外に出かけた後は、汗を流したいと思うのが女性の心情でしょう。
お風呂の魅力を知った私にとっても、その通念は例外ではありません。
なので巡回やお出かけが終わると、必ず私は脱衣所に向かうことにしています。

まず、バスタオルとバスマット、身体を隠す用のタオル(大きめ)を引っ張り出し。
それを持って脱衣所へ行き、扉を閉めるのですが、施錠まではできません。鍵がないので。
前に一度、服を脱ぎかけた時ライナーが入ってきたことがあり、以来ノックを義務づけましたが。
油断だけはできないので、最大限の注意を払いながら脱衣は行います。ライナー忘れっぽいですし。

今日はデパートメントの帰りでした。
気持ちのいい晴れ空で、暑くも寒くもない気温。まだ薄着で平気と判断し、お気に入りのワンピースを着て行きました。
薄青の肌着と、胸元にリボンをあしらったエプロン型の白い上着。
スカートと一体化しているワンピースは単純にパンツなどを穿くよりも手順が少なく、こういう時は早いものです。
肩紐に手を入れ抜くようにスライド、胴体を通り足下にすとんと落とします。
下の青い方は、紐が首に掛かっているので指を引っかけ、持ち上げて頭をくぐらせました。
そこから掴んでいるものを離せば、しゅるしゅると衣擦れの音を立てて服が重力に引かれます。
残るのは衣服と呼べないショーツにブラジャー。ここまで来るとほとんど裸も同然なので、外の様子には殊更敏感に。
ブラジャーはリア式で、慣れるまでは大変でしたが今では脱着に一分も使いません。

……昔は下着なんて必要ありませんでしたからね。

スタンダード、あれは直接肌を覆うタイプなので。
その上に装着するリンゲージは論外ですし、着飾る楽しさを知ったのもごく最近のことです。
この頃は巡回以外にスタンダードで動くこともなく、ほとんど下着無しではいられない生活になりました。
喜ぶべきかどうかは、判断に苦しむところでしょうか。素肌を見られる心配が出てきたわけですしね。

ああ、下着といえば、ミュールは未だにノーブラです。
何度も着けるよう言い聞かせたのですが、

「嫌よ。窮屈だもの」

のひとことで跳ね除けられ、もう今では取り合ってもくれません。
お風呂の後に裸で歩く癖も抜けてませんし、何ですか貴方はライナーを誘惑でもするつもりですか。

後ろ手で留め具を外し、ほどけばブラジャーはするりと床へ。
最後の一枚はショーツ。両の鎖骨辺りに指を差し込み、下に降ろして片足ずつ抜いていきます。
脱ぎ捨てたものを丁寧に畳みひとまとめに。そしてタオルを身体に巻き、

「…………んしょ」

お湯の蛇口を捻ると、初めは水が出てきます。
それを温めるのはグラスメルクによって作られた機材が生み出す導力。
エネルギーは熱に変換され、次第に流水の冷たさが消え、熱い、というレベルの一歩手前まで加熱。
そこまでを手だけで確かめてから、シャワーの前に身体を投げ出しました。

しばらくは、外気に晒した肌の隅々までを濡らしていきます。
首筋から胸へ、腹、臍を伝い腰、太腿より膝を越え足首に爪先まで。
振り向いて背中、尻から腿裏、ふくらはぎを過ぎて踵。
落ち切った湯はタイル張りの床を流れ、排水溝へと。昨日ゴミを取って捨てたばかりなので通りは良いです。

さて、大変なのはここから。
風呂椅子に座り、首を縮めてシャワーに頭を向けます。
両手の五指で前髪を掻き上げながら、腰まで届く長髪の全てに水分を行き渡らせるのはそれだけで重労働でしょう。
さらに三つ編みも解いているので、外を歩く時より分量は増えたように感じます。
身体の左側から前に尾を持っていき、指を櫛に見立て梳くようにゆっくりと。
あまり勢い良くやると髪が傷んでしまいます。故に、優しく丁寧に。

