「確か、こないだ有馬冴子と一緒にいた奴だよな。絹川君、とか呼ばれてたっけか」 「えっと……絹川健一です。窪塚、日奈さん」 そういえばあの時は自己紹介するような暇もなかったな、と思いつつ、健一は小さく頭を下げる。 改めて見ても、女性というより少年だ。中性的な声然り、ボーイッシュな服装然り。何より微妙な仕草に一種のわざとらしさがない。冴子の指摘がなければ、おそらく今でも窪塚日奈だとはわからなかっただろう。 ここまで来ると、ほとんど別人ですらある。 「それで、僕に何か用ですか?」 「いんや。別に。よくわからんけど変なことしてる奴がいて、そいつが知り合いだったから話しかけただけだぜ、本当」 「はあ……なるほど」 特に奇矯な振る舞いをしていたつもりはなかったのだが、どうやら傍目には不審な感じだったらしい。 健一が困ったように小さく首を傾げると、正面の日奈は瞳の動きだけで左右を見回し、 「ん? そういやお前、今日は有馬冴子と一緒じゃないのか?」 「あの時はたまたま二人でいただけですよ」 「じゃあやっぱ、あの女は“そういう奴”なんだな、本当」 「……そういう奴ってのがどういう意味かはわかりませんけど、あんまり本人のいないところでする話じゃないと思います」 「ま、それもそうだな。俺にはどっちでもいいことだし」 いくら鈍い健一でも、濁した言葉が何を指しているかは察せられる。 こちらの不機嫌さを読み取ったのか、あるいはさしたる意図もなかったからか、片手で不穏な空気をぱっぱと払うようにして、日奈はあっさり話を切り上げた。 表情を見るに、本気でどうでもいいらしい。 「んなことより、ちょっと知恵を貸してほしいんだけど、本当」 「知恵?」 「そ。諸事情って奴でさ、俺には着替える場所と、着替えを置いとける場所が必要なんだ」 何故か日奈は理由を伏せたが、だいたいの推測は立つ。最初に会った時には健一も見抜けなかったほどの、口調も含めてやたら本格的な男装。家族か、それに近しい誰かには、隠しておきたいことなのだろう。 「さっきは公園のトイレで着替えて、服はコインロッカーに預けてるんだけどさ。毎回そうしてたら金も掛かるし面倒臭い。だからどっか使えるところがないか、ってな」 「使えるところ、ですか。……自分の家は駄目なんですよね?」 「当然」 「となると……うーん」 難しい問題だ。 無料で使えて人目がなく、誰にも迷惑の掛からない――なんて都合の良い場所が、そうそうあるはずもない。 一瞬健一は自宅を思い浮かべたが、さすがに蛍子がいる状況で連れ込むわけにはいかない。形や仕草は少年でも、日奈は間違いなく女性なのだ。散々エッチした実の姉と暮らす家を別の女に更衣室として使わせるとか、冗談抜きで殺される未来しか見えなかった。 しばらくあれこれ考えてみたものの、結局いい案が出ず、ごめん、と告げて頬を掻く。 「申し訳ないですけど、いいアイデアはない、ですね」 「まあ仕方ないっちゃ仕方ないなあ。すぐ思いつくような手なら、俺がとっくに気付いてるだろうし」 「お詫び……というと変かもしれませんけど、場所探し、ちょっと手伝いますよ」 「そりゃ助かるが、何もお礼とかできないぞ、本当」 「さっきまでちょっと悩んでたんです。だから、気分転換には丁度いいかなって」 「なら遠慮なく。よろしくな、健一」 「え?」 「握手だよ、握手。鈍いっつーか、やっぱ変な奴だな、本当」 酷い言われようだが、変であることは否定できない。 おずおずと差し出された手を握った健一は、その小ささと柔らかさに、心の中で苦笑した。 どうしようもない部分で女の子なんだな、と思う。 「そういやお前、さっきからずっと敬語だけどさ。俺の記憶が確かなら、お前と俺はタメじゃなかったか?」 「同じ学年ですし、まあ間違いなくそうかと」 「なのに敬語とかおかしいだろ。