「そういう時は嘘でも口先だけでも否定するものですよー」
「む・・・精進します」
「期待してますよ?」
「佐祐理さんの呼称にもね」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
元気です
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 年齢差というものは、若ければ若いほど大きく感じる。例えば18歳の青年が14歳の少女と関係を持っているとしたらかなり色々と突っ込まれることになるだろうが、26歳の社会人が22歳のOLと結婚する、となっても別段誰も驚いたりはしない。
 この年齢差の重みは「学年」というファクターの所為でもある。高校生なら、3年生と2年生の間は1つしか離れていないのに「卒業」という区切りだけで大きく差をつけられたような気分になってしまうのだ。
 だがそのブラ下がったような処理し難い気分も、この日で終わる。相沢祐一は下の方だった成績に鞭を打ち、先輩であり恋人であるところの倉田佐祐理と同じ大学への進学を決めたのだ。それを報告した時の彼女の喜びようや、都合で卒業式を見に行くことが出来ないと伝えてきた時の申し訳なさそうな顔、ヒマを見つけては受験勉強を手伝ってくれた時の僅かな厳しさを思い返しつつ、祐一は階段を昇り切った。
 踊り場。ここへ立ち寄らなくなった1年間。そうした感慨を飲み込むと、ブレザーの前を閉じ、まだ肌寒い北国の春一番を警戒しながら、祐一は屋上へ出た。
 ごう、と耳を劈くような強風がほんの一瞬だけ流れ込んできた。反射的に顔を覆い、目を瞑る。
 ゆっくりと開いたその眼前には、目も眩む朱色。雲と雲の合間に同系色のグラデーションを侍らせ、尚その存在を圧倒的なまでに誇示する夕方の傾いた太陽。思わず息を飲む。
 誘われるように空を見上げたまま歩を進める祐一の背後で、扉が閉まった。
「あ、祐一さん」
 その音に反応したのか、祐一の視界外から、声がかかる。よく聞きなれた声だった。
「・・・佐祐理さん」
「ごめんなさい、本当は講堂へ入って式を見ていたかったんですけど遅刻しすぎちゃって」
「父兄として?」
「もう、佐祐理はそこまでおばさんじゃありませんよー」
 冗談を口にしながら、声のした方を振り向く。
 フォークロア調に整われた少しシックな私服、そのスカートが靡くのを片手でやんわりと抑えた佐祐理が、ポツンと立っていた。本当に、ポツンと。
「でもどうして屋上に?」
 問いながら祐一は鞄を背負いなおし、歩み寄る。
「ただ待っているのもつまらないじゃないですか。折角ですから、校舎でも見て回ろうかなって」
「それで、ゴールが屋上だったと」
「そうなんですよー」
 踊り場じゃないんだ。
 そう思ったが、口にはしなかった。出来るほど、祐一は無神経ではない。そして無神経ではないからこそ、彼女とは変に距離をおいた状態で、立ち止まってしまった。
「屋上に居ると、気持ち良いですね」
 言って、佐祐理は空を見上げた。卒業の後、短く肩の上で切りそろえられた髪も少し伸び、見慣れたリボンがそれを束ねている。
「見てください祐一さん、人工物が1つも目に入らないんですよ」
「確かに、そうですね」
 やや小高い位置に聳える校舎の屋上で空を見れば、確かに視界は朱色しか入らなかった。
 祐一は一瞬だけ言葉に従い、佐祐理を見据える。視線に気付いて首を下げた彼女が、笑った。
「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「来月から大学生ですね祐一さん」
「ちょっと実感無いですけどね」
 いつまでもこんな会話を続けていたくはなかった。先ほどから心中を、痛いくらいの焦燥感が襲っている。原因は解ろうとしなければ捨て置けるが、明らかに彼女だ。
 どうしてそこまで凄惨に笑うのか。
 笑っているのに翳りしか見えないのは何故なのか。
 未だに一人称が「佐祐理」で、祐一を「祐一さん」と呼ぶ彼女の、何か。
 知りたくても、避けてきた部分だ。
「で、どうします?」
「はぇ?」
 再び空を仰いでいた佐祐理が、やや間抜けた返事をする。
「いや、これから。ココへ来れたってことは時間、あるんじゃ?」
「あはは、そうですね」
「佐祐理さん」
「・・・卒業式は、印象に残るものでしたか?」
 不意に、佐祐理の声質が変わった。表情も、微笑んではいるが先のように凄惨な笑顔ではなく、淡い。
 例えるならば、普段の彼女の微笑がくっきりと万年筆で描かれたようなものだとすれば、今の彼女は水彩絵具で描かれた抽象画のようだ。そのつかみ所の無さ、希薄さが、祐一の焦燥感を更に煽る。
「印象には・・・残りませんでした」
「どうしてですか?」
「・・・・・・」
 また、風が吹いた。
 祐一の沈黙を、押し流す。
「どうして、ですか?」
「じゃ、佐祐理さんはどうでした?」
 立て続けに、強風。
「あはは・・・残りませんでした」
 逆に問い返した祐一に、強風から顔を守りつつ、佐祐理はまた笑いながら答えた。
