短編にもならない超小ネタ置き場。
気が向いたら更新。何となくで書くようなものばっかり。
一次だったり二次だったり。
10を超えたら古いのから消していきます。別に保存するような物好きな人はいないでしょうが。
しかしよくタイトルつけるの忘れるなぁ……



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36.レイセン(ある意味魔人ならぬ悪魔の誘惑)


「来たわ」

 前回の焼き直しというか全く同じ台詞を聞いて、反射的にドアを閉じかけた。
 何とかそれを自制し、ゆっくりとチェーンを外して開く。
 訪れた人影は玄関に身を滑らせるようにして踏み入り、優雅な所作で靴を脱いでいく。
 ほとんど別人めいた大人しさに、ヒデオは何も言えない。
 当然ミルクセーキもその材料も冷蔵庫にはなく、どうしようかと悩んで、前と同じくよく冷えた麦茶とお絞りを出した。

「ありがとう、旦那様」
「…………………………」

 背筋がぞわっとした。
 慣れない。とてもじゃないけど慣れない。
 いや勿論嬉しくないと言ったら嘘になるというか男として心ときめかざるを得ない呼称ではあるのだが相手が他でもないエルシアなのがどうしても引っ掛かる以前に何故こうなった。
 相変わらず治まる気配のない夏の酷暑の中でも、黒い外套を着ながら涼しげな表情で麦茶に口を付ける彼女の横顔を見て、つい先週のことを思い出す。
 ……今考えても、酷い一日だった。
 貴瀬曰く『超電磁鈴蘭MkUスペシャル・ヒデオロケッツ!』によって全壊に限りなく近い半壊となった屋敷は、三日後には既にほぼ元の状態へと戻っていたが、あの日半壊しかけたヒデオの人間関係は一週間そこらで完全復旧するはずもなく。
 四分の一日近い美奈子の説教を何とか乗り切り、口八丁と土下座中心の外交で誤解の九割までは解いたものの、未だに職場での睡蓮の視線は微妙に冷たい。ついでにノアレから音沙汰がない。
 そして極めつけが、このエルシアだ。
 実質あれは無効試合だと説明したはずなのだが、どうやら冗談でも何でもなく本気だったらしい。
 いっそ全部夢だったらよかったのに。
 もっとも、仮に負けていれば両目を抉られた上に名状し難い殺され方をしていただろうから、結局今の状況が最善と思うしかない、のかもしれない。
 というかそう思わないと精神の均衡が保てない。

「……ところで。今日は、何用で?」
「だって、私はあなたの下僕だもの」
「いや。それは、理由になっていないような」
「充分でしょう。そばにいなければ、従属した意味がないわ」

 確かに、と納得しかけた自分を戒めた。
 大き過ぎる釣り針だ。食いついてはいけない。
 内なる誰かが素直になればいいのですよーと囁いた気もしたが間違いなく錯覚だ。
 遠くで「にほほ、にほははは」という笑い声が聞こえるのも幻聴だ。
 深呼吸。心を落ち着ける。

「しかし。僕からあなたに、頼むことは、何も」
「本当にないの? 私に望むことがあるのなら、素直に命じて構わないのよ」
「……では、今から真っ直ぐ家に」
「それだけは聞けないわね」
「………………」

 どうしろと。

「ならば、こっちの質問に答える、というのは」
「何を聞きたいのかしら」
「スリーサ……えー、今日来た本当の理由は、何でしょうか」
「退屈だったからよ」
「……なるほど」

 迷いなく即答した辺り、嘘というわけではないのだろう。
 むしろそっちの方がよっぽど理解できる。
 根本的にはやっぱり変わりないのだということもわかった。

「いつ、お帰りになるご予定で」
「いつでも。あなたが望むならこれからずっとここにいても」
「……出かけましょう」
「どこに?」
「……とりあえず、魔殺商会の方に」

 折角の夏だ。
 先日海に行ったが、あそこならプールのひとつ私有してるんじゃないかと思う。
 公共のところは芋洗い状態だし、エルシアは人ごみをまず嫌うだろうから。
 そうと決めてすぐに鈴蘭へ電話を掛け始めたヒデオの横に付いたエルシアが、何もない空間に右手を彷徨わせる。
 華奢な指が何かを掴みかけた瞬間、そこからぬっと黒い少女が現れた。

