七月二十日。 夏休みの始まり、わたしは路面電車の駅に来ていた。 改札手前で壁に背を預け、両手には大きめのハンドバッグ。時折駅の時計をちらりと確認しながら、抜けるように青い空を見上げる。 十時四十分、約束の時間まではあと二十分ほど。 「……まだかな」 勝手に早く来ちゃったのは自分なのに、何だかわがままだよね、と思う。 それでも期待してしまうのが乙女心というか、むしろ期待し過ぎてさっきから胸のドキドキが治まらない。 一緒に出かけて、映画だって見に行ったりもしたけれど。 まこちゃんとふたりきり、これがデートなんだって考えるだけで、わたしの心臓はじゃんじゃか高鳴る。 勿論、そんな様子を表に出すつもりはない。 もしかしたら気付かれてるのかもしれないけど、まこちゃんの前では“いい女”でいようと決めてるから。 静かに深呼吸。 息をゆっくり吸って、吐いて、もう一度時計を見やる。 こないだと同じなら、きっともう少し。 まこちゃんの家の方角に向き直り、弱い風になびく髪を押さえつつ、わたしは手元のバッグ――その中に入っているお弁当に思いを馳せた。 「……できたっ!」 「やったねみなもお姉ちゃんっ」 「うん、ありがとう、ひなたちゃん」 わたし、鳴風みなもは、恥ずかしながらこれまでちゃんと料理を作ったことがなかった。 いくつか理由はあるけれど、お父さんがすごく上手で、上手過ぎてわたしに料理する機会が皆無だったことが大きい。本当に何でも作れたし、特にお客さんが来た時なんかはびっくりするくらい張り切るものだから、キッチンにわたしが立ったことは、片手で数えられる程度。 当然それで上手くなるはずもなく、初めてまこちゃんにお弁当を振る舞った際、我ながら酷過ぎる出来に物凄くへこんだ。しかも、指摘されるまで全然自覚もなかったからダメージ二倍。恥ずかしくて申し訳なくて、ついでに女の子のわたしより料理ができるまこちゃんにちょっぴり理不尽な気持ちを抱いたりもした。 とはいえ、そのままで済ませていいわけがない。まこちゃんの勧めでひなたちゃんのレッスンを受けることになり、数十回のチャレンジと同じだけの失敗を経て、どうにかこうにか食べられるものは作れるようになった。 最初は何度も指を切ったし、じゃがいもの皮を剥き過ぎて身がほとんどなくなったり、簡単な目玉焼きさえ黒焦げにしちゃったりもしたけれど。 今回、ようやくひなたちゃんのお墨付きをもらうことができた。 「まだ形は不揃いだけど、味に関してはもう大丈夫だね。ちゃんとおいしいよっ」 「ひなたちゃんくらい綺麗に切れるようになれればいいんだけどね」 「みなもお姉ちゃんならいつかできるよ! 何年か頑張って続ければ!」 暗に時間が掛かると言われてちょっとがっくり来たけど、こればっかりは仕方ないかな、と思う。 まこちゃんとひなたちゃんの料理の腕は、二人だけの生活で築いてきたものだ。お父さんに任せっきりだったわたしは、今までしてこなかった分を取り戻していくしかない。 「んー、でもみなもお姉ちゃん、本当に料理上手くなったと思うよ」 「……そうかな。うん、ありがとう、ひなたちゃん」 「えへへ」 感謝の気持ちを込めて、まこちゃんみたいにひなたちゃんの頭を撫でる。短めの髪を乱さないように、優しく。 目を細めたひなたちゃんは、使い終わった食器や調理器具の片付けを続けつつ、 「これならお兄ちゃんも認めてくれるんじゃないかな」 「まこちゃんも……」 確かに、あの無惨な出来のお弁当に比べれば、わたしの料理の腕は格段に上がった。上がったんだけど、大事な初めての機会で盛大な失敗をしちゃったものだから、どうしても腰が引けるというか。 また「マズい」とか言われたら、ちょっと立ち直れないかもしれない。 