ぴぴぴ…ぴぴぴ…ぴぴぴ… 無機質な電子音を鳴らし、時計がいつもの様に朝の訪れを知らせる。 クドは虚ろな目で時計の針を見る。 時間はいつもと同じ6:30を指していた。 結局クドは昨夜から殆ど眠れずに居た。 ――この世界はもう終わる 恭介の言葉が心の中で何度も響いていた。 「リキ…」 外を見る。 雨は 騒がしいノイズのように クドを嘲笑するように 今だ降り続いていた それはとても幸せな夢 / 蒼泉市役所 後編 / ぷらしゃーいちー りゅびーむぃ もい クドは着替えが終わった後もしばらく部屋に居た。 結局、西園さんは部屋には帰ってこず、携帯も誰一人繋がることは無かった。 この世界がもう携帯の電波を飛ばすほどの力がなくなってしまったのか。…それとも。 ふとクドは思い出した。 そういえば皆さんずっとリキと一緒に居たことがある…と。 いつも男女わけ隔てなく過ごしてきたリトルバスターズだったのでこれといって気にはしていなかったが、もしやその時、自分と同じように夢を叶えて貰ったのではないかと。 クドはこの世界についていまいち認識が甘かった。 それ故クドは一時期自分の夢を忘れ、叶え方も知らず、長雨にも違和感のみで過ごしてこられたのだ。 …だがいってしまえばそれが普通なのである。 普通、虚構世界で世界を創りその中で日々を繰り返すなどと言うことは理解能力が追いつくものではない。 だからこそ、クドには終わりと言う漠然とした恐怖の認識は出来るものの、明確なことについてはほぼ知らずに居た。 だからこの世界が終わった後自分が一体どうなるかと言うことも…いや、それについては漠然と理解していた。 “魂が解放される” とても遠まわしな言い方だが、ここが殆ど死後の世界に近いものだと言うことを考えれば――本当に、最悪の結果が理解できる。 今日12時この臨死の世界から解放され、還るべき場所へと還るのだ。…つまりは、今日の12時に、私は今度こそ…。 かち…かち…かち…かち… 時計の音が段々大きく聞こえてくる。 あんなに無機質で抑揚の無かった時計の針の音が生々しく聞き取れる…そう、まるで、 …ひたり、ひたりと後ろから忍び寄る死神のように… 足音が近づいてくる。緊張で 激しく脈打つクドの全身。 乱れる吐息。耳鳴り。無機質に時を刻む針。 壊れた不協和音がひたすらにクドを苛んだ。死神がすぐそこまで近づいてきている。 クドはそんな想いに取り付かれ、逃げるようにして部屋を出た。 そして急にドアを開けて飛び出した結果、部屋のすぐ前を歩いていた誰かにぶつかってしまった。 互いに強くぶつかりあった為中々起き上がれないで居たが、ぶつかってしまったクドのほうが回復が早く、謝りながらまだ倒れている女性の所まで向かおうとした。その時クドは驚愕し絶句した。 そして涙を少し浮かべた満面の笑みで駆け寄った。 「ふえええ…痛いよう…」 「小毬さんっ!!」 駆け寄った速度を落とさないまま、クドは小毬に飛びついた。 「ほわあっ! くーちゃんどうしたの!?」 「よかった…もう居なくなってしまったんじゃないかと…」 驚く小毬を他所に、クドは震えた手で、震えた声で小毬に縋る様にしがみついていた。 昨夜から苛まれていた“孤独”や“惜別”という漠然とした恐怖から救われたように。 クドは良かった…恐かった…と、うわ言の様に反芻していた。 「…わたしはずっとここにいるよ?」 つい先程まで驚いて状況の掴めなかった小毬だったが、そんなクドを見て、小毬は、目の前で怯えるクドの頭を慰めるように優しく撫でた。 「はい…よかったです」 ぐすん、と鼻をならす。 クドの目尻にはまだ少しばかり涙が溜まっていたが、それでもクドの調子はいつもの物に戻っていた。 やはり今の今まですぐそこに居た人が急に居なくなってしまったというのは、恭介にこの世界の終わりを告げられたとき以上に恐怖し、不安にさせるものだった。だから、小毬が居たという事実はクドをとても安心させた。皆が消えたなんてとんだ勘違いだったことを知って。 …だが、クドは知らなかった。…本当の勘違いはその安心だったということを。 「そうだ小毬さん。