「あら」
「いやー、さすがに二度目は勘弁してほしいというか、やっぱ見抜いてたのね……」
「ええ。それに、半分くらいはあなた目当てで来たんだもの」
「とんでもないのに目を付けられたわ……。何とかヒデオにお姉様を御してもらわないと……」
「何か言った?」
「いえいえ何も!」

 わたわたと両手を振るノアレに、鈴蘭との会話を終えたヒデオが遅まきながら気付く。
 途端に高圧的な態度を取る彼女と、流麗な土下座を決め込んだヒデオを眺めて、エルシアは薄く頬を綻ばせた。
 だから彼は面白い。
 何の力も持たない身でありながら自分と対峙し勝利を収めた、とびきりの人間。

「準備はできたのかしら」
「まあ、大した用意も、必要ないので」
「では行きましょう、旦那様」

 たった数十年の短い間でも、従属するに足る。
 それが退屈を払う一番の手だと、エルシアは確信していた。


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ひとことこめんと。

三巻読んでどうにも我慢できなくなって。いやもうあのエルシアさんずるいですよ!
何度も読み返してはにやにやしてます。こういうの大好きやねん。何かツボやねん。



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35.ALICEぱれーど〜二人のアリスと不思議の乙女たち〜(日参夢の国パライソ)


 大学生というのは年度を重ねる毎に面倒になっていくもので、そもそもまだ入学して半分の工程も終わってないのにこれだけ勉強に追われるとなると、この先どうなるんだろうかという不安がある。
 しかしそれ以上に問題なのは、深織ちゃんと会える時間がますます減るってことだ。
 嬉しいことに俺と同じ大学を受験するつもりみたいだが、例え無事に合格したとしても、学部が違えば一緒になれる時間はどうしても限られてしまう。  通学時のバスで多少会話を交わすことはできても、十分やそこらじゃ足りるはずもない。

「はぁ……」

 やっぱりこう、歳の差は大きいわけで。予定の合わない日々が続くと、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 本当は、今すぐ飛んでいきたい。顔を見て、会えなかった分たくさん話して、少しでも長く二人でいたい。
 でもレポートを消化しなければ単位が取れないものだから、こ……恋人との時間を作るために投げ出すわけにもいかないのだった。

「うぅ、深織ちゃん……」

 こんな独り言を聞かれたら兄貴にしろ弟にしろ女々しいと言うのは間違いないだろうけど、俺は結構参っていた。
 ああ……会うことが叶わないならせめて思う存分料理を作りたい。
 試したいお菓子のレシピは着々と増加中で、振る舞う相手もいないままストレスだけが積もっていく。
 ちょっと泣きたい気分で枕に顔を埋め、俺は明日も相対する宿命にあるレポートのことを考えてうんざりしながら目を閉じた。

――で。

「どうして俺はまたまたここに来てるんだろうな……」
「ごめんなさいごめんなさいっ」

 本来ならベッドで横になっているはずの俺がいるのは、夢の国スウィートワンダーランド。
 先日深織ちゃんがクスハ様に願ったとか何とかで訪れた時、今度こそもう会えないからと散々名残惜しそうな三文芝居をして別れたはずなんだが、 どうやら二度あることは三度あるらしく。現実で会えないなら夢の中だけでも毎日たっぷり会えますように、なんて願ってみたらいとも簡単に叶ってしまったそうだ。
 まあ、何というか……それでいいのか神様。色々台無しだぞ?

「ありすは細かいことを気にし過ぎだ」
「うっさい。お前は大雑把過ぎだろうが」
「もっと気楽に考えないと、いつかハゲちゃうよ?」
「ならせめて俺にこれ以上ストレスが溜まらないよう優しく扱ってください……」
「やだ。だってありすクン、からかうとすっごい楽しいんだもん」
「大人ってヒドい!」

 例によって例の如くシルクに落とされ(今回の穴の位置はベッドの下だった。寝転がったまま突き飛ばされて落ちたもんだから死ぬかと思った)、着地の衝撃っていうかダメージで立ち上がれないところを死体に鞭打つかのように引きずられてお城に連れてこられた俺を迎えたのは、前回と全く同じ構図。違うのは俺がボロ雑巾みたいになってることくらい。
 その状態で説明されたことを要約すると、どうやらこっちで一日過ごせばちゃんと現実に戻れるみたいだ。
 要するに一日が二日になったようなもので、俺と深織ちゃんが現実世界で眠ることにより夢の国で目覚める。逆にこっちで俺達が眠れば何事もなく翌日を迎えられるとのこと。一回目の状況よりはマシとも言える。