別に俺の下僕でも後輩でもないんだし、何か遠慮でもしてんのかよ?」 「いや、そういうわけでもないですけど……癖というか、だいたい他人にはこんな感じです。それに」 「それに?」 「君は窪塚日奈さんなんだろうけど、僕の知ってる窪塚日奈さんとは全然違うから、どう付き合えばいいのかわからないというか」 「難しいこと考えんなって。遠慮する必要なんてどこにもないから普通に喋れよ」 「普通と言えばこれが普通なんだけど」 「ったく、ああ言えばこう言う奴だな! 俺には敬語禁止! いいな!?」 勢いで押し切られ、こくこくと頷く健一に、日奈はあからさまな溜め息を吐いた。 「つくづく変っつーか、よくわからないなお前、本当」 「否定はしないけど、変さならそっちも大差ないと思う」 連発しまくってる謎の口癖らしきものとか。 自覚がなさそうな辺り特に。 「……で、君のことはなんて呼べばいいわけ? 日奈……さん?」 「シーナだ」 「え?」 「俺のことはシーナと呼べ」 「シーナ? 日奈じゃなくて?」 「そう。日奈じゃなくて、シーナだ、本当」 最後は念を押すように、自分の言葉を確かめるように、日奈――シーナは健一へと告げた。 似ているが、違う。日本的とも微妙に言い難い、曖昧な響きだった。 偽名まで考えているのは徹底してるなと思いつつ、ひとまず健一は素直に受け取ることにした。また会う可能性がないわけではないものの、仮の着替え場所を見つけるまでの付き合いだ。同じ学校とはいえ、窪塚日奈と親しくもない。冴子の件で、双子の姉には敵視されてさえいる。深入りしたところで、碌な話にならないだろう、という気がしていた。 「あー、そういえば、健一」 「ん?」 「こないだこういう鍵拾ったんだけど、どっかで使えないかな」 けれど。 シーナが懐から取り出した物を目にして、健一は自分の考えを改めることになる。 少しくすんだ金色の、溝がない鍵。 1305の刻印が為された、幽霊マンション十三階住人の証だった。 本来十二階までしかないマンションに十三階が存在する、という怪奇現象について、明確な説明ができるだけの論拠を健一は持っていない。道中いくらか話しはしてみたが、どうにも上手く伝わらなかったので、実際見てもらうしかないという結論に至った。 エレベーターは使わないのか、と不満げな声を出すシーナの前を歩き、いつものように階段を上っていく。数拍遅れてシーナも続いた。二階、三階、四階――淡々と進む健一に負けず、軽い足取りで横に並ぶ。 「お前、意外と体力あるのな」 「そう?」 「公園からずっと歩き通しだけど、全然疲れてないっぽいし」 ほぼ日参で十三階に来ているからかもしれない。 言われてみれば、長い昇降に慣れた足腰は、昔より強くなっているように感じる。 「毎日ここに来たら、嫌でも鍛えられるんじゃない?」 「ムキムキか!」 「いや、ムキムキにはなれないかと」 「ちぇー。っと、もう十二階か。普通なら次は屋上だよな、本当」 「とりあえずこのまま上ってみて」 怪訝さが拭えないシーナを促し、ラストの段差を踏み越える。違和感はなく、周囲の風景が切り替わった様子もない。初めからそうであったかの如く、十二階とほとんど同じ様相が二人を迎えた。 「うお、マジだ。すげえなこれ」 「もうひとつ上に行けば屋上だけど」 「そいつは後で確認させてもらうぜ。ここが1301か?」 健一が止める間もなく、シーナはドアノブに手を掛けた。驚き半分好奇心半分といった様子で、新しいおもちゃを見つけた子犬を彷彿とさせたが、中に冴子がいるかもしれないことに気付き、そんなこと考えてる場合じゃないと追いかける。 開いた扉の向こうには、案の定冴子がキッチンに立っていた。丁度昼頃、相変わらず籠もっている綾のためにご飯を作っていたのだろう。というか綾も一緒だった。 突然の乱入者に、二人が同時に振り向く。 