まこちゃんそういうところは遠慮しないし……。 「もしかしてみなもお姉ちゃん……自信ない?」 微妙な気持ちが顔に出てたのか、こっちを向いたひなたちゃんがそんな風に訊いてきた。 一瞬言葉を濁そうかと思い、やめる。 「あ、えっと……うん。正直に言うと、ね」 「ひなたは全然問題ないと思うんだけどなー。お兄ちゃんならちゃんと全部食べてくれるよ」 「うん、それはわかってる」 「じゃあさ、折角夏休み入ったんだし、お兄ちゃんをデートに誘えばいいよ! お弁当作って持ってって、一緒に食べればいいんじゃないかなっ」 デート、という単語に、わたしの心臓は跳ね上がる。 ひなたちゃんの提案は合理的で、魅力的だった。メインはあくまでデート。お弁当を食べてもらうのはついで。そう考えれば、ほんの少しだけ胸の辺りが楽になる、気がする。 駄目出しされる可能性には変わりない。 けれど、まこちゃんにまた嫌な思いをさせちゃうかもしれないという危惧より、喜んでほしい気持ちの方が勝った。 頷いて、心を決める。 「ひなたちゃん、わたし、やってみるよ」 「それでこそみなもお姉ちゃんっ! ひなた応援してるよっ」 「あはは……うん、頑張るね」 料理実習の時はほとんどまこちゃんに任せっきりで、体育祭の時もメインはひなたちゃんだった。 サポートなしでチャレンジするのはやっぱり不安だけど、いずれは通らなきゃいけない道。今度は自分一人の力で、まこちゃんにおいしいって言ってもらえるものを作ってみせる。 そうやって密かに決意を固めていると、一連のやりとりをリビングから見ていたらしいお父さんが、明らかに嬉しそうな声色で、 「そうか、真くんとデートかぁ。二回目だし、これはお赤飯を炊く必要があるかもしれないね」 「え!? ……も、もうっ、お父さん!」 ほんの一瞬、その光景を想像したのは秘密だ。 きょとんとしたひなたちゃんに苦笑いを向けながら、わたしは残りの片付けを急いだのだった。 そういう経緯で、わたしはここにいる。 ひなたちゃんの協力を得てまこちゃんとの約束を取り付け、前日の夕方から試行錯誤を繰り返し、ついに完成したお弁当をハンドバッグの中に仕舞い込んで。 さっきの深呼吸で胸のドキドキは多少静まったけど、平常心からは程遠い。たぶんまこちゃんが来たらまたぶり返すんだろう。身構えるなという方が無理だと思う。 髪は乱れてないかな、とか、服に変な皺が付いてないかな、とか、一度気になると止まらなくて、手鏡でチェックしちゃったりして。 一通りの確認を終えて問題ないことに安心していると、視線の先に見慣れた姿を捉えた。 「まこちゃん!」 小さく手を振るわたしに、まこちゃんは駆け寄って「よう」と右手を上げる。 自然な動きで隣に並び、一息。 「今日はどんだけ待ったんだ?」 「えっと……約束の三十分前には着いてた、かな」 「お前なぁ。俺がいつ頃来るかなんてわかってんだろうに。もうちょいゆっくり来ても大丈夫だと思うぞ」 「いいの。前にも言ったけど、待つのは嫌いじゃないから」 そう。 まこちゃんと再会するまでに掛かった年月を考えれば、五分や十分は全然大したものじゃない。 必ず来てくれるってわかってるなら、それはドキドキするけど楽しみな時間だ。 「まあ、お前がそう言うんならいいけどさ。で、今日は買い物の後に公園だっけ?」 「うん。お昼ご飯はわたしに任せてね」 「先に言っとくが、そんなに持ち合わせはないからな」 「大丈夫、まこちゃんに負担は掛けないから」 「そうしてくれ。んじゃ行くか、みなも」 一歩前に出たまこちゃんが、わたしの名前を呼ぶ。 それに声を返して、お弁当の中身が崩れないように隣へ付いた。 ――わたしがお昼を作ってきたことはまだ、教えないでいる。 十一時を待たず電車に乗ったわたし達は、数駅先で揃って降りた。 最寄り駅から学園までの間にある、特に女の子に人気のお店が並ぶショッピング通り。夏休み入りたての休日だからか、いつも以上に賑わってるようだった。 人が行き交う道を、目的を決めないままに歩く。 「ウインドウショッピングってやつか」 「まこちゃん、お金ないみたいだしね」 「うるせー。バイトなんてしてないんだし、学生の財布の中身に期待する方がおかしいだろ」 「ふふ、わたしもおんなじ。だけど、物を買わなくてもいろんなところを回るだけで楽しいかなって」 「そういうことなら冷やかしのプロである俺に任せろ」 「ぷ、プロなんだ……」 「おう。冷やかし八段だぞ」 たまにまこちゃんは変なことを言うけど、面白い。 今も、わたしを楽しい気持ちにさせてくれる。 「あ、小物屋さんだね」 「女は何でこんなのを欲しがるんだろうなぁ。男にはいまいち理解できない趣味なんだが」 「可愛いデザインの物が多いし、値段も手頃だからじゃないかな。服に合わせたのを身に着けるだけでも、結構目を惹いたりするんだよ?」 「ふうん……お、髪留めも売ってんのか」 「これなんてひなたちゃんに似合うんじゃないかな」 「あいつに髪留めとか必要なのか?」 「まこちゃんが買ってあげたら、喜んで着けると思うよ」 「じゃあ買わん」 「……もう」 あれこれ言い合いながら、店員さんに見送られて出る。 次は服屋さん。どっちかというと女の子向けな感じだけど、試しにいくつかまこちゃんのを見繕ってみた。 「着やすけりゃ何だっていいんだがなぁ」 「駄目だよまこちゃん、折角かっこいいんだから」 「そんな評価、お前以外から聞いたことないぞ」 「……わたし以外から聞いてたら困るけど」 「ん? なんか言ったか?」 「ううん。何でもないよ」 さすがに買わないのに試着するのも気が引けたので、服の上から合わせるだけに留めた。 ここもさらっと退店し、あとは茶葉を売ってるお店や珍しい食材のお店、靴屋さんに普段は入る機会のない眼鏡屋さんなんかも――とにかく色々なところに入って、短くも充実した時間を過ごす。 そうやって粗方のお店を梯子して、正午を過ぎたくらいに、そろそろお昼にしようという話になった。 「で、結局どこで食べるんだ?」 「もう少ししたら教えるね。とりあえず付いてきてほしいな」 わざと勿体ぶった言い方をして、わたしはまこちゃんの先を行く。釈然としない表情を浮かべながらも、当然のように隣へ並んできてくれる辺りが、本当にまこちゃんらしくて嬉しい。 ショッピング通りを抜けて五分ほど、以前一緒に映画を見に行った時にも訪れた、広い公園に辿り着く。なるべく人が周りにいない場所を探し、三人が座れるくらいのベンチに腰を下ろした。 真ん中よりちょっと左寄り。 ぽんぽん、と右側を手のひらで叩き、着席を促す。 まこちゃんの目線が低くなったのを確認してから、わたしはここまで慎重に持ち続けたハンドバッグの口を開いた。 「ま、まさかそれは……みなも弁当!」 「どうして変に大袈裟な驚き方をするのかな……」 「前回……いや、前々回の名状し難き出来を思い出してな」 それを言われるとどうしようもない。 肩の力と一緒になけなしの自信が抜けていきかけたけど、小さく首を振って箱の蓋を開ける。 「おっ」 中身を見たまこちゃんが、意外そうな顔をした。 そこそこな大きさの、一段のお弁当箱。メインは俵型のおにぎりで、スペースを取らないようどれも一口サイズに抑えた。真ん中の仕切りを境界線に、おかずはまず、甘めの味付けをした卵焼き。ひなたちゃんとの特訓のおかげで、ほんのり半熟の焼き加減になっている。 