よいこのための六箇条

・作者は再構成物初めてなので感覚が良く掴めてないけど駄目そうだったらやんわり教えるべし
・容量が安定しないというか極端に短かったり多かったりするのはもうホントごめんなさい
・ただでさえ執筆速度遅い上に唐突に止まったりする可能性があるのでそれは仕方ないと割り切るように
・どころか一切前フリなしで僕達の戦いはこれからだエンドに突入して終わっても泣かない
・原作知らない人はこの機会に読んでみるといいかもしれない
・原作知ってる人は可哀想なので作者にエロいのを期待しないであげてください










 大海千夜子が告白すると決意し定めた勝負日の、前日のことである。
 何となくそうしたくなって、健一は公園に『時の番人』を見に行った。
 自分が小学生の頃から置かれている、奇妙なオブジェ。
 誰が作ったかもわからないそれを、何故か健一はとても気に入っていた。
 今はそうでもないけれど、昔はよく一日中、何をするでもなく眺めていたものだ。

「相変わらずだなあ」

 力強さをイメージさせるその威容は、見る人をぐっと引き寄せるような、引力めいた何かを秘めている。
 それは雨風に晒されても変わらないらしく、むしろところどころに付いた錆が深みを増しているようにさえ思えた。
 全体像を掴むように健一は見上げた視線をゆっくりと下げ、途中でぴたりと止まった。

「ん?」

 オブジェの隙間に、鍵が挟まっている。
 初めはパーツかと思ったが、試しに触ってみたら呆気なく取れた。
 一瞬壊してしまったかと不安になり、そこでふと、鍵の側面に書かれている数字が目に入る。

「1303? これって部屋番号なのか?」

 鍵自体は、実に奇妙な形をしていた。
 薄く黄色がかった色で、鍵穴に差し込む先端部分には山や谷が一切ない。
 真ん中には一本だけ線が通っているが、これでまともな鍵の役割を果たすとは到底思えなかった。
 記された四桁の数字はどう考えても部屋番号で、もしこの鍵が玩具や何かでないのなら、誰かが落としたのかもしれない。
 しかし――

「この辺に、十三階もある建物なんてないよな……」

 健一が知る限り、この町で一番高いのは十二階建てのビルで、未だにそれ以上のマンションは造られていないはずだった。
 ならやっぱり鍵なんかじゃなくて、自分はオブジェを壊しちゃったのかと再び不安が湧いてくる。
 同じようなパーツはないかと真剣に目を通してみるも、似た形の物は全く見つからなかった。
 仕方ない、と判断し、ポケットに仕舞う。交番に届ければ、本当に壊してしまったかどうかもわかるだろうと思って。
 ともあれこれ以上ここにいるのはちょっと勘弁したい。現場を誰かに見られたというわけではないが、 やっぱり後ろめたい気持ちは拭えず、健一はそそくさと公園から立ち去った。






 公園を出る間際に見た時計はちょうどタイムサービス前の時間を指していたので、健一はそのまま買い物に行くことにした。
 現在、絹川家は健一と姉の蛍子の二人暮らしだ。正確には両親もいるのだが、父母揃って大の仕事好きで、 家にいるよりも会社で働いている時間の方が長い。なので二人ともほとんど帰っては来ず、自然姉弟の二人だけになる。
 しかも困ったことに、姉の方はまるで料理をしない。健一が食事を作っている間蛍子が何をしているのかというと、 ベランダで煙草を吸っているのだった。たまに手伝えと言えば喫煙は喫煙で忙しいものだと躱し、一向に協力しようとはしない。 帰らなければ癇癪を起こすし、健一にとって蛍子はとにかく傍迷惑な存在にしか思えなかった。

「……でも、家に帰ればどうしたって顔を突き合わせるわけだし」

 一般的に見れば、蛍子は相当の美人だ。背は高くすらりとしていて、外面もいい。美大に現役で入るくらいの絵画の才能もある。 だが、性格の悪さが全てを台無しにしていた。蛍子に散々振り回されてきた健一は、そのせいで女性に対し苦手意識を持っている。
 出かける前も、今日は唐揚げを作れと命令口調で言われた。材料がないと返せばじゃあ買ってこいとにべもなく切り捨てられ、 いつものことだ、そう納得するしかなかった。
 その時の情景を思い出し、少し憂鬱になりながら歩いていると、不意に健一は足を止めた。

