今、私達は大きな門の前に立っています。 遠くに見えるのは、全容の窺い知れない城の形をした建造物その他諸々。 入口のゲートはいくつかに分岐し、その全てに職員方がいて、にこやかな笑顔を浮かべていました。 人の賑わいはありません。 何故なら、私達二人以外の誰も、このテーマパークを利用しようとはしていないのですから。 歩いて回るだけで長い時間が掛かりそうな眼前の施設は、本日、私とライナーの貸し切りです。 並んでアトラクションに乗り込む必要も、食事にお金を掛ける必要もなく。 心ゆくまで遊べる場所、それが『空想うさぎーらんど』なのです。 「無茶苦茶だなぁ……」 「だって仮想世界だもの。労力さえ惜しまなければ、何でもできるよ」 呆れたような含みを込めて苦笑するライナーに、私はそう言います。 実際、既存のプログラムを参考に始めた構築と二桁に及ぶチェック回数、それらに要した時間は二週間弱です。 しかも、私だけでなくミュールと共同の作業だったのですから……どれだけ大規模なものであったか、よくわかるでしょう。 当然日頃の家事を疎かにするわけにもいきませんし、ライナーの目が届かないところで進めるのは大変でした。 その苦労を労ってほしい、とは言いません。ライナーのびっくりした表情が見られただけで、充分です。 「さ、入ろう」 「まだよく理解してないけど、わかった」 かつて、こういったテーマパークでは、パスポートというものを購入し、 それで入場とアトラクションに乗る権利が得られるのだと塔内の情報には残っていました。 平常ならば私達もそれに倣い、ゲート前で購入しなければならないのですが。 私は懐から二枚のチケットを取り出し、職員に見せました。返ってくるのは無言の肯定。 ゲートのロックが外れ、通過を可能にしました。軽い会釈と共に進みます。 ライナーも同じように会釈をして(彼らもプログラムなので本当は必要ないのですが)、私に続きました。 「うわ、広い……」 ゲートを抜けると、まず広場が私達を迎えます。 色とりどりの花が植えられた花壇。現在のソル・シエールには存在しない、奇抜な建物。 ここからは見えませんが、ひとつひとつの建物では職員の方々が動き回っているのでしょう。 そして、城のある方角から、ちょこちょこと近づいてくるふたつの影がありました。 『うさぎーらんどへようこそー!』 「………………あの、シュレリア様」 「また敬語になってる」 「なあ、シュレリア」 「何?」 「あれは……」 「ここのマスコットキャラクター。右の青いリボンを着けてるのがうさきちで、左の赤いリボンがうさみ」 『お腹がすいたら』 『わたしたちを食べてー!』 「前にも言った覚えがあるけど、どんなうさぎなんだ……」 やはり二足歩行していると倫理的に問題があるのでしょうか。 まあ、その辺りは次回があれば再検討しましょう。今回、彼らは案内役のようなものですし。 くるくると、踊るように前を行く二匹(二人?)の後を、私達は付いていきました。 市場の活気を見せるアーケードを越せば、先に広がるのはゲートの辺りから目に入っていた城です。 どこかファンシーな雰囲気を漂わせるそれは、アトラクションのひとつ。 中では色々と趣向を凝らしたイベントが待ち受けているのですが、面白いかどうかと訊かれれば首を傾げます。 参考にした資料がいけないのでしょうか。あるいは、対象年齢が低いものだったのかもしれませんが。 ともかく、見栄えだけは良く、また施設の中心にある一番高い建造物なので、自分が今どこにいるかの目印になります。 ちなみに名称は『ラビット城』なのですが……ライナーは興味がないらしく、訊いてはくれませんでした。残念です。 やがて私達が導かれたのは、宙にぐるりとレールが敷かれた空間。 傍目からは幾何学的な軌道を描いているようで、少なくともそこを電車が通るとは到底思えません。 しかし、 「ちょ、これに乗るのか!?」 「そうだけど……実は私も自分で乗ったことはないの」 「え、そんな、だってあそこ走るんだろう!? 逆さになった時点で落ちちゃうって!」 「それは大丈夫。ちゃんと座席にはストッパーが付いてて、搭乗者の身体を固定してくれるから」 「………………」 「ライナー、怖いなら止める?」 「い、いや、ここで退いたら男が廃る。俺、乗るよ」 「うん、私も隣にいるから、ね?」 名称『うさこーすたー』。 私が普段愛用しているうさこのスリッパを六つ並べたようなファンシーな形状とは逆に、物凄い速度で滑走します。 