他には、芯がしなるまで火を通したアスパラに、焦げ目が付かない程度まで焼いたベーコンを巻いたもの。お弁当と言えば定番のたこさんウインナー(難しくて少し指を切った)。前に失敗した唐揚げも、しっかり油を切り、下にレタスを敷くことで、格段に味と見た目が良くなった。 そして、もうひとつの小さな仕切りで隔離した、皮をうさぎの型に整えたりんご。唐揚げやウインナーの油が仕切りを越えて染みないように、紙の器に乗せてある。 今のわたしが作れる、精一杯の出来だ。 「……どう、かな」 「とりあえず、若干崩れてはいるけど見た目はいい。もしかして、全部お前一人で作ったのか?」 「う、うん。そうだよ」 「随分成長したもんだなぁ。よし、じゃあ食わせてもらうとするか」 「はい、お箸」 「サンキュ。いただきますっと」 二つに割った箸を手渡し、まこちゃんの様子をじっと窺う。 緊張は最高潮だった。ドキドキして息苦しいくらい。箸がおかずの方に伸びるのを見て、思わず膝の上に置いた両手をぎゅっと握り締める。 最初にまこちゃんが取ったのは卵焼き。祈りにも似た気持ちで、口元にそれが運ばれるのをわたしは見つめた。 一口。 半分ほどを残してかじり、しばらくもぐもぐしてから、ん、とまこちゃんは頷いた。 「いけるいける。味付けも悪くないし、うまいぞこれ」 「ほんと!?」 「卵焼きはな。さて、他はどうだか」 軽やかな動きでひとつずつおかずを摘み、おにぎりは唐揚げとセットで頬張って、その全てに「うまい」の言葉が付いてきた。 「みなもも食べろよ。自分のも持ってきてるんだろ?」 「うん、そうするね」 男の子らしいスピードで食べ進めていくまこちゃんに倣って、わたしも小さい方のお弁当を消化し始める。 一個一個を噛み締め、心の中で、おいしい、と呟いた。 味見した時はそうでもなかったけど。 まこちゃんに褒められたから、なのかな。 わたしのペースに合わせてくれたのか、うさぎ型のりんごは二人同時に食べ終わった。 一緒にごちそうさまをした後、空になったお弁当箱の蓋を閉めたまこちゃんが、 「最初の時とは比べ物にならんくらいうまかった。よく頑張ったな、みなも」 なんて言ってくれて。 感極まってうるっとしちゃったのは、仕方ないと思いたい。 昼食の後、お腹がこなれるまでゆっくり公園で散歩をしてから、わたし達は再びショッピング通りに戻ってきた。 もうほとんどのお店は回っちゃったけど、最初に足を運んだ小物屋さんが何だか妙に気になって、まこちゃんにお願いして。 折角のデートだし、冷やかしで終わらせるんじゃなくて、ひとつくらい買ってもいいかな、という気持ちもあった。 棚に陳列された品物の中で、一際目を引いたもの。 「リボンか」 「何種類か持ってるんだけどね。集めるのが好きで」 「お前が髪結ぶ時はいっつも使ってるよな。今日は赤いけど、緑のやつの方がよく着けてなかったか?」 さり気ないところも見てくれてるのが嬉しくて、うん、と笑みを返す。 その上で、いくつか並ぶ色違いのリボンを眺め、 「よかったら、まこちゃんに選んでほしいな」 「俺に? こう言っちゃ何だが、あんまセンスはないぞ」 「いいよ。まこちゃんの選んだものなら、文句なんて言わないから」 「じゃあ……これだ」 無造作な手付きでまこちゃんが取ったのは、薄紅色の細いリボンだった。 左と右で合わせて二本。 可愛らしい意匠とかはないけれど、シンプルで、何というか、すごくまこちゃんらしいセレクトだと思った。 「どうしてこれにしたのか、訊いてもいい?」 「えー、あー、青だと映えない気がしたし、黄色じゃ派手過ぎるかと思ってな。細いのにした理由は、まあ、普段が太いのばっかりみたいだから――」 「他には?」 