働けど、楽にならざりじっと手を見る。 そんな文句を考えながら俺は相変わらず酒場でセレニアの世話になっていた。具体的には飯を。 「すまんな、セレ。タダでもらっちまって」 「勿論ツケですよ?」 にっこり。 どこか恐ろしさを感じる微笑に当てられ、その先を言えなくなる。 作戦その百二十七は失敗のようだ。俺がツケを払わなくてもいいようになるにはまだ遠い。 負け犬の溜め息を吐いて食料に再び集中する。と、客の他愛ない会話の一部を俺のアンテナが拾った。 「おう、聞いたか?」 「何をだよ。いつもおめえの話は前置きが駄目だなおい」 「うるせえよ馬鹿。……じゃなくて、何でも街の外で魔法石が大量に発掘されたらしいぜ」 「そうか。でも正直俺らには全く関係のねえ話だよな」 「正直過ぎるよてめえは。だがまあ、それで俺らの腹が膨れるわけじゃねえしなぁ」 「違えねえ」 ……魔法石か。 思い出すのはフィアナのこと。彼女は魔法石の魔力を媒介に、千年前と現代を行き来した。 しかし現代では魔法石は希少となり、あの時も、なけなしのそれを使ってフィアナは向こうに行ったのだ。 だが、希少なはずの魔法石が見つかった。それも山ほど。 つまり―――― 「……ま、今の俺には関係のないこと、か」 呟き、空の皿をセレに任せて帰る。 去り際、満腹の俺の背中に声が掛かった。 「全部とは言いませんから、明後日辺りまでに一ヶ月分は払ってくださいねー」 結果、給料の前借りをしないといかんかな、と慌てて走ることになるのだった。 ……ていうか、懲りろよ俺。 夜、何故か途中で鉢合わせて付いてきていつも通り家に入るなり夕食を作り始めたレアがふと漏らした。 魔法石の話。そう、昼頃酒場で耳にしたあの話だ。 内容は先に聞いたのとほとんど同じだが、別に気になったのは、それを語るレアの声だった。 懐かしむような……そして、寂しそうな色をした、声。 「……あ、あのね、お兄ちゃん」 「どうした?」 「こんなこと言うの、変かもしれないけど……わんちゃんに、会えないかなぁ……って」 「…………ああ、そっか。そうだよな」 「え? や、やっぱりわたし、変なこと言っちゃったかな」 「いや、違う。何ていうか……そうじゃなくてな。お前もなんだな、って」 「それって……」 「俺もその話を聞いた時、あいつのこととか、考えた」 あの犬っころが聖竜様なんだとしても、そんなことは関係ない。 俺達にとって、いなくなっても、別れても、離れ離れになっても、二度と会えないとしても。 ずっとあいつはワン公で、レアにとっては大切な友達、わんちゃんなのだ。 もし、もう一度会えるのなら、会うことができるのなら、そうしたいと願うだろう。 可能性が目の前にあれば、それは叶う夢だ。やればできること、なのだ。 「……よし。会いに行くか」 「え? ……ええええ!? 本当に!? できるの、お兄ちゃん!?」 「できなくもないこともないような気がしないでもない」 「微妙だよぅ……」 「人選を間違えなければ、だが。さて、どうしたもんか」 「そこで私、ですよ」 「のわっ! セ、セレ!」 いつからいたのか、背後に私服姿のセレが立っていた。 その笑顔は普段のよりも深く、例えるなら打算と悪戯心と企みを足して三で割って砂糖とミルクを混ぜた感じ。 おそらくさっきまでの話はしっかり聞かれていたはず。そこはかとない不安を俺は心中に抱く。 「絶対に協力が必要なのはフィアちゃんですね。メティスさんには魔法石を調達するのに協力してもらうだけにしましょう」 「あ、ああ」 「なるべく計画は悟られないように。大人数だとその分大変になりますしね。私達とフィアちゃんを含めた四人で決行ということで」 立案者の俺とレアを尻目にどんどん緻密に組み上がっていく作戦。 あれよあれよという間に細かい予定表が作られ、失敗時の次善策まで用意される始末。 そうして、これまた知らないうちに完成していた夕食を三人で囲みつつ、静かに作戦は幕を開けた。 