「それってつまり、これからは毎日ありすくんと……きゃあきゃあきゃああぁぁっ!!」
「……おちつけ」
「はうっ!」
「ありすさん……あ、あの、いつでもいいから……お茶会に、来てくれると、嬉しいな……」
「……ファニーちゃん、後ろの二人はいいの?」

 どことなく嬉しそうなみんなを見て、思った。
 考えようによっちゃ、これはとても幸せなことなんだろうな、と。

「ありす様あぁぁぁああぁあぁぁぁぁっ! 吾輩の、吾輩のためにまた来てくれたのですねーっ!」
「いきなり寄ってくんなあーっ!」
「アアアアアァァアァァァアアアアアアアアァァァァァァァアァアァァァァァーッ!! ァ……アア、やっぱり最高……っ」
「なあ、あれどうにかならないのか……?」
「ごめんねー、あんなのでも一応上司だから」
「ともあれありす、また会えてわしは嬉しいぞ」

 シルク、ねこさん、ルナさん、山根さん、ファニーちゃん、ルージュ13の皆さん、女王様、ついでにアホドリと、深織ちゃん。
 みんなと過ごした、夢だけど夢じゃない時間は、何だかんだで楽しかった。
 いつ覚めるかはわからないけど……またどたばたやるのも、悪くないだろう。

「ありす君……本当にごめんなさい。私……」
「……いや、謝らなくてもいいよ。こういうのは楽しまなきゃ損、だろ?」
「お、ありすクンいいこと言うー♪」
「茶化さないでくださいねこさん」

 俺は深織ちゃんの頭に手を置いた。
 そのままくしゃっと髪を乱すように撫でる。
 深織ちゃんはしばらく俯き顔を赤くして、それから小さく笑い、

「……はいっ♪」

 そんな感じで、とりあえずはまだまだ付き合うことになりそうだ。
 不思議で愉快な、夢の国の住人達と。


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ひとことこめんと。

ゲームコンプ記念。エクストラシナリオを読んでこんな後日談を想像してみました。
ちなみに一番書きにくいのはルナさんです。ハートの記号を使うにはまだ精神的な修行が足りない。恥ずかしくて。



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34.original(彼方に降り注ぐ星の光)


 遙か前方に、星光の煌めきが見えた。
 尾を引く光は次第にその数を増し、やがて彼方の空を埋め尽くすほどの奔流となる。
 それを僕は、かつて人が住んでいた瓦礫の頂上に座りながら眺める。
 ……星は、今日も綺麗だ。

「ねえ、あなた、何してるの?」

 不意に横から声が聞こえた。
 いつの間にか僕の隣には、女の子が座っている。
 彼女は不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込み、そう言った。
 僕は正直に答える。

「星を見てたんだ」
「本当に?」
「うん。向こうでいっぱい降ってる、流れ星を」
「それは、どうして?」

 ――およそ、一ヶ月前の話だ。
 世界中の国が、絶望的な未来を予測した。
 流星群が地球に衝突し、大地の九割がその衝撃で削り取られる、という予測。
 初めは誰もが信じられず、幾度も天体観測は繰り返され、その度に全く同じ結果が算出された。
 大気圏摩擦でも燃え尽きないような質量が超高速で落ちてくれば、恐ろしいことになるのは誰だってわかる。
 けれど、逃げ場なんてどこにもなかった。人々ができるのは、諦めるか恐怖するか錯乱することだけだった。

 宇宙に逃げよう、とある人が言った。
 その後どうするんだと訊かれ、何も答えられなかった。
 地下シェルターに篭もろう、とある人が言った。
 そこで生きていけるのか訊かれ、何も答えられなかった。
 死を享受しよう、とある人が言った。
 ならお前は勝手に死ねばいいと吐き捨てられ、結局その人は死ななかった。
 どうすればいいんだよ、とある人が嘆いた。
 どうしようもないだなんて、誰も口にはできなかった。

