※Festa'Sinners'2007 「LOVERS」に出した『魚の脳を持つ男』を先に読んだ方がいいかもしれません ※かなり勢い任せで訳のわからない話になってますがご了承ください 「なあソウルブラザー北川」 「どうしたソウルブラザー相沢」 「最近ますますマンネリ化が進んできてると思わないか?」 「そうだな。台詞も使い回してるくらいだし」 「だろ。そこで俺は考えたわけだ。俺達二人が親友であることは周知の事実だが、胸を張って互いに親友と名乗るには、足りてないものがあるんじゃないかと」 「奇遇だな相沢、実はオレも同じようなことを考えてた」 「それでこそ北川だ。じゃあこれから俺達は何をすべきか、言わずともわかってるよな」 「当然だっての。何年付き合ってると思ってる」 「……まだ年単位でないことは確かね」 三年に進級し、始業式の日を過ぎてしばらく。 北国にも夏の兆しが訪れ始めてきた頃の、放課後のことだった。 周囲のクラスメイト(面子はほとんど二年時と変わりない)がああまたいつも通りの馬鹿二人かとスルーしつつもさり気なく聞き耳を立てる中、冷静な突っ込みを差し挟んだ香里が、鋭い視線をめぐらせる。 こんな時期に面倒起こすんじゃないわよ、という無言のプレッシャー。 殺気に当てられ若干腰の引けた二人だったが、姿勢をすぐに戻して会話を再開した。 「えー……俺とお前はこれまで、数々の戦いを繰り広げてきた。しかし、まだ実行していないことがひとつだけある。友情を完全なものとするためには不可欠な儀式だ」 「そいつを経て初めて、オレ達は本当の意味で親友になれる。友人と親友の境目、二人の男が真に分かり合うことのできる、正に漢の戦い。即ち――」 「「川原で陽が暮れるまで殴り合う!」」 最後の発言は無駄にオーバーな身振り付きで、腰の動きから呼吸のひとつに至るまで、完全なシンクロを見せていた。 正直相当うざい。 ビシバシグッグッ、と両手を突き合わせた二人は、さらに冷たさを増した香里の眼差しから目を逸らしつつ、 「そうと決まればまずは手頃な川原探しだな」 「極力徒歩で行ける距離のところを選びたいが」 「あとは日取りだ」 「いつにする? オレは休日より平日を推したい」 「その心は?」 「学校帰りの方が如何にも青春の一ページっぽいじゃん」 「よし採用。ナイス提案だ、北川君」 「ははーっ、有り難き采配にござりまする」 「では実行日は平日ということで……今日火曜だし、明後日でいいか」 「賛成ー」 あまりにも適当に、かつトントン拍子に確定していく予定を聞いて、ノリの良いクラスメイト達はにわかにざわつき始めた。 前回賭け金を全額持ち逃げしようとして袋叩きにあった男子生徒(斉藤)が懲りずに胴元を名乗り出た瞬間、その両脇を押さえた別の男子生徒の指示により査問委員会が発足。斉藤には厳重な監視体制が敷かれ、鉄の規律を以って教室に残っていた全員が情報の外部流出をさせないことを誓った。 生徒会辺りにバレたら、冗談抜きで笑えない事態になりかねない。 殴り合いでどちらが最後まで立っているか、という条件でオッズが組まれ、相沢派と北川派が綺麗に分かれた。『相打ちでダブルノックダウン』に賭けた人間もいたにはいたが、やはり全体から見れば少数派だった。 その間にも馬鹿二人は着々と計画を進めていたが、絶対零度の視線を維持していた香里が大きな溜め息を落とし、席から立ち上がり二人の間に割り込む。 反射的にズズズと椅子ごと馬鹿どもが下がった。 「な、何だ香里。言っておくが、俺らは決して暴力には屈しないぞ。そんな前時代的なコミュニケーションに頼るつもりはないんだ。そうだろ、北川」 「ああ、その通りだ相沢。あくまで話し合い、正当な手順に乗っ取った交渉で解決することをオレ達は望んでいる」 「…………ねえ名雪、私今物凄い勢いでストレスゲージが上がってるんだけど、手頃な場所にサンドバッグが二つあるのよね。どうしたらいいと思う?」 「んー、試しに使ってみたらいいんじゃないかな」 さらに彼我の距離が遠ざかった。 「ガンジー、ガンジー!」などと連呼しながら肩を震わせ非暴力を訴える二人に、握った拳を解いた香里は、北川の机を指でとんとん、と叩き、それからおもむろに外へと目を向けた。 釣られて名雪を含めた三人がそちらを見る。 