そのいち、フィアナ確保。 これはさして難しい話ではなかった。 今も『Oasis』に住み込みで働いているので、セレが何気なく誘い、連れ出し、三人で言葉責め。 「頼む!」 「お願いー!」 「で、でも……」 「フィアちゃん、ちょっと耳貸して。ごにょごにょ……」 「…………や、やります! やらせていただきます!」 「セレ、いったい何を言ったんだ……」 無事にフィアナを巻き込み、四人揃って改めて会議。 何故かパンニャも一緒に付いてきてたが適当にスルーして纏める。 必要なのは魔法石だ。それもなるべく量はあった方がいい。 向こうで回収できるだろうが、念には念を、ということだ。 しかしそのためには城に保管されているだろうそれらを許可を得て回収する必要がある。 だから、まずは王様への交渉。失敗した場合の次手がメティスを通しての進言。このふたつは俺にしかできない。 両方とも駄目だった時はどうするか。それに関しては、先日セレとレアに心当たりを話しておいたので心配はしていない。 問題は『アレ』を取ってこれるかどうかという一点にあるんだが。 とりあえずフィアナは事が済むまで待機。(主に)俺が頑張って任務遂行に尽力することとなった。 ……頑張れ俺。一人でも挫けるな。 そのに、魔法石取得。 「ということで、魔法石が欲しいんですが」 「無理に決まっとるだろう」 却下だった。即答だった。 即効で挫折し、とぼとぼ退室した俺は途方に暮れる。 この段階で上手くいけば万事丸く収まったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。 つまり、神は俺にメティスと会って話せと。……危険だ。なるべくなら避けたかった。 困ったことにあいつは王女としての自覚がいまいちないのか、事ある毎に問題に首を突っ込みたがる。 一度気づかれたらもう遅い。何が何でも一緒に付いてこようとするだろう。 俺がするべきは、そうならないよう注意しつつメティスに魔法石の確保を頼むことだ。 「はぁ…………」 あまりの面倒さに軽い頭痛を覚えながらも、お転婆王女を探しに行く。 現在、謁見室前廊下。とりあえず適当に歩けば見つかるだろうと来た道を戻ろうとして、 「あ、ロイじゃない。仕事どうしたのよ」 「………………」 「な、なに……っ? 何でいきなり肩を掴むの?」 いた。それも目の前に。 どんな用事があったのか、片手に布を被せたバスケットを持っている。 姫っぽい服に所帯染みた籠は似合わないというかアンバランスなのだが、本人は一向に気にしていない。 ていうか、料理含め家事の完璧な王女とはいかがであろうか。いいのかそれで。……じゃなくて。 「すまん、何も言わずに聞いてくれ」 「え? ええ?」 「陛下に魔法石をくれるよう頼んでくれないか?」 「………………はい?」 「一生のお願いだ!」 「……ロイ、一生のお願い、これで何度目?」 「忘れた」 白い目で見られた。 俺はわざとらしくそっぽを向き口笛を吹く。いやすまん実は吹けない。 「…………わかったわよ。でも、期待しないでね?」 「ああ。恩に着る」 「どうして必要なの……って、聞いちゃ駄目なのよね」 「悪い」 「もう、仕方ないなぁ……ちょっと待ってて」 すまん、と心の中で再び呟き、待機すること十五分弱。 つい眠くなりあくびをした瞬間、大口を開けた俺を帰ってきたメティスが呆れた視線で一瞥した。 「無理だって」 「やっぱりか……」 半ば予想できていたこととはいえ、こうはっきり選択肢が一個減ると、困る。 後は次の手に移るしかないが、さて、どうしたものだろうか。 手間掛けたな、と言い残し帰路に着く俺の背に、メティスは最後の一声を掛けた。 「上司命令ー! ロイ、今度私と一日付き合うように! すっぽかしたら今月の給料半減ねー!」 ……隠し事の代償は、どうやらかなり高かったようだ。 そのさん、もうひとつの手段。 