「お前様よ」 なんて言って。 相変わらず何の前触れもきっかけもなく、まるで初めからそこにいたかのように、そこで見ていたかのように、忍は僕の背後に立っていた。 目測二畳、一般家庭標準サイズの風呂場。 勿論僕は全裸である。 丁度シャワーで頭の泡を落としきったところだった。 「早うそこをどけ。儂も髪を洗いたい」 「……いや、なんていうか、ちょっと待て。色々待て」 「何じゃ、この小さな身体を置く場所さえ譲りたくないとでも言うつもりか。だとすればお前様、随分度量が狭くないかの」 「そういう問題じゃねえっつーか、そもそもお前、毎回出てくんの唐突すぎだろ。心臓に悪いんだよ」 文句をつけてもまるで意に介さず、風呂椅子に座る僕を押し退けるようにして忍はシャワー前を占拠した。 相変わらず裸身を隠す気はゼロらしい。 「元来怪異は唐突なものじゃと相場は決まっておろう。それに、外に出ようとする度いちいちお前様に伺いを立てる方が煩わしいじゃろ、お互い」 「まあ、それもそうなんだが……百歩譲っていきなり出てくるのはいいとしても、風呂の中ってのはどうなんだ。誰がどう見たって誤解する絵だぞこれ」 お前の所為で家庭崩壊と命の危険が同時に訪れかけたこと、まだ忘れてねえからな。 さすがに今日は前みたいな状況じゃないし、月火ちゃんを待たせてたりするわけでもないから、大丈夫だとは思うけど。 外聞の悪さという点では変わりない。 「儂としては、お前様の妹御に誤解されたところで何ら困りはせんのじゃがな。少々痛い思いはするかもしれんが」 「少々で済めばいいけどな……。次また月火ちゃんに見られたら、正直誤魔化しきれる自信はないぞ」 「その時は潔く腹を括るかの?」 「いや、たぶん押し倒してうやむやにする」 「……お前様、発想の鬼畜さに磨きが掛かっておらんか」 充分に髪を濡らし終えると、忍は月火ちゃん用のシャンプーを容器ごと棚から取り、ほれ、と僕に差し出してきた。 意図を汲むまでもない。仕方なく、本当に仕方なく指でノズルを押し込み、手のひらにシャンプーを広げる。 それを軽く泡立て、湿って輝きを増した忍の金髪に塗り付けた。 しかし、相変わらずこいつの髪はさらっさらだな。 手触りが半端なく滑らかだ。 頭頂部から背中に流した髪先までを、指で梳くようにして洗う。完璧なイメージで固定されているとはいえ、驚くほどに枝毛もない。 月火ちゃんだって少しはあるぞ。 「んー、いい感じじゃ」 「自分でやる気は全くないんだな……」 「ぶっちゃけめんどい。それにあるじ様も満更ではないと見たが」 「ならお前の目は節穴だよ。昔に妹達で洗い飽きてる」 「ふむ。確かに手慣れておるようだの」 「あいつらどっちも髪長い方だしな。火憐ちゃんなんかは若干癖っ毛気味だけど、お前の髪は素直で楽だ」 「当然じゃな。儂は色々なことに素直であるからして」 明らかにそれは別のニュアンスを含んでるだろ。 軽口を叩きながらも手は止めず、やたらと泡立った髪にシャワーを向ける。丁寧に泡を落とし、次はトリートメント。髪を撫でるようにして擦り込んでいく。 「終わったら身体も頼むぞ」 「前は自分でやってたじゃねえか。つーか身体なんて、普通他人に洗わせるもんじゃないだろ」 「それを言うなら髪も同じじゃろうに。お前様でなければ頼みはせんよ、っぷ」 言葉の途中でシャワーを浴びせ、余分なトリートメントを流した。 最後に軽く水を絞ると、艶やかな髪がぱさりと忍の小さな背に広がって張りつく。 少しシャワーの湯が目に入ったのか、ぐしぐし顔を両手で拭い、忍は不満げな表情でこっちに振り向いた。 「危うく泡を飲むところじゃった」 「洗ってる時に喋る方が悪い」 「もうちょっと儂に優しくしても罰は当たらんじゃろ。