 時間は流れていく。
 そして終末を迎えた人達は、いつも通りの朝、震えて空を見上げ――

 あとは知らない。僕は生きてて、他の人はみんな死んだから。
 何もかもが壊れてしまった世界で、それでもどうにか僕は命を繋いでいる。
 食べ物はたくさんあった。保存食を瓦礫の底から見つけるのにも慣れた。
 水を探し、寝床を探し、そうして夜になると僕はいつも瓦礫の山に登って、遠くを見つめる。

 毎日のように、流れ星は地球のどこかに降り注いだ。
 どれだけ歩いても辿り着けないような場所を、僕のいるここと同じくらいぼろぼろにしていく光だ。
 それをぼんやりと眺めていると、ふと思うことがある。
 たった一人生き残ってしまった僕は、いったい何のためにこれから生きていけばいいのか。
 例え遠くで僕とは別の誰かが生き残ってたとしても、決して僕らが出会うことはない。
 それならどれだけの人が生存してたって、僕一人であることと何ら変わりないだろう。
 だから、

「……流れ星が落ちるまでに三回願い事を言うと叶うって、お母さんが言ってたんだ」
「願い事が、あるの?」

 その問いには答えず、僕は目を閉じ心の中で呟く。
 きらり、きらりと輝く星々に、届けばいいと。

「そう。あなたの願いは――なのね」
「え?」
「だいじょうぶ。近いうちに、叶うわ」

 振り向くと彼女は姿を消していた。
 ああ、やっぱりかと僕は思う。ふわふわした、まるで妖精のような子だったから。
 きっと、流れ星が見せてくれた、幻なんだろう。

 僕は今日も祈る。
 たぶん明日も、その次の日も、願いが叶うまではずっと。

 滅びを。


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ひとことこめんと。

Mixiで書いたもの。友人に「お前らしくない」と言われました。そう?
終末思想の話。時折ふっと、こういうことを考えます。



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33.original(鋏)


 月に一度、僕は床屋に行く。
 千円ぽっきりのところで、洗顔も髭剃りもやってくれない。ただ、髪だけを切ってくれる。
 椅子に座り、服に付かないよう髪除けの布を着け、一月前より幾分伸びた髪を霧吹きで濡らす。

 僕が一番好きなのは、その次だ。
 首筋、うなじを撫でるように這う鉄の冷たい感触。
 しゃき、しゃきと淡白に黒髪を裁断する音。
 散髪用の鋏が鏡の向こうで動き回る。大雑把に梳いたり、ばっさりとカットしたり。

 どうしてだろうか。
 銀の刃物が奏でる音色をすぐ耳元で聞くと、ゾクッ、とするのは。

 次第にうなじから耳裏に、頭頂に、目の前に、音が移動して。
 その度に鳥肌が立つ。微かな震えを覚える。
 ……この感覚を、恍惚というのかもしれない。

 後頭部を鏡で見せられ、それから掃除機で頭に残った切りかすを吸い取る。
 最後にタオルで拭かれて終了。散髪に掛かった時間は十五分程度。

 店を出て、歩きながら考えた。
 こんなにも、そばで聞こえる鋏の音が好きなのは何故なのか。

 すぐにわかった。
 ああ、きっと、何かの拍子に刃が首を切ってしまう、死に近い想像をするからだ。

 僕は死にたいなんて一度も思ったことはないけれど。
 運悪く、弾みで死んでしまえたら、なんて夢に見ているのだと気づいた。


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ひとことこめんと。

今日三ヶ月ぶりくらいに床屋に行ってきたので。
何となく首筋を撫でる鋏の音色と感覚にはドキドキします。ゾクゾクします。……私、変態?