さて、魔法石によるフィアナの時空転移が行えない以上、残る方法はあれしかない。 魔法石に関しては、実はあまり期待していなかった。発掘された量が以下に膨大だとしても、希少なことに変わりはないからだ。 となると、少々不便で手間も掛かるが、奴に頼るほかはあるまい。 夜、陽が沈む僅か前。 俺はネーヴル卿の屋敷に訪れていた。 移動は慎重に。もしミルがいて見つかった場合大変鬱陶しい(からかいたくなる)ので忍び足で門を通り過ぎる。 別に不法侵入するつもりはないので、気持ちとしては堂々だ。顔も知られているし変質者と間違われることもない。 無事玄関を抜け、ネーヴル卿の個室に向かう。今はちょうど仕事が一段落し、休憩中らしい。 迷わず辿り着きノックと共に入室。もうすっかり飲み仲間として懇意になった相手だ。無遠慮も行き過ぎなければ咎められなくなった。 迎え入れられた室内は相変わらず整理されていて、勧められた席は座り心地も良い。 まず、礼儀として突然の訪問に対する謝罪をし、本題に入る。 「すみませんが、ちょっとハッチャンを貸していただけますか?」 「ほう。私は別に構わないが……何に使うか、訊いてもいいのかね?」 「ええ、まぁ……ちょっとした実験です。知り合いがあいつに興味を示してまして。大事にならない程度に」 「……いいでしょう。期間はどの程度ですか?」 「数日貸してくだされば」 「わかりました。地下で眠っているので、持っていきなさい」 「ありがとうございます」 「ああ、そうだ。また新しいワインが手に入ったものでね。次の機会に、どうかね」 「勿論決まってます」 「そうか。……あと、いつものことだがミルさんをからかい過ぎないように。仕事が滞ると困るのでね」 「大丈夫ですよ。今日は会ってませんから」 「…………ほほう。珍しいこともあるものだね。明日は雨が降らなければ良いのだが」 「ひとこと多いですよネーヴル卿。……では、失礼します」 これでお膳立ては整う。もしここで断られていたら次手を考えていなかったので助かった、とは口が滑っても言えないが。 帰りにぐーすか寝こけているハッチャンを拾い上げ(文字通りだ)、脇に抱えて自宅まで運ぶ。 報告は明日でいいだろう。以前に、やるべきことがある。 両手の平で挟むように本を地面と水平になるよう持ち、立ち上がった俺は一秒未満の誤差もなく手を離す。 当然だが離せば本は宙に浮く。支えのないものは落下する。表紙部分を下に、重力に引かれて真っ直ぐ落ち、 「ぎゃっ! いったー! だ、旦那、何するんやねん! 顔がひりひりしますわ!」 「そこが顔だったのか……いや、んなことはどうでもいいから置いといて」 「置いとかんでえな!」 「うるさい黙れ。で、だな。ひとつ、頼みたいことがあるんだが―――― 」 人気のない場所として、選んだのは湖だった。 ミルが来る可能性も万が一にないこともなかったが、そんな低確率を心配しても仕方ない。 水面に移る月は真円。今宵は満月、最も魔力が満ちる日。 要は召喚魔法の応用である。 ハッチャンのそれは欠陥故に何も現れないが、代わりにゲートだけが残る。千年前の世界に繋がる道が。 時間も一瞬ではなく、途中でこけたりしなければ四人が通っても余りあるだろう。 加えて満月の日を選んだのは少しでも成功率を高くするため。やるからには万全を期すべきだ。 「みんな、準備はいいか?」 「はーい」 「大丈夫ですよ」 「こ、こっちもです」 「ほいじゃハッチャン、よろしく」 長ったらしい呪文は省略。詠唱が終わるのと同時、門が開く。 まず飛び込んだのはレアだった。えーい、という気の抜ける掛け声とは逆に、跳ねる足には躊躇がなかった。 続いてセレ。楽しそうに笑っていたのは錯覚じゃないだろう。そしてフィアナ。あの情緒不安定さがどうにも心配だ。 最後に、俺。ハッチャンにしばらく身を隠しといてくれと頼み、突入。 景色が暗転し、そして―――― next. |