楓街という名前は、非常に似合っている名前であるように思える。
もちろん他の植物がないわけではないが、確かに街の周りは楓であふれている。
でもこの名前がついたのはただ楓があるからだけではないと思う。
この街に住んでる人の雰囲気とか、そういう他の要素も混ざって名前が存在していると私は考えている。
幼い頃から育ったこの街だけど、絶対にこの街はここひとつしかない。
そんなことを考えながらの帰り道で、ふといつもとは違う雰囲気に出会った。







夜は好きだ。暗いというところも、静かというところも、そしてどことなく寂しいというところも。
ギターの音が最もよく響き、自分を感じられる。
だから、旅の途中で新しい所に着くとこのような場所を探しておくことを僕は必ずする。
ここはちょうどすぐ周りには家がない。以前うるさいと言われたこともあったが、ここでは大丈夫そうだ。
いつもの通り、調弦を行い、軽く指鳴らしをする。今日は何を弾こうか。
少し考えていると、小さな足音がした。


「ギター・・・ですか?クラシック・・・ですよねこれ。
すいません、私、こういうのにはすごく疎くって」女の子がまるで友達のように話しかけてくる。
女の子、という年ではないだろうか。活発そうな人だ。
「あの、もしかしてお邪魔でした・・・?」僕が何も答えないのを不安に思ったのか、ちょっと哀しそうな顔で彼女はそう言った。
答えないのではない。答えられないんだ。
そう伝えたかったが、伝える手段はどうやらなさそうだ。そう判断し、僕は軽く首を振ることにした。
すると彼女は嬉しそうな表情をして、話を続けた。
「この辺で楽器を弾く人はまあいるにはいるんですけど、ギターを弾く人を見たのは始めてで。しかもこんな夜に。
でも今日たまたま帰りが遅くてよかったです。いつもなら外には出てない時間ですから」
微笑みながら話す。でも僕と会ったことがそんなに嬉しいことなのだろうか。
いくらギターが珍しいとはいえ、こんな時間に公園に一人でいる男なんてろくなもんではないのに。
「何か弾いてみてくれませんか?曲名とかは全然わかんないんですけどね」
彼女がそう言ったので、ギターを持って弦に指をかける。
爪が少し短いかな、と考えながら弾き始めた。


「・・・・すごいです」彼女から出たのはその一言だった。
「まったくの素人の私ではそんな感想しか言えませんけど、すごく不思議な感じです。
あなたは、プロなんですか?」そう聞かれて僕はまた首を振る。
「それであんな演奏ができるなんて、本当にすごいですね。私も習えばよかったなぁ」
そういう風に自分の腕を素直に褒められたのはどのくらい前だっただろうか。
まさかこんな時間のこんな場所で自分のギターを披露することになるなんて思ってもみなかった。
でも、僕はともかくこの僕の相棒の音が褒められたのは正直うれしい。結構古いけど、深みのあるいい音を出してくれるのだ。


「じゃ、そろそろ帰りますね。また、聞かせてください」
彼女が公園の入り口のほうを向いて歩いていく。僕はまだ公園内のベンチに座ったままだ。
なんとなく彼女が視界から消えるまで自分は動きたくなかった。



上を向いてみる。そこにはさきほどまではなかった四等星くらいの星と、月が並んでいた。
電灯の光と月光、そして届いているのかも分からないか細い星の光の下で、再び音を作り始めた。







今日は、弾き続けたい。