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32.GOSICK(九城一弥の日本語講座、もしくはヴィクトリカの午睡)


 必要なもの。ペン。ノートやメモ帳。それと、根気。
 教育で最も大事なのは、相手に理解させるための我慢強さである。
 そういう意味では一弥は何の問題もないのだが、如何せん相手が悪過ぎた。

「日本語はまず、文字にすると……こんな風に、五十の音で構成されてるんだ。アルファベットの倍だよね」
「………………」
「これは平仮名って言って、もうひとつ、単純に音を表すのに片仮名っていうのがあるけど、そこは省略するよ」
「………………」
「文法も全然違う。日本語の場合は、何ていうか、凄く自由で……基本は名詞、動詞だけ」
「………………」
「それに名詞や動詞を修飾する形容詞や形容動詞とか、複雑なんだけど……って、ヴィクトリカ、聞いてる?」
「ん? もう終わったのか?」

 目の前のヴィクトリカはどう考えても真面目に聞いていなかった。
 手が届く範囲にあった菓子の包みを剥き、頬張りながら日傘の下でうつらうつらと舟を漕いでいる。

「もう、人がせっかくちゃんと話してるのに……」
「つまらん」
「まだ途中だよ!」

 正直一弥ももういいかと思い始めているのだが、このままだとどうも釈然としない。

「あのね、日本語ってとっても不思議なんだよ。ほら、フランス語だと、一人称はjeだけでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「でも日本語だとそれがいっぱいあるんだ。僕、私、俺、わたくし、儂、拙者、某……すぐ思いつくだけでもこんなに」
「…………ふむ」
「どうしてだろうね?」
「それは君の方がよく知っているだろう」
「いや、たまに考えることもあるけど未だに僕にはわからなくて……」
「九城はばかだなぁ!」

 黙って一弥は日傘をヴィクトリカの上から除けた。
 陰を追うようにフリルが転がる。さらに日傘が動く。ころころ。さっ。ころころ。さっ。
 いたちごっこの結果、転がり過ぎたヴィクトリカが先に参り、うー、と獣というには可愛らしい唸り声を上げた。

「……もういい。寝る」
「君、ふらふらだよ? 大丈夫?」
「………………」
「はいはい、寝室まで運びますよ、お姫様」
「…………九城のくせに生意気だ」
「痛いっ、ちょっと、僕蹴られるようなことした!?」
「九城が悪い。それで十分だろう」
「君、いくらなんでも理不尽だよ!」
「うるさい」
「………………」

 ここで寝ることに決めたらしく、丸まってヴィクトリカは目を閉じた。
 夏の陽射しも、何だかんだ言って一弥がかざした日傘が緩めている。
 だからこそ、彼女は安心できるのだ。
 口にはしない。信頼とは、敢えて言葉にするようなものでもない。

 やがて静かな寝息を立て始めた少女を、少年は優しい眼差しで見ていた。
 少しずれた服を直し、外気に晒された白いお腹を隠して、ヴィクトリカらしいなぁ、と笑う一弥に、彼女は気づかない。
 ただ――その寝顔は、穏やかな微笑を湛えていた。

 植物園で、ふたつの影が並ぶ。
 午睡の時間を見守るのは、彼らを囲む緑だけだった。


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ひとことこめんと。

結局寝ちゃった一弥くんは、先に起きたヴィクトリカさんにまた蹴られたりするとかしないとか。
しかし日本語における一人称の多様さは凄いですよね。自分を表現する手段が多いのは、いいことです。



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31.GOSICK(九城一弥の日本語講座)


 夏。学園は未だ人の気配というものを戻さず、生徒達の休暇は終わりまで遠い。
 普段より幾分寂しげなそこにも、僅かばかり残った者は存在する。

 聖マルグリット大図書館の内部、相も変わらず恐ろしく長い迷路階段を、駆け上がる足音があった。
 書棚に並ぶ無数の本には見向きもせず、足音の発生源、その人影は上を目指す。

 上る。……上る。……さらに上る。
 前ほど息も切れなくなったものの、走れば呼吸も荒くなる。
 ならば歩けばいいと思うかもしれないが、それは無理な相談だろう。
 決して長身ではない人影――九城一弥にとって、いつもこの場所に来る時は急いでいるのだから。

 今日もはぁはぁ疲れの色を濃くしながら、一弥は頂上の植物園に辿り着く。
 広がった書籍に囲まれているのは、ぞっとするほど精緻な人形だ。
 細やかな金糸の髪、白く瑞々しい肌、下手な宝石よりも澄んだエメラルドグリーンの瞳。
 その身を包むドレスは過剰と言える数のフリルに埋め尽くされ、楽園に咲く花の如き容姿をさらに際立たせている。