髪を梳き終わったら、備えつけのシャンプーを手のひらに取ります。
二度押しの分量は普通ならかなり多めでしょうが、この髪なら足りなくてもおかしくありません。
難しいのはシャンプーを均等に塗りつけること。頭頂部から始まり、前髪に後頭部、うなじの下まで。
手を合わせ軽く泡立て、髪束を掴む感じで擦り込むのです。

「……これくらいで、いいですね」

頭には指を入れ、わしわしと洗います。ここも乱暴にはせず、髪が絡まないように。
あとは止めていた栓を開き、シャワーを出してシャンプーを落とします。
ぬめりが残らないよう丹念に。手触りが艶やかになれば大丈夫です。
最後に目の辺りを擦り流し、私はそっと瞼を上げました。

光を反射し銀色に輝く私の髪。
白とも言えるそれは、こういった手入れによってより綺麗に、より美しくなるものだと知りました。

ライナーの鈍さは致命的です。もう病気じゃないかと思うくらいの鈍感さです。
こんな身嗜みを良く見せる程度の努力でどうにかなるとは全くこれっぽっちも思ってませんが、しかし。
……少しでもきちんとしていれば、振り向いて褒めてくれるかもしれないので。

「綺麗って言われると、嬉しいですから」

そのままにしておくと重いので、髪に溜まった水を軽く絞ります。
次は身体。網目状のタオルを取り、石鹸で擦って泡を出し、さらにタオルを二つに折って泡立ちを激しく。
タオルの薄緑が白に染まってからまずは左腕を。肌が痛まない程々の力で磨き、持ち替えて右腕も。
首周り、それとうなじに胸元はなるべく優しく。微妙なくすぐったさを我慢しながら。

滑るタオルは臍、腰を擦り太腿へ。脛とふくらはぎ、そして足の指先も。
畳んだタオルを広げ伸ばして、背中。後ろに回した両手を左右に振り、ごしごしと。
残る箇所は……その、えっと……い、言えません。言えませんが、女性にとっては大事なところで……うぅ。
ちょっと触るだけでも恥ずかしいですが洗わなければ汚れたままになってしまいます。
必要以上に、腫れ物を扱うような手つきで触れつつ、私はこうしている時いつも思うのです。

私は―――― 子を作れるのでしょうか。
あ、いえ、深い意味はありません。本当です。本当ですよ。
ただ、私の身体は塔に生命維持管理を任せているという事実がある以上、いわゆる普通の人と同じとは考え難いのです。

『それ』を異物と判断しないか。管理に支障が出ると判断しないか。
わかりません。試したことがありませんし、そうなった時にしか結果は明らかにならないのですから。

……不確かな答えを想像するのは、怖いことですね。

思考を振り払うように手を動かし、シャワーの湯でタオルの泡を流しました。
白く濁った水が落ち、足下を跳ねて排水溝へ入っていきます。
それを見届けてからシャワーを手に取りこちらに向け、全身に付いた白色を流します。
肌を滑る流水は途中で泡を攫い、色を変えて下へ下へと。
首、胸、背中に腿。張りついていた白が消えていくにつれて、綺麗になっているでしょうか、と自問する私。

綺麗になることそれ自体を望んでいるわけではありません。
綺麗になることで、ライナーに振り向いてもらえることを求める私がいるのです。

「……最近の私は、おかしいです」

すとんと椅子に座り、思わず漏れた呟き。
気持ちがどんどん積もっていって、積もるばかりで減らないような。
どうしてでしょう。どうしてでしょうか。こんな、重い感情が――――

「入るわよ」
「え?」

思考の海に沈んでいた私は、扉の向こうでごそごそと動く影に全く気づいていませんでした。
なので、聞こえた声に驚き、そちらを見てさらに驚きました。
一切の躊躇いなく、それはもう堂々と、ミュールが足を踏み入れてきたからです。全裸で。
あ、いえ、お風呂場ですから服を着ていないのは当たり前ですが、あれ、私が入っているのは知っているはずなのに何故?