西園さんを知りませんか? 昨日帰ってこなかったのでもしかしたら昨日そちらにいらっしゃいませんでしたか?」 「………」 小毬はばつが悪そうに顔を伏せる。クドはその姿を見て不審に思った。 「小毬さん? …あの」 「みんな帰っていったんだよ」 小毬は尚、顔を伏せたまま悲しそうに呟いた。 「帰るって…」 クドには小毬が言わんとしている事はすぐに理解できた…否、理解出来てしまった。 なぜなら、それは先程から何度も何度も頭の中で考えていたことだったからだ。 「…嘘…ですよね?」 クドは震えた声で訊ねる。…嘘であればいいと、本当に僅かながらの期待を寄せて。 それでも小毬はその淡い期待を裏切るように、小さく横に首を振った。 クドは絶句した。昨日あれだけ分かりきっていたことなのに、どうしてこうも絶望できるのだろうか? そのとき、ふとクドの胸に嫌な思いがよぎった。 「じゃあこの世界が終われば…私も帰っていくのですか?」 小毬は躊躇いがちに頷いた。 その瞬間、クドの白磁器の様な顔がさっと青白く染まった。 「…じゃあ…昨日まで一緒に居た皆さんは…?」 「………」 この問いに対しても、小毬は俯いたままだった。 クドは気付いてしまった。 その人の世界が終われば、その人の魂は還っていく。 だとすれば、理樹と一緒に過ごした人たちはその世界が終わった時点で既にもういないのだ。 では…つい昨日まで…一緒に居たあの仲間達はこの虚構世界が生み出した幻想なのだろうか? ふと思い出す、そういえば…小毬さんもリキと一緒に居たことがあったような…。 クドはまさかと思い小毬を見る。小毬はどこか悲しそうな笑顔を見せていた。 「わたしは大丈夫だよ…だってまだ“夢”が叶ってないから…」 「“夢”…ですか?」 既に叶えて貰ったのではなかったのだろうか? 「そうだよ…私の夢は鈴ちゃんと仲良くなることだったから」 それは一見何の変哲もない夢だった。 小毬は修学旅行の時点であまり鈴との友好関係を結べていなかった。 鈴はその当時まだ男性メンバー以外は人見知りが激しく殆ど喋れなかった。 その為女性陣とは関わりが少なかったのである。だから仲良くしたかった。 …しかし、その夢は寧ろ他の誰より一番早くに叶っていたのっでは無いだろうか? 「うん…でも仲良くなったから……鈴ちゃんの出発を最後まで見送ってあげないと、って思って…」 そう語る小毬の瞳には迷いが無かった。 本当に心のそこから、笑顔で送り出そうという気持ちで溢れていたのかもしれない。 「…今日が…最後の日なのです…今日で…私はお別れなのです…」 小毬は一つも驚いた表情を見せずにクドを慰めていた。 「じゃあ思い残さないようにいっぱい遊んでいかないとね」 小毬は沈みきった雰囲気を払うようにいつもの太陽のような可愛らしい笑顔でこちらを見ると、送り出すようにそっとクドの背中を押した。 「ホントは駄目なんだけど…遊んできなよ、ゆー」 小毬は口元に人差し指をたてて軽くウインクをした。 「…小毬さん」 クドは少し困惑していたが、すぐに決意したのか真っ直ぐに前を向いて女子寮の入り口へと走り出した。 「…小毬さん! いってきます!」 クドは大きく手を振ると、きっともう二度と会えないであろう小毬の笑顔に負けないくらいの精一杯の笑顔でいってきますと告げると、とたとたと子犬のように一目散に走っていった。 小毬も手を振り笑顔で見送った後、誰に言うでも無くぼそりと呟いた。 「くーちゃんもいなくなっちゃうんだ…さびしくなるよ…」 小毬は今だ開け放されたままのクドの部屋から見える鉛色の空模様を遠い目線で見つめていた。 今だ日の射さぬ鉛色の空の下、しとしとと変わらぬ調子で振り続ける雨を、クドは女子寮の入り口に置いていた自分の置き傘で防ぎながら男子寮の前で佇んでいた。 小毬に押され少し勢いで来た為か、少しばかり学食に行く時間には早すぎた。 その為、かれこれ10分以上待つのだが理樹はおろか誰一人人影と言うものを見つけることが出来なかった。 それでもクドは肌寒さの続く朝であるのにもにもかかわらず、マントの両端を合わせ、身体を包み込むようにし、時折手を擦り合わせ肌寒さを凌ぎつつ佇み続けていた。 