プログラム上で一度、無人の状態で動かしましたが―――― 速いです。それしか言えません。 このアトラクションはおそらく、風を切る疾走感を楽しむためのものなのでしょうが、体感して楽しいと思えるかどうかは、謎です。 「……動いたね」 「……動いたなぁ」 ゆっくりと走り出したうさこーすたーは、真っ直ぐ伸びたレールを進み、坂に差し掛かります。 からからから、と乾いた音を立てながら上昇。否応無しに心拍数が上がります。緊張感。思わず、ストッパーを握る手に力が。 視界は頂点に。私達の座る先頭列が、坂を上り切ったと同時、急にがくんと下方に傾き、 「きゃああああああああああああああああああああああああ!」 「うわああああああああああああああああああああああああ!」 そこから先はもう、筆舌に尽くし難いものでした。 慣性で身体が押しつけられるほどの速度。あっという間に流れる景色。まったり高みから観賞、なんて余裕はまるでなく。 右に、左に振られ、猛スピードで上下に揺らされ、極めつけには宙返り。 私は見ました。真逆になった世界、頭の下に地面があるという、信じられない光景を。 微かに身体が浮きましたが、そんなこと気にしていられません。 一周して戻ってきた時、私もライナーも、精神的にかなり消耗していました。 ……自分で作成しておいて何ですが、正気の沙汰じゃないです。恐ろしいにも程があります。 「怖かった……」 「俺、まだくらくらしてる……」 二人共々ぐったり。 エレミアの騎士として色々な訓練を受けているライナーにとっても、あれは未知の恐怖だったようでした。 案内役のきぐるみうさぎペアに休憩する旨を告げ、ベンチに腰を下ろしてしばし休みます。 およそ五分。それで心身共に落ち着き、私達は再び歩き始めました。 今回、私がプログラム作成に当たり担当したのは、どちらかと言うと外観の方です。 大好きなうさこをモチーフに、全体的なデザインを考え、ところどころで既存の資料を流用しました。 楽しみが減るといけないので、他の部分はほとんど調べていません。 アトラクションに関しても、知っているのはいくつか主要なものの名称と、おおまかな内容のみ。 どういう仕組みでどんな風に動くのかは、ミュールの管轄です。私は必要に応じてパーツの作成をしただけですし。 そのスタンスは、半分成功で半分失敗と言ったところでしょう。全く中身がわからないアトラクションもあるのですから。 以降、私達は案内に任せ、疲れない程度に動きました。 川を流れる船(カヌーというのだそうです)に乗って、周囲の景色を堪能したり。 丸太をくり抜いたような物に乗って、物凄い傾斜を前にまたもや二人して悲鳴を上げたり。 ふさふさのうさこの背に座ってゆったりと回転する、そんなアトラクションで楽しんだり。 お昼ご飯はレストラン。 たくさんの一品料理から好きなものを選び取るバイキング形式で、私達はああだこうだ言いながらおいしく頂きました。 自分で自由に選べると、好き嫌いが如実に出るのが困り物です。 しかも何故かデザートにオボンヌがあり、ライナーは水を得た魚のように激しい勢いで胃に詰め込んだのです。 途中で私が止めなければ、しばらく動けなくなるまで食べていたかもしれません。 ……あ、手加減はしましたよ? プライマル・ワードLevel2程度です。ライナーはこれくらいじゃ参りませんので。 そして、次。 私とライナーは、とある建物を目の前にしていました。 黒を基調とした、おどろおどろしい雰囲気を醸し出すそこは、 「お化け屋敷?」 「そう。『ポーパルバニーハウス』って言うんだけど……」 首狩り兎の館。 先に明言しておきますが、名付けたのは私ではありません。ミュールです。 「お化け屋敷なんだから名前からしておどろおどろしくないと駄目よ」とのことなのですが……。 どこのうさぎが首を刎ねますか、という私の発言は無視されました。 獣を閉じ込める檻のような入口を抜け、広い部屋に入ると、職員と私達を残し、急に背後の扉が閉まります。 微かな揺れ。部屋そのものが動いているのでしょうか、再び扉が開くと、そこにはさっきとは全く別の空間が続いていました。 細い、一本道です。奥は薄暗く、足下と少し先までしか見えません。 ところどころにある灯りも青に近い寒色で、恐怖感を煽ります。 「ほ、本格的だな」 「うん……」 ……ミュール、ちょっと演出が過剰じゃないですか。 ごくっ、と唾を飲む音が聞こえます。殊更に。 私はおもむろにライナーの手を握り、きゅっと力を込めました。 