「知らないみたいだから言っておくけど」 「ん?」 「この街に川原なんてないわよ」 室内の時が止まった。 馬鹿コンビが「マジで?」と互いに顔を見合わせ、背景では全ての責任を被せられた斉藤がクラスメイトの円陣に囲まれじりじりと包囲を狭められる。助けてという切実な訴えの声は誰もが軽やかに無視。名雪がマイペースに欠伸をするそばで、それ以上の反応が返ってこないことを確認した香里が席を立った。 これで話は終わり、と言わんばかりの表情。 「というかあなた達受験生でしょ。アホなことやってないで大人しく家で勉強でもしてなさいよ」 「だがそれにはノゥと言うぐふ!」 「ああ、反射的に手が動いちゃったわ。ごめんなさい」 「相沢っ! 傷は浅いぞぉ!」 「き、北川……俺の代わりに、香里を、たの……む……」 「あいざわああああああああああああああああああああべしっ!」 「うるさいわね。殴ったわよ」 「お前何かちょっとキャラ違わないか……?」 「大丈夫よ、顔に痣は残さないから」 ショートコントをあっさり止められた二人が、額に脂汗を滲ませて香里を見上げる。 凄まじい圧力に膝を付いたまま平伏したくなったが、漢のプライドがそれを許さなかった。両手で微妙に顔と腹を庇いつつ、生まれたての子鹿のような足をぷるぷる震わせながら椅子に座り直る。 「確かにもうすぐ夏休みだ、受験生にとっては大事な時期というのもちゃんと理解してる。しかし、漢には、そう、漢には譲れない時がある!」 「香里……お前の目にはきっとアホらしく映るんだろう。それを否定はしない。馬鹿な野郎だと笑ってくれたって構わない。けれど、それでもオレ達は戦うぜ! 理不尽な現実に立ち向かうことの正しさを証明してみせる!」 「おおっ、相沢達が何かよくわからないけどすごくいいこと言ってる気がする!」 「ええ、何かよくわからないけど応援したくなるわ!」 「二人とも中間の成績あんまり奮わなくて現実逃避してるだけなんだけどねー」 名雪の抉り込むような一撃には辛うじて耐えた。 何かよくわからないまま「あっいざわ! きったがわ!」コールを始めたクラスメイト達の様子に、いい加減香里は全部見なかったことにしたくなったが、放っておけばさらに厄介な事態になりかねない。 ひとまず机をかち割らない程度の威力で叩くと、一瞬で場が静かになった。 よし、と頷き、改めて香里は二人と向き合う。 「さっきも言った通り、この街に川原なんてないわ。遠出すればあるでしょうけど、それじゃああなた達の言う学校帰りって条件は満たせないんじゃない?」 「……いや、香里、逆転の発想だ。こう考えるんだ、なければあるってことにすればいいと」 「は?」 「つまり、ぶっちゃけ本編じゃあるともないとも言われてないから、とりあえずあるってことにしちゃっても問題ないじゃんと」 「………………」 言葉を失った香里の後ろで、クラスメイト達が「メタった……」「ああ、メタったな……」「これは禁じ手だよね……」と呟く。 もう色々疲れてドヤ顔の二人を殴り飛ばすのも面倒になったので、机に突っ伏してうとうとしていた名雪を揺り起こし、全部見なかったことにして帰宅した。 一応帰って調べてみたら、いつの間にか学校から徒歩四十分弱のところに川原ができていた。 香里はその日不貞寝を決め込んだ。 相沢祐一、北川潤の両名共に、決して戦い慣れをしているとは言い難い。じゃれ合いレベルの喧嘩なら幾度かしてはいるものの、マジ殴りの経験はほとんどなかった。勿論(主に香里に)一方的にボコされることを喧嘩とは言わない。 たった一日という短い準備期間の中で、二人は昼夜を問わない自己研鑽に励んだ。登校時より重りを付けて走り、授業中も構わず各種筋トレメニューを消化した。当然教室からは追い出された。 昼は栄養バランスについてしっかり考えた気になりながら適当な購買のパンを食し、午後も鍛錬は欠かさない。教師に怒られるのも欠かさない。怒られている最中にもスクワットを止めず説教が三十分延びても諦めない。 放課後には帰宅部という名目を最大限に活かし、ゲームセンターで反射神経を鍛える訓練に明け暮れた。ついでに財布の中身が軽くなった。 夜の時点で肉体的な疲労が半端なかったので、お互い示し合わせたわけではないが、就寝時間は同じくらい早かった。名雪もびっくりのぐっすり具合だった。 