そんな時、不意にクドの名前を呼ぶ声がした。 「クド?」 クドは慌てて振り返ると、そこには大好きな人の姿があった。 「リキ…」 クドは待ち焦がれた彼の所へとたとたと駆け寄った。 「どうしたの? クド、寒かったんじゃない?」 理樹はよってきたクドを心配そうに迎える。 それに対してクドは「大丈夫です」とふるふる首を横に振っていた。 それでも若干斜めに振っていた雨はクドの足元と背中を濡らしていたため、理樹は暖めようと部屋へ連れて行こうとしたが、クドはこれに対しても首を断るように横にふった。 「…でも」 「大丈夫です…それよりも…リキ」 クドは真剣な眼差しで理樹を見つめる。 理樹もこんな朝早くに、これだけ待って伝えることだから、これはただ事じゃないと、一言一句逃さぬように聞き耳をたてクドを見つめた。 「リキ…で、でーとしませんか?」 「…え?」 クドの言葉が理樹の意にそぐわなかったのか、間の抜けた声で聞き返した。 それに対してクドも少しもじもじとした動作で頬を朱に染めていた。 「で…でも今日学校だよね…?」 「リキっ…お願いします…」 クドはマントの裾をきゅっと握り締め、消え入りそうな声を出し、すがるような目で理樹を見つめた。 「今日だけ…今日だけでいいのです…」 涙交じりの声で訴えた。 「…仕方ないなぁ」 そんな彼女の姿に心を打たれたのか、状況が分からないままだったが、理樹はクドの気持ちに渋々と答えた。 ……… …… … 「…やっぱり…よかったのかなぁ?」 理樹はぼそりと呟く 平日 会社のサラリーマンや電車通学の学生で混雑する駅前。 通学時という朝早くにクドと一緒に市街に遊びに来ていた理樹は未だに渋っていた。 無理も無い。基本的に真面目な彼にとってこうも堂々と学校をサボタージュする経験など皆無に等しい。 それ故理樹はどうも落ち着かない気分になっていた。 「大丈夫なのです…小毬さんが上手くやってくれていますよ…きっと怒られませんから」 「…いやそういうことじゃなくて。…まぁいっか」 理樹とて男である。可愛い自分の恋人にここまで押されては了承せざるを得ない。 「…で、どこいこっか?」 「どこいきましょうかねぇ…?」 え? と困惑する理樹。 クドも勢いに任せてきた為何処をどう回ろう等と言う計画は練っていない。 「私は…今日一日、理樹とずっといっしょに居れさえすればそれでいいのです」 クドはそう言うと、濡れないように傘を寄せながら理樹の手を繋ぎ歩き始めた。 クドはこの終わりかけた世界の中、何か特別なことをするでもなく、ただ理樹と一緒に寄り添っていたかった。 はたからみれば別に学園にいても殆ど変わらないのだが、ほんの一秒でも長く寄り添っていられると思ったのがデートであった為、わざわざ理樹と学校をサボタージュして抜け出してきたのであった…。 大した行動力である。 しかし、こうしてただ歩き続けると言うのはクドにとってはそれでも幸せなのだが、理樹からしてみれば芸が無いのかもしれないと思い、クドはこれから先どうするかを考えることにした。 いつかの時はヴェルカやストレルカを交えて二人でフライングディスク、と“あめりかん”な遊びで楽しんだのだが、あいにく現在の空模様ではずぶ濡れ必至である。 かといってあの時と同じく学校を回るようではこうして出てきた意味がない。…というより出来るはずも無い。 今日一日回るだけの金銭はあるのだがそれの使い道がいっこうに思いつかなかった。 さてどうしたものかと悩んで適当な店を探して視線を彷徨わせていると、ちょうどクドの目線の位置にある、理樹の上着の胸ポケットに真新しい一枚の紙切れが入っていた。 「リキ、それはなんですか?」 「え? どれ? …あ、ほんとだ。なんだろうこれ」 理樹も見覚えの無かった紙だったらしく、その紙が何なのか知らないで居た。 理樹は胸ポケットから雨に濡れないように取り出すと半分に折られていた紙切れを開いた。 その正体はどうやら何かのメモだったらしく理樹は上から順に文字を目で追っていた。 最後まで読み終えると、理樹は少し困ったように微笑みながらクドの目線の位置までメモを下ろした。 