「………………ぅ」
「ヴィクトリカ、またそんなぐったりして……」

 人形が口を開く。否、人形は言語を解さない。それは少女だ。
 幼くも非現実めいた美しさを湛える少女は、ヴィクトリカ・ド・ブロワ。
 遙か天界から下界を見下ろし、連日退屈という名の病魔に蝕まれている彼女は、夏の暑さ故かうつぶせに寝転んでいた。
 うめきながらゆっくりと顔を上げるその姿だけを見ると、得体の知れない未確認生物のようでもある。
 昨日とほとんど変わらぬけだるげな表情で来訪者の顔を眺め、不機嫌そうに呟いた。

「……退屈で…………死にそうだ」
「その前に君は干からびてしまいそうだね。もう、そんなに暑いなら下に降りてくればいいのに」
「動く気に……ならんのだ」
「全く、君ってほんとにめんどくさがりだなぁ!」

 先日も似たような台詞を聞いたからか、ヴィクトリカはのそりと起き上がって一弥の脛を蹴り飛ばした。
 痛みに跳ねる少年と一緒に、その手に持った日傘でできた陰もゆらゆらと揺れる。
 滑稽な一弥をひとしきり眺めて、また人形のように小さな少女はごろり、横になる。
 はぁ、と蕾のような口から出た溜め息には、退屈の度合いを如実に表す深みを含んでいた。

 だからブーツで蹴るのはやめてって言ったよね、と涙目で抗議してから、一弥はしゃがんでヴィクトリカと視線を合わせる。
 翡翠の瞳と相対する黒曜石のような闇色の瞳は、呆れたような色を込めていた。

「ヴィクトリカ、今君は退屈なんだよね?」
「……その通りだが、わたしには君がわたしを満足させる謎を持ってきたようには見えないのだがね」
「うん。……いたっ! ちょっと待ってよ、まだ話は途中だよ!?」
「…………続けたまえ」
「あのね。ヴィクトリカ、日本語って話せる?」
「生憎だが君の母国については無知なのだよ。その国に関して言及した書物もこの大図書館にあるかどうかは知らん」
「じゃあさ、謎はないけど、退屈を紛らわせるために……日本語、教えようか?」

 三度目。硬い靴が一弥の脛に吸い込まれるように入る。

「……何故わたしが九城などに教えを請わねばならんのだ。心外だ」
「そう言われる僕の方が心外だよ!」
「…………フン」

 そっぽを向くヴィクトリカ。
 ただ、一弥の提案はまんざらでもなかったらしく、さほど嫌がる様子は見せなかった。


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ひとことこめんと。

うたかた初、続く。なら短編にしとけって話ですが。
大図書館に日本の資料があるかどうかはわかりません。でも、交流はあれど少なそうですよねぇ。



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30.ななついろ★ドロップス(星の海を泳ぐ魚は)


 魚が空を飛べたなら、きっとそこが彼らにとっての海になるだろう。
 あるいは、そう。今も光り落ちる流れ星こそが、空の魚なのかもしれない。

 そんなことを、すももに話してみた。
 正直思いついた時には恥ずかしかったのだけど、たぶんすももなら笑わずに聞いてくれると思ったから。

「……うん。素敵だよ、ハル君」
「そ、そうか?」
「ハル君らしいって思う。……あ」
「どうした?」
「え、あ、ううん……何でもないの」

 何でもないと言いながら、すももは微かに笑っていた。
 だからもう少し問い質してみる。

「…………本当に?」
「あ、うぅ……」

 正面からじっと見つめると、みるみるうちにすももの顔は赤くなっていった。
 そこまであからさまな反応をされるとこっちも恥ずかしくなるんだけど。
 自分の行為が何だかとてもいけないことのように思えてきて、何故か俺が先に目を逸らしてしまった。

「………………」
「………………」
「えっと……あのね」
「ん?」

 何て言ったらいいかわからずそっぽを向いていると、すももが口を開いた。
 さっきまで渋っていたのに、どういう心境の変化だろうか。

「もし……もしね、わたしが流れ星だったら……ハル君に会いに、泳いで、降ってくると思う」
「……っ!」
「ハル君は、ずっとずっと、何かを探して泳いでてほしいの。わたしはそんなハル君を、ずっとずっと追いかけるから」
「…………すもも」