「ライナー、離さないでね」 「わかった」 塔の管理者として、数多の異形やウイルスと対峙してきた私です。 創作に出てくるような幽霊や妖怪といったものが現れても、驚かない自信があります。 如何にも怪物らしい容姿の敵とも、数え切れないほど戦ってきたのですから。 ですが―――― 私はその日、恐怖にも多くの種類があるのだと改めて知りました。 「わ、うさこだ。ライナー、可愛いね。近づいても大丈夫かな?」 「いや、何か凄い嫌な予感が……ってもう寄ってるし!」 「見て見て、ほら、やっぱり全然怖くな、ひゃああああああああっ!」 「滅茶苦茶グロテスクだな……」 ガラス向こうのか弱いうさこが、近寄った途端物凄い形相で牙を見せたのは、ほんの序章に過ぎませんでした。 「うわ……ひたすら首狩りの図を見せられるのって想像以上に嫌だ……」 「うう、うさこはこんな怖くない……本当はもっと、もっと可愛いのに……」 「早く出よう」 「賛成……」 「ようやく殺戮現場を抜けたな」 「ねえライナー、何か、聞こえない?」 「え? ……確かに。どすんどすん、って、後ろの方から」 「……いっせーの、で振り返ろう」 「了解。いっせーのっ」 「今度はおっきな怖いうさこが私達目掛けて―――― !」 「お、追いつかれたら食われるっ!?」 「もういやああああああああああああああ!」 前に「おっきなうさこに追いかけられるのも可愛くていいかも」なんて思いましたが、こんな感じの想像では断じてありません。 その後、迷ってはぐれたり、白骨化したうさこ達に囲まれたりと、とにかく散々な目に遭いました。 いくらお化けが大丈夫であっても、突発的な恐怖には弱いものです。 驚かされ、逃げて、安堵したその意識の空白を狙い澄まし再び驚かせる。 恐るべきはミュールの手腕です。本領発揮、正しく対象をただひたすら怖がらせるための攻撃と言えるでしょう。 事実、計算され尽くした仕掛けの数々に襲われ、館を抜けた頃には、二人して精神的にギブアップ寸前でした。 「もう二度と入りたくない……」 「私も、ここまで怖いとは思わなかった……」 うさこーすたーに続き、二つ目のトラウマです。 遊びに来ているはずなのに、どうして私達は疲労しているのでしょうか……。 十分間の休憩後、再度移動開始。 次に案内されたのは、百近い椅子が並ぶ観客席と、野外舞台です。 そこで私はライナーに言ってから席を離れ、そっと迂回して舞台裏に足を運びました。 「まあ、ちょっと遅れたけど、ほぼ時間通りね」 「色々と計算外のことがありまして……」 「私の演出はどうだったかしら?」 「……いくつかのアトラクションで、死ぬかと思いました」 「なら作った甲斐があったわ」 「くっ……! わかってますね?」 「ええ。交換条件、ね。……正直やりたくないけど」 ―― 予想できていたことですが、最初仮想世界を共同で作成してほしい、という依頼を、ミュールはすげなく断ろうとしました。 ですがしばし考え、ふたつの条件と引き換えに、私の思惑も含めて手伝うことを承諾したのです。 ひとつは、アトラクションの内容を自分一人で作り上げる、ということ。 そしてもうひとつは、アトラクション体感時の映像記録を撮影することです。 私に内容は当日まで調べないように、と念押ししていたので、まず間違いなく狙っていたのでしょう。 もし乗る前にどんなものか知っていれば『うさこーすたー』は回避しましたし、『ポーパルバニーハウス』にも入りませんでしたから。 さて、私の思惑というのは、この舞台のことです。 話を聞かせた時ミュールはかなり嫌がりましたが、それ以上に交換条件が魅力的だったようで、渋々協力を約束させました。 記録によれば、遊園地にはヒーローショーというものがあったそうです。 勧善懲悪、少女を人質にした悪の怪人を正義の味方が叩きのめす、そんな感じだったとか。 どうせ再現するならそこまでと、ミュールに怪人のプログラム、それとヒーロー役の片方を任せたのですが。 「……何でこんな服なんでしょうね」 「さあ。学生兼正義の味方って設定なんじゃないの?」 「なるほど……そういえば、そんな話の本もあったような気がします」 「しっかし着慣れない服は余計に窮屈ね。脱いでいいかしら」 「服に手を掛けないでください!」 一応舞台裏、ライナーに聞こえてはまずいので注意も小声になってしまいます。 私とミュールが着ているのは、学校の制服と呼ばれるもの。 チェック柄のスカートは膝上の長さで、可愛らしいのですが、その、かなり短いです。 油断すればすぐに捲れ上がってしまいそう。