そこにはおススメのデートスポットが書かれていた。…そう、紛れもない恭介の字で。 「…つくづく思うけど…すごいね、恭介は」 「…ほんとですね」 これはきっと、今日私達がこうなることを先読みして昨日の夜にでも入れておいたのだろう。 理樹がどの服を選ぶのかも、私が考えなく突っ走ってしまうことも…恭介さんは分かっていたのだ。 誰よりも仲間を知り、誰よりも仲間を思いやっていたのだ。 クドは思った。 結局、あの人は鬼にはなりきれなかった。 …そう…結局あの人は…いつまでも変わることなく…私達の…リトルバスターズのリーダーだったのだと。 「…いきましょう! リキ!」 クドは傘と恭介のメモを片手に持ち、理樹の手を握り締め颯爽と走り出した。 このあと訪れる悲しみも 全てを失う恐怖も 半日でいい…忘れよう 今は…ただ走り抜けよう ……… …… … 「随分遅くなっちゃったね…」 「…ですね」 二人が学園に戻ってきた時刻は既に9時を回っていた。 休日でもこれだけ遅く帰ってくれば教職員に呼び出されるだろう。…ましてや平日で授業のあった日など論外である。 理樹はクドを支えて先に校門を越えさせると、自分もおそるおそる乗り越えた。 この学校の門には監視カメラがついているが、それは誰かが画面に噛り付くように常駐して監視しているわけではなく乗り越えることに関してはさほどの苦労でも無かったが、問題は風紀委員会である。 彼等はクドの自慢の愛犬と共にこの時間帯に見回りを行っているのである。クド達も一度厄介になりかけたので、理樹は通常以上に気を配らせていた。…しかし、それも人がいればの話。 きっと今この校舎内を周ったとしても誰かに遭遇することはまず無いだろう。 それを証明するように、辺りはいつまでも振り続けるこの雨以外には音を出すことが出来るということを忘れてしまったように物音一つしなかった。 きっと今この世界で存在しているのはクドたち二人だけだろう。 「…で、クドこの後なんだけど」 「はい。 家庭科部へ、れっつごーです」 帰り道、クドは川沿いを歩いている際に理樹にそう提案したのであった。 …理樹はもう諦めたように頷いていた。 部屋に着くと、クドはいつもの様に台所に立ち紅茶と和菓子を用意していた。 一方、理樹は隣の和室で窓の外を見ていた。 ここに来るまでに誰一人会うこと無く、さらに寮の方に灯りがなかったのを不審に思っているのだろう。しかしその疑心はただ不審に感じる程度だったらしく、結局その違和感は確信に至ることなく、気のせいだと高を括っていた。 だがそれでも理樹はどこか違和感が拭えず、それを強引に振り払うように首を振った。 しかし理樹にはまだ違和感に感じることがあった。 「雨…止まないね」 理樹は二人分の紅茶の入ったカップと無分別に煎餅などの茶菓子が入れられた。 木製の大皿を載せた盆を運んでいるクドに言った。 「止みませんね…」 クドは丸い卓袱台の上に慣れた手つきでそれらを載せていった。 「今日は夜遅くまで遊んだね。町で夕食摂ったのって何年ぶりだろ?」 「はい、私もです」 卓袱台の上にそれら全てが置かれると、二人はいつものように隣り合わせに座った。 「…でも、さすがに全部は回りきれなかったね」 「はい」 「今度は休日にデートしようね」 「…はい」 クドは理樹の質問に淡白な答えを残していく…時刻はもう10時も終わろうとしていた。 時間が迫るごとにどんどん憂鬱しい気分になっていったのだろう。そんなクドに理樹は先程から持っていた違和感について訊ねた。 「クド…何かあった?」 「え…?」 クドは理樹の質問に少し驚いていた。 「いや…いつもより何だか元気が無かったというか…いや、元気はあったんだけど何だか無理してると言うか… …うーん、なんて言えばいいんだろう? …まぁとりあえず真面目なクドがこんな形で学校を休むなんて珍しいからさ、何かあったんじゃないかと思って」 「…………」 クドは理樹の言葉に黙り込んでしまった。 内心気を張ってきて、気付かれていないつもりだったのだが…理樹には敵わなかった様だ。 