 相変わらず思い出せないことはいっぱいあって、それでも俺がすももを好きだという気持ちは変わらない。
 星の海を泳ぐ魚は、いつか俺にとってのすももを、大好きな相手を見つけられるだろうか。
 そうであるなら……本当に、いいな、と願う。

「俺、すももを好きになれてよかった。この先、何度もそう思う」
「わたしも。ハル君を好きになれてよかった。何度だって、言うよ。……恥ずかしいけど」

 またひとつ。
 光る魚が、急いで空を泳いでいった。


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ひとことこめんと。

好きになること、好きであることって凄いですよね。
未来も空も飛べるなら、きっと空の魚だって掴めるかもしれません。そしたら逃がしましょう。



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29.PRINCESS WALTZ(その後のその後)


 七皇エルディンと始まりの王イーリスの因縁、二人の王子をめぐるプリンセスワルツが終わり。
 深森新とクリス=ノースフィールド、そして六人の姫がエルディラントに帰還してからはただひたすらに慌しかった。
 クーデターからの建て直しには相応の年月と労力を要し、規則を初めとしたワルツの再構成には姫達の協力が不可欠だった。
 とはいえリーゼル、いや理子を除いた五人は揃いも揃って政治には不向きであった。
 結果としてそういう『面倒なこと』は全て理子任せになり、しかし彼女は文句ひとつ言わずに、

「私は大丈夫。自分にできることを……精一杯するだけだから」

 と、今も動き回っている。
 ちなみにリリアーナは理子に一歩リードされたと思っているらしく、頻繁に七央城に訪れては新に会いに来る。
 新も連日の業務で精神的に参る時もあるので、あのアッパーテンションに元気づけられることも……あるような気が。
 その度にクリスがジト目で見てたりするのは愛嬌というか、自業自得というか。
 基本的に女は強いのだ。悪いのは全て男なのである。

 そんな折、王子として未だ東奔西走する新に、客が訪れた。
 七央城は機密の関係から相変わらず人が少ないのだが、それでも不心得者が入れるほど容易なセキュリティではない。
 そもそもプリンセスワルツを戦い抜いた各国の姫が事ある毎に出入りする場所に侵入できるような者がいないのだ。
 誰だって自分の命は惜しい。わざわざ猛獣の檻に足を踏み入れるのは馬鹿の所業なのである。

 毎日に近い状態で理子以外にも誰かがいる城なのだが、その日はアンジェラだった。
 どうも竜騎士の仕事に飽きると暇潰しに来るらしい。王子二人の職務に差し障りない程度で好き勝手していた。
 ちなみに新は先ほど『向こう』から戻ってきたばかりであり、今は忙しく書類に目を通している。

 相手もなく、退屈なアンジェラがペルペテュエルを振り回せる場所はないかと考え始めた時、声が遠くから聞こえた。
 それはどこかで耳にしたことのある気がするもので、興味を覚え、声のする方へと向かう。
 そして彼女は訪問者の姿を捉えた。捉えて、実に珍しく、微かに驚いた顔をした。

「あら、あなたは……」
「わ、あ、アンジェラさんだ。えっと、あの、新いますよね?」
「部屋に閉じこもって生真面目に仕事してるわ」
「あの……案内していただけますか?」
「ふふ、いいわ。あなた……新に会いに来たのね」
「は、はい」

 くすくすと、アンジェラは笑いながら翻る。
 その顔は楽しそうに、さながら新しい戦いの場を見つけた時のように。

「さぁ、行くわよ。付いていらっしゃい」

 歩く背中は、誇り高き騎士である以上に、やはり姫たる優雅さを備えていた。
 それを追って駆ける人影。遥か遠く、エルディラントとは全く違う別世界からやってきた少女。

 ……野々宮のどか。彼女もまた、王子を囲む姫の序列に加わるため。
 扉を開けて、ここまで来たのだ。

 のどかの登場は、新達の間にまた一波乱を起こすことになる。
 まず初めにクリスの一撃で新が宙を舞うことになるのだが、それはまた別の話。


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ひとことこめんと。

終了記念。消化不良というか、後日談欲しかったので。
きっとこのあと新くんを巡って乙女の争いが繰り広げられるのですよ。るんかわー。



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28.東方(十六夜の月)