歩くのにも気を使わなければならないかもしれません。 「さ、じゃあとっとと終わらせるわよ」 「準備は万全なんですか?」 「問題ないわ。あなたの要請通り、あの子にも出てきてもらったし」 そうですか、と私が頷くのと同時、絹を裂くような……というには程遠い、些か気の抜けた悲鳴が聞こえました。 出番まではあと少し。声のした方とは反対側で、私達は息を潜めて待ちます。 悪の怪人(見た目は私の詩魔法、ミュールの使徒のもの。使い回し)が人質を抱えながら中心に移動したところで、 「行きます!」 私とミュールは、飛び出しました。 「ライナー、どうだった?」 「…………えっと」 結論だけを言えば、舞台自体に失敗はありませんでした。 私扮するヒュムホワイトと、ミュール扮するヒュムブラックが、 仮想世界ならではの無茶な動きを可能にするプログラムを使い、肉弾戦と詩魔法を駆使して敵を倒すというものだったのですが。 アクションはしっかりできてましたし、では何がいけなかったのでしょうか。 「もう二度とやらないわよ私は」 「ミュールも様になってたのに……」 「そんなところでいい評価なんて要らないわ。ああもう、ちょっと後悔……」 「私は楽しかったですよ。久しぶりに、データ内ですけど天文台から出られましたし」 珍しく、ミュールがぐったりしているところを見ました。にこやかにしている人質役のメイメイが正反対で印象的です。 私はライナーと顔を見合わせ、苦笑。若干ライナーも頬が引き攣ってるようですが、目に入らなかったことにします。 それから多少会話を交わし、舞台でミュール、メイメイと別れてから、私達は最後のアトラクションへと向かいました。 ふと空を見上げれば、陽が随分と遠ざかっています。如実に感じられる、時間の経過。 仮想世界を作るに当たり、私は箱庭にも一日を設けました。朝になれば陽が昇り、夜が近づけば沈む。そういう設定です。 空の色が変わり始めているということは、つまり、黄昏時が迫ってきているということでもあります。 だからこそ。 「これは……?」 「観覧車、って言うんだって。大丈夫、ぐるぐる回るだけのものだから」 私は最後に、これに乗ることを選びました。 係員の指示に従い、コイン型の容れ物に入ると、入り口の役目を果たしていたドアが閉められます。 そして視界は徐々に上へと。風に煽られ軽く揺れながら、私達は高所へと運ばれていきます。 ゆっくり。ゆっくり、揺り籠のような箱の中で。 向かい合うライナーは、私をじっと見つめていました。 何となく、勢いで反対側に座ってしまいましたが、ええと、今動いても平気なんでしょうか。 そっと私は立ち上がり、慎重な足取りでライナーの右隣まで移動、腰を下ろします。 ついで、肩を寄せ、体重を預け。ライナーも慣れたもので、背中から腕が回り、私の肩に掛かりました。 しばらく無言で、雰囲気に浸ります。 優しい―――― 穏やかな時間。 やがて私達の乗る一角が、観覧車の頂点に達しました。 「ライナー、左、見て」 言われた通り、視線は左の窓へ。 そこには、ソル・シエールではもう決して見ることのできない、海。地平線。 彼方、その地平線に埋まるように沈んでいく、橙色の陽。水は光を反射し、きらきらと煌めき。 黄昏の陽射しが届かない空は、帳を降ろし、夜の色へと染まっていきます。 それは遮る物のない高所でのみ見られる―――― とても幻想的な光景。 「うあ…………」 「……綺麗、だね」 「ああ。凄いよ、これ」 全ては作り出された幻。現実に見られるものではありません。 でも……例え本物でなくとも、綺麗であることに変わりはなく。 私達はしばし、落ちていく陽を眺めていたのでした。 上昇と同じ時間を掛けて、下降していきます。 海も次第に見えなくなり、ゆるゆると地面が近づくと共に、名残惜しいと感じる私がいました。 別に、これでライナーとお別れになるわけではないのですが……少しだけ、過去を思い出して。 グラスノインフェリア以前、まだこの世界に大地があり、私達が地上に根を張っていた頃。 その頃の人々は、当たり前のように、こうして海に沈む夕陽を見ることができたのでしょう。 しかし今、塔の恩恵を受けてしか生きられない私達は、どんなに願っても地に降りることは叶いません。 皆、海を知らず。途切れぬ大地を知らず。狭い、有限の居場所で、不自由を被りながらも生きています。 「……ねえ、ライナー」 だから。 ふと、私の口から、そんな言葉がこぼれたのでしょう。 