そして。 翌日、天候は見事な晴れ空。 神が二人の戦いを祝福しているようでさえあった。 運命の時間を迎えるまで、教室内はさながら凪いだ海の様相を呈し、木曜授業担当の教師は、一様に大人しいクラスに安心する者と、嵐の前の静けさだと不気味がる者に二分した。昼休みの簡易職員会議で議題に上がるほどだったが、最終的には美坂が何とかしてくれるだろうという過剰な信頼の下、静観することが人知れず決まった。 ――静寂の均衡が崩れたのは、やはり放課後。 ホームルームの直前、担任の石橋が教室へ来るより早く、相沢北川コンビが全く同時に立ち上がった。 足並みを揃え、真剣な面持ちで退室。その後を他のクラスメイトが無言で追い、ざっざっざっ、と軍隊の如き行列が真っ直ぐ校門を目指していく。 「……美坂、他の奴らはどうした」 「川原に行きました」 「………………川原?」 「はい、川原です」 石橋のホームルームは十秒で終わった。 香里はそのまま引き続いて三十分近い愚痴に付き合った。 橋から川を下るようにして約四十分、土手と芝生と広い川原のある場所に一同は辿り着いた。 メインの二人が準備運動を始める傍ら、興味本位と賭けの結果確認のために付いてきたクラスメイト達は、思い思いに芝生へと腰を下ろす。 「見た感じ、どっちも本調子っぽいな」 「今の状況じゃ勝ちの予想は難しそうだぜ」 「頼むぞ明日の昼飯代……!」 「おいおいその程度で祈ってんじゃねえよ。俺なんて一週間分の昼飯代懸かってるんだぞ」 「甘いわ、私は二週間分よ」 「随分大きく出たね……」 「いや待て、あそこに財布丸ごと賭けた奴がいる」 「美坂……美坂に全額……! ククク……狂気の沙汰ほど面白い……!」 「めっちゃキャラ変わってんぞお前」 「前回の大穴、水瀬さんは今回普通に観客だからなあ」 「祐一がんばれー、北川くんも適当にがんばれー」 「応援の温度差があからさまだ……」 やいのやいのと騒ぐ数十人を尻目に、ストレッチを終えた二人が姿勢を正し、手の届く距離まで近付いて、握った拳を突き合わせた。 がつん、と鈍い音が響く。 「行くぜ相棒」 「来いよ相棒」 ニヒルっぽさを演出しようとして中途半端にうざくなった笑みを浮かべ、それから揃って腰に提げていたボクシンググローブらしき何かを装着した。 何か。 ボクシンググローブにしては妙に肉厚だった。 「さっき水瀬から受け取ってたみたいだけど、何だあれ」 「水瀬さんお手製らしいよ。綿詰めまくってあんまり殴っても痛くないようになってるんだって」 「しかも噂ではインパクトの瞬間猫の鳴き声がするとか」 「誰得だよその機能」 「まあ水瀬得だよなあ」 「それよりみんな、始まるよ」 数歩分の間合いを取った二人が、構える。 落ち着きのないクラスメイト達も、その瞬間だけはぴたりと口を閉ざした。 時刻は五時前。 この時期ではあと一時間半はある日暮れまでの、長い戦いの火蓋が切って落とされた。 「あいざわあああああああああああっ!」 「きたがわあああああああああああっ!」 飛び出したタイミングが同じなら、拳が当たるタイミングもまた同時。まるで示し合わせたかのように両者の腕が交差し、赤と青のグローブが互いの頬にめり込んだ。『にゃーん』という気の抜ける猫の電子鳴き声が周囲を微妙に和ませる最中、再び両者の拳が閃く。 「すげえ、クロスカウンターの連続だ!」『にゃーん』 「というかさっきからクロスカウンターしかしてないぞあいつら」『にゃーん』 「完全に呼吸が一致してないと成し得ない業だな……」『にゃーん』 「でも、喧嘩してるはずのに全然痛そうに見えないね」『にゃーん』 「間違いなくこの鳴き声の所為だろうけどな」『にゃーん』 右拳が頬を捉えた『にゃーん』かと思いきや、左手ががら空きな脇腹を狙い打つ『にゃーん』。浮いた顎への一撃は上半身を後ろに反らせて回避し、腰の捻りを加えた大振りがガードを弾いて肋骨に刺さる『にゃーん』。 「くっ、やるな北川!」 「そっちこそ、いい加減バテろよ相沢!」 「まだまだぁっ!」 「こなくそっ!」 一時間を経過しても、戦いは熾烈を極めていた。 互いに疲れが見えていたが、それを気合で補う。最早足は動かさず、完全なインファイトになっている。 殴り、のけぞり、姿勢を戻し、また殴る。 この期に及んでもクロスカウンターを成立させている辺り、見上げた芸人根性だった。 