部屋の中には、MDコンポから流れ出す曲が響いてる。 優しい調べだ。 ピアノの旋律に合わせて、哀しい歌が聞こえる。 俺は、右手で握ったコップを、いや、正確にはコップの中の琥珀色の液体を、ゆっくりと、味わいながら飲んだ。 喉を降りていくときに胸が焼けるような感覚に襲われる。 しかしそれも慣れてしまえば、快感だった。 部屋の中には様々な酒瓶、缶が散乱している。 ビールから始まり、日本酒、古酒、泡盛、吟醸、ウイスキー、ワイン、ウォッカ、シャンパン…… よく飲んだと思う。 勿論だが、俺一人ではない。 人は、俺以外に三人いた。 一人は、この旅館の店長である少年。 一人は、この部屋の主である紅髪の青年。 もう一人は、俺の連れの少女。 全員とも、酔っぱらって眠っていた。 その風景に安堵を覚えながら、俺はまた、ウイスキーを味わう。 店長である少年は、最後まで飲むことを渋っていた。 が、飲み始めるとこれがなかなか、いける口で。 結局三人の中では最後まで飲んでいた。 責任感が強いのだろうか? それとも、他人が恐いのだろうか? 裏切られることが恐いから、 だから、歩調を合わせて、自分を抑えて生きている。 そうしなければ…………一人になるからか? 失うことが恐いのだろうか? でも、其処に無いことも恐いのだろうか? だから、必死に繋ぎ止めようとする。 だから、必要以上に出しゃ張らないようにする。 一歩引いた位置に自分がある。それが、少年の「自分」 そんな感じの、少年だった。 今は、俺の右斜め前3m。床柱に寄りかかって眠っている。 紅い髪の青年は、もっと謎だった。 初対面でいきなり「飲もう」と言いたしたのはコイツで、 そのまま、この部屋に連れてこられた。 101号室。綺麗を通り越して殺風景な部屋。 一冊の本が目に入ったが、取り分け興味を引かなかった。 青年は最初からハイペースだった。 ヱビスの書かれたビールを…………計、缶で3本飲んだ。 焼酎を、瓶の半分ほど飲んだ。 そして、一番最初に酔いつぶれた。 自分の飲んでいたその場所のまま、テーブルに突っ伏して眠っている。 淋しいのだろうか? いつかはどうなってもいいから、今、この場を誰かとともに切り抜けたい。 傍若無人な振舞いは、いかにも「今夜限り」といった感じだった。 しかし、それもわざとのような気がする …………いつまでも一緒にいると、お互いに腐っていくことを知っているからか? いろんな人を見てきて、確立した世界を持って、 それが青年の答なのだろうか? その髪の色と同じように、一瞬の煌めく炎のような他者との接点。 幸せはその時だけ。 それ以外はいらない。 それが、青年の「自分」。 そんな感じの、青年だった。 俺の連れの少女は、俺の左肩に頭を預けて、ゆっくりと呼吸しながら眠っていた。 たぶん、それほど飲んでいないのだろう。 顔はまだ白く、明らかに他の二人とは違う。 俺の一番近くにいる少女。 彼女との付き合いは長い。 俺が15歳のときに、彼女と出会った。 高校には行かず、その日その日をどうにかして暮らしながら全国を旅していたとき。 偶然、彼女と出会った。 あの頃、彼女は13歳ぐらいだった。 彼女は、まったく子供らしくなかった。 下手すると俺よりも、誰よりも"おとな"だった。 身寄りがない、と言うことが俺と彼女の共通点だった。 だから、連れていった。 誰も知らないところへ、ただ、遠くへ。 彼女がそれを望んでいた。 だから俺は、彼女を連れていった。 ……今も、彼女は遠くを見つめている。 遠くは見えないから、 何時だったか、そう言っていた。 遠くには何があるか分からないから。 それが、良いことか悪いことか分からないから。 だから、遠くに行きたいんだ、と。 彼女は、遠くにあったものに近づいたときに、それが良いことであったことが無いのだ。 彼女はずっと、否応なしに、遠くを見つめる行為をせざるを得ないことと向き合って来たのだろう。 そして、気付いたのだろう。 実は良いことなんか一つもなくて、彼女は、何時までも何処かに羨望を抱きながら生きていくしか無いことを。 それが、彼女の「自分」。 俺は、ひたすら彼女につきあった。 見つけてやりたかった。彼女の求めるものを。 そして、彼女の考えは間違ってると教えてやりたかった。 その為だけに、4年間。 日本全国、殆どのところを回った気がする。 4年間旅をして、彼女はこういった。 「次の場所は近くでもいいよ」 意味が分からなかった。 「見つけたよ。居場所」 何処に? 俺はそう思った。 「……ねぇ、これからも、キミと一緒にいてもいい?」 ……あの時から、今度は、俺と彼女は少しづつ旅をしている。 二人で一緒に。 どんな時でも一緒に。 俺には、足りないものがあると思っていた。 だから、高校を蹴って旅を始めた。 そして、彼女と一緒に旅をした。 彼女は見つけた。 自分の居場所。一番近い場所。 俺の傍ら………… 俺は、未だによくわからない。 でも、彼女のそばにいたいと思う。 そばにいて、支えてやりたい。 甘やかすぐらいに、してやりたい。 お人好しかもしれない。 ただの馬鹿かもしれない。 でも、俺には、 …………思いやりとか、そういうものが足りなかった気がする。 だから、彼女のそばにいたい。 彼女を愛してやりたい。 彼女のため。 自分のため。 俺は、何もできなかった。 一人じゃ、何もできなかった。 逃げることしかできなかった。 まっすぐ見つめるなんてできなかった。 それが、「自分」。 でも、俺は、 …………今も、変わりつづけている、と思う。 俺だけじゃない。 店長も、青年も、彼女も…… みんな、みんな………… 俺は、残っていたウイスキーを呷った。 胸を焼く感覚が心地よい。 そして、コップをテーブルの上に置いて、 眠ることにした。 時計は二時を指していた。 秋の虫の泣き声もゆっくりフェードアウトしていく。 穏やかだった。 ……ただ、穏やかだった。 最後に、歌だけが聞こえた。 『……たくさんの…思い出が…ある……他には…何も…いらないくらい…………』 微妙な寂寥感に襲われた気がする。 しかしその時は、既に夢心地だった。 補完解説 「自分」というテーマのこのSS。 この話に登場するのキャラクター達はそれぞれ独特の「自分」を持ちながら、 実は、それぞれが筆者の「自分」の一片を表わしているのである。 誰かと一緒にいたいと思っている「自分」。 でも、いつかは居なくなるのならば、最初からいらないと思っている「自分」。 ただ、うやむやなものを追いかければそれでいいと思っている「自分」。 そんな「自分」を、誰かを愛することで、変えていきたい「自分」。 人、一人。 様々な思いの集合体であり、とてもではないが、語り尽すことなどできない。 この作品は、神海心一様へ送らせていただきました。 『さまようもの と たゆとうもの』。 『自分』というテーマで書いていただいたんですが……言いたいことは上で秋弍さんが言ってますね。 自分っていうのはひとつじゃなくて、色んなモノが混ざり合ってできてるわけです。 だから、難しいしわからない。でも、何かある。 訳わからないのが人間です。不思議なモノなんですよ。 ではでは秋弍さん、ありがとうございましたー。 |