人は、いつか死が訪れるからこそ生の感触を得るのではないか。 ならば、不老不死である私は、どうやって生きていると実感すればいいのだろう。 satisfaction 深い竹林は昼でも暗い。 天へと届かんばかりに伸びる竹。その枝葉が空の光を遮る。 夜なら尚更だ。三日月の明かりは酷く頼りなく、代わりに自分の足音がよく聞こえた。 私はもうだいぶ古くなってきた小屋の扉に背を預ける。 また輝夜からの刺客が来た。 こちらが死なないと解っていて、それでも送ってくるのは見上げた根性だと思う。 律儀に相手をして追い返す私も私だが。 ……或いは、これは儀式に近いのかもしれない。 だって結果は見えている。答えはとうの昔に出てしまっている。 私もあいつも、決して死なない。永遠に行き続けなくてはならない。 いくら私を消そうとしても無駄な話。あらゆる手段を用いて殺そうとしても、意味のないこと。 「…………痛い」 今日は右腕一本と左脇腹辺りの内臓、それと大量の血を犠牲にした。 敵は四人。まあ随分とやる方だったけど、こないだの人妖コンビに比べれば全然楽だった。 私を十度地に落とした彼女らより強い者は、もうそうそう現れないだろう。 身体は瞬く間に原型を取り戻していく。 吹き飛ばされた腕も、抉られた脇腹も、初めからそんな傷などなかったかのように治癒されていく。 全てが治まったのは、傷を得てから五分ほどしてからだ。 まだ血が足りなくてふらふらするが、これは時間が経てば治る。気にすることでもない。 それよりも、また服が駄目になってしまった。そっちの方が大問題だ。 「慧音に頼まないとなぁ……」 彼女には食料や日用品をよく運んでもらっている。 その労に対する報酬はない。完全な慈善からの行動。 ……いや、慈善と言っちゃ悪いか。ただの好意。他に理由は存在しない。 だって、彼女は人間が好きだから。人間を守ろうとするから。 ―― そう。私でさえ、慧音は守ろうとする。 傷があった箇所の服にはほとんど固まった血がこびりついている。 そこに痕はない。ただの人間ならば、間違いなく致命傷なはずのもの。 死に至るダメージを治癒するのは蓬莱の薬の力だ。 この身体は私の死を絶対に許さない。例え全身の九割を消失したとしても、寸分違わず復元する。 だが、その度に私は苦痛を得るのだ。 常人が体験すれば一回分だけでショック死するような、そんな痛みを。 それを、何度も、何十度も、何百の回数も味わってきた。もう、肉体と精神が慣れてしまうほどに。 勿論、それでも痛いものは痛い。ただ、昔よりはマシになってきただけ。 不死性が私を人間という存在から遠ざける。 老いることも死ぬこともできなくなってしまった私は、人里から離れた。 同じものではなくなったから。共に在れば、彼らとの違いが明確になってしまうから。 そうして今は一人。 宵の時は物騒で、暇か物好きな人間や妖怪しか訪れないこの竹林で暮らしている。 私に会いに来るのは、輝夜の刺客か、それこそ真面目に肝試しに来るような奴等くらい。 追い返したり適当に相手したりすれば、大抵すぐに終わってしまう。 もう、蓬莱人たる私を恐れない者は数少ない。 永遠の生を約束され、死は須臾のことでしかなく、不死鳥の如く滅しては蘇る。 そんな私に平気で接するやつなんて、指折り数えて下手すりゃ片手で足りるほど。 悔しいが、輝夜もその一人だ。人間とも、妖怪とも違う存在。 あいつのことは、当然今でも憎んでいる。殺せないけど殺したいほど恨んでいる。 でも、一方で、本当に僅かではあるが感謝もしているのだ。 私の生き甲斐のひとつはあいつに一泡吹かせることなのだから。 今頃輝夜の放った刺客は、自分を此処に向かわせた張本人に事の顛末を報告していることだろう。 また駄目だったと、不機嫌になる顔が目に浮かぶようだ。 「妹紅ー! 夕餉を持ってきたぞー!」 色々と抱えながら、慧音が声を張り上げて歩いてくる。 荷物が多すぎて、少しふらついているのが怖い。 ……前と同じように、きっと彼女は血塗れの私の姿を見て心配してしまうだろう。 「妹紅!?」って、何度目かわからない不安な表情をして駆け寄ってくるのではないか。 そう考えると、少し可笑しかった。 私も、何度目かわからない苦笑をこぼした。 ―― 慧音と一緒にいると、安心できる。 その誠意が、優しさが、私には有り難いものだから。 私は静かに立ち上がる。 まだふらつく足下を確かにして、自分から慧音の方へ向かって歩いていく。 「こんばんは、慧音。いつもありがとね」 「ああ……って、妹紅!? またそんな血だらけで……」 抱えた荷物をどうするべきかで戸惑う彼女は可愛くて。 また苦笑をしてから、私はいつも通りの言葉を口にする。 「平気よこんなの。もう治ってるし」 「だからってっ……お前は毎回毎回無茶をしすぎだ! いいか、もっと自分に対して優しく…………」 そうして続く長い説教を右から左に流しながら、思う。 こんな時間もまた、私の生き甲斐のひとつなんだと。 「妹紅! 聞いているのか!?」 いい加減沸騰してきた慧音を、今日はどうやって宥めたものか。 自分にとってそれは、実に贅沢な悩みだと感じた。 -------------------------------------------------- あとがきのようでひとりがたりななにか あらゆるところで既出な、使い古されたネタだと思いますが決してパクリの類ではありません、と前置き。 何となく、妹紅さんには弱いイメージがあります。 それは実力とかじゃなくて(Extraで散々落とされたし)、立場的というか、そんな感じ。 いっつも守られるような立場にあって、蓬莱の薬によって不老不死になった後も、慧音さんがいろいろ世話を焼いてたんじゃないでしょうか。 あそこまでの力を持っていても尚、妹紅さんは慧音さんに守られているのかも、とか。 そんな二人の関係は凄く素敵。きっと素敵。 ついでに思うのですが、不死って"死なない"のではなく"死が一瞬"なのではないかと。 死はカウントされるんですよ。ただ、普通は一回死んだらお仕舞いなのが、回数制限なしってだけなのかなぁ、なんて。 しかし、三割くらい慧音さん支援になってるかもなぁ。一割輝夜さん(ぉ |