その様子だけを見れば、事情を知らない者は魔女の儀式かマッドサイエンティストの危険な実験だと判断したかもしれない。 しかし、フラスコを掻き回しぐつぐつと形容し難い色の液体を煮詰めているのは、見た目小学生、下手すればそれ以下の少女である。 ぴょこんと跳ねた癖っ毛を左右に纏め上げ、如何にもお子様らしい幼児服を着込んだ容姿は、まだ綺麗というより可愛さが先に立つ。 気が抜けているのか、隠すつもりが元々ないからか、腰下からは名前の通り、結った髪と同じように跳ねた二又のしっぽ。 現在薫邸にて、啓太やようこ、カオル達と絶賛同居中の、ともはねだ。 時刻は夜、九時を過ぎた頃だろうか。いつもなら啓太の膝の上辺りで丸まりながら談話しているともはねだが、今日に限っては一人。 真剣な表情で古びた本を片手に、凄まじい悪臭を撒き散らすフラスコ(の中の液体)と必死に格闘していた。 目的は、ただひとつ。 『身体が強くなるお薬』改め『身体が大きくなるお薬』の調合作成だ。 それを作るに当たり、一番の問題は材料集めだったが、天地開闢医局の方で話を持ちかけたら何故か先生が結構融通してくれた。 自分で入手できるものもいくつかあったとはいえ、希少な材料がほとんど。ちなみに交換条件は、啓太とようこの観察日記一ヵ月分。 まあ自分の勉強にもなるし(する必要がないと言われればそれまでだが)、何より目的を達成したい気持ちの方が強かったのだった。 「ええと……確か、こんな感じ……だった、かな?」 先日……と言っても割と前の記憶を手掛かりに、どうにか手順の全てを再現しようと苦心しながらぐつぐつぐつぐつ。 何の原理か透明になったものに、仕上げのブツを投擲、準備は完了。 恐らく、たぶん、きっとこれで大丈夫。 それでも少しばかりの勇気は要るが、成功させたい、という思いの方が強かった。フラスコを傾け、一気に飲み干す。飲み込む。 一瞬。 本当に僅かな間を置いて、ともはねはぱたりと倒れた。 今回はちゃっかり、布団と枕を用意していた。 「…………ん」 目覚めてまず、立ち上がり、持ってきた手鏡で自分の姿を確かめた。 髪。伸びてる。手足。伸びてる。顔つき。大人っぽい。胸。大きい。 縮んだ……いや、今の自分には小さく感じる服を目にして、ともはねは手放しで喜んだ。 思わず飛び上がってそのまま森を一周するくらい喜んだ。 完璧に、完全に、成功である。ともはねオトナばーじょん。 見上げた空は朝焼けの色に染まっていて、時間的にも丁度良い。 颯爽と今身につけているものを脱ぎ捨て、手鏡と同じくこの状況を見越し 持ってきた仲間達の服(例によって失敬した)をいそいそと着込む。 もう一度鏡を覗き込み、ともはねは己の立ち姿に満足して小さくガッツポーズをひとつ、荷物を抱えて自室まで運ぼうとする。 「……やっぱり、軽い」 行きはよたよたしていたのに、帰りは実に楽だった。 機材と着替え、ついでに手鏡を適当に置き、いよいよ本題。 誰も起こさないよう静かに移動しつつ、少しばかり増えた住人に思いを馳せながら、ドアを透過し啓太の部屋へ。 「ようこは……まだ起きてない。うん」 「んー……ちょこれーとけーき……たべほうだい……」 最近さらに食費が増えたからか、随分ご無沙汰なようこの願望じみた呟きをスルーし、啓太の布団に侵入する。 鼻につく匂いには、普段感じないものが混ざり、ともはねを否応なくどきどきさせる。それが何故なのかはよくわからない。 ただ、今度は赤く染まった頬もそのままに、もぞもぞと毛布を掻き分け、啓太の腕を取った。 どきどきが余計に増し、うわぁ、うわぁ、と自分でも混乱しているのを自覚しながら、 それでも温もりの誘惑には敵わずしばし堪能する。 啓太に、大きくなった自分の姿を見せる。それがともはねの目的だった。 前回は邪仙の所為で霊力を消費してしまい、戦いが終わった後すぐに戻ってしまったので、 啓太はともはねが薬によって大きくなったことも、 勿論強力な邪仙相手にようこばりの能力と立ち居振る舞いで渡り合ったことも知らない。 別に、その活躍を自慢したいわけではないのだが、折角こんな(ともはね自身にとって)理想的な姿になったのに、 それを見せられないのは勿体無い。 