群青の空に雲は見当たらない。
地上からの視線は彼方の地平線を捉える。緑の山々と、眼下に広がる灰色の群れの向こう。

実際は遥か先まで続いている景色。それこそ無限とも思えるような。
だが、たったひとりの人間が自身の両眼で観測できるのはあまりにも小さな区域だ。


個人にとっての世界は極端に狭い。
知り得ない部分、理解できない部分は多すぎると言っても過言ではないだろう。
"わたし"と"あなた"と"かれ"と"かのじょ"は全くの別物で、それぞれがすれ違い触れ合いながら生きていく。



どうしたって、結局は孤独なのだ。



当たり前のように在るこの場所で、山辺美希は考える。
今までに数度訪れた空間。陽が落ちるまでは此処にいようと思いながら。


黒須太一がいなくなってからも、日常に大した変化はなかった。
FLOWER’Sの片割れ、佐倉霧が普通の学校に行く事になったくらいで。

思い出は残った。
彼は残らなかった。

…………ちょっと、悲しい。ちょっと、寂しい。
彼の選んだ結論だったとしても、それでも。



風が吹く。
秋口の、僅かに冷たい風。
なびく髪を押さえもせず、遠くを見つめる。

夕日が空を黄昏色に染め上げた。

「…………霧ちんと、先輩と、三人で来たかったなぁ」

呟きは霧散。
誰も聞いてはくれない。





そしてもう、叶いはしない。




















possibility




















端的に言えば、あの日からアンテナ設営は止まったままだ。
たったひとりの作業者、宮澄見里もその手を休めてしまっている。
救助を求める必要はない。希望に縋りつかなくてもいい。


世界は、滅亡などしていなかった。


だから皆は戻ってこれたし、人は今もありふれている。
探せば、簡単に見つかるのだ。あの時とは違って。



ひとりだけというのは、どんなに怖いことなんだろう。


いくら声を張り上げ泣き叫んでも、訴えても、聞き入れてくれる存在はいない。
真の意味での孤独。自己を受け止める存在のない場所。
悪意に満ちていても、目を逸らすほど醜悪でも、この世界ではひとりにならない。
我が儘にもなれる。寄り掛かることもできる。責められようとも避けられようとも。
澱んだ世界で、それだけが目に見えて素晴らしいことなのかもしれない。そして、なくてはならないことかもしれない。

色々な手段で、人は人と繋がろうとする。
個に向ける言葉から、数万・数億人単位での伝達まで。
方法も規模も様々。同じなのは、接続しようという意思。
言語を解さなくてもいい。通信は、解り合うための一歩。近づくための一歩。



美希はラジオを取り出す。
電源を入れても、今はノイズ音しか吐き出さない。周波数はある数値で、固定。

「これで繋がってるんだね…………」

どこにでも売っているようなこの小さな機械が、黒須太一と彼女らを繋ぐ唯一の線。
一方通行ではあるけれど、確かな線。彼が在ることの証。


何か。何か、できることをしたい。

理由もなく、無性にそんな気持ちが湧いてきた。



思いつくものはひとつ。





彼が今もそうしているように、
―――――― アンテナを、組み立てよう。





















翌日、学院の放送室には、支倉曜子と佐倉霧を除く五人が集まった。
頼めば多少の時間を割いても来てくれる。それが美希には嬉しかった。

「それじゃあ、部活…………はじめましょう」

見里の言葉が合図。
群青学院放送部は、活動を再開した。





着々と作業は進行する。
一人一人が協力し、補完し、作り上げる。


部の八人で行った最後の合宿。繰り返す一週間。
その中で彼は、こんな光景を夢見たに違いない。

「…………できた」

誰が口にしたのかはわからない。
けれど確かに、それは事実で皆の単純な本意だろう。

開始から数日の後、空に近い屋上には高く伸び立つアンテナが設置された。
銀色の塔。彼女らの希望を乗せる、祈りの発信源。





放送は日曜日に決定した。
最早部外者である霧が参加するには、平日は難しいと踏んでの取り決め。
支倉曜子を参加させるのは難関だと思われていたが、案外あっさりと来たので拍子抜けしたりしつつ、まあともかくこれで面子は揃った。

何とか警備員には見つからず校内に侵入。屋上まで辿り着くのはさして難しくもなかった。
ゆっくりと、扉を開ける。視界に入るのは、昨日と同じ群青色。絶好の放送日和。


少しの時間を経て、準備は完了。
公平な順序決め(じゃんけん)の結果、トップバッターは美希だ。大事な役目。
空気が重く、落ち着くために深呼吸をひとつ。



送信された電波が奇跡的に向こうへ届く可能性。
太一がラジオを抱えている可能性。
偶然周波数が彼の持つそのラジオに合う可能性。

それら全てが噛み合う確率は、無に等しいのだろう。


でも。
縋りつけるのなら、縋りつけばいい。
やらなければ0パーセント。やってみれば、0にはならない。





だから。



精一杯の、言葉を。





音源のスイッチが入る。
喉から声を、引っ張り出した。





















十数度目のリセットを体験してから、太一はラジオを持ち歩くようになった。
そうすれば何となく皆と繋がっている気がして、まぁ、他に深い意味はない。

回を重ねるごとにアンテナ作りも手馴れてきた。今はもう一人でもあまり時間を掛けずにできる。
ループの初め、月曜から二日でこの週の装置は完成した。放送日は毎週土曜のつもりなので、まだ四日はある。
何をしようか、考えを廻らせてからしばらくした時、突然辺りに雑音が響いた。



まさか。

鼓動の高鳴りを抑えずに、何気なく隣に置いていたハンディラジオを手に取った。
チューナーを僅かばかり調整し、同時にノイズは鳴りを潜める。

耳を傾けると、届く声は知っているもの。
思わず、笑みがこぼれた。


「…………はは、みんな、やるなぁ」


右手で音量を最大にする。不思議と、煩くは感じない。

「………………こちら、群青学院放送部」





交差点を過ぎた世界の空に、少女の声は響き渡った。










―――――― 生きていますか、せんぱい。











FromZero1周年記念+33万HITくらい記念+『あくる日のソナタ』素晴らしいっすよ駄作ですがお礼に+その他諸々、な感じで書いてみました。
誰もが考え付く安易なネタを支離滅裂な文とわかりやすい締めでございますごめんなさい(汗
何故か視点が微妙にミキミキ。一応おはなしの中心人物です。一応。好きだから(オイ
三人称は向かないんだと改めて思い知ることに。だったら贈り物にするなよって話ですがああごめんなさいごめんなさい(滝汗

ほんの微々たる可能性ってのがあったりしますが、信じてみないと叶うものも叶いません。
もしかしたら、なんて考えてみれば、それだけで心躍るのが人間です。
不安もそりゃ尽きませんが、ホントに叶ったら素晴らしいじゃないですか。
…………と、そんなメッセージが込められていたりそうでなかったり(何
なんちゅーか、ここで今更言うのはアレですが、前半と後半、ほとんど文章関係ないじゃん(マテ

さすがにもう一回初めからやり直す余裕がないので間違いだらけというかツッコミどころありまくりかもしれませんがご了承を。
ではではまたー。