「だって、佐祐理は、1人でしたから」
 形の崩れたストールを羽織り直すと、理由を口にし始める。
「・・・舞は、居ませんでしたから」
「佐祐理さん」
「卒業式の間だけはきっと、物凄く孤独でした」
 夜間、校舎内で失血死をしている川澄舞が発見されたのは、今から1年と少し前のことだ。彼女を通じて佐祐理と知り合うことで始まった騒がしくも平和な日常は、3人のうち1人の死去という形でイビツなモノへと姿を変えた。
 人当たりも良く、美人な佐祐理が何故自分を気に入ってくれたのかは、祐一には解らない。解らないが、3人が2人になって、それが男女だったが為だけに出来た関係ではない、という確信だけはある。彼女の言うように、孤独を紛らわせるためだけだとしても、祐一は素直に嬉しかった。
「舞が居なくなって、もう1年も経つんですね」
「・・・そうですね」
「舞も、1人でした。ずっと、長い間。佐祐理も、きっと根本的にはそうでした」
 そんなことない。
 言いかけて、何とか抑えた。そんな無責任な言葉は許されない。
「大学は、楽しいですよ、祐一さん」
 急に主題を変えたような物言いに、祐一は黙って先を促す。
「でも、楽しいと思うより・・・寂しい」
「寂しい」
「あはは・・・1人ぼっち、ですから」
 佐祐理はまた、凄惨な笑みを零した。さっきと違うのは、頬が濡れていた事だけだ。
「舞と同じです。佐祐理は、また友達を失うのが怖くて・・・学校でも、1人で居ます」
「・・・解る、気がします」
「そうすると、次第に佐祐理みたいな子には人が寄らなくなってきますね。誰にも意識されず、誰にも見られず、1日をただ漫然と過ごすだけ」
 朱色は、紫に近くなっている。風も強くなり、雲の流れがやけに早かった。
 それに後押しされるように、佐祐理は続ける。
「観測者無しには、どんな事象も存在出来ないんです。誰かに意識されなければ無いのと同じ、なんです。そうあるように、佐祐理は」
 変に置かれた距離を、祐一は弾かれた様に詰めた。抱き締めようとも思ったが、彼女の顔を見たくてそれはやめる。はっとするほど細い両肩に、手を添えた。
「佐祐理さんは俺が嫌いなのか?」
「そんな」
「共有している時間が短いと、俺は佐祐理さんの観測者にすらなれないのか」
「・・・ごめんなさい」
 言って、佐祐理は顔を俯ける。祐一が少しだけ視界に入るようになった後頭部を撫でると、返事をするように彼の腕を握り締めた。
「でも、やっぱり・・・離れてると、怖くて」
「そんなの、俺だって」
 喘ぐように呟いた佐祐理に、同意する。舞が居なくなって、2人の距離は非常に微妙な意味を持っていた。余人には解り得ない、ごく微細な、しかし大雑把であからさまな意味。
 そこが、佐祐理には恐怖だった。
「祐一さん」
「ん?」
「来月から佐祐理の後輩になる祐一さんに、お願いがあります」
 1度、ぎゅう、ときつくしがみ付いてから、佐祐理は離れた。覚悟を決めるかのように、紫色の雲を見つめる。吸い込まれそうな、暗澹とした雰囲気と、何もかもを投げ出してしまいたくなるような、排他的でありながらも安心を感じる空は、ひどく深い。
 祐一は、空を見上げる佐祐理を見詰めて待った。耳元から顎にかけての、美しいと言うにはばかられない稜線。そこにかかっていた残り火の太陽光が、姿を消した。
 佐祐理が真っ直ぐにこちらを見据えている。どこか儚い。
「佐祐理さん?」
「・・・お願いが、有るんですよ」
 佐祐理は小さく息を吸い、吐いたようだった。
 形の良い唇が、動く。
「佐祐理のことだけ、見てくれますか?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「女の勘、と言うよりも、解り易かったんです」
 祐一の卒業式から暫く経ったある日。
 唐突に屋上での話題を佐祐理は切り出し、そう言った。
「だから、佐祐理は卑しいのかも知れませんね」
「・・・俺は何て答えれば」
「もう」
 祐一の心境。懊悩。小さな悔悟。
 そうしたものを一身に感じつづけた、倉田佐祐理の1年。
「そういう時は嘘でも口先だけでも否定するものですよー」
「む・・・精進します」
「期待してますよ?」
「佐祐理さんの呼称にもね」
「あ、あはは」
「笑って誤魔化しそうとしてもダメです」
 川澄舞を失った喪失感を埋めたかっただけだ。
 そう言われれば佐祐理は閉口せざるを得ないかもしれない。が、気持ちだけは確固たるものだ。それを敢えて口にする程佐祐理は不器用ではないし、また口に出来る程器用でもない。
 佐祐理から視線を外した祐一の、横顔を覗き込む。その鼻梁を、滑らせるように人差し指でなぞった。
「うわっ?」
 驚いて振り向いた祐一の唇を、一瞬だけ塞ぐ。
「・・・なんでまた急に」
「あはは、理由なんてありませんよー?」
「・・・というか、要りませんね」
「ええ、要りません」
 今度は祐一からキスをする。
 背中に回された手の暖かさを感じながら、彼女は親友に告げるように心中で呟いた。
 
