月兎のお使い


「ウドンゲー、いるー?」

月の兎を呼ぶ声が聞こえる。
しばらくして、八意永琳の居る部屋へと鈴仙・優曇華院・イナバはやってきた。

「師匠、お呼びですか?」
「呼んですぐで悪いんだけど、ちょっとお使い頼まれてくれない?」

そう言って鈴仙に手渡されたのは、薬の原料となる薬草などの調達法が書かれた紙。
野生のものからそう手に入らないものまでその種類は多く、ちょっと手間が掛かりそうだった。

しかし、断るわけにもいかない。
僅かに不満が心中にあったが、それを表には出さずに鈴仙は頷いた。
「行ってきます」と断ってから、跳ねるように外へ出る。

これらが近くの山に行って手に入るようなものばかりなら、不満も湧いてこなかっただろう。
なら何故今から気が重くなるのか。
時間も勿論掛かるが、それ以上に―――

「本気で言ってるのかしら、師匠は……」

行き先のひとつには、不死者の住む竹林があった。

永遠亭の住人は基本的に藤原妹紅と関わらない。
輝夜がちょこちょこちょっかいを出すので……いや、それ以前に輝夜と妹紅は犬猿の仲。
二人は殺るか殺られるか、あるいは死ぬか生き返るかの間柄なので、当然快く思われてはいない。
無論それは、永遠亭の主人である輝夜以外にも該当することだ。
出会い頭にいきなり刃を向けられても無理ないのである。

(話す間もなく撃たれたらどうしよう……)

ちなみに、鈴仙では妹紅には勝てない。
時間稼ぎが精々だ。そも、蓬莱人に負けというものは訪れないのだろうが。それこそ永遠に。

昼でも尚暗く、光は薄くしか射し込まない竹林。
夜になれば妖怪その他も活性化する。鈴仙としては早めに終わらせたかった。
しばらく進むと道にもならない道が途切れ、小さな家が見える。
目的地はこの辺りにある。竹林の奥のみに自生する草。

「ええと、たぶんこの辺りに……あった」

少量をむしり、手に取る。
必要な分だけ確保して懐に仕舞い、早々に帰ろうとしたところで、

「そこの兎!」

見つかった。
考え得る限り、最悪の状況。
鈴仙が振り向くと、そこには思った通り、妹紅が立っていた。
手には薪を抱えており、どうやらちょうど帰ってきたところらしい。

「間が悪いというか何というか……」
「何か言った?」
「いえ、何も」
「……それで、どうしてこんなところにいるわけ?」

正直に言うべきかどうか迷った。
だが、嘘をつく理由も思いつかない。

「ちょっと薬の材料を取りに」
「その手に持ってるやつ?」
「ええ」

視線が鈴仙(の手元)に固定される。
じっと見つめる妹紅の顔は妙に真剣で、何かまずいことしただろうか、と冷や汗が出てきた。
蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなり、どうしようもなくていい加減血の気も引き始めてくる。
もう倒れる寸前まで精神的に追い詰められた時点で、妹紅が視線を解いた。

「……へぇ。何に使うの?」
「私は使いを頼まれただけだから、用途はよくわからないけど……」
「そう。ま、いっか。早く行きな。宵が訪れないうちに」
「…………え?」
「何、私があんたの肝でも食べると思ってたの?」

機嫌を損ねてはいけないと思い、ぶんぶん首を振る。

「今日は機嫌がいいのさ。だから、あんたが輝夜の使いじゃないなら見逃してやる」

少し、鈴仙は呆然として。
それから軽くお辞儀を残し、来た時と同じように去っていった。
妹紅はその背中を、何故か苦笑しながら見送っていた。

結局、どうにか無事に全部の用事を済ませることができた。
最後まで取ってきたものの用途を教えてはもらえなかったが、きっとあまりいいものではないと思う。
師匠は最近、妙な効力の薬ばかり作っているのだから。

とりあえず自分に危害が及ばないよう、鈴仙は祈った。