最近頑張っとるぞ。妹御の件とか、あの小娘の件とか」 「八九寺の件は半分くらいお前が原因だろ」 「なんのことかわからんな」 酷い棒読みだった。 誤魔化す気すら感じられない。 「ともかく、ほれ」 「はいはい。ったく、今回だけだからな」 目の粗いタオルを押しつけられ、僕は溜め息混じりでそれを受け取った。 ボディソープを付けてわしゃわしゃと擦り合わせ、しっかり泡を立ててから、改めて忍の後ろで構える。 つるりとした、抜けるように白い肌。 いたいけな背中にタオルを当てると、忍の身体が僅かに前のめる。そのまま力を入れて上下に擦ると、白い肌が薄赤く染まっていく。 邪魔にならないよう、左側に回した金髪がうなじにほつれて絡まって、そこだけやたら艶めかしい。 とはいえ僕は外見八歳の幼女に欲情する性癖は持ち合わせていないので、至って平常心で背中を洗い終えた。 さて。 背中の次は、前である。 「忍、こっち向け」 「別に後ろからでも構わんぞ?」 「それじゃやりづらいだろうが。はぁ、お前もわかってるとは思うけど、仕方なく、本当に仕方なくやってるんだからな」 「むしろそれは儂がやるべきじゃろうに」 あんたなんかのためじゃないんだからね――だ。 読者と忍にツンデレサービスをしたところで、いざ本番。 にやにや笑いと全裸姿を隠さない忍の、まずはお腹にタオルで触れた。 形の良い臍周りから、左腋、右腋。手を取って腕から肩までを渡り、指で髪を払いつつ首を抜ける。今度は逆の流れで指先へと辿り着き、残すは鎖骨と、ささやかどころか皆無な胸だけになる。 骨張ったくぼみをなぞり、一息。 ここで僕は、若干の躊躇いを覚えた。 先々日、おっきい方の妹こと火憐ちゃんと殴り合い蹴り合い絞め合いの兄妹喧嘩をやらかしたわけだが、その際忍から聞いたことを、未だに果たせてはいない。 忠誠を誓う儀式。 頭を撫でる、のさらに一段階上。 あの時はどうして大人バージョンの頃に言ってくれなかったのかと憤慨したものだが、考えてみれば、胸を撫でるという行為自体には何の変わりもないのだ。 いくら今の忍が外見八歳の幼女だといっても。 妹の胸を触るのとはまたニュアンスが違う。 ……いや、別に恥ずかしいわけじゃないんだけどさ。 どちらかと言えば、照れ臭さに近いかもしれない。 幼女の小ぶりな胸に触れる機会を得て、興奮を抑えきれていないのでは断じてない。 「よし、行くぞ」 「いつでも来い」 見せつけるように反らせた忍の胸へと、タオルを持った両手を伸ばす。やけに時間の流れがゆっくり感じる中、泡まみれの指が張りのある柔らかな肌に接触した。 くふ、と正面で忍の息が漏れる。 タオルで優しくさっと磨き、早々にそれを床に落として、今度は直に触れる。両手で円を描くように、単純なひとことで言い表せない感情を込めて、じっくりと撫でる。 間近に映る忍の瞳は、濡れていた。 艶めいた息遣いに煽られて、僕の指はさらに胸へ食い込み「おーい兄ちゃん、そろそろあたしも入りたいんだけど――」そのまま硬直した。 何かもう酷いデジャヴだけど状況説明! 風呂場には僕と忍、金髪幼女のぺったんこな胸を真剣な顔で撫で擦る阿良々木家長男の姿! その現場をうちのでっかい妹にガン見されてる! 「……えっと」 「んん……?」 ぱたん、と扉が閉まった。 しばし向こう側で長身のシルエットがもぞもぞ動き、一分ほどで再び開く。 首を傾げながら、何故か火憐が入ってきた。 タオルで裸を隠すこともしない。 忍ばりの堂々さだった。 「おかしいな。兄ちゃんと、なんかめっちゃかわいい外人さんっぽい女の子がいた気がしたんだけど」 「目の錯覚だろ。気の所為だ気の所為」 「そう? まあいいや。