花と霊に纏わる騒動が治まり、下界から流れ込んでくる魂の量もだいぶ落ち着いてきたことで、 殊更に忙しかった時期もどうにか乗り切った。 その反動か、罪人の数……というより死者の数が激減し、裁判の回数は目に見えて少なくなった。要するに、暇ができたのである。
そこで、久しぶりの休暇と呼べる時間を得た女性―― 楽園の最高裁判長、四季映姫は、三途の河に足を運んでいた。
何かを探すように視線を彷徨わせ、一点で止まる。
河原の端で、和服の少女がぐうすかと仰向けに寝こけている。
波刃の鎌の柄を背中で押さえ、後ろで組んだ腕を枕にして暢気に鼻息を立てる彼女の腹を、映姫は容赦なく手に持った棒で突いた。

「小町、起きなさい」
「げふっ! だ、誰だよいきなりこんなことするのは……って映姫様!? どうしてここにっていうか今のは違うんです!」
「言い訳以前の問題ですね。また貴方は職務を疎かにして……」

ばっちり現場を見てしまった。いくら運ぶ魂が減ったとはいえ、全くゼロというわけでもない。
それなのにこの子はもう、と映姫は重い溜め息を吐いた。

「説教は後でたっぷりしますからね」
「ひーん、わかりましたぁ……」
「それで、小町。今日はお話があります」
「映姫様があたいにお話なんて、珍しいですね。雪でも降るんじゃないですか?」
「また貴方はひとこと多い!」
「きゃんっ!」

悔悟の棒で頭をばしんと叩く。
それから何事もなかったかのように姿勢を戻し、

「久々の休暇です、幻想郷まで出ようと思うのですが」
「はい。それで?」
「下界では、悩み相談室というものがあるそうですね。迷える者達の話を聞き、彼らを導くには優れた方法でしょう」
「はぁ」
「今回は、それをしてみようと考えています。その際は小町、貴方にも手伝ってもらいますよ」
「そうですか……って、ええ!? あたいもですか!? そんな、横暴な! 仕事あるんですよ!?」
「堂々と職務中に寝ていた貴方がそれを言いますか」
「う、でも映姫様、実際あたいの休暇はまだ先ですよ?」
「大丈夫です。先ほど貴方の休暇を申請しておきました」
「ちょ、ちょっと待ってください、何を勝手に!」
「普段の怠慢を帳消しにしてあげますから」
「精一杯お手伝いさせていただきます!」

鮮やかな態度の変化に、再び映姫は溜め息を一つ。
……餌で釣るとは閻魔らしからぬ所業だが、罪を裁く立場である以上、彼女は嘘を絶対に吐かない。
これは交換条件だ。自分と共に善行を積めば、少しはサボった分の埋め合わせもできるだろう。

「さ、行きますよ」

そしてその日、鴉天狗の力を借りて、幻想郷中にあるチラシがばら撒かれた。
『悩み事、相談、何でも白黒はっきりつけます』と書かれたチラシの最上段には、大きな文字でこう記されていたという。

……四季映姫のお悩み相談室、と。



「……すみません」

相談室を開いてから、最初の来訪者だった。
何故か曇り硝子を隔て、楽園の最高裁判長は着席を促す。
その後ろに待機する小町は、この小さな箱めいた施設を作る際、己の上司が要求した条件を思い出していた。

当然悩み相談室と言うからには、相手と正対して話を聞かなければならないのだが、中には勇気を出して告白する者もいるだろう。
顔が見られて恥ずかしいとか、そんなことで門戸を狭め閉ざしたくはない。
そう言った映姫は、相談室内にこちらからは向こう側がほとんど見えない曇り硝子の設置を求めた。
もっとも、相手が嘘を吐いていないとも限らない。そのため硝子の下の方には小さな穴を開け、 そこから浄玻璃の鏡で相談者を照らすことによって、真実を詳らかにすると共に、 過去の行いを判断材料にしようという思惑があった。
ちなみに、浄玻璃の鏡に映された時点で相手の正体はわかってしまう。
プライバシーを守ります、なんて宣伝文句はある意味偽りとも取れるのだが、 曇り硝子は相談者を安心させるためのものなので、プライバシーの遵守という文句は嘘ではない。他言するわけでもないのだから。
小町は……まあ、雑用係だ。距離を操る能力で、各地に設けた入口と本拠を繋ぎ、 その距離を限りなく縮めさせていたりもする。一人が入ってきたら逆の方法で誰も来れないようにするのである。
そんなこんなで相談開始。