 ――道端に、人が転がっている。

 白衣を着た、ぼさぼさだが長い黒髪の女性だった。うつ伏せのままぐったりと倒れている。
 表情はわからない。広がった白衣が身体全体を覆っているので、体格も不明瞭だ。
 一つだけ確かなのは、彼女が何らかの理由でこうなってしまったということだった。

「あの……大丈夫ですか?」

 恐る恐る健一は声を掛ける。
 上体を軽く折って眺めてみると、女性の手が目に入った。白く細い指。マニキュアも指輪も着けてはおらず、飾り気がない。
 しゃがみ身体を助け起こそうとして、うぅ、と微かな呻き声を聞いた。
 とりあえず、生きてはいるらしい。さすがにこの状況で見捨てるわけにもいかず、健一は肩を貸すようにして彼女を持ち上げ、 どこか休めるところまで運ぼうとする。

「み……」
「み? み、って、何ですか?」

 近くの手頃な場所に座らせてから、およそ女性らしくない掠れた声に、病院まで運んだ方がいいだろうかと考えた。
 改めて彼女の全身を観察するが、外傷の類は見つからない。白衣に血の染みもないし、今のところは出血多量で死にそう、 なんてこともなさそうだ。多少精神的に余裕が出てきて、健一は根本的な疑問をようやく抱いた。
 ……この人、いったいどうしてこんなところに倒れてたんだ?
 そう思い、もう一度さっきの言葉の意味を訊こうと口を開きかけ、

「み、ず……」
「水? 水ですか?」

 それより先にどうにかある程度は持ち直した彼女が答えを教えてくれた。
 念のために訊き返すと、女性はこくりと頷いた。力が抜けて首が下に折れ曲がっただけかもしれないが、肯定だと判断する。
 とにもかくにも、まずは水を与えた方がいいだろう。健一は辺りを見回し、 赤い自動販売機を発見すると駆け寄ってポケットの小銭を探った。三百七十円。飲み物を一つ買うには、充分な金額だ。 ペットボトル分の料金を投入し、明かりの点いたボタンの中からスポーツドリンクを選んで押す。
 電子音と共に、ガタンと鈍い音を立てて落ちてきたペットボトルを急いで抜き取り、健一はまた女性のところに戻る。
 キャップを捻り、開いたのを確認してから、

「……これでいいですか?」
「み……ず……」

 息も絶え絶えといった様子で、彼女は飲み物を握る。しかし手元はふらふらと危うく、健一は不安になって自分の手を添えた。
 そして彼女の口元までボトルを移動させ、中身をゆっくりと流し込む。
 触れた手は、人のものと思えないほど冷たく、青白かった。よく見れば顔色も同じように悪く、唇は紫を通り越して青黒く見える。 どう考えても尋常な様子ではない。

「あの、大丈夫ですか?」

 訊いてばっかりだなあと思いつつも語りかけてみたが、彼女は水分を摂るのに必死なようで、返事はなかった。
 一口飲んでは動きが止まり、を繰り返し、しばらくこくこくと嚥下する音だけが響き、途中からは一気にボトルを傾けて飲み干した。 もう健一は手を添えていない。空になったボトルが地面に落ち、転がる。

「ぷはー、生き返ったー!」

 スポーツドリンクを飲み切った彼女は、先ほどの姿からは想像もつかないほど大きな声を上げた。
 あまりの変わり様に少し引き気味になりながら、健一は顔を覗く。心なしか、艶やかな色が戻ったようだった。
 もう一度、大丈夫ですかと尋ねる。
 垂れ下がった髪で表情はよくわからないが、彼女はにっこりと笑ったらしかった。

「あ、大丈夫大丈夫。この程度ならよくあることだから」

 また不安になるようなことを言い、立ち上がる。

「でもあのままだったらヤバかった。そういう意味ではキミは命の恩人だね」
「……はあ」
「これ、いくらだった? 千円で足りる?」
「百五十円ですよ……。っていうか、本当に大丈夫なんですか?」
「うん、たぶんね。ところで、今日は何日?」

 どうにも付いていけず気の抜けた返事をすると、女性は落としたペットボトルを拾い上げプラプラとさせて値段を訊いてきた。
 別に健一としてはお金を返してもらわなくてもよかったので、さらっと流し再度調子を確認する。
 彼女は平然と答え、それから何故か日付を知りたがった。

