「あなたにありったけの想いを」 〜前編〜



 クドリャフカは、暗闇の中を漂っていた。
 終わりの無い暗闇の中を………。
 それはとても優しい世界であり、悲しい世界であった………。
 それでもクドリャフカは漂っていた、たった一つの希望を胸に………。



 ―――時は一年前に遡る―――


(わふー、どきどきするのです!! これからどんな人たちと生活していくのでしょうか?)

 クドははじめて入る自分の教室の前でおたおたしていた。
 初めて日本の教室で授業を受けるだけあって何をすればいいのかわからず入るに入れなかったのである。

(どうすればいいんでしょうか? こういうときはやっぱり笑顔で挨拶ですよね!!
 おじい様も言ってました!! 挨拶は世界を救うのです!!)

 そう思い立ち、クドは小さな体をめいっぱい使って元気よくドアを開けた。

「はろ〜えぶりわ〜ん、マイネ〜ムいず能美クドリャフカです!! よろしくお願いします!!」
 
 そういってクドは、ブンッと大きく頭を下げお辞儀した。

「……………………………」

 一瞬教室は静まり返った、みんながこっちを見ている。

(失敗してしまいましたか!? わふ〜!! 大変です〜、どうすればいいのでしょう?)

 そう思いながらクドがあたふたしていると……。

「……ぷっ、ふふ、あははは!! わ〜っはははははは!!」

 突然クラス中が笑いに包まれた。そして何人かの女生徒がクドを取り囲む。

「あはは!! おかし〜い!! ねえあなた、なんて名前なの? もう一度教えて!!」
「能美、クドリャフカです…」

 クドはもじもじしながらそう答えた…。

「へ〜、クドリャフカって言うんだ〜、ねえクドリャフカ、これからはクドって呼んでいい?
 あなたみたいなおかしな子は私たち大歓迎よ!!」
「……、もちろんです!! 皆さんこれからよろしくお願いします!!」

 クドは満面の笑顔でそう答えた。クラスの自分を見る目も温かかった。
 クドは自分がクラスに受け入れられたことが何よりもうれしかった……。
 そうしてクドはクラスの人たちとの生活に溶け込んでいったのであった。



 ――――そして時が過ぎた――――



 クドは友達と慣れ親しんで、みんなもクドに変な遠慮をしなくなり、お互いに言いたいことを言える間柄になっていた。
 クドはその身長と、持ち前の愛くるしさのせいかクラスのマスコットとして可愛がられていた。
 そんな日々をクドは幸せだと感じていたが、ひとつだけ気になっていることがあった……。

「はは!! クドったら本当に変な子ね〜」
「もう、そんなに笑わせないでよ!! おかしな子!!」

 みんな自分の行動を見て笑うのだ、自分では一生懸命にやっていても……。
 しかし、クドが気になっていたのはその事ではなかった。
 みんなが笑ってくれるのはうれしい、だがそのあとに必ず「変な子」「おかしな子」という風に続くのだ。
 最初は気にしなかったクドも、段々気になってきて、少しずつ嫌な気持ちへと変わって言った…。

(みんな悪気はないのです…、皆さんはただ正直に自分の思ったことを言ってるだけなのです……)

 そうクドも考えなるだけ気にしないようにがんばってきたが。ある日事件は起こった……。

「はい、じゃあここを能美さん!! 読んで下さい」
「わふっ!! はいっわかりました」

 それは英語の授業のときだった。

「え〜と、えと〜 いといず ぜあ〜 びこーず、しい はず あ ふぃ、ふぃ〜りんぐおぶ
 あの〜 すとれんじゃー、じゃなくて ぷれじゃーです!!
 それでえ〜と……」

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

 「はい、そこまで。 ……能美さん? もう少し頑張りましょうね?」

 そういって、担任は出て行った。

(わふ〜、今日もだめでした〜。なんで勉強してるのに上手くいかないんでしょう?)

 クドは落ち込みながら教科書を片そうとしたときだった…

「なんで、先生クドに当てるのかしら?」
「クドにあたると授業が進まないんだよな〜」

 そうどこからともなく聞こえてきた。

(悪気はないんです、みんな悪気は……)
 
 そう考え、教科書を入れ終わったとき…

「それにしても、あべこべだよね〜クドって、あはは!! ゆがんだ歯車みたい!!」

(!!……)

 それを聞いたとき、クドは思わず教室を飛び出していた。
 
 ゆがんだ歯車……………。

 そう言われたとき、クドはなぜか自分でも信じられないようなショックを受けた。
 もう何も考えられなくなって必死に廊下を走った。

 (何でしょう、この気持ち、こんな気持ちにはなったこと無いのに……)

  たったったったっ………。

 走りに走って、曲がり角を曲がった時だった。




「わぷっ!!」
「うわっ!!」

 どんっ!!

