at a distance



寒い、冬の日だった。
博麗霊夢は着慣れた紅白の巫女服で縁側を歩きながら、溜め息をつく。

「はぁ、相変わらず寒いわね……」

きちんと障子を閉めても、隙間風は完全に遮断できるわけではない。
朝の切れるような冷たい大気が神社中を満たしている。
手の感覚は半ばなくなり、板張りの床は洒落にならないくらいの冷たさだ。
裸足なのが悪い気もするが、靴下を取りに行くのも面倒だった。寒いし。

「薪を切らしてるのよね。集めてこないと……」

博麗神社にある暖房器具は少ない。
魔理沙邸や紅魔館にはもうちょっとマシな何かがあるのだが、神社に素敵な暖房器具を期待する方が間違っている。
居間のこたつを使おうにも、燃料がないと動くはずがなく。
薪を拾いに行くには、雪積もる外の森を小一時間歩かなくてはいけないだろう。
生憎、霊夢は平凡な人間の身体しか持っていない。
どこぞの妖怪どもとは違うのだ。寒けりゃ凍死するし、食料がなければ餓死もする。死ぬつもりはないが。

「誰か代わりに行ってくれるやつはいないかしら。もしくは暖房代わりの物を持ってくるやつ」
「お邪魔するわよー」
「誰よこんないいタイミングに、って、アリスか」
「何、私が来ちゃ悪いわけ?」

魔理沙もそうなのだが、博麗神社の玄関はまるで役に立たない。
みんなそっちの方が楽で手軽だからって、縁側から入ってくるのだ。
相変わらず常識がないというか、人の話を聞かない人間や妖怪ばかりで困る、と霊夢は思う。
玄関から来れば通り道には賽銭箱があるから、ついでに小銭の一枚や二十枚、投げ入れてくれてもいいだろうに。

「で、何しに来たのよ。お茶なら自分で淹れて。私の分も」
「どうして私があんたの分も淹れなくちゃいけないのよ。こっちは客よ。丁重に扱ってほしいわ」
「なら丁重に扱うわ。帰れ」
「ちっとも丁重じゃないじゃない。しかも投げ遣り」
「寒くてストレス溜まってるの。ああ、このままだと凍死しちゃいそう」
「人間は大変ね」

食って掛かろうとした霊夢を静止し、後ろ手に隠していたものをアリスは渡す。
即座に遠慮なく袋から取り出してみると、

「……缶?」
「紅茶よ紅茶。アッサム。ついでにティーカップもふたつ。湯飲みじゃ様にならないでしょ」
「それは有り難いわ。で、誰が淹れるの?」

微妙な沈黙の後、

「霊夢」
「アリス」

互いを指差す二人。
端から自分でやる気はないらしい。特に霊夢。

「だから、どうして客である私がやらなくちゃいけないのよ」
「だって寒いし」
「それは貴方だけ」
「でも死活問題よ」
「何か着ればいいでしょうが」
「それでも寒いものは寒いの」
「こたつに入れば?」
「今薪切れ」
「………………」
「………………」
「じゃあ、私が紅茶淹れるから、あんた薪拾ってきてくれない?」
「なんで私が……」
「いいから。じゃないと丁重に扱わないわよ」
「……はいはい。わかったわ」

結局それで一応のところは丸く収まり、アリスは外へ、霊夢は薬缶を取りに奥へと動き出した。
紅茶の用意はすぐに出来たが、結構な量の薪を持ってアリスが戻ってきたのは、ちょうど45分が経ってからだった。



「……で、何しに来たのよ」
「それはさっきも聞いたわ」
「この紅茶美味しいわね」
「無視しないでよ! 話振ってきたのは貴方でしょう?」
「はいはい。で、だから何しに来たの?」
「別に何も」
「…………逆さ吊りにするわよ?」

霊夢のこめかみに青筋が立ったのを見て、アリスは目を背ける。
ティーカップを口まで運び、

「霊夢、貴方随分と紅茶淹れるの慣れてるのね」
「魔理沙がたまに持ってくるから」
「……ティーカップ、いらなかったかしら?」
「いいえ、有り難く貰っておくわ。魔理沙は自分の分しか持ってこないし」

例え持ってくるとしても、それはだいたい役に立たない代物である。
彼女は森で松茸を見つけてくるくらい低い確率で、霊夢にとっていいものを持ってくることもあるが。
普段が普段なので、その程度では幸と不幸のバランスが取れないような気もする。

