wisteriaで仕事を始めて、今日で三日。
・・・早くも、不安になってきた。





まず、客が本当に結構いる。
このあたりには確かに喫茶店のようなお手軽に休憩できる場所が他にないため、当たり前かもしれないが。
主に来るのは高校生と主婦。高校生は放課後、主婦は午前中に来ることが多い。
どちらの人達にも、そのパワーで僕は圧倒されている。
本当に大丈夫なんだろうか・・・




マスターの名前は川嶋さんというらしいが、マスターと言われるほうが好きらしい。
でも、客の誰一人としてマスターをそう呼んだ人を見ていない。
だから、僕だけにでもマスターと呼んでほしいらしい。だから、そうすることにした。





働く時間帯は、本当に自由だ。開店は10時からだが、別にその時間に来なくても良いとのこと。
だから、僕は主に午後に来させてもらっている。午前中は、別のことに時間を使いたいことが多いから。
閉店は6時と比較的早いので、それからでも十分時間が使える。
今日も、午後からのバイトにし、マスターから料理を教えてもらっている最中である。
でも、これがなかなか難しかった。



「ああ、ここでケチャップをほんの少し入れて・・・そう、そしてこしょうを・・・
ああ、それじゃちょっと入れすぎだなぁ。ま、最初だからね。じゃ、次はこっちのパセリを・・・」

はっきり言って上手すぎる。いったいどこで覚えてきたんだろうか。
別に料理学校に通っていたわけでもないらしいし、そういう職についたのはここへ来てからだそうだ。
そういえば、ちょっと気になる主婦達の会話を少し耳に挟んだ。




「川嶋さんもねぇ、結婚したらいいのに」
「ホントよねぇ。あんなにかっこいいならいくらでもお相手がいると思うんだけど。
でも彼、あんまりそういう話しないのよ。こっちから話すと、うまくはぐらかされるし。
何か事情があるのかもしれないわね」


彼にも、何かあったんだろうか。
まあ、それは僕が知るべきことではないだろう。過去は、過去でしかない。
僕には、所詮関係ないことだ。









マスターの料理伝授が終わった所で、一息ついた。
料理って、疲れるんだなぁと思いながらカウンターの椅子に座って頬杖をついていると、唐突にドアが開いた。








「川嶋さ〜ん、今日も来ちゃいましたぁ〜」








制服を着た女の子がそう言って入ってくる。
もう見慣れた制服だ。このあたりの高校の生徒の一人だろう。それにしても川嶋さんを名指しで来るとは。


「おぉ〜絢ちゃん、相変わらず元気だねぇ。今日は、恵美ちゃんは一緒じゃないんだ?」
「そうなの、今日は病院に行くからまた今度だって。まあ、しょうがないよねー」
どうやら常連のようだ。この数日で大体常連とそうでない人がマスターの話し方で判別できるようになっていた。
「あ、悠君、紅茶出して。砂糖は二本ね」
そう言われたのですばやく作業を行う。もう大分手つきが手馴れてきた。


用意している最中に、女の子に話しかけられた。
「君、ここで働いてるの?いいなぁ〜私も働きたい〜
でも、川嶋さんダメっていうからどうしようもないんだけどね。
君何歳?結構若いよね。でもここらへんの人ではなさそうだし・・・
あっ、分かった。君は旅の人だね。諸国を旅して回ってるんでしょー。
それでこの街にたまたまたどり着いたんだ。いいよねーここ。景色も綺麗だし。
いつからここにいるの?恋人いる?家族は?」




元気がいいのはいいんだけど、そんなにいきなりいろいろしゃべられても困ってしまう。
ましてや、僕は失語なのだから。僕がたじろいでいると、
「おいおい絢ちゃん、そんなに一気に喋っても彼が答えづらいだろう?
悠君はただでさえおとなしいほうなんだから。ちゃんと手加減してあげなよ。
君はホント、パワーに満ち溢れてるからなぁ」
マスターが助け舟を出してくれた。本当にありがたい。
「え〜、そんなに私って元気かなぁ?今日はむしろいつもより抑えてるほうだと思うんだけど。
まあ、いいか。それにしても川嶋さん、やっぱりおいしいですねぇ〜これ。」
紅茶を飲みながらも器用に喋り続ける女の子。
・・・ちょっと、苦手だ。






30分ほど話した後、彼女は店を後にした。最後は名残惜しそうにしていたが。
「彼女はここのお得意さんなんだ。一番ここに来てくれてるんじゃないかな」
やっぱりか。ということは、これからも彼女と幾度となく会うことになるだろう。
まあ、僕がここで働けるのも彼女のおかげでもあるのだから、よしとしようか。














夜10時。そろそろ誰もいないだろう。
そう確信して、もう日課となっている公園に向かう。
今日は、雲がかかっていて空は寂しかった。本来はこんな所に一人でいるんだから別に晴れていたって寂しいんだろうけど。
静かであることが怖くなり、自然とギターの音を強めてしまう。
おかしい、こんなことは今までなかった。





[本当に一人ぼっちだ]唐突にそんなことを考えてしまった。もうそんなことは当たり前であるはずなのに。