「ちーっす、有馬冴子、また会ったな!」 「え? えっと……こ、こんにちは」 一旦持っていた包丁をまな板の上に置き、戸惑いの色を滲ませた冴子が視線で健一に問いかける。 「あー、その、こちらシーナ。1305号室の住人みたいです」 「1305……そう」 「よくわからんけどそういうことらしいぜ」 「んゆ……あれ、健ちゃん、新しい人?」 「はい。鍵を持ってたので連れてきました」 「そっかー、よろしくー」 寝起きで頭が働いていないのか、全く見当違いの方を向いて片手を挙げると、再び綾はテーブルに突っ伏してしまった。 そんなだらしない姿をシーナはちらちら窺っていたが、冴子が出来上がったものを並べ始めた途端、昼食の内容に興味を移した。 「お、そうめんじゃん」 「少し多めに作っちゃったから、窪塚さんもよければどうぞ」 「じゃあ遠慮なくいただくぜ、本当」 「私もー」 「絹川君も、どうぞ」 差し出されたお椀を受け取り、各自めんつゆを注ぐ。 刻んだ白ネギも好みで入れ、いただきます、の声の後、四人分の箸がボウルに伸びた。 寝ぼけ眼で綾が啜る傍ら、いつも食の細い冴子は、控えめな量を静かに口へ運んでいる。健一を含めたこの中では一番行儀が良い。 翻って、シーナの食べ方は豪快だった。荒いと言ってもいい。箸の半ばまでを使って束を掬い、ずぞぞぞぞ、と音を立てて吸い上げる。飲み込み切らないうちに次を取ろうとする。初遭遇時の綾でもあるまいに、欠食児童かと突っ込みたくなるような勢いだ。 「そうめんうめえー。これ誰が作ったんだ?」 「……私だけど」 「へえ。お前料理上手いんだな、本当」 「絹川君の方が上手よ。そうめんなんて茹でるだけだし」 「俺はそれさえできないぜ」 「いや、胸を張るようなことじゃないような……というか一人で食べ過ぎだって」 ボウルの中を覗いてみれば、残りはおおよそ二杯分。ちなみに健一も黙々と食べていたので、そこそこお腹は膨れている。 さすがに初対面で遠慮がなさ過ぎることに気付いたのか、若干不安げな表情でシーナが冴子と綾を見やる。 「……俺食べ過ぎ?」 「ううん、私はもうお腹いっぱいだから」 「私も充分かなあ」 「……そんなほれ見たことかみたいな顔されても」 五秒で不安がどこかに消えた。 「ということで健一、ここはタイマンだ」 「タイマン?」 「俺とお前の一対一で勝負ってことだ」 「別に勝負する必要はないんだけど」 「男と男が向き合ったら勝負するもんだろうがってああお前ずるいぞ!?」 シーナが喋っている間に、残りのうち半分が健一のお椀に沈んだ。さっとつゆにくぐらせ、一息で啜り切る。 「そっちは先に結構食べてたし」 「違うそういう問題じゃない、タイマンは正々堂々やるもんだろうが」 「……ならここから始め、ってことで」 「ほう……ラスト一杯か……こいつは燃える勝負だぜ」 「食べるならまた茹でるけど……」 冷静な冴子の提案も、シーナには届いていなかった。 ボウルを挟み、両者が向かい合う。怪しげなポーズを取りながらシーナは箸を揺らめかせ、一片の隙も逃すまいと眼光鋭く健一を睨む。 じわり、シーナの額から滲んだ汗が頬を伝い、顎先に着いてテーブルへと落ちた。 瞬間。 「もらったぁぁぁ!」 ボウルめがけて箸が踊り、何もない場所に突き立った。 そうめんはシーナが叫んでいる間に、健一があっさり浚っていた。 「……やるな、健一」 「いや、そうめんひとつにそこまでムキにならなくても……」 「お前、男が勝負と聞いたらそりゃムキにもなるだろ」 「そうめんでも?」 「そうめんでも」 このテンションには正直付いていけないかなあ、と苦笑した健一に、いつの間にか別のガラス皿を持ってきていた冴子が、そのうちの一皿を差し出す。 「デザートに杏仁豆腐、作ったんだけど……食べる?」 