「……十三日ですけど」
「そっか。ってことは、三日経ってたわけか」
「何の話ですか?」
「いや、つい時が経つのを忘れててね。三日間の絶食をしてたみたい」
「してたみたいって……じゃあ、単にお腹が減ってただけなんですか?」
「時々ね、集中してるとこういうことがあるんだよね。今日もさ、そういえば何も食べてなかったなあと思って外に出たんだけど、 買い出しの途中で力尽きたのかな。だから本当に助かったよ」

 一日分も絶食したことのない健一には確証こそ持てないが、それは死ぬんじゃないのか、と思った。
 しかしこうして生きてる以上、無事だったと喜ぶべきなのかもしれない。唇の色も血色を取り戻してきたようで、 とりあえず今すぐぱたりと倒れることはなさそうだ。三日間の絶食という言葉自体は、ちょっと信じ難いものだったが。
 が、さすがに水分だけではまだ足りないだろう。そう思ったので、何か買ってきましょうかと健一は提案する。

「もう平気だと思うんだけどな」
「……そんなわけないじゃないですか。三日も何も食べなかったんですから、あれだけじゃ全然足りません」
「そうかな。まあ、そうだよね」

 納得してくれたのか、彼女は白衣のポケットから折り畳んだままのお札を取り出した。

「じゃあお言葉に甘えて。ここで待ってるから、これで何か買ってきて。お釣りはお駄賃でもらっていいから」
「わかりました……ってこれ、一万円ですよ」
「あ、本当だ」

 よく見ると、彼女が持っていたお札は全て一万円だった。
 もしかして今自分はとんでもない人と関わってるんじゃないだろうかと健一は不安になったが、 だからといってこのまま見捨てるわけにもいかない。お釣りは返します、と宣言してから、 返事を聞くより前に近くの商店街へと走った。



「お駄賃でいいって言ったのに」
「こんなに貰えませんよ」
「でもキミは命の恩人だし、お礼したいって思うのはそんなにおかしいことかな?」
「変じゃないですけど……別にお礼が欲しくてしたことじゃないですし」
「ねえ、そういえばキミの名前、聞いてなかったね」

 適当に見繕って食べ物と飲み物を買ってくると、彼女はそんなことを言った。
 確かに、まだ名前も知らなかったなあと気づく。倒れていた彼女を見て、何だかんだで結構気が動転していたのかもしれない。

「桑畑綾。綾でいいよ」
「あや?」
「うん、綾。キミは?」
「……絹川健一」
「きぬがわ、けんいちね。健ちゃんでいい?」
「……いいですけど。えっと、綾……さんはどうしてこんなところで倒れてたんですか?」
「お、チョココロネだ。……ん? 倒れてた理由?」

 マイペースに彼女、綾は健一が買ってきた物の中からごそごそとチョココロネを引っ張り出しながら首を傾げる。
 細い側からかぶりつき、おいしそうに目を細めてはまた食べる。
 その様子があまりに幸せそうだったので、健一はふと訊いてみた。

「チョココロネ、好きなんですか?」
「うん。ほら、チョココロネってさ、あんパンやカレーパンにはないモーメントがあるでしょ? そこが何か格好いいじゃない」
「はあ」

 モーメント、なんて言われても、健一にはさっぱりわからない。
 おいしいかどうか、味の話をしたつもりだったのに、妙な方向に会話が逸れたなと思う。
 今度は健一が首を傾げている間、綾は人差し指で螺旋を描き、その説明をする。

「渦巻いてさ、この一点に収束してるわけ。もう食べちゃったけど。こう、ぐるぐるって外からエネルギーが集まってね、 ここでこうやって物凄い密度になるの。わかる?」
「……物理とか苦手なんで、何となくですけど」
「そっかー。何か誰も私の話に賛同してくれないんだよね。面白いのに」
「パンに面白いとか面白くないとかってあるんですか?」
「私にはあるんだけどなあ。でもみんなにとっては、違うみたい」

 健一が賛成しなかったからか、綾は心なしか不機嫌になったようだった。
 押し黙ったままチョココロネに取り掛かる姿を見て、怒らせてしまったかな、と気まずい空気を感じる。
 そこで、もう綾の様子を気に掛ける必要はないんじゃないのかと思い至った。
 倒れていた時よりも格段に顔色は良くなっているし、この調子なら一人にしても問題ないだろう。

「もう大丈夫そうだし、僕はこの辺で帰りますけど……」
「え、帰るの?」
「帰ったらまずいですか?」
「うーん、何かお礼しないとなあって思ってるんだけど、まだ考えてないから、ちょっと待ってて」
「いや、だからお礼なんていいですから」
「そう? でも私はお礼をしないと気が済まないから」