クドは思った。 でもそれは仕方の無いことだと。 好きな人との別れを知って気持ちが落ち込んだり、気が淀めくのは仕方の無いことなんだと。 …でも本当のところはどうか分からない。…理樹はどう思ってくれているのだろうか? クドは理樹にそれを確かめたくなった。 理樹がもし今このとき別れることを知ればどうなるのだろうか? 理樹もやはり私との別れを悲しむのだろうか? 私と同じ様に別れたくないを考えるのだろうか? 悲しいと、寂しいと…言って欲しくないと言うのだろうか? クド胸に過ぎったそんな思いを確かめようと理樹に尋ねた。 「リキ…」 「ん? 何?」 「もしも、私がまたどこか遠くへ行ってしまったらどうしますか?」 「え!?」 理樹はクドの言葉にあっけにとられ、そして驚愕していた。 クドも自分が言ったタイミングがまずかった事を理解し、必死に取り繕うように言った。 「い、いえ! …もしも、の話です!」 理樹は、なんだ…と安堵した表情を見せ、そしてさぞ当たり前のように言ってのけた。 「すぐに迎えに行くよ」 「…え?」 あまりにもさらっと言ってのけたので、クドは虚を突かれた。 「何処にいても…必ず迎えにいくよ」 それでも理樹はクドの予想外の言葉を幾つも紡いでいく。 「で、でも! とってもとっても遠くて、リキにはいけない様な場所にいたらどうしますか?」 理樹の言葉がきれいごとだとは思わない…だがそれでも現実は届かない。 死んでしまえば、理樹の助けも遠く及ばず、ただ一人深い闇の中、取り残されているしかないのだ。 …それでも理樹は言った。 「それでも、大丈夫だよ。ちょっと遅くなるかもしれない…でもきっと迎えにいってみせる。 …それに、僕達は繋がっているんだ。絶対に会えるよ」 いつだったか、クドたちがお互いを刻みあい、本当に恋人になったときから、彼等はいつ如何なるときも繋がってきた。それはきっとこれからも変わらない。 …だから、きっと会える、と理樹は言った。 クドはこのとき自分のおこがましさを痛感した。 彼もただ悲しいから別れたくないと、それだけを思っているのだと思っていた。 しかしそれは違った。理樹は強かった。強くなっていた。今更ながら気付けば、彼は私の遥か彼方を歩いていた。 ただ悲しさから逃げるように恐がっていた自分とは違った。 理樹は…確かに強くなっていたのだ。 「もう一人ぼっちなんかにはさせないよ…絶対だ」 そう言って理樹はクドのつやのある亜麻色の髪をそっと撫でながら、優しい反面どこか強い信念を持った口調でクドに誓った。 リキはずるいです…。クドは理樹の言葉にそう思った。 格好良くて、優しくて…ずっと大好きだったリキと別れなくちゃいけないのに…。 そんなに優しいこと言うなんてひきょうです…。 せっかく別れを決心しようとしていたのに――揺らぐじゃないですか。悲しくなるじゃないですか。 やっぱり、ずっと一緒にいたいって思うじゃないですか…。 その時、クドは視界に違和感を覚えた。 「…わふ…?」 気付くと、目の前が急にぼやけていっていた。 「…っあれ…? …あれ?」 クドは眼を手で強く擦った。その手は何かで濡れていた。 …それが涙と気付いたときににはもう遅かった。 擦った手から零れ落ちるようにして一粒の涙が頬を伝うと、もう自分でとめられることはできなかった。 「…っ…っつ…!」 涙が頬をつたって落ちていく。座り込んで服の裾を握りしめる手の上に後から後から落ちていく。 泣きたくなんかないと強気を保とうと歯を食いしばってみせても身体は正直だった。 気持ちと現実は裏腹に止めることの出来ない嗚咽が、伝えたい言葉の分だけこみ上げてきた。 「クド!? どうしたの!? 大丈夫!?」 ただ事ではないと悟ったのか理樹が心配そうに聞いてくる。 何でもないと必死で首を振った。 クドは下唇をかみ締め、込み上げてくる嗚咽を止めようとした。 …だがもう涙は止められなかった。 上着の袖で拭っても拭っても涙は零れるように流れた。 それでも、理樹の困った顔が見たくなくて。苛烈に襲い来る哀愁と涙を、クドは笑顔で殺した。 