self-expression



最近、幻想郷……いや、少女達の間では、不穏な話が飛び交っていた。
あの八雲紫が、冬だというのに寝ておらず、それどころか、毎日のように博麗神社に足を運んでいる、と。

正直に言えば有り得ない。
三度の飯より昼寝好き……とは形容せずとも、春眠暁を覚えずというか四季暁を覚えずな彼女が冬眠をしないのは、割と大変なことだ。
何か厄介事に誰かを巻き込む準備をしているか、あるいは問題を発生させようとしているか、とにかく碌なことをしないとしか思えない。
不安要素の固まり。胡散臭さの体現者と表現しても差し支えないのが彼女だった。

何をするのかさっぱりわからない、そんな存在を身近に置いておくというのは、導火線に火のついた爆弾を手元に抱えているようなものである。
だが、紫絡みの事件が起きたら真っ先に被害者となる立場にある博麗霊夢本人は、そんなこと一向に気にしてなかった。
相変わらず縁側で茶を飲む毎日である。

「……で」
「何かしら?」
「今日は何しに来たわけ?」

こたつでもう外に出るもんかとばかりに丸まった霊夢は、突然ぱっと現れた紫に非難の視線を向けた。
毎日やって来ては食料を持ち去る、用途のわからないものを置いていく、狐を庭で走らせ猫をこたつで丸まらせるなどの奇行をしては去っていく。
そんな微妙に無視できないことばかりをする紫の行動をどうでもいいと思えるほど霊夢の堪忍袋は大きくなかった。
とはいっても、結構どうでもいいとも思っているので口での注意止まりなのだが。
まだこの程度では魔理沙の方が煩わしい。ちなみに、一番哀れなのは凄まじい勢いで消費されていく茶葉である。

「ちょっとお話をしに」
「帰れ」
「つれないわね」

そう言いながらちっとも傷ついた様子のない表情でテーブルの上の蜜柑を手に取る。
ぽいっとスキマに投げ込むと、二十秒後くらいに綺麗に皮を剥かれたものが戻ってきた。

「便利ねそれ」
「ならあなたも式神を探してくるといいわよ」
「……今のは藍か」
「そう」
「不憫ね、あの狐も」
「だって式神ですもの。有益に使わないといけないわ」
「それもそうね」

ずずず、と霊夢は茶を口に含む。
紅茶も烏龍茶も何故か神社にあるのだが、やっぱり最も合うのは緑茶だ。
置いてある菓子なども八割方和菓子であり、どうも緑茶以外だとしっくり来ない。
それに何より、霊夢が好きなのは緑茶だった。

「………………」
「あら、この蜜柑おいしい。お茶があるともっと嬉しいんだけど」
「自分で淹れなさい」
「面倒だわ。客にはそれなりの礼儀を以って向き合うものじゃない、神社の巫女さん?」
「こないだもそんなこと言われたわね。でもあんた、どっちかというと侵入者でしょうが」
「あら、客ですわよ。ちゃんと玄関から入りましたし。ほら」

ちゃっかり玄関には靴が置いてあった。

「与太話はいらない」
「残念」

湯飲みの茶が切れた。
急須を持ち、ゆっくりと注ぐ。

「あ、茶柱が立ったわ」
「何かいいことありまして?」
「逆ならあるわ。目の前に」
「それは遠回しな退出希望なのかしら」
「だから言ったじゃない。帰れって」
「本当、つれないわね」

わざとらしくよよよ、と泣き真似をする紫はもうひたすらに胡散臭い。
まともに相手をするのは無駄だと経験で知っている霊夢はとりあえず無視をし、何となく外を見た。
雪こそ積もっていないものの、やはり冬の寒さは変わらない。
薄着をしているわけではないが、こたつのひとつもなかったらできれば冬眠したいところだ、とふと思った。

「……で」
「その台詞は二回目よ」
「うるさい。で、いい加減話してくれない?」
「何を?」
「あんたの目的」
「目的なんかなくてよ。強いて言うなら……退屈凌ぎ」
「正直迷惑」
「ありがた迷惑?」
「ただの迷惑」
「酷いわ」
「酷くない」

言葉とは反対に、紫は微笑んでいた。
楽しそうに。確かに退屈凌ぎに来たというなら、彼女の目的は達せられているのだろう。
そう思わせるほどの笑みだった。

「それじゃ、今日はもうお暇するわね」
「あーはいはい。ていうかあんた本当に穀潰しね」
「褒め言葉をありがとう」
「いや、褒めてないから」
「また来るわ」
「もう来るな」

帰り際も、彼女の表情は変わらなかった。
初めからそこには誰もいなかったかのように、欠片の痕跡も残さず姿が掻き消える。
……僅かにある残滓は、テーブルの上に落ちた蜜柑の筋だった。

結局、何だったんだろうと霊夢は思う。
来る日も来る日も蜜柑を食べるわ人の夕食をつまみ食いするわ、実に迷惑この上ない。
式神二匹も苦労しているのかもしれない、と、柄にもなく同情した。
特に狐の方。蜜柑の皮剥きまでさせられるなんて、不憫にも程がある。