外走ってきてすげえ汗掻いたからさ、早く流したかったんだ」 「お前飯食った後にも走るのか……」 「いつもはしねーんだけどな。腹ごなしっつーか、突発的に動きたくなって。おかげで走ってる間脇腹痛くて大変だったぜ」 普通はそうだろうな。 わかってて実行する辺りが、こいつのこいつたる所以だ。 さすがのドドMさんである。 自分の身体自体は既に洗い終えている僕が湯船に避難したのをいいことに、豪快な仕草で火憐は風呂椅子に座った。 ばっさり短くなった髪を両手で掻き回し、あっという間に洗髪を済ませる。かと思えば、乱雑に泡立てたタオルを物凄い勢いで肌に擦りつけ始めた。 見てるだけで痛い。 全身余すところなく、真っ赤になるまで乾布摩擦ならぬ湿布摩擦をした火憐は、こころなしか弾んだ声で「染みるーっ!」とか言いながらシャワーを浴びていた。 いやそりゃ染みるだろうけど。 もしかしてこいつ、毎回こんなことやってんのかよ。 真面目に将来が心配になってくる。 「兄ちゃん、スペース空けれ」 「あいよ」 「とりゃー」 お淑やかとは程遠い、むしろ真逆のアクティブさで腰を下ろしてきた。ざばっと結構な量のお湯が溢れる。 大変、大変遺憾なことに火憐は僕よりでかいので、湯船の中が洒落にならないほど狭い。 膝は当たるし他のところも当たるし。 何度か二人で位置取りを調整して、結局互いの足の間に膝を入れるような、パズルめいた格好になってしまった。 正直きついしやりづらい。 というか何だこのシチュエーション。 「そういや兄ちゃんの裸見るの久しぶりだ」 「んな頻繁に見せてたまるか。だいたいこの歳で一緒に風呂入るとかおかしいだろ。タオルくらい巻いとけよ」 「でもまあ、兄ちゃんだしなあ。別にそこまで見られて恥ずかしいもんでもないし」 「色気もへったくれもないやつだな……」 にしても。 こうして改めて注視してみると、こいつの身体って本当にモデルみてーなんだよな。 その上、元々手足が長いのもあるだろうけど、筋肉の付き方に無駄がない。 腹筋だって、見た目は割れてないのに滅茶苦茶硬いんだぜ。 ちょっとした人体の神秘だ。 「ん? 何だ兄ちゃん、そんなに妹の裸見たかったのか?」 「お前の裸に興味なんてねえよ。ただ、随分おっきくなったんだなって、改めてな」 「まあなー。いつ以来だっけ、一緒に風呂入んの。五年前? 六年前?」 「そんくらいだろ」 人間が大きくなって変わるには、充分な年月だろう。 あるいは、人間でなくとも。 火憐も、月火も、勿論僕も例外ではない。 「こないだ月火ちゃんが言ってたけど、兄ちゃんはいつの間にそんな身体作ったのさ。見事なセミ腹だし。一日二日鍛えただけじゃそうはなんないぜ」 「……部屋で地道にやってたんだよ」 「そっか。だからあそこまで打たれ強かったんだな。うん、さすがあたし達の兄ちゃんだぜ!」 とかのたまいながら、おもむろに腹を触ってきた。 お返しに臍をつつく。 「ひゃっ」 「うお、お前の腹、力入れてないと柔らかいな」 「ちょっ、兄ちゃ、くすぐったいだろー」 「ほれほれ」 「あはは、待っ、あっ、や、すとっ、ストップ!」 微妙に乗ってきたので、両手で臍と脇腹を重点的に責める。 狭い湯船の中で裸の妹をいじり倒す兄の姿がそこにはあった。 まあ、兄妹の一般的なスキンシップってことで。 散々くすぐってから解放してやると、火憐は荒れた息を整えて立ち上がった。 ざばりとお湯が跳ねる。 笑いすぎと呼吸困難のせいか、顔はかなり赤かった。 「あー笑った笑った。でもこれ、結構腹筋鍛えられるかもしんないな。兄ちゃん、また今度やってくれね?」 「お前のマゾっぷりは筋金入りだな……」 「兄ちゃんの妹なんだから当然さ!」 