「……何となく、似合うんじゃねえかって」 頬の緩みを隠すように「買ってくるね」と受け取って、わたしはリボンをレジに持っていく。 次に会う時は、絶対これを着けよう。 そしたらまこちゃんはどんな顔をするのかな、なんて考えながら、包みをハンドバッグの中に仕舞い、二人肩を並べてお店を出る。 時刻は三時を少し過ぎた辺り。 どこか喫茶店にでも入ろうかとまこちゃんに言いかけたわたしは、不意に横を通り過ぎた人影に目を奪われた。 知り合いではない。 同い年くらいの男の子と女の子が、弾んだ声と楽しそうな表情で、わたしの前を歩き、遠ざかっていく。 肩が触れるほどの距離で。 仲睦まじく、手を繋いでいた。 「………………」 反射的に、わたしは両手で持っていたハンドバッグを左に回し、まこちゃんの側、右手をきゅっと握り込んだ。 指先が生温い風を切る。 ゆるゆると解ける指は、けれど何も掴めない。 こんなに楽しい時間を過ごせてるのに、今、あの二人が――羨ましいと、思ってしまった。 叶うなら、まこちゃんと手を繋ぎたい。 指を絡めて、夏の暑さにも構わず、一緒に歩きたい。 (……でも) いきなり言うのはきっと不自然で。 まこちゃんがそうしてくれる保証もなくて。 断られたら、駄目だったら、って考えちゃうと、お願いする勇気がしぼんでいく。 近くて遠いような、そんな気持ち。 もどかしく彷徨う指先は、結局力をなくして落ちた。 行き場のなさに、心がきゅっと痛む。 「みなも、どうした?」 「あ、ううん、何でもないよ。行こう、まこちゃん」 一瞬。 ふらついていたわたしの右手をまこちゃんが見ていたことに気付いたのは、だいぶ後の話。 あれから何度か、触れるチャンスはあった。 喫茶店までの数分間に、出てからしばらくも。ずっとまこちゃんは隣にいて、すぐ届く場所で歩いてたのに。 夏の長い陽が陰り、西の空へと沈み始めた頃、わたしとまこちゃんは帰りの路面電車に乗った。 吊革に掴まって、射し込む橙色の強い光に目を細める。 かたん、かたんと揺られながら、夕陽に染まるまこちゃんの横顔をわたしは見つめ続けた。 お互い無言のまま。 ……今からでも、遅くない。 そう自分に言い聞かせ、宙に浮かせた右手を伸ばそうとした時、カーブに差し掛かった電車が大きく揺れた。 「っと、大丈夫か?」 中指の爪が、まこちゃんのズボンをかすめる。 体勢は崩さなかったけど、突然のことに慌てて肩から引いてしまった。 どうしてこんなにタイミングが悪いんだろう。 もう一度チャレンジする気力もなく、口を閉ざしているうちに駅に着いて、電車を降りて。 「みなも」 「……え?」 「もう遅いし、家まで送ってく」 「あ……う、うん……ありがとう」 ここでお別れかと思っていたら、少しだけそれは先延ばしになった。 勿論すごく嬉しい。けれどわたしはその時、したいことひとつ言い出せない自分自身の情けなさに落ち込んでいた。 まこちゃんの顔を、真っ直ぐ見られない。 わたし、今、全然“いい女”じゃないよ……。 そんな心境で俯いていると、改札を出たところで不意に横から手が差し出された。 はっと頭を上げる。 微妙に視線を逸らした、まこちゃんがそこにいる。 「まあ、何だ……ほとんど陽も落ちちまったし、夜道は暗くて危ないって言うからな。手、繋いで帰るぞ」 暗がりに紛れてはいたけど、まこちゃんの頬は微かに赤く染まっていて。 ようやくわかった。 恥ずかしがってたのは、わたしだけじゃない。 そうしたいと思ってたのも、きっと。 迷うことなんてなかった。 驚きで開いた目を閉じ、息を吸い、一歩。 今のわたしにできる、最高の笑顔で頷いた。 「うん!」 何かあったらどーぞ。 |