん。それが一番だ」

人と触れ合い、心を通わせ、想いを紡ぎ、二人は絆を得ていく。
きっと誰よりも、彼女達が幸せになっていたのだろう。

しかし……旅は道の半ばで終わりを告げる。
―――― 権力という名の力を持つ者の、手によって。





◇





「……あれ？　ここで終わりですか？」
「そう。続きは次回ね」
「何か相変わらず凄く気になるところで切れますよね」
「たぶん途中で投げ出さないようにっていう策略じゃないかな」
「なるほど。……見事にその策略に嵌ってますね俺」
「今回はそれでいいの。大丈夫、次で終わるよ。短いし。あ、そうだ」
「どうしました？」
「ライナー。仮想世界に入る直前……ううん、あるいは入ってる間に、鐘の音が聞こえなかった？」
「そういえば……はい、聞こえました」
「そっか……うん、わかった。帰ろう？」
「え？　今の質問に何の意味があったんですか」
「内緒」
「………………」

……これで、条件は絞れました。
私の脳裏に浮かぶひとつの可能性。今はまだ、推測として考えておきましょう。



back｜index｜next