「あ、はい、いただきます」 「冴ちゃーん、私も食べるー」 「俺も遠慮なくいただくぜ」 だいぶ騒がしくなってしまったが、デザートがなくなるまでの間は、シーナも静かなものだった。 何というか。 そこは女の子っぽいのかな、と、健一は思った。 昼食の後、シーナに引っ張られて1305の様子を見ることになった。 基本的に十三階の住人は、1301と鍵の対象である部屋以外には入れない。勿論普通の家屋と同じように、部屋の主が許しさえすれば、足を踏み入れることができる。 1303、綾の部屋。 1304、健一と冴子の部屋。 そしてシーナで、健一にとっては三つ目だった。 刻也にはおそらく1302が割り当てられているはずなのだが、彼の部屋がどういうものなのかを未だに健一は知らなかった。利用しているのは間違いない。しかし、刻也は他の誰も自分の部屋に招き入れていないのだ。 例えば、綾は存分に“やりたいこと”をやれるアトリエ。 健一はかつて家族が一緒にいられた頃の、懐かしい光景。何故か同じ鍵を持っていた冴子は定かではないが、住人にとって、何かしらの意味があるのは確かだろう。 いつか、刻也は話してくれるのか――なんてことを考えているうちに、シーナがかちゃりと鍵を開けた。 「おー……マジで開いたな。テンション上がるぜ!」 「どんな部屋なのかな」 「見ればわかるだろ。よし、んじゃ行くぞ!」 ドアを引くのと同時、既に靴を半脱ぎにしていたシーナは短い廊下に一歩を出す。遅れて健一が視線を向けた先、1304で言えば居間と思しき箇所は、 「……ヤクザの事務所?」 「任侠の城と言え、任侠の城と」 やたら威圧感のある幅広の木机。半閉まりのブラインド。無意味に高級そうなカーペット。手前左手には応接間らしき部屋が見えたが、こちらも艶やかな革張りの黒いソファに、然るべき店でしか購入できないだろう木目調の明らかにお高いテーブルが置かれている。さらに、テーブルの上にミステリの凶器として出てきそうなガラス製と思われるごつい灰皿を認めて、ますます健一は抱いた印象を深めた。 非常に住みにくそうなレイアウトだが、当の本人は大層気に入ったようで、鼻歌に小躍りで調度品を物色していた。 やれ「うおお哀川アニキのビデオじゃん!」とか「こんなものまであんのかよ全部見るのにどんだけ掛かるんだ!?」とか、テンションが振り切れて付いていけない。楽しげな様子を遠巻きに眺めていた健一は、そこでふと、まだ見ていない部屋に気付いた。 つい先ほど、シーナも覗いていたところだ。単純な好奇心でノブに手を掛け、 「ちょい待った!」 「え?」 「人の部屋なんだから、そんなあちこち見るな」 健一を制止したシーナの頬は、明らかに赤かった。 その態度が引っかかったものの、言われたことはもっともなので、申し訳なさと共に身を引く。 扉から離れたのを確認して、シーナがふぅ、と息を吐いた。 「で、健一、お前の話によると、鍵の持ち主は、この部屋を自由に使っていいってことだったけど」 「うん」 「じゃあ、ここは俺の部屋で、着替えとかにもじゃんじゃん利用しちゃってオッケーなわけだよな?」 「たぶんそう、だと思う」 「何で自信なさげなんだよ」 「僕も未だにその辺の理屈とかはわかってないし……まあでも、今のところは問題ないから、大丈夫じゃないかな」 「うし、そういうことなら、とりあえずは目的達成だな。あとで着替えは家から持ってくるとして、一休みすっか」 「……あの応接間っぽいところで?」 「あそこしかないだろ」 ということで、健一とシーナはテーブルを挟み、向かい合う形でソファに腰を下ろした。一般家庭とは大きくかけ離れた雰囲気に、どうにも落ち着かない。対するシーナは、早くもこの環境に慣れていた。座り方が堂に入っている。 「灰皿あるけど、煙草吸うの?」 「いんや。吸いたいけどまだ二十歳じゃないしなあ」 「意外に真面目な答えだ」 「それに匂い残るしさ。