「随分間抜けな顔ね。そんなに驚くことかしら」
「と、当然でしょう! どうして貴方は入ってきたんですか! 確信犯ですか!?」
「そうだけど」
「………………」

今の大声はライナーに聞こえてしまったかもしれないですが気にしてられません。
血圧が上昇している自身の現状を理解し、溢れてきそうな言葉を何とか抑え、

「……それで貴方は、わざわざ私がいる風呂場に何の用ですか」
「湯に浸かりたい気分だったのよ」
「私がいると知ってても?」
「別に関係ないじゃない、そんなこと。私が入りたかったんだから」
「どういう理屈ですか……」

溜め息を吐いた私を、ミュールはいきなり半眼で見つめ始めました。
舐めるように視線が足下から胸までを辿り、一通り眺め終わった後、

「ぷっ」
「な…………っ!?」

その瞬間、私は何もかもを忘れて立ち上がりました。
もう無理です。このあからさまな挑発に耐えろというのは絶対に無理です。

「なな、何が可笑しいんですか!?」
「それは、ほら、その貧相な身体」
「貴方も同じようなものでしょう!?」
「あら心外ね。私はあなたみたいに自分の身体に対して劣等感は抱いてないもの」
「劣等感など持ってません!」
「そう? 私の目には――――

もう一度、その昏い赤色の瞳がこちらの胸の辺りを捉え、

「色々と足りないんじゃないかしら、と思うけれど」
「余計なお世話です! それに……」
「それに?」
「……ライナーは、これでいいって言ってくれましたから」
「ふぅん……じゃあ、ライナーに決めてもらいましょうか」
「…………何を?」
「そうね、どちらが魅力的なのか、っていうのはどう?」
「ちょ、ちょっと待ってください。何故そんな話になっているんですか」
「……自信、ないの?」

扉を背にし相対するミュールの顔に浮かぶのは、嘲笑。
口端を歪め、首を僅か後ろに傾け見下すような視線を向けられ、私はぐ、と唇を噛みました。
両者共に裸で傍目には滑稽な構図ですが、そんなことを気にする余裕すらなく。
衝動のままに、私は彼女に対し啖呵を切っていました。

―――― いいでしょう。受けて立ちます」
「そう。別に拒否してもいいのよ?」
「そこまで言われて我慢できるほど、私の堪忍袋は大きくありません」
「ふふ。……なら決まりね。ま、私の勝ちは揺るがないでしょうけど」
「負けませんよ」
「当然」

絡む視線。古典的表現をするならば、互いの間で火花が散っている、といった感じでしょうか。
絶対勝ちますと無言の意思を込めて私はミュールを見つめ、

「シュレリア様ー! いきなりあんな大声出して、何かあったんですかー!?」

重い足音が、どたどたと近づいてくるのに気づきました。
慌てた私がミュールを押し退け扉のノブに手を掛けるのと同時、磨りガラス越しに人影がぱっと現れます。
怪訝な表情をするミュールは無視し、焦ったライナーが突入してしまう前に状況の説明をします。

「だ、大丈夫だから! 何でもないからライナーは戻って!」
「でもシュレリア様、」
「上司命令! 戻りなさい!」
「は、はいっ!」

有無を言わせません。反転し居間の方へ帰る足音を確認してから、先ほどの位置に落ち着きました。
もう、雰囲気ぶち壊しです。沸騰していた脳が急速に冷え、しかしこれをライナーのおかげというには馬鹿馬鹿しくて。

「……湯船、入りましょうか」
「そうね。何だか騒ぐのが馬鹿みたいに思えてきたわ」
「同感です……」

……そういえば、誰かと一緒にお風呂に入ったのはこれが初めてですね。
相手がミュールだというのは些か不満ですが、まぁ、その、悪くはないと思います。

「ちょっとシュレリア、そっち寄りなさいよ」
「貴方こそ詰めてください、狭いです」

―――― 次があっても断りますが。



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