どれほどの年月が経てばここまで成長するのかわからないし、オトナっぽい自分を見たらきっと啓太も―――― (…………啓太様も?) 啓太も、何だろう。 ともはねは、続く言葉が見当たらず、首を傾げた。 「ん〜、うぅ……」 「!?」 思わず、びくん、と背筋を伸ばしてしまった。 抱きしめた腕、啓太の身体が動き出す。呻き声と共にゆっくりと上半身が起き上がり、 寝惚け眼を擦った後、啓太はまず宙に浮かぶようこ、次に隣の少女へと視線を移し、 「えっと…………だ、誰?」 朝起きたら隣に知らない美少女がいた。 端的に現在の啓太の状態と心情を表すと、こうなる。 「こりゃ夢か夢に違いない!」と頬を抓ってみるが当然痛く、 次に「いや幻覚の可能性が!」とごしごし目を袖でもう一度擦り、それでも消えず硬直。 思考時間は四秒。 一秒で夢でも幻覚でもないと判断し、 二秒で周囲を見回しようこが寝ていることを確認し、 三秒で目前の美少女をじっと見つめ、 四秒でこれはドッキリの類かもしれないという疑いを時空の彼方に放り投げ、おもむろに少女の手を取った。がしりと、両手で。 「ねえ君どこの子良ければ俺と……ん?」 ようこを起こさない程度に一息でナンパに誘おうとし、途中で口を噤んだ。 ……それは違和感。頭の隅に引っ掛かる、デジャヴュに似た感覚。 大きく目を見開き、可愛らしくも頬を赤く染める彼女の全身を再度、 確かめるように上から下まで眺め、啓太は心中で小さな疑問符を浮かべる。 (あれ、この子どっかで見たような気がするんだよな……) 下ろしたストレートの髪は長く、癖っ毛なのか端々がぴょこんと跳ねている。 藍染めのシャツに、太腿を強調するようなダメージジーンズ。 ワンポイントの大人しめなイヤリングとネックレスが、衣服と相まってどこか元気な印象を醸し出し、 豊満な胸とモデルじみた身体付きを隠して程良いバランスを保っていた。 ……要するに、非の付け所がない美人。美人である。 だが、どう考えても初対面なのに、初めて会った気がしない。一度見れば絶対忘れないほどの容姿なのにだ。 もし彼女と昔に顔を合わせたことがあるのなら、名前やら趣味やらスリーサイズやらを聞き出しているはずである。 しかしその記憶もないし、ならば何故。 「あ、そっか! 髪縛るの忘れてたんだ」 その問いに答えるように、鈴の鳴るような声で、少女は軽く叫び、突然後ろ手に髪を結い始めた。 ボリュームのあるそれを握り纏め、後頭部に近い位置で、左右に。 啓太ははっと気づく。そんな髪形をした少女に、覚えがあったから。 信じられない気持ちを抑え、訊ねた。 「お前……ともはねか?」 「そうですよ、啓太様♪」 「………………マジ?」 「はい!」 確かに、藍染めのシャツはよく見ればてんそうのものだし、ダメージジーンズもたゆねが着けていたのと同じだ。 イヤリングはせんだん、ネックレスはなでしこのか。脳裏に今はまだ帰ってこない少女二人と、 現在他の部屋でまだ寝ているだろうもう二人の姿を思い浮かべ、なるほどと得心した。どうやら服をどこかから失敬してきたらしい。 しかし―――― 「………………」 「どうしました、啓太様?」 「いや、な」 成長した(恐らくは将来こうなるであろう)ともはねは、正直とんでもなく可愛かった。 胸はたゆね並みに大きく、腰も細く、すらりとした足はかなり犯罪的だ。 小さい時はただ子供らしい可愛さしかない顔も、普段のともはねには欠片もない綺麗さ、そして色気が備わっている。 こうなると、啓太にとってともはねは十分射程圏内だった。 よく自分にも懐いているし、身も蓋もない言い方をすればかなり『そそる』容姿だし、お買い得のひとことである。 性格はそのままだろうから精神的にはまだまだお子様だが、そのギャップがまたいい、のかもしれない。 実際子供特有の無防備さが残っていて、上目遣いで啓太を見つけるともはね(大)の胸元からちらちらと、 形が整った胸の谷間、スポーツブラが見え隠れしていた。 「あ……啓太様、そんな見つめられると、ちょっと」 「え?」 