しかし、暴力的なまでに襲い来る悲しみは、クドの小さな身体で耐え切るにはあまりにも過酷なものだった。 クドは無念そうに袖を掴む手を強く握った。 涙を流したかった。泣いて泣いて、そしてリキに慰めて欲しかった。 そしたら、どれだけ楽になれたのでしょうか? こんな涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔ではなくて、もっと可愛らしくいつも通りにお別れできたのでしょうか? …でも、でもそれだと意味がないのです。 理樹も…一人で生きる力を付けたのだから…私も、最後の最後まで弱いままなんてそれこそ死んでも死に切れないです。 だから早く笑わなきゃ…何でもないといって笑わなきゃ。最後まで迷惑をかけちゃだめだ。 そう…本当ならただの友達のままで全てが終わっていた。 なのに、仲間と楽しく過ごせて、亡き母にも贖罪が出来て、ずっと好きだった理樹と恋人同士になれて…手に入れられる筈じゃなかった幸せがこんなに沢山あった。 幸せだった…だから笑えるはずだ、笑える、笑え! …お願いだから… …笑って下さい… そんなクドの思いも空しく涙はいつまでも瞳を濡らし続けていた。 顔は上げられなかった。とても理樹の顔を見ることなど出来るはずも無かった。 明らかに気付かれているとは知りつつも、泣き腫らした顔など見せられなかった。 そんな思いで必死に裾を握り締めていると、不意にクドの身体が理樹の胸にに預けるようにして倒された。 「リ…キっ…」 理樹は堪えるようにして泣くクドを抱きしめた。 「クド…泣いてもいいと思うよ」 理樹はもう一度、優しい声でクドの頭を掻き撫でた。 「僕には何があったか分からないけどさ…泣きたい時には泣けばいい」 理樹のその言葉はクドの樹を張り詰めさせていた何かをぷつんと切った。 ぎりぎりのところで保たれていた感情の一線は既に決壊し、今までせき止められていた想いが涙となって、声となってあふれ出た。 涙にすべての感情をつめ込んで、クドは声を上げてあの長雨のようにいつまでも泣き続けた。 「大丈夫?」 クドは理樹の胸に顔をうずくめたまま、何度か横に首を振った。 「…でも…でもまだ…寂しい…です、辛いです、苦し…です、悲しいんですっ…うぅ…」 クドはつい先程まで得も言われぬ思いだったものを一つ一つと口にしていった。 理樹は掻き撫でていた手を滑らせるようにしてクドの顔を持つようにして支えた。 無論、理樹には何故クドが泣いているのかは分からない。 …それでも理樹は知っていた。 寂しくて、辛くて、苦しくて、悲しいときどうすればいいかを。 「…クド」 「うぅ…リキぃ…ひっく…えぐ……んむっ!?」 泣きじゃくるクドに理樹はそっと唇を重ねる。 あの時と同じ方法で全く芸が無いのかもしれない。 それでも寂しくて、辛くて、苦しくて、悲しいとき。 二人が一番落ち着いて、一番気持ちが伝わる方法だった。 「落ち着いた? クド?」 理樹は優しく、落ち着いた口調で言った。 「リキ…」 クドの目は涙で濡れていたが、幾度も泣き腫らした彼女の涙腺からはもう涙はこぼれていなかった。 「待ってて、何か飲み物のおかわり淹れて来るよ…」 急に泣きじゃくったクドを気遣った理樹はそう言って、立ち上がろうとした。 「…待ってください!」 理樹は急に声を荒げたクドに驚いた様子で振り返った。 「どうしたの? クド?」 それでも尚優しい口調のままだった。 「…リキは…リキはあの時…私が、テヴアにいかなくちゃならなかったとき……」 クドの声は震えていた。 それでも何とか悟られぬよう必死で気を張らせ、最後に、聞かなくてはならなかった事を口にした。 「…辛くは…なかったのですか?」 クドは横に座った理樹の目を不安そうな目で見つめる。 必死で気を張って身体に力を入れるも、心の底から無尽蔵に溢れ出る不安の色は隠す事はできなかった。 理樹はそんなクドの姿を見て包み隠さず話そうと想い、口を開いた。 「…辛かったよ…とても寂しかったし…なにより不安だった。正直このままクドを帰らせずにずっと日本で暮らしていかせようとも思った」 …でもね、とリキは遠くを見据えるようにして急にこんな言葉を呟いた。 