 クドは誰かとぶつかり転んでしまった。

「すふぃふぁせん」
 
 すぐに謝ろうとしたが、急いでいたので変な言葉になってしまった。

(また笑われてしまいます…、変な子とおもわれてしまいます……。)

 そう思いとっさに身構えたのだが帰ってきたのは違う言葉だった。

「ごめん!! 僕がちゃんと前を見てればよかったんだけど、大丈夫?」
 
 そういいながら、すっと手を差し伸べてくれたのだ。
 ぶつかった人に手を貸す……。
 ただそれだけのことなのにクドはとてもうれしかった。

(こんな私でも、馬鹿にしないで真剣に接してくれる人がいました)

 そう思いながら手をつかむと優しく引き上げてくれた。

「あ、ありがとうございます!!」
「いや、こちらこそ…それより大丈夫? 怪我とかはしてない?」
「はっ、はい!! 大丈夫です!!」
「よかった、本当によかったよ」

 そういって笑った顔が、クドにはとてもまぶしく感じられた…。

「えと、それで、名前はなんていうの?」
「あ、能美クドリャフカといいます」
「能美さんか、僕は直枝理樹。……それで、そんなに急いで何かあったの?」
 
 そう優しく聞いてきてくれてつい、心のうちをぶつけたくなってしまったが、
 ぐっっとこらえて笑いながらこういった。

「いえ、何でもありませんよ!! ただ…、ジュースを買いに行こうと思ってたのです!!」
「そうなんだ、じつは僕もそうなんだ。一緒に行こうか!?」
「はい! そうしましょう!!」
 
 クドは、断る理由もなかったので一緒に行くことにした。
 
「能美さんはどこの国出身なの?」
「出身ですか? そうですね〜、ここから凄く遠い暖かい国ですよ、きっと名前は聞いてもわからないと思います」
「へ〜、それにしては日本語上手だね」
「みんなからよく言われます」

 そんな他愛もない話をしていると、自動販売機の前にでた。

「能美さんからどうぞ」
「いえ、直枝さんから」

 しばらく譲り合いが続いたが、やがて、

「じゃあ僕から買うね」
 
  ピッ ガタンッ
 
「能美さんはどれにするの?」
「私は、緑茶にしようと思います!! ……おかしいですよね、こんな姿なのに緑茶が好きだったり日本語が上手だったり…
 でも、私英語は苦手なんですよ。ホントにあべこべですよね……」

 クドはつい自分の思いを伝えてしまう。……でも、

  ピッ ガタンッ

「はい、能美さんのだよ」
「え、そんなの悪いのです……」
「ううん、これはぶつかっちゃったお詫び。
 それとね、そんなの気にしなくていいと思うよ、
 能美さんは能美さんなんだから…、緑茶が好きでも、日本語が上手で英語が出来なくても、
 それは個性なんだから気にする必要はないよ。
 それに……、僕はきれいだと思うな、その髪……」

 それを聞いたとき、クドは今まで自分の中でくすぶっていた嫌な気持ちがなくなっていったのを感じた…。

「はは、急にこんなこと言われても困るよね…」
「そんなことないです!!」

 つい、大声を出してしまう。

「直枝さんの、言葉とってもうれしかったです!!
 そんな風に言ってくれるなんて、ありがとうございます!!」
「そこまで感謝されることでもないと思うけど……ああ、もう時間だ、急がないと。じゃあまた、能美さん」
 
 そういうと恥ずかしいのか早足で校舎へと帰っていってしまう。
 それを見てクドは、満面の笑みで、

「直枝さーん!! 私のことはクドって読んで下さい!!」
 
 と叫んだ。

「うん、じゃあまたねクド!!」
「はい、またなのです〜」

 クドは、いつまでも理樹の背中を見ていた……本当に幸せそうな笑顔で。

(自分は、自分のままでいいって言ってくれた……
 何でしょうこの気持ち、なんだかとってもあったかいのです)


 自分の中に芽生えたあったかい気持ち……。
 

 これがクドの淡い初恋の始まりだった……。



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