「賽銭箱を満たしてくれれば何したって文句はないんだけどねぇ」
「無理な話ね」
「む、どうしてよ」
「だって私達、そんなに通貨なんて持ってないし」
「…………あ」
「魔法使いはギブアンドテイク、等価交換が基本だから」

価値のあるものを得るためには、同じかそれ以上の価値を有する何かを取引の材料に使わねばならない。
役に立つものを役に立たないもので得ようとするのは、よほどのことがない限り不可能だ。

「だから神社のスペースを借りる代わりに、こうして手土産と私の労力を使ってるんじゃない」
「なら私は紅茶を飲むために湯を沸かしたから、これで等価交換成立ね」
「……何か釣り合わない気がする」
「気のせいよ」

霊夢は静かに紅茶を啜った。
残り少なくなったそれは、底の方が苦い。
一気に飲み干すと、まだ僅かに入っているアリスのティーカップも回収して水場に持っていこうとする。
ちょうど手を伸ばしてカップを取ろうとしていたアリスはぴしっと固まった。

「こら、私のはまだ残ってる」
「いいじゃない。ついでよ」

そのまま奥へ向かっていく背中を眺め、アリスはこたつに肩まで身体を沈める。
寒さなんてのは意識しないとさして気にならないものだが、あたたかさというのはまた別物だ。
気持ちいいものは気持ちいい。そういう感覚は人間も妖怪もだいたい同じだったりする。

「あ、あんた、何こたつに埋まってるのよ。あったかそうじゃない」
「霊夢もそうすればいいでしょ」
「そうね」

二人して、こたつから首だけ出した姿でぬくぬくと。

「……ちょっと眠くなってきたわ」
「あら、奇遇ね。私もよ」
「あんたは別に睡眠取らなくてもいいんじゃないの?」
「人間よりはね。でも、ここ数日一睡もしてないのよ」

しばらく適当なやりとりをしていたが――
五分後、博麗神社の居間には眠る二人の少女が静寂を守っていた。



「おーい、霊夢、いるかー? 今日は偶然森で松茸を見つけてな、折角だから霊夢にも分けてやろうと……って、何だ、寝てるのか。しかもアリスも」

いつも通り気まぐれに魔理沙が縁側からこっそり騒がしく侵入すると、そこには熟睡したままの二人がいた。
一瞬起こしてやろうかと考えたが、これはこれで貴重な図なので、とりあえず静かにしておこうと思った。
自前の日本酒を勝手に台所で温め、珍しく足を伸ばさずにこたつに入る。

「……雪だぜ」

開けっ放しの障子の向こう、そこに見える空からは白が降ってきている。
これから夜が待っているのだから、まだまだ寒くなりそうだ。
苦笑しながら魔理沙は熱燗を手に取り、

「雪見酒もオツなもんだぜ」

彼女らが起きるまで、一人で飲み続けることに決めた。
息が煙るほど寒い、雪降る冬の日だった。



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あとがきじゃなかったらなにがきと言えばいいんだろう、とどうでもいいことを考えながら書いているあとがき


霊夢さん支援になるかなぁ、と思っていたら結局両支援のような気がするものに仕上がってました。
でも美味しいところは魔理沙さんが持ってってしまっているので、もう何て言ったらいいのかはわかりません。

東方には、割と何でもありでみんな楽しげというかはっちゃけすぎというか、やりたい放題な二次創作側の世界観と。
もともとの、みんながみんな自分勝手好き勝手で、結構他人のことなんかどうでもよく思ってたりするある意味荒んだオリジナルの世界観。
このふたつがあるんだと思います。で、後者の中でも特に、あらゆるものから浮いてしまっているのが霊夢さんではないかと。
厭世的というか、何でも割とどうでもいいと思っているんだろうなぁ、と。
面倒事ばかりに巻き込まれて、疲れてるのかと言えば別にそうでもなく、楽しんでいる節もなく、淡々とした感じ。
他人との付き合いも、微妙な距離が一定で保たれてる。
何もかもが同一で同列で同様で、上も下も存在しない。
それが彼女の能力故かはわかりませんが、すっごく荒んでるなぁ、と。個人的に。
なのに、博麗神社とそこに住む博麗霊夢は、東方という世界観の中心にいるんですよね。
彼女を軸に全てが集まって、惹かれて、寄ってくるんですよ。彼女がいないと始まらない、と言ってもいい。
それはとっても不思議で、面白いなぁ、なんて。

結局何言いたいのか私にも謎ですが、まぁ、東方はだから面白いのかも、と。
拙い、世界の物凄く端っこにいる創作家の一人として、素敵な世界だと思うのです。

夢ですよね。創作家としては。人々に好かれる世界を創る、っていうのは。