 しかし綾にとっては違っていたらしい。穏やかだが有無を言わせぬ口調できっぱりと切られ、これは待つしかないかなあと考える。
 チョココロネを食べ終わり、頬にチョコが付いていることに気づかず、綾はまず健一の歳を訊いてきた。
 別に答えたくない理由もないので、十五です、と返す。
 そこから高校の話に発展し、綾の妙な会話の進め方に戸惑っていると、すっと綾が立ち上がった。
 どうやら完全に調子を取り戻したのか、淡い笑みを健一に向け、

「とりあえずさ、私の部屋に来てよ。結構ご機嫌な場所だよ。今は広いし」

 その言い回しに引っ掛かりを覚えたが、少し強引に手を引っ張られ流されるままに案内される。
 といっても、綾の部屋というのは先ほどまで座っていた場所にあるらしかった。
 玄関横のプレートには『有馬第三ビル』と書かれている。健一は、名前こそ知らなかったが、この建物のことは覚えていた。
 子供の頃、幽霊マンションと呼んでいたビルだ。打ちっぱなしのコンクリート外壁のせいで、 雨が降ると灰色の空に滲むように消えて見えなくなってしまう。周辺の高層建築物の中では最も高く、 それだけでも充分目立っていたので、割と記憶には鮮明に残っている。
 健一が懐かしく思っていると、綾は何故かエレベーターを通り過ぎ、階段を上がり始めた。

「あれ、階段で行くんですか? 何階です?」
「十三階の四号室だよ」
「十三階まで階段で上るんですか?」
「うん。これが階段じゃないと行けないんだよ」
「じゃあ十二階までエレベーターで行けばいいんじゃないですか?」
「それは説明しにくいんだけど……ここは十二階建てでさ、エレベーターじゃ行けないの」

 綾の話は全く要領を得ない。
 そもそも、十二階建てのビルに十三階がある、というのはどういうことだろうか。
 屋上を十三階と呼んでいるのか、あるいはプレハブでも建てて暮らしているのかと考えてみたがどうにもすっきりしない。
 疑問が解けない健一を他所に、綾は何の迷いもなく上を目指していく。

「訳わからないとか思ってる?」
「……はい」
「まあ、私も最初はそう思ったから無理もないけど。行けばわかるよ、行けばね」

 そう言うと、綾はさらに速度を上げた。
 帰るタイミングを完璧に失った健一は、嘘のように元気になった綾の背を追う。
 そして確かに、健一の記憶がおかしくなっていないのなら、十二階分の階段を上り切った。

「着いたよ。ここが私の部屋。1304」

 健一からしてみれば、このマンションは初めから十三階だったとしか思えない。
 それほど自然な現象で、幻ではなく現実に綾の部屋は目の前にあった。
 ドアを開けようと綾が懐から鍵を取り出し、そこで健一はつい声を漏らした。
 綾の持っている鍵には、どこか見覚えがあったからだ。
 先に開錠してから、綾は改めて健一に鍵を手渡し見せる。

「この鍵……」

 それは、公園のオブジェのところで拾ったものとかなり似ていた。
 僅かに違うが、鍵穴に差し込む先端部はまるで凹凸がなく、色は薄い黄。側面には綾の部屋番号、1304の文字。
 健一はポケットから、ついさっきまで存在を忘れていた例の鍵を取り出す。

「健ちゃん、それ」
「今日公園で拾ったんですよ」
「何だ、そうだったんだ」
「……何だって何ですか?」
「健ちゃんは新しい住人さんだったんだねってこと」
「は?」
「その鍵は隣のだよ。ほら、1303って書いてあるでしょ?」
「あ、これはそこに住んでる人のなんですね。じゃあその人にこれ、渡しておいてください」

 壊したわけじゃないとわかりほっとしたのも束の間、綾は健一から鍵を受け取らなかった。
 しかも何故か不思議そうな顔をして、

「違うって。その鍵は健ちゃんのだよ。たぶん」
「え?」
「ま、立ち話も何だし、とりあえず私の部屋で話そう」

 新たに湧いた疑問を解くより前に、部屋の中へと綾は消える。
 一瞬躊躇し、結局健一は綾に付いていくことを選んだ。どうしてこうなったんだろうと心の隅で思いながら。



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何かあったらどーぞ。