「……まぁ、家庭の事情だし」

でも別に霊夢の世界には大して影響のない話なので、割かしどうでもいいことだった。
ただ、ちょっとだけ、あの掴み所がなくてできれば永遠に関わりたくない寝ぼすけ妖怪が、何を考えているのかが気になる。
そんな、人間としては極々当たり前の、知的好奇心が湧き出てきた。それだけである。





「幽々子ー、いるー?」
「あら、紫じゃない。珍しいわね。色んな意味で」

唐突にふっと現れた紫に、華胥の亡霊はさして驚いた様子もなく彼女を迎えた。
全く遠慮なしに勧められた席に座ると、何の気まぐれか、手土産にと酒瓶を幽々子に手渡す。

「はい、お土産。ちょっとした拾い物よ」
「紫がこんなものを持ってくるなんて……何かあったの?」
「酷いわ。私が土産を持っているとそんなに変かしら?」
「希少ではあるわね」
「そうね」

受け取った瓶の蓋を躊躇わずに幽々子は開け、妖夢、妖夢ー、と今しも仕事中な庭師を呼んで杯を持ってこさせた。
作業中に勝手に呼ばれ、命の通りに運んだ途端、もう下がっていいわよ、という台詞を聞いた時の庭師の顔は物凄く複雑だった。
確かに、どこか頼りなくもある。主の傍若無人さはさておき。

両者の杯に酒を注ぎ、乾杯のひとことを合図にしてまずは軽く一口。
基本的に二人ともアルコールには強いというか、幽霊と境界を知る妖怪、どちらとも酔わないので、ペースは随分な早さだ。
あっという間に一本が空になり、その途端に紫は懐からずらっと節操なく古今東西の酒を引っ張り出し並べた。
最早二人宴会である。余人が入る隙もない。

「そういえば紫、あなた最近話のタネになってるわ」
「どんな話?」
「博麗の巫女にぞっこんとか」
「表現が古いわね。……そうね、いい退屈凌ぎの相手、かしら」

そこで幽々子はくすっと笑った。

「嘘でしょう?」
「あら。やっぱり幽々子じゃ誤魔化せないわね」
「経験は何にも勝る、よ」

さらに笑みを濃くし、くいっと杯をあおる。
また液体を注ぎ、薄く口にしてから友人の顔を見た。

「……やっぱり紫、丸くなってない? いろいろと」
「まさか。あなた、視力でも落ちたのかしら?」
「それこそまさかよ。ほら、この瓶。賞味期限は……あら、もう過ぎてるわね」
「過ぎてないって」
「でも、おいしいわよ」
「……幽々子は相変わらずねぇ」
「それは紫も同じ」

時刻は夜。暗い空には微かに欠けた月がある。
どちらかというと、夜は妖怪の時間で、幽霊の時間で、人間の時間ではない。
本来、特に紫の場合は昼間に出歩くことが普段と比べれば特殊としか言えなかった。

「まぁ、気が向いたから、かしら」
「何が?」
「そっちから訊いたんでしょうに。流行り話の真実よ」
「まだ嘘があるわね。困らせたかったから、が足りないわ」
「ご名答。さすが幽々子ね」
「友人ですもの。……でもどうして困らせたかったの?」
「私は他の方々とは物の愛し方が違うのよ、が正解。相変わらず一歩足りないわ、幽々子」


何かを表現する方法というのは、万人共通ではない。
世間で言う普通の枠に入らなくとも、表現するという意味では変わらないものだ。
相手にとっては迷惑でも巻き込む本人にとっては善意だったりする。
彼女もそうだった。ただ、物事の隙間に潜む彼女は、少しばかり人々と違っているだけのことである。
勿論、巻き込まれる側からすれば文字通りありがた迷惑だろうが。


紫とは高貴さを表す色だという。
その掴み所のない振る舞いは、反転すれば価値あるものとして見られるのかもしれない。



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あとがきというか言い訳にも聞こえるこれもまたひとつの表現方法


ゆかりんは公式設定の時点で胡散臭いです。文字通り胡散臭いって言われてます。
でも、こう、何て言うんでしょうか、その何とも違う、特殊すぎて特殊の枠にも当てはまらないような素敵さ。
よーく目を凝らして見て、考えてみると、どことなく優雅で華麗で高貴に思えてくるのです。錯覚でしょうか。
単純にぐーたらで面倒臭がりでいっつも寝てばっかりの駄目人間ならぬ駄目妖怪なのかもしれませんが。
ぱっとやる気を見せるというか、何かに介入した時のその姿はきっと格好良いのではないかと。

幻想郷を愛してるということは、幻想郷の住人にも愛を(多少は)持っているんじゃないかなぁ、とか。
"母のような"って形容を彼女に対して聞きますが、それはそっから来るんじゃないかと。
博麗神社は割と幻想郷の中心(境にありますけど)な気がしますし。
……いや、まぁ、それ以上にゆかりんは気まぐれでいろいろしそうですけど。そんなところも素敵。