「さらっと僕を同じ枠に入れようとすんな」 「んじゃあたしは上がるけど、兄ちゃんはどうすんの?」 「もうちょっと入ってるよ」 「了解。ゆっくりしすぎてのぼせんなよー」 そう言って、ろくに身体を拭かず火憐は出ていった。 後でびしょ濡れのマットとバスタオルで拭かなきゃならないことを考えると、若干憂鬱になる。 が、ともあれこれで静かになった。 一息ついて手足を伸ばそうとし――瞬間、さっき火憐がいたスペースに、今度は忍が居座っていた。 「我があるじ様は、そういう星の下にでも生まれておるのかのう。下の妹御に続き、上の妹御もとはな」 「好きでこんな目に遭ってるんじゃねえよ」 「の割には、随分熱心に裸を見ておったようじゃが」 「妹の裸なんて裸のうちに入らないっつっただろ。兄として成長度合いを確かめてただけだ」 「ま、そういうことにしておいてやろうかの」 意味深な台詞でまとめんな。 事実無根の変な誤解が広まっちゃうじゃねえか。 「あれ? 忍、泡は影の中で落としたのか?」 「本音を言えばシャワーを使いたかったんじゃがな。それよりお前様」 「何だよ」 「続きはせんのか?」 「……今日はやめとこうぜ。上手く行かない気がしてきた」 「ヘタレじゃのう。そこはもっと積極的に行くべきじゃろ。読者もそういう展開を望んでおるはずだしの」 「意味もなくメタな発言すんな。終わりどころが見えなくなったじゃねーか」 「そんなもん初めからなかろう」 いやまあその通りだけど。 体裁って大事じゃん。 「ちゃんとやってますよー」ってポーズは何にだって必要なのだ。 「今なら多少サービスしてもよいぞ?」 「例えばどんなんだよ」 「儂がお前様の血を吸って、そうじゃのう……中学生サイズになる。無論胸も肉体年齢相応には膨らむから――後はわかるな?」 「ぐ……魅力的な申し出だが、遠慮しておく! 人生で一番最初に揉むのは羽川のおっぱいと決めてるからな!」 「既に妹御の乳は何度も揉んどるじゃろ。というか他にも色々前科はあったと思うが」 そもそも何をかっこよく決めようとしとるんじゃ、と冷ややかな目で言われる。 やっぱ駄目か。 「ふん。別に儂は強制するつもりもない。忠誠の儀式自体、押しつけるようなものではないからの。お前様が自発的にやってこそなのじゃから」 「わかってる。次はちゃんと最後まで、じっくりねっとり気持ちを込めて、邪魔の入らないところで心行くまで誓ってやるからさ」 「期待せんで待っておるぞ、我があるじ様よ」 「おう、任せとけ」 ちなみに。 いつになるかは、永遠に未定である。 >そぉい!! >オチは投げ捨てるもの(キリッ >リハビリも兼ねて、手癖でどこまで書けるかという実験でした >忍も火憐も初めてですけど、意外に動きますねこの二人 >偽(上)と傾でキャラの幅がぐんと広がった気はします >10KB超の掌編なのに見事なやおい話(本来の意味で) >若干阿良々木くんの変態度は増してるかもしれません >一割くらい >そんな感じでここまで読んでくださった方はありがとうございました >かしこ >いやいやどう考えてもかしこより祝ちゃんだろjk >クライムエッジいいですよね >そんな私は長髪フェチ >勿論おっぱいも好きです >幼女ハァハァ >実はこれだけの容量書き上げるのに二週間くらい掛かってます >はやくそくひつになりたい >キャンディハァァー!面白いよキャンディハァァー! >晶くんとユキちゃんとエムドリの絡みが見られるのはキャンディハァァー!だけ! >俺得すぎる >ゆにぞーんは忘レナ草の頃からファンです >デス先生かわいいよデス先生 >いい加減怒られそうなのでこの辺で終わりにしておきます >あとがきは投げ捨てる(ry >ハァーン! index |