「…………これはもう完全に風邪ね」 「すみませんお嬢様、パチュリー様、ご迷惑を……」 「いいのよ咲夜。こんな時くらいしっかり休みなさい」 「はい……」 発端は、図書館で仕事中に咲夜が倒れたことだ。 その前から兆候は出ていたのだが、普段息災であるが故、例を見ないことなので皆楽観視をしていた。 そもそも幻想郷に風邪のウィルスがあるのかどうかは非常に興味深い謎であるが。 まぁ、館の主を初めとする人間外の者達は実に健康だから人間である咲夜だけが浮いてしまうのかもしれない。パチュリー除く。 「しかし、私がこうしている間、仕事は誰が……」 咲夜の心配事はその一点だった。 メイド長の仕事は割と多い。特に咲夜は自らの能力を駆使し、掃除全般にかけては凄まじい範囲を一人でカバーしている。 他の雑事はある程度部下のメイドに任せているが、咲夜の手に掛かる部分も決して少なくはない。 紅魔館内で最も多忙な者。それがメイド長の肩書きを持つ彼女である。 今回の風邪の原因のひとつに働きすぎ、つまり過労もあった。 彼女とて人間なのだ。無尽蔵の体力を保有するわけではなく、主人と違い脆弱な身体しか持っていない。 多少常人より優れているとしても、風邪くらいはひいてしまう。 そうでなくても先日、月を巡る騒動があったばかり。 溜まっていた仕事を片づけるのに尽力していた咲夜が倒れるのは当然のことでもあった。 「ああ、それなら一応目途が立っているわ」 「パチュリー様」 だが、彼女の不安を余所にパチュリーはけろっと答える。 そんな適役はこの館にいただろうか、と少し考えてみたが、わからなかった。 事務能力が高く、体力も相当にあり、さらにストレスをものともしない精神力を保有する者なんて――― 「大丈夫。そのことは私に任せて、あなたはゆっくり養生しなさい」 パチュリーのどこか悪戯心を含んだような台詞に、咲夜はまだ心配をしつつもとりあえず頷いた。 部屋から出ていく背中を見て、できるだけ早く治してしまおうと心に決めるメイド長だった。 一日メイド長体験(あるいは中国の災難) 「え? 私ですか!?」 「そうよ。あなた以外に適役はいないわ」 「でも、どうしてですか? 咲夜さんは……」 一体誰にパチュリーは目をつけたかというと、門番なのに最近門番の役目を果たせているかどうか微妙な、中国こと紅美鈴。 事務能力の部分はちょっと怪しいが、体力精神力共に彼女に不安はなかった。 というか、彼女以外にハードなメイド長の仕事を耐えられる者はいないのだ。 だが、いきなりの話だからか美鈴は疑問に思った。 どうやらここに咲夜が倒れたという情報は届いていないらしい。 パチュリーがその旨を伝えると、 「ええっ!? あの咲夜さんが!? いわゆる鬼の霍乱ってひゃぁっ!」 どこからともなくナイフが飛んできた。 メイド情報網は光速レベルなのか。 掠めた頬を撫でてひやりとする美鈴を見て、パチュリーはほんの僅か不安を抱いた。 「まあとにかく、今日一日、紅魔館はあなたに懸かってるのよ」 「私に、懸かってる…………」 とりあえず説得してみると、徐々に美鈴の目が輝いてきた。 自分が頼りにされているのが嬉しいらしい。 「頑張ります! 不肖私紅美鈴、精一杯やらせていただきます!」 「じゃあこれ着て。はい、咲夜お手製のスケジュール表。全て必ず時間内に済ませること。間に合わなかった場合大変なことに」 「………………頑張りますぅ」 こうして、受難に満ちた一日メイド長体験が始まった。 1.館内の清掃 「美鈴様、もっと腰を入れてください!」 「あ、はい、こうですかー!」 「そうです! もっと急いで! そして丁寧に! 咲夜様はここを二秒で仕上げてました!」 「無理ですってそんなのー!」 その頃の咲夜さん。 「お、お嬢様!? どうしてこんなところに……」 「あら、主人がメイドの様子を見に来てはいけないの?」 「いえ、そんなことは……でも、しかし……」 「遠慮はなし。今日は大人しく看病されなさい。命令よ」 2.各メイドへの指示 「えーっと、皆さん、えーっと、あちらをよろしくお願いします」 「威厳が足りません美鈴様」 「みんな、向こうをお願い」 「そうそう、そんな感じです。ちょっと様になってきましたよ」 「あ、ありがとうございます」 「姿勢が低い! 駄目です! もっと胸を張って!」 「はいぃ!」 その頃の咲夜さん。 「いけませんお嬢様っ。お手が汚れます」 「いいえ、私はこの程度気になどしないわ」 「しかし……」 「ほら、また遠慮してるわね。大人しく、と言ったでしょう?」 「…………」 「背中を向けなさい。肩の力を抜いて」 「……清拭なんて、恥ずかしいです」 「我慢なさい。あなた、熱があるから風呂には入れないのだし」 「はい……」 3.料理と紅茶 「美鈴様、麺類作るの上手ですね……生地からなんて咲夜様でもそうそうしませんよ」 「これくらいしかできないので。褒めないでください、照れちゃいます」 「……でも、お嬢様、確かそんなにうどんは好きじゃなかった気が」 「い、今すぐ作り直しますぅぅっ!」 