 九月の夜は一番月が綺麗だと霊夢は思う。
 それは、満ちた真円が欠けても同じことだ。

「……あら、お茶が切れた」

 湯呑みを傾けてみたが空っぽ。
 また湯を沸かさないと、と面倒そうな表情を隠すことなく立ち上がろうとして、

「こんばんは」

 強い羽音と共に、いつの間にか宙空に小さな人影が浮かんでいた。
 月光を遮りながら霊夢の前で優雅に微笑むのは、幼い紅魔館のお嬢様だった。

「珍しいわね」
「何がかしら?」
「わかってる癖に」

 今、彼女の隣に、いつも傅く従者はいない。
 そして、昼ではなく夜に神社へ訪問するのも実は久しぶりのことである。

「咲夜は置いてきたわ。付いてくる、って煩かったからとりあえず縛っておいたけど」
「それはそれで喜びそうね…………」
「今日だけは付いてきて欲しくなかったのよ。あの子には」
「どうして?」
「さて…………感傷、かしらね」

 縁側から見える空の珠は、ほんの僅かばかり夜の闇に喰われている。
 立待月。新月から十六日を数える、十六夜の月。

「……まぁ、いいけど。お茶飲む?」
「ええ、お願いするわ」
「何、今日は随分と素直じゃない。いつもは紅茶がいいわ、とか言うのに」
「そんな気分なのよ」

 奥に消えていく細い背中を眺めてから、またレミリアは空を見上げた。
 世界中へ拡散する狂気も、吸血鬼としての血の昂ぶりも、今日は鳴りを潜めている。
 たぶんそれは、それはきっと―――

「はい、どうぞ。出涸らしだけど」
「相変わらず薄いわね」
「甘いものとは相性がいいのよ」

 客に出涸らしを平気で出す霊夢は本当に彼女らしいと思いながら、ずず、と緑茶を啜る。
 渋い苦味が口の中に広がり、咲夜の入れる紅茶が恋しくなった。

 淡い黄金の光が降り注ぐ、十六夜の月見だった。


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ひとことこめんと。

十六夜の月を見上げるお嬢様は、きっと咲夜さんのことを考えるんだろうなぁ、と。
ちなみに十六夜にはためらい(猶予)って意味もあるそうです。goo辞書参照。



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27.東方(程良い主従関係)

「『二百由旬の一閃』……!」

 一人だから別にしなくてもいいのだけどスペルカードを宣言、楼観剣を構え、妖夢は白玉楼の庭を駆けた。
 音もない斬撃は名の通り二百由旬にわたり、一瞬にして範囲内の枝葉が切り落ちていく。
 それを十数度繰り返せば、今日の仕事も大方終わりだ。
 額に浮いた汗を手で払い、剣を鞘に収めて、妖夢はふぅ、と溜め息をひとつついた。

 月に一、二度ほど、こうして庭の植物を整えておかなければならない。
 もともと庭師とはそういうものであるし、別に嫌ではないのだが大変な作業であるのは確か。
 西行妖の一件から訪問者と厄介事と主の外出が妙に増え、その分苦労心労が山のように積もっている。
 明日も確か博麗神社の方で宴会があり、妖夢も付き人という名の雑用として行くことが確定していて。

「…………未熟だな、私は」

 少しだけ、鬱屈とした気持ちになっている自分がいた。
 沈む気分を振り払うように箒を持ち、無心でひたすらに掃く。
 ざっ、ざっ、と葉を巻き込み土を削る音が響き、処理に困る量の可燃物が集まり、

「ようむー、よーうむー」

 聞き慣れた声を耳にする。
 見れば、ゆっくりと歩いてくる十割幽霊の少女。
 表情から推測するにどうせ碌でもない用事なんだろうな、と思いながらも妖夢の足はそちらへと向く。

「幽々子様ー、こちらです!」

 ……例えどんな命であろうとも。
 魂魄妖夢にとって、西行寺幽々子の言葉は従うものなのだ。
 走り行く先、彼女の主は、静かに微笑んでいた。

「ねえ妖夢、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「漬物食べたいなー。食べたいなー。ということでよろしくね」

――時々何もかも投げ出したくなるけれど。


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ひとことこめんと。

随分長く書いてなかったし書いても蛇足というか駄目駄目な感じの。
主従関係としては紅魔館の二人に並ぶかと。こっちの方がアレですが。