「幾山河 越えさる行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅行く」 そういうと理樹はもう一度クドの目を見つめた 「…西園さんに言われたんだ…人は、望む場所には、手が届かないことが殆どだけど、もしかしたら、僕達はそこに辿り着こうとしているのかもしれない。 …だから、そのためには行かなくては…留まっていては、決して何一つ手に入らない。 大切な人が去るのは、辛い。 でも、帰りを待つことが出来るのは幸いです。待つことが出来る人は…幸いです…ってね」 なんてね、と理樹は重くなった雰囲気を紛らわすように軽い口調で取り繕う。 留まっていては、何一つ手に入らない…クドはその言葉を反芻し、自分のことを思い返していた。 「…じゃ…今度こそ、お茶淹れて来るね…っ、あれ?」 不意に理樹の身体が不自然にふらついた。 「…っ…ごめん…クド…僕ちょっと…」 リキはそのまま壁の方へもたれようと、おぼつかない足取りで畳の上を歩いていく。 時刻はもう11時55分を回っていた。 クドは理樹がもう二度と自分の目の前では目を覚まさないことを悟った。 クドはもう迷わなかった。 泣くだけ泣いて、泣き言もいっぱい言って、弱音も吐いて、心に残っていた悲しみの全てを流れる涙共に捨て去った。 残ったものは彼と…彼等と過ごした思い出と、 立派に彼女として彼を送り出そうという決意だけった。 クドは知っている。 好きなひとが、背中を押すのなら 歩かなくちゃいけないことを 進まなくちゃいけないことを その背中を押すのはとても辛いことを 大切な人が去るのは、辛い。…それでもクドは知っていた。 その背中を押すことが、恋人である私が人生最後にやり遂げなければならない使命だということを。 だから、クドは慌てるでもなく、泣きじゃくるでもなく、 ただ遠くを見るような、慈しむ様な目で彼を見据え、 「…リキ」 …最後に告げた。 「…ぷらしゃーいちー・りゅびーむぃ・もい」 …さようなら…愛しい人よ…と。 「…え…クド? …いま…な…んて…」 理樹は最後まで言葉を発することが出来ずに、まるでぷつんと糸が切れた人形のように力なく倒れていった。 クドは畳の上に倒れ、そのまま眠ってしまった理樹の身体を引きずるようにして壁まで運び、いつも放課後一緒に居たときのように、座らせるような形で壁にもたれかからせた。 そしてクドはその眠ってしまった理樹の隣に、ちょこんと座った。 「静かです…」 もうこの世界からは何もかもが消え去ってしまったのか。 気付けば、あれだけ騒がしいノイズのように聞こえていた雨も、綺麗な等間隔で刻む無機質な秒針の音も、 もうクドの耳には入ってこなかった。 「…これだけ静かだったら…ゆっくり…眠れそうです…」 クドはもう動かない理樹の腕を、いつもの様にもたれかかる様にして抱きしめた。 「リキぃ…」 クドはゆっくりと目を瞑った。 「…私…少し寝るの…です…」 その目から、もう枯れ果てたと思っていた涙が頬を一つ伝った。 「…リキ…先に…起きたら…おこして…ください」 意識が朦朧としてきた。 「それ…で、また起き…たら…」 手足の感覚はもう無かった。 「こんどは…まちぜんぶを…でーと、しましょう」 それでも、クドは確かに理樹の手を離さなかった。 この手が繋げば、きっとあの時のように理樹と繋がっていられると信じて。 「…それでは」 柱に掲げられた古い時計の短針は、もうこの世界の終わりを告げようとしていた。 「 クドの意識はそのまま、まどろみへと落ちていった。 きっと後、数刻で…私は死ぬのでしょう でも、後悔はしていません リキに好きって言えて…好きって言ってもらえて 私はしあわせでした …なのに、なのにどうして心がこんなにも痛むのでしょう? …リキと離れたくないからでしょうか? でも…そんなことを言っても …私はもう目覚めることは無いのでしょう… もう目覚めないのならば、永遠にあなたの夢を見続けよう 一緒にご飯を食べて 一緒に勉強して でーとをして きすをして 何気ない日常をあなたと過ごす夢を見続けよう 他人から見れば…きっと他愛の無い、面白くない夢かもしれないけど 私にとって…それはとても幸せな夢… そんな夢を見られる私は…本当に幸せだから 後悔なんて…していません いしきがもうろうとしてきました これはもう“ゆめ”のなかでしょうか それともさっきまでいたせかいがもう“ゆめ”だったのでしょうか もう、なにも…かんがえられません