色々困るじゃん」 匂いという点は、健一にもよくわかる。 蛍子を思い返す時、必ずそこには煙草の匂いが付随する。キスの際も、嗅ぎ慣れたそれが鼻を抜けていったのを覚えている。 健一はあまり気にしなかったが、やはり駄目な人は駄目だろう。部屋にも残るし、決していいものではない。 「とはいえ、煙草は男の嗜みだからな。いつかはちゃんと吸えるようになりたいもんだぜ」 おもむろに灰皿を掴み、逆さにしてテーブルへ置き直すと、シーナは一度姿勢を正し、不意にぐっと上半身を乗り出してきた。 「で、健一」 「……えっと、何?」 「お前、あの綾さんって人と、あと有馬冴子、二人といったいどういう関係なんだよ」 「どういう関係って言われても……」 説明し難い。 そもそも、出会いからしてまともではないのだ。同じ十三階に部屋を持つ者同士でもあるし(冴子の場合は同じ部屋、という注釈も付く)、色々な意味で助けた相手でも、助けられた相手でもある。 友人、とは違う。 勿論恋人の類ではない。 強いて言うなら家族だが、健一には自分達の関係が、真っ当な『家族』のものなのかわからなかった。 「あ、別に知り合った経緯とか聞いてるわけじゃないぜ。ぶっちゃけセックスしたのか?」 「ぶふっ!?」 なんて真面目に考えてたのが一瞬で馬鹿らしくなった。 「だってさ、さっきの有馬冴子、俺は見直したね。学校じゃ根暗で全然可愛げない感じだったけど、ありゃあほとんど別人っつーか。双子の妹か何かか?」 「いや、一応本人……のはずですけど」 「何でお前が自信ないんだよ。それに綾さん、だっけ? あのおっぱいはやばい。やばいな本当。脳天直撃だ。しかも巨乳の上にあの格好、つまり俺に揉んでほしいってことだな!?」 「それは絶対違うと思う」 「えー。でもあんなの見せられたら、もう手出すしかないだろ。しかも年上だぜ、俺に対するご褒美以外の何だってんだよ」 少なくともシーナのためではないが、わざわざ指摘するのも疲れる。というか、会話しているだけで自分の頭も悪くなっていく気がする。 「んで、結局お前はあの二人としたのかよ?」 「……そこはご想像にお任せします」 「つまりしたのか! したんだな!?」 「ノーコメントで」 「くぅー、何だよ勝ち組の余裕ってやつか!? お前には所詮独り身がお似合いだってことか!? 世の中やっぱ不公平だな、本当!」 「いやいやいやいや」 勝手にヒートアップし、今にも殴り掛かってきそうなほどの剣幕で両肩を掴まれた健一は、宥めるようにそっとシーナを押し戻した。 ソファに座らされ、テンションが微妙に落ちたのか、シーナが「ちっと熱くなっちまったな」と謝り、少しばかり間が空く。 「……あのさ」 「あにさ」 「シーナは……その、女の子が好きなの?」 ここまでずっと、健一はそれを訊きたかった。 シーナは、窪塚日奈だ。当人の主張がどうであれ、その事実が変わらない以上、性別は女性以外に有り得ない。 なら、普通は男を好きになるものだろう。 「そりゃ当然だろ、本当。男が男を好きになったらホモだぜ。まあ、俺は同性愛にもそこそこ理解あるつもりだし、お前がそうでも他言はしないけどな」 しかし、それは。 普通の人間の話だ。 健一は知っているはずだった。 十三階の住人達、おそらくは全員に共通する事柄を。 (……僕らはみんな、普通じゃない) シーナ――日奈がそうではないと、何故言えるのか。 だから健一は、口にしかけた言葉を飲み込んだ。 封じた問いに対する答えを、後に健一は得ることになる。 やがて訪れる、その日に。 「じゃあ、やってるところを俺にも見せてくれよ。ちゃんと隅っこで大人しくしてるからさ、本当」 「仮にそうなってもシーナには絶対教えないかな……」 ちなみにエロトークは夕方まで続いた。 back|index|next |