 舞、佐祐理は、私は元気です。
 
 祐一に、佐祐理はしがみついた。
 彼からの愛情を、今はもっと感じたいのだ。
 
 
 

 あとがけ
 
 というワケで9がつビョー郡体ことcamelと言いますコバワー。
 神海さんにおかれましては突如こんな鬱っぽいSSをお送りすることをお詫びすると同時に10000ヒットおめー!(壊
 これからも益々のご発展を願いまして、短いですがお祝いでした。
 
 ちなみにこのお話の裏、というか祐一の心境、お気づき頂けたでしょうか。僕の書き方があまりに抽象的すぎて解らないんじゃないかという不安はもう盛大にあるワケですがw
 舞は亡くなってしまっています。その後、祐一と佐祐理さんは関係を持つようになり、1年経過、と。
 でもその間、燻るように祐一は舞に惹かれていた、という設定。
 お暇でしたら、コレを踏まえて読み直して頂けると、なんてw
 
 ではでは、まとまりませんがコレにて。神海さんごめんなさいw





ありがたくもいちまんひっときねんを頂いちゃいましたー。幸せですよ私は。


私程度じゃさほどいいコメントが見つからないんですけど(ぉ
どうしても、喪失感ってのはありますからねぇ。舞が抜けると。
この辺は結構いろいろエグい話になりますが、ひとつ言えることがあるとすれば、舞はきっとふたりの幸せを望むんだろうな、って。
是非とも、是非とも祐一くんと佐祐理さんには頑張っていただきたいです(何


ではでは、ホントありがとうございましたー。