「猫の鳴き声が耳について離れない……。明日まで頭の中で響きそうだ……」 「あ、見て。本物の猫がいっぱい集まってきてる」 「グローブの音声に釣られて来たのか」 「やった、ねこさんっ!」 「水瀬が猫の集団に突っ込んだぞ!」 「そして見事に逃げられた!」 「うー、ねこさん、怖くないからこっちおいでよー」 「あれに捕まったら死ぬまで頬ずりされそうだな……」 そろそろ飽きてきた観客が課題を広げたり明日の予習をし始めたり読書に没頭したりするのにも構わず、馬鹿二人は無駄に叫びながらノーガードで殴り合っていた。 いくら衝撃吸収機能付きのグローブと言えど、何十度、何百度と拳をもらえば、ダメージも蓄積する。 徐々に陽は西へと沈み、空の色も赤く染まった頃、ほぼ満身創痍の二人が最後とばかりに腕を振りかぶった。 「これで、」 「ラストだ……っ!」 互いの左頬に吸い込まれていくように、握った拳が突き出されていく。 誰もが勝負の終わりを予感した。 仲良くばたりと背中から倒れ、立ち上がれないほどに披露しながらも「はぁ、はぁ、やるな……」「はぁ、はぁ、お前もな……」という泥臭い言葉が交わされる光景を幻視した。 ――瞬間、風が二人の真中に駆ける。 踊るような足取りで踏み込んだ人影――他ならぬ美坂香里が、最小限のアクションで馬鹿を同時に宙へ打ち上げた。 「あ、あれはまさか!?」 「知っているのか雷電!」 「上半身をウェービングさせ、∞の軌道を描くことにより間断ない左右からの連撃を与える攻防一体の技術――即ち、デンプシーロール!」 「いや、デンプシーじゃああはならんだろ。何か一発目からすげえ高く上がってるし、ボクシングっつーか格ゲーの地上浮かせコンみたいになってるぞ」 「人間ってあんな風にお手玉みたいになるんだね……」 16×2HITでコンボは終わった。 顔だけを器用に腫らした二人がボロ布のように倒れ果てたところで、拍手が巻き起こる。 「みっさっか! みっさっか!」コールをうんざりした表情で聞きながら、香里は未だうつ伏せ状態で動かない二人を足蹴にして川縁まで転がした。 「百花屋で一回分奢りね」 「「……イエス、サー」」 「じゃあ名雪、この馬鹿は置いて帰りましょ」 「うん、そうしよっか」 「俺達も帰るかー」 「まさかの美坂さん一人勝ちだったね」 「ククク、予想通り……! これだからギャンブルはやめられない……!」 「お前冗談抜きで凄まじい強運だな……」 「明日はみんなに昼食ごちそうしてくれるって私信じてる!」 「私も私も!」 地平線の先で、夕陽が落ちる。 橙から紫へのグラデーションが彩る世界に、制服姿の集団の楽しげな話し声が響き渡った。 「はぁ、はぁ、や、やるな……」 「はぁ、はぁ、お、お前もな……」 「……戦いって、むなしいだけだな」 「……同感」 「また財布の中身が軽くなる……」 「今月乗り切れるかな……」 「「……ま、いっか」」 その夜、暗い川原を叫びながら疾走する不審人物の目撃証言が相次いだ。 遠目で見た二つの横顔は、それはもう晴れやかでボコボコだったという。 あとがき ・後の百花屋での光景 , へヘ、__/ /. \ // \/ / \ // / \V /`ヽ ハ / / / // ̄ ̄ ̄ ̄ ̄` >、 / / / // / \ / j j // / //ト、l l l l ハ l | | | / // l! l ト、 l | l l l | | | |イ千下/ l レ V オ卞、l ! | | | | |/l/|_ノ V |人 l l / | | | | _ _ }_/| | | | | ィ´ ̄` , ´ ̄`xl | | | | | ー‐ j l | | \ l ト、 イ | イチゴサンデー | \! | >、_ < l l / 倍プッシュで | ll \.| r┴─ー千┴┐ l l/| | ll ll ├─‐ ┐| rー┤ |/ l! ___ | _,斗──‐ァ┴─‐ ┼片‐┴─‐、─ト、 // /| _K_ / _ | | _ \ ハ// / | _/ / / ̄l7 / / .|_| \ >' / / | . 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