今日は日曜日。一日フリーなので、やりたいことを実行することにした。
・・・ただの散歩だけど。
この前もそんなことをやっていて仕事先を見つけられたんだし、結構散歩で得られるものは大きいんじゃないか。
そんなことを思って外を見てみると。
――――――――天気は僕には味方してくれなかったらしい。
僕は、天気の悪い日はとにかく好きになれない。
朝起きた時からもう気分が悪くなる。
いつもこういう日は家でじっとしているのだが、今日は何だか身体が軽かった。
ま、たまには雨の日の情緒を楽しもう、と若者らしからぬ思考の元に傘を持つ。
好きな場所。この土地でもまたそれを見つけた。
神社―――――――といっても僕の場合社だけを指すのではない。
昔から一人でこういうところに来るのが好きだった。
目的は涼む、とか落ち着く、とかそんな感じだ。別に深い理由なんてない。
お参りもしない。神様がいないってことはもう知っているから。
もしいたとしたら、それは全然平等じゃない神だろう。
少なくても、僕にとっては。
見渡す。どこの神社でも周りは緑で埋め尽くされていることが多い。
少し風が吹く。細い柳が揺れる。その音は弱弱しかった。
―――――――綺麗だ。もう少しすれば、ここも紅葉が目立ってくるのだろう。
歴史は、古そう。入り口の鳥居の所にだれそれが建てた、などという看板がある。
名前は知らなかったが、どうやら江戸時代の人物みたい。
柳以外の木々に目を向けてみると、雨が持ってきた雫でしなっているものが多い。
水は、植物の源。彼らの糧となるはず。
でも、植物たちが僕と同じようにうなだれていると見えるのは僕の気のせいなんだろうか。
続いて蛙を発見した。これはアマガエル、かな。本物を見るのは久しぶりだ。中学校以来だろうか。
あの時は、そんな当たり前のことには目もくれなかった。
周りには目を向けなかった。いや、見ないようにしていた、といったほうが正しいだろうか。
ぴちゃん、と足跡を残して、通り過ぎた。今と同じ無表情で、無感動で。
蛙は、そのころころとした丸い目でそんな僕を見ていて、何を思ってたんだろう。
それは、まだ分からないこと。
しばらくそうやって久しぶりの「外」と触れ合っていたが、階段の下から、ふと傘が見えた。
青色の、小さめの傘。緑ばかりの神社の景色に、新たな色が添えられた。
「また会っちゃいましたね」
そう言われた。顔を覗き込んで見たら、深夜の公園の彼女。
・・・予想もしてなかった。
「恵美です。内藤恵美。あなたは上条悠さんでいいんですよね?」
そういえばまだお互いの名前さえ知らなかった。なぜ名前を知っているのか不思議に思っていると
川嶋さんが教えてくれました、と軽く微笑みながら答えた。
彼女の話を聞くと、どうやら弟のいる病院に行くとのこと。
この間出会った時もその帰りだったそうだ。
時間があるときはここに寄ってお参りをしていくことが多い、という。
おそらく弟さんの病気のことを神様に頼むのだろう。
自分の、悟ったような、諦めたような、そんな思考が少し嫌になった。
そして、あっという間に病院。自分が何故連れてこられたのか、僕にもさっぱり。
彼女曰く「弟と仲良くしてくれそうだから」。
僕は、そんなに愛想も良くないしとてもそうは見えないと思うんだけど。
彼女も嬉しそうだし、まあいいか、と思う。
病室に入る。
「いらっしゃいおねえちゃ・・・誰?その人」
「ほら、この間話したでしょ。あのギターの。名前は上条さん」
「ああ〜この人がそうなんだ。何かイメージと同じ感じ。すごく優しそうな」
・・・いきなりそう言われるといったいどう返してよいものかわからない。とりあえずお辞儀をしておいた。
「僕は幹人、内藤幹人といいます。趣味は星観察ですっ」そう学校の自己紹介っぽく言われてお辞儀を返される。
「幹人は結構ここにいるの長いんで、知らない人に会うのも久しぶりなんですよー」
彼女は笑顔だ。よほど兄弟の仲がいいんだろう。
「あ、あの・・・」幹人君が言いにくそうに何かを言おうとしているので、じっと彼を見ている。
こういう時、言葉がないのは本当に不便だ。
「ギター、僕にも聞かせてくれませんか?素晴らしい演奏だってお姉ちゃんが言うから」
・・・どうしようか。今まで頼まれて弾いたことはない。なんとなく腕をひけらかしているようで嫌だからだ。
自分の曲にそれほどの価値があるとも思えない。
でも、こう素直に頼まれると無下に断るわけにもいかないし。
あれこれ考えていると、内藤さんは言った。
「ただの我侭なんですけど、でも、本当に綺麗な音だったから。
長い間ここに寝っぱなしのこいつにも聴かせてやりたいな、って心からそう思ったんです。
上条さん、もしお暇なときがあったら聴かせてやってくれませんか?私からもお願いします」
兄弟そろって頭を下げる。僕は慌てて紙に言葉を綴った。
[じゃあ、午前中にここに来ますから]
そう短く告げると、こちらが申し訳なくなるほどお礼を言われた。
一通り話をして、幹人君と別れた。彼は、会話中もずっと笑顔でいた。もっとも、僕は紙と鉛筆を通してだが。
帰り道で、内藤さんは言う。
「久しぶりですよ、あいつがあんな顔するの。さっきも言いましたけど、私以外の人とはしばらく話をしてませんでしたから。
やっぱり私の目は正しかったです」
「じゃあ、この辺で。ギター、よろしくお願いしますっ」
彼女は歩いていく。遠ざかる。見えなくなる。
僕も歩く。それはいつもの帰り道であってそうじゃない。
明日の、弾く曲を嬉しさまじりで考える僕がそこにいた。