楽しい時間というのは、得てして過ぎるのが早く感じるものだ。
気づけば二日目も正午近く。そろそろ出発しなければ、帰りは夜になってしまう。
チェックアウトを済ませ、駐車場に停めてあったワゴンに乗り込めば一泊二日の旅行も後は帰路を残すのみとなる。

「みんな、忘れ物はないかー?」

荷物の中身をもう一度確認。
もし部屋に忘れているのならまだ間に合う。
ヒカルやまりりん辺りが少し怪しいところだが、どうやら大丈夫そうだった。
ワゴンの後部に全部放り込み、全員が乗ったのを確かめてからエンジンを掛ける。
そして、

「さ、行くぞ」

アクセルを踏んだ。
車体はゆっくり、次第に速度を上げて動き出し、駐車場を離れ、旅館の姿が遠ざかっていく。
ちらっと隣を見ると、壮絶なじゃんけんバトルの末に助手席を勝ち取ったヒカルが名残惜しそうに振り返っていた。

「先生…………」
「どうした?」
「また……またみんなで、来たいです」
「……そっか。じゃあ、来年にでも行くか」
――― はい!」

今日が終わってしまっても、明日がなくなるわけじゃない。
楽しい時間が終わってしまっても、楽しいこと自体がなくなるわけでもない。
たぶん、そういうものなんだろう。


本当に…………また来れれば、いいと思う。




高速で、軽い渋滞に捕まった。
さほど長くはないらしいが、この調子だと帰りは六時過ぎになる。
冬は陽が落ちるのが早いから、向こうに着いた頃には夕方を通り越して夜になっているはずだ。

亀のような進み具合に少しいらつきを感じながら後部座席の様子を見る。
みんな、疲れが溜まっていたのかぐっすりと眠っていた。
少しラジオでも掛けようかと思っていたが、音で起こしたくはないので静かにすることにした。

「………………あの、ひさとさん」
「あれ、シスター、起こしちゃったか?」
「いえ……ふと、目が覚めて」
「そっか。見ての通り、今渋滞でさ。全然進まないんだ」

苦笑してみせる。
それを自分が責められたように感じたのか、

「ごめんなさい、わたくし、お邪魔でしたか……?」
「そんなことないって。暇してたから、気が紛れて嬉しい」
「そうですか…………よかった」
「眠いならまだ寝てていいよ。渋滞抜けるまでそれなりに掛かりそうだし」
「あ、いえ、えっと……もう少し、お話ししてもいいでしょうか」
「勿論」

周囲にはびっしりと車が並び、その全てがどこかへ向かっている。
閉じられた窓のほんの僅かな隙間から、冬の寒さが入り込んできて、車内の温度を下げていく。

「そういえばシスター、車酔い、平気なのか?」
「え、あ、はい……今日は、へいきです……」
「気持ち悪くなったらすぐ言ってくれ。まぁ、エチケット袋差し出すくらいしかできないんだが」
「あ、あの、ひ、ひさとさん…………?」

か細く、弱く、どこか後ろめたさを含んだ声。
振り向くと、シスターは俯いていた。

「わたくし、その……いっしょに来て、よかったんでしょうか……」
「……どういう意味?」
「お邪魔では、なかったでしょうか……」
「…………シスターは心配性だなぁ」
「え?」
「そんなはずない。シスターがいて、楽しかったし嬉しかった」
「…………あ、あわわ」
「だから、そんな心配しなくていいって」
「は、はぃ……。あ、あと、あの…………」
「なに?」
―――――― 連れてってくださって、ありがとうございました」
「…………どういたしまして」

感謝の言葉と共に、シスターは微笑んで。
それきり会話は途切れてしまったけれど、俺の心中はとても穏やかになっていた。

「お、渋滞が流れ始めた」

景色が動き出す。
長い長い高速を抜けるために、また少しずつ、俺達を乗せたワゴンは走っていく。


とりあえず帰ったら、次はどこに行こうか考えよう。
どんな場所でも、きっとみんなと一緒なら楽しいから。


俺のドタバタ続きな人生は、まだまだ終わらなさそうになかった。



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