「もし―――― もし過去に戻れるとしたら、どうする?」 「え?」 「グラスノインフェリアも起こってない、大地と海がある世界に行けるとしたら……どうする?」 「そうだなぁ……」 横顔に黄昏色の光を浴びながら、ライナーは少しだけ悩む仕草をして。 「本物の海も、宙に浮いてない大地も見てはみたいけど……俺、やっぱり今が一番いいよ」 「……どうして?」 「だって、昔にはみんながいない」 「………………」 「きっとさ、色んなものを積み重ねてきた結果として、今があると思うんだ。 間違ったことも、目を背けたいこともたくさんあっただろうけど、俺は今じゃなきゃ、みんなに、シュレリアに出会えなかった。 ここにはいなかった。それに、」 「それに?」 「今は今で、いいところもいっぱいあるから」 「…………そうだね」 私は頷き、微笑しました。 ライナーならそう言ってくれると、思っていたから。 自分が生まれる時代を選べたとしても、この長い人生をやり直せるのだとしても、何度だって、私は同じ道を歩むでしょう。 私の隣にライナーがいてくれる、そんな日々が何より尊く愛しいものだと、知っています。信じています。 「ごめんね、楽しい時間にするつもりだったのに、最後ちょっとしんみりしちゃったね」 「いや、全然いいよ。何だかんだで楽しかったし、綺麗な景色も見られたし」 「なら嬉しいな。この仮想世界、私とミュールの二人で作ったんだもの」 「え、そうなのか? ……あー、いやそっか、うさぎーらんどだもんな……。じゃあアレとかアレとかは全部」 「うん、ライナーが考えてる通りだと思う」 「……うさこーすたーとかは」 「外装以外はミュールの設計……」 「やっぱり……」 もう少しで、観覧車が一周します。 眼下には係員の姿。地面に着いて、ドアが開かれれば終わりです。 「……あの、シュレリア」 「何?」 「今思うと、一番高いところでやっておけばよかったなあ、と後悔してるんだけど……」 私の肩に、手が掛かり。 「えっと……キスしたいな、と思ったんだ。駄目か?」 「あ……う、うん。実は私も、ちょっと考えてた……」 「はは、おんなじだ」 「うん、おんなじだね」 心地良い重みと共に、ライナーの顔が近づいて。私はそっと目を閉じて。 微かに届く夕陽に照らされながら、密室の中、私達は静かに口付けを交わすのでした。 後日、多めに作った夕食を持って、ミュール達にお裾分けをしようと隣の家に行ったのですが。 いつも通り玄関で迎えてくれたのはアヤタネで、私が料理を入れた器と一緒に居間まで案内されると、 「…………ミュール、何をやっているんですか」 「何って、見ればわかるでしょ? 映像記録を見てるのよ」 どこから持ち出したのか、あるいはグラスメルクで作ったのか、映像再生用の機械が置いてあり。 そしてそこに映っているのは紛れもなく、前回ダイブした時のものです。 いくつかのアトラクションに乗っている私達を事細かに撮影した、動画データ。 塔内で使われていた監視機構の応用ですが、仮想世界内であったため、保存と編集は容易です。 ……ミュールの手元にあるのはわかっていましたが、実際見ると腹立ちますね。 「あ、ほら、今ちょうど面白いところよ」 画面の中では、私とライナーが巨大なうさぎに追いかけられている場面が映されていました。 「シュレリアったら涙目で逃げちゃって、ああ可笑しい。……ぷ」 「………………」 「ちなみにあれ、実体なかったのよね。だから追いつかれても全然問題なかったんだけど」 「………………」 「普段冷静な管理者様はそんなことにも気づかず……ぷ、あはは、あははははっ!」 「ミュール―――― ! 今日という今日は許しません! ここで貴方に引導を渡します!」 「望むところよ。さあ来なさい、軽くあしらってあげるわ」 「ちょっと母さん、シュレリア様、とりあえずここは落ち着いて」 「アヤタネは黙っててください!」 「アヤタネは黙ってなさい!」 「……止めても無駄ですか。あんまり家を壊さないでくださいよ。ライナーと協力しても直すの時間掛かるんですから」 「シルヴァホルン!」 「それで私に喧嘩を売るなんていい度胸ね!」 その日、案の定と言うべきか、ミュール宅は詩魔法の被害により半壊しました。 ライナーとアヤタネにはまた手間を掛けさせてしまい……もうちょっと冷静になるべきでしたね。反省です。 ―――― それでも、絶対ミュールには謝りません。 今回は交換条件だったとはいえ……いつか、必ず恥ずかしい思いをさせてみせますからね。 back|index |