「紅茶はこちらで淹れておきますね」 その頃の咲夜さん。 「はい、咲夜、あーん。……どうしたの? 口を開けてくれないと食べられないわよ?」 「そ、その……本当にやるんですか?」 「ええ、勿論。ほら抵抗しない。大人しく、と言ったのを覚えてないのかしら?」 「あ、う…………あー、ん」 「それでこそメイドね。もう一口、はい」 「むぐ、お嬢様、まだこちらが咀嚼し終わってません。……気を急かずに」 4.事務・書類処理 「…………えっと、これがこっちで、これは是で……」 「美鈴様、書類の追加です」 「こ、こんなに……これも咲夜さんは短時間で終わらせてたんですか?」 「はい。それはもうあっという間に。便利ですよね、咲夜様の能力」 「だから絶対私には無理ですってーっ!」 その頃の咲夜さん。 「眠くなってきたわ。咲夜、隣いいかしら」 「お嬢様、いくらなんでも大胆すぎますじゃなくってお止めください!」 「大人しく。大丈夫よ、私は風邪なんて罹らないから」 「そうではなくて…………」 「おやすみなさい。さぁ、咲夜も寝なさい」 「……もう、お嬢様」 5.結果 「も、もう駄目です…………」 「お疲れ様」 「パチュリー様、咲夜さんって、こんなことを毎日してたんですか……」 「今日はちょっと厳しい方よ。色々と雑事が溜まっていたから。普段はあと少し軽いわ」 「す、凄すぎです咲夜さん…………」 「あ、最後にもう一仕事。私に珈琲をお願い」 「了解しましたぁ…………」 その頃の咲夜さん。 「………………」 「すぅ…………」 ぐっすりおやすみちゅう。 次の日。 「おはよう、美鈴」 「あ、咲夜さん。もう治ったんですか?」 「ええ。完全に、とは言わないけど、仕事に支障がない程度には」 メイド服装備の彼女を見ると、どことなく安心できる。 それはきっと、その姿が日常の一部だからなのだろう。 「昨日は迷惑かけたわね。ごめんなさい」 「いえ、そんなことありません。貴重な経験ができました」 「じゃあまたやってみる? 私は楽ができていいんだけど」 「遠慮しておきます」 美鈴は全力で首を振った。あそこまでの重労働は、咲夜にしかできないことだと本気で思う。 「残念。……あ、そうそう」 「はい? 何ですか?」 去り際、咲夜は足を止めた。 振り返って少し子供のような笑顔を浮かべ、 「今日、霊夢と魔理沙が一緒に来るそうよ。門番の役目、頑張りなさい」 死刑宣告を残していった。 つまり、二人同時に相手にしろということだ。 ちゃんと連絡も取っているのに、どうしてまともな客人として迎え入れないんだろうか。 結局、門番なんて飾りみたいな仕事のためにいつもボロボロになってしまう。 ……ふと、気づいた。 実は、メイド長の仕事よりもこっちの方がある意味数倍厳しいのではないかと。 遠くにふたつの人影が見える。 あとちょっとしたら、きっと彼女は撃ち落されるのだろう。 確かにある意味、紅魔館の中では一番ハードな仕事なのかもしれなかった。 「ほら門番、もっとしっかり避けないと怪我するぜ」 「無理ですってー! これっていじめですよー!」 「あら、そんなことないわよ。ちゃんと交互に撃ってるじゃない。ねえ魔理沙」 「そうだな。ルールに基づいてるから問題なしだ」 「ぎにゃぁぁぁぁっ!」 ……中国に幸あれ。 -------------------------------------------------- やっぱり中国はいじられてナンボなキャラとして二次創作じゃ確立してるからそれがまた面白いなぁ、と思いつつあとがき 遂に決勝です。何ともびっくり、中国が残ってます。 まさか妹様まで降すとは思ってなかったというか、凄いなこのいじられ具合。 ある意味最萌のひとことに最も合っているのかもしれないと思った今日この頃。 巷では中国とかくれないみすずとか門番とか好き勝手呼ばれてますが、まあ実際はちゃんと本名で呼ばれているんだろうなぁ、とか。 だから今回は、中国と呼ばれてない世界。お嬢様も美鈴って言ってくれてます。至福? でも門番としての仕事は変わらずなので悲惨さも変わらず。結局虐げ弄られキャラ確定。その境遇を哀れむべきか羨むべきか。 しかし、咲夜さんの仕事はマジで大変だと思うのですよ。時間を操る能力があるとはいえ。 楽しんでやってる部分もあるでしょうが、瀟洒が故に苦労を表に出さないところがあるでしょうし。 体調悪くても平気そうに頑張るんでしょうね。で、無理が祟って倒れる。 でも咲夜さんの代わりができるのはたぶんいないんじゃないかと。 ならどうして中国が選ばれたかって、きっとそれが一番楽しいからです(ぉ パチュリーは体力的に不可能だし、スカーレット姉妹は論外というか。 ちなみに"その頃の咲夜さん"のところは思いっきり遊んでます。書いてて楽しい箇所。素敵。 まあとにかく、二人とも頑張って。ここまで来たんだし、遺恨とかは欠片も残さずに。 すっきりした終わりになるよう祈ります。以上。 |