「な、何かあたし自分でもよくわからないんですけど、啓太様のそばにいるとどきどきして、その……は、恥ずかしいんです」 その癖、羞恥に頬を赤くする姿がかなり艶かしい。 これが幼児体型のともはね(小)だったら妹を扱うように頭撫で撫で、で済むのだが、 今のともはねにそんな仕草をされると破壊力抜群だった。 ……というか、ぶっちゃけ限界。 「と、ともはね!」 「きゃっ!」 勢い余って押し倒す啓太。ともはね、普段からは考えられないほど女の子らしい悲鳴を上げて布団に押しつけられる。 ちなみに、この時既に啓太の頭の中には、ようこが同じ部屋で寝ているという事実はない。 意識は全て目の前のともはねに集中していた。 啓太が見下ろし、ともはねが見上げる姿勢。しばし見つめ合い、先にともはねが視線を逸らす形で顔を軽く傾け、 「あの……優しくしてください」 当然本人に「そういう」自覚はない。何をされそうになっているのかもわかっていない。 単純に、そんな力を入れないでほしい、という意味合いで言っただけである。 が、啓太にはアレの了承にしか聞こえなかった。許可にしか思えなかった。 胸触ってもキスしても(ピー)を(ピー)てもいいとしか考えられなかった。 無意識にごくり、と唾を飲み、何はともあれこの布に覆われた柔らかそうな胸へと手を伸ばし触れようと、 「ケ・イ・タぁ?」 大気が凍った。決して誇張ではない。少なくとも啓太には、 周囲の空気がぴしぱしと音を立てて罅割れていく幻聴が聞こえたのだから。 壊れた人形のような動きで、背後へと向く。 見てはいけない、見たら何もかもが終わると理解していながらも、身体は勝手に動く。動いてしまう。 例えば受験の合否を聞く時、あるいは大金を掛けた賭けの成果を見る時に、 人間は極限の緊張、現実を知ることの恐ろしさを感じるものだが、今の啓太は正にその状況だった。 しかも、前述の例とは比べ物にならないほどの恐怖を感じながら。 そこに、夜叉般若がいた。悪鬼羅刹がいた。 先日てんそうを(事故で)押し倒した時よりも、さらに数段濃い殺気。 そう、殺気と呼んで差し支えない。最早視認出来そうなくらいのものだ。 口元ならず全身から陽炎が立ち、ゆらゆらと周囲の景色を歪ませている。 啓太は思った。このようこなら、視線だけで間違いなく人を殺せると。 知らず、身体ががたがたと震える。本能が告げた。このままでは俺は絶対に死ぬ―――― ! 「ようこちょっ」 「何も言わず死ねこの浮気者―――――――― っ!」 言い訳をする暇もなかった。 仁王立ちして叫ぶネグリジェ姿のようこの炎は、啓太だけをそれはもう見事に完膚無きまでに焼き尽くした。 どうしても真っ黒な炭にしか見えない啓太(だったもの)をぽいっと部屋の隅に放り捨て、 ようこは見知らぬ少女に質問と言う名の尋問を課そうとしたのだが、 僅かな対話で相手がともはねと知り、激しく驚くことになるのだった。 薬の効果はほとんど霊力を使わなかったため一週間ほど続き、その間薫邸に住む者達からは様々な反応を受ける。 たゆねには、 「嘘……これがともはね? え? ええ?」 としばらく信じてもらえず。 てんそうには、 「絵になる。ちょっとじっとしてて」 とスケッチの対象にされて小一時間ほど同じポーズを取らされた。 フラノには、 「ともはねも十八禁キャラの仲間入りですか〜?」 と言われたのでよくわからず曖昧な笑みで返した。 カオルには、 「……と、ともはれは将来相当の美人になるのですね」 と少し羨ましがられた。嬉しかったが、また名前を間違えられた。 あと、何故か妙に動揺した様子で「啓太お兄ちゃんはああいう方が好きなのかな……」と呟いていた。 余談だが、身体が大きくなってもともはねは変わらず啓太の膝の上で寛いだりしていた。 その度にあの微妙な匂いを感じどきどきしっぱなしだったのだが、 対象である当の本人は、だらしなく頬を緩ませてはようこに関節技を掛けられ悶絶することになる。 実際にともはねが同じように育つのかは、まだ未定だ。 しかし、啓太にとって『お買い得』な容姿と力を兼ね備えた犬神になるのは、確定のようだった。 その時十八禁キャラになっているかどうかは、定かではないのだが。 |