〜Fin〜
後書き/ orz …なんかスイマセンでした。 いや、ね。言い訳させていただくと時間の方が足りないのなんのって。 おかげで1シーン、1シーンはある程度出来た(それでも何言っているかわからないけど)んですが 何よりも文と文がつながらねぇよおい…ホント数年前の巨人の打線か!? …って話ですよ。 最後も本当は後一話続いて素晴らしき HAPPY END を迎えるはずだったんですが これはいい BAD END ってな具合に仕上がってしまいました。 いや…時間が無かったんですってば…ホントに。 …決してニコニコ動画を見て時間が無くなっていったわけじゃ…ってゴホン!ゴホン! あれ〜? 風邪気味ですかねぇ? いやはやですが幾度と無く諦めの境地に立たされましたが、なし崩し的でしたが一応ながら完成してよかったです。 内容についてですが、言わずもがなクドルートのEDその後の話です。 いや、ずっと思っていたんですがね、それぞれあんな具合に良きEDを迎えた後結局は次の世界に移行してしまうのではないかと? その際にはこの様な悲しき別れが繰り広げられているのでは無いかと!? そう思う今日この頃なわけですよ! ちなみに作中の様々な解釈についてですが、クドが虚構世界についてあまり理解していなかったという勝手な解釈は他と比べてあまりにも酷すぎることと、誰かが操作したと言う訳でなくただただクドの思い出の中を彷徨っているといった感じだったのでそんな解釈に至ってしまいました。…イラっとしたかたは申し訳御座いません。 後恭介の様々な挙動言動についてですがまず皆様が恐らく不審に思われたであろう「疲れきっていた」というシーンについては原作の中でバス事故の現場(現実)に戻る穴を見つけ往復するシーンが見られましたが、たとえ疲れるとはいえあの恭介が一度や二度でリフレインの冒頭のような疲れ方をするはずが無いと思いまして、これはリフレインの少し前から知っていたという説を唱えさせていただきました。 ちなみに作中に登場する“最後の世界”は鈴ルートを指しています。間違いなくこのルートは急ぎすぎた恭介にとって予想外の結末だったと思います。 まぁ色々と恭介の株価を下げさせてもらいましたがどうにか町のシーンで下落を阻止したいと望んでおります。(蒼泉は棗恭介さんを応援しています) …あと“竜太パン”は…どうみてもネタです。本当にありがとうございました。 さて長々と後書きを書かせてもらいましたが、今回の“くどりゃふか・ふぇすてぃばる”の異物とならぬよう望んでいます。 というか高校受験シーズンラストスパートのこの時期にSS書くのは結構辛いです…orz ですが今回登場する見知った名前のSS作家さんたちの名を見て自分も参加したいと心を滾らせて頂き、 一番原動力になったのが厨房といえば何とかなると思っていたら、まさかの同年代! その名も“ナナシ”さん! 彼が期限までにSSを収めたことに本気で緊張感を覚え、何とかニコニコ封印できました。 “ナナシ”さん勝手に名前を使用してしまって申し訳ありませんでした。そしてありがとう御座いました。 これからも勝手にライバル意識をもって行動していきたいと思っています。どうかよろしくお願いします!! orz (深々… さて、ほんとうに長くなりましたがそろそろ“神海”先生に提出せねばなりません この蒼泉市役所も閉館の時刻となりました。 それではこんな駄文と後書きに付き合っていただいてありがとう御座いました。 See you again また出会うそのときまで… …あぁ、受験勉強かぁ〜… ま、終わったらエクスタシーな人生が待ってるからいいよね(ぉ back|index 専用掲示板にじゃんぷですー |