「どうも最近紅茶の素材が手に入りにくくて」
「血液以外を使いなさい」
「それだとお嬢様に飲んでいただけません」
「主の偏食を治すこと、それが貴方の積める善行よ」

「霊夢が構ってくれないぜ」
「手土産を毎回持っていくといいでしょう。誠意が大事です」
「食材なんかはよく持っていってるんだがなぁ」
「巫女を飢えさせないこと、それが貴方の積める善行よ」

「なかなか理想の人形が作れなくて……」
「今以上に努力を怠らなければ、いずれ目的は達成できます」
「いずれって何時よ」
「諦めず続けること、それが貴方の積める善行よ」

「生徒が真面目に学ぼうとしないんだ。どうすればいいだろうか」
「愛を持って接しなさい。解ってくれる日は必ず来ますよ」
「……そうだな。ありがとう、もう少しやってみよう」
「貴方は充分に善行を積んでいるようですね。これからも良い行いを心掛けなさい」

「お嬢様がちっともお嬢様らしくなくて……」
「強く生きなさい。挫ければ相手の思う壺です」

「てゐが全然言うこと聞いてくれません……」
「強く生きなさい。上に立つには威厳を示さねばなりませんよ」

「喘息を治すにはどうすればいいかしら」
「医者に見てもらう以外にありますか」

「あたい馬鹿じゃないけど馬鹿ってどうすれば治るの?」
「まずは自覚することから始めなさい」

「死なないけどどうしても殺したい奴がいるんだけど」
「いつからここは殺人予告所になったんですか」

「憎さ余って可愛さ百倍な子がいるんだけど」
「貴方とその相手とは間違いなく気持ちがすれ違ってますよ……」

「実験台がなかなか集まってくれないのよね」
「小町、今こそ身体を張って善行を積むのです」
「あたい人柱ですか!?」

「私の威厳を知らしめるためにはどうすればいい?」
「とりあえず背を伸ばすというのは如何でしょう」

「楽して生きたいわ〜」
「そんな考え今すぐ捨てなさい」

「何かいいお酒の在り処知らないー?」
「あ、それなら中有の道になかなかのものが売っていますよ」

「記事のネタが集まらない時はどうすれば」
「集めようという意思があれば自ずと舞い込んでくるものです」

「お賽銭が全く集まらないのよ」
「貴方が巫女らしくなってからその台詞をもう一度言うといいわ」

途中から段々手抜きっぽくなってきたが、とにかく幻想郷中の人間(や一部妖怪)の相談事に乗って、映姫は満足したようだった。
小町帰りますよ、と言いかけたところで、

「……そういえばあの子は永遠亭に連れていかれたのでしたね」

彼女はちゃんと善行を積んでいるだろうか。
そんな心配をしてはみたがあまり考えても仕方ないので、戻ることにする。
今回の試みは、それなりに良いものだったかもしれない、と思いながら見上げた空は、夕焼けで赤く燃えていた。

「ねえちょっと映姫様、あたいのこともしかして忘れてるんじゃ……って止めて何無理矢理あたいに飲ませようとしてるのさ!?」
「死神にはちゃんと効くかわからないけど、それを立証する実験だし、失敗しても怒らないでね。 ……死んだら肉体は有効活用してあげるから」
「え、映姫様助け、」

聞こえたような気がする幻聴は、敢えて無視した。



>我ながらなんつーエンディングだ。投げっぱなし。
>途中の相談内容が本編。数人マジ相談で約一名切羽詰まってます。
>ニコニコ(でいいのか)ネタで『今日の貧乏巫女』ってのもアリかも。
>……いや、ないかそれは。でも面白そうだよなぁ。
>私のベクトルは博麗神社に向いてるようなので一考の価値あり。
>ちなみに相談者は上から順に、
>咲夜→魔理沙→アリス→慧音→妖夢→うどんげ→パチュリー→H→妹紅